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魔術師にとって不利な世界で、俺は魔法を使い続ける

作者:@ひかり
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3

 21世紀も折り返そうかというこの現代、世界中がとある事象に震え上がっている。
 解析の進行が遅々として進んでおらず、決定的な事項ではない。が、その究明を急ぐため、与えられた仮称が、《狂症》だ。新たな病魔、最高位の危険薬物、遺伝による問題など様々な説が浮上し、世界中の研究者が正体を暴こうとしているが、手掛かりすらほとんど掴めていない。
 分かっている事は二つ。一つ、定義として、感染すると人としての理性を残したまま、道徳的な価値観が逆転すること。例として、心の奥底で思っているだけで普段は全く意識していなくても、『殺人は悪い事だ』と思っているならば、いとも簡単に、そして残虐に人を殺してしまう。第一級に危険と謳われる由縁がこれだ。
 二つ、感染した者の両目が鮮やかな藤色に染まること。これが今のところ唯一感染非感染を見分ける手段であり、今世紀の急激なプログラム技術の発達で、格段に性能の高まった監視カメラのネットワーク包囲網が完全配備された都市部では、外を出歩いた瞬間警察へと異変が通達、即刻保護、監禁の後研究のための施設に送られる。しかし人間としての理性は保っているため、人としてどうなのか、という批判は後を絶たない。
 その証である薄い紫色の相貌を見た俺は、想像ではあるがこの事件の真意を悟った。
 恐らくこの湊という男は狂症に感染している。生来瞳が紫色の可能性も一概に無いとは言えないが、純正な日本人らしい名前からしてそれは無いだろう。つまり、静夜の中に一度は生まれ、絶対に駄目だと自分で封印した記憶、完全なるVR世界の創造意欲を狂症によって呼び覚まされ、長い時間をかけて製作、それによって今この空間が成り立っている、というわけだ。細かい事情は本人の口から語られるだろうが、大体の道筋は読めた。
 ちょうど思考がまとまった所で、当の本人が口を開く。
「君たちをここに連れてきた理由を説明したいところだが……私もはっきりとは分からない。このVRワールドの作製を開始したのが5年前、初試作が1年前なのは記憶が定かなのだが、なぜここまで熱心になったのか、全く思い出せない」
 未だ半笑いを含んだ声を聞きながら、俺は先程の推測が真実である事を悟った。理性のみが狂っているため、企てが非常にキッチリしている人物が多いのも警察を困らせる要因なのだ。
 と、俺と同じくVR技術に興味を持っていたのであろう人物が、恐らくは女性の声でもっともな疑問をぶつける。
「それよりも!私パソコン以外に機械持ってた記憶無いわよ!なんの機器も無いのにVRなんて実現できるわけないじゃない!」
 少々ヒステリックに陥りすぎている気もするが、質問自体は何の変哲もない、誰でも思いつきそうな至極単純なものだ。
 ――だが、その回答が実際の生死に係わることも大いにある。脳への負担が少ない、と銘打っている音波反響式VRマシンでも、影響の有無はずっと懸念されている。それゆえ、湊は絶対にこの問いに答える、という確信が俺にはあった。
「おっと、まだインタフェースについての説明をしていなかったか。これはどうも失礼。えー、君たちがこのゲームを購入し、ダウンロードできる環境になってから、何か宅配便にて届かなかったか?」
 確かに俺の家にも今頃希少になった、博物館にでも置いておきたい段ボール箱が――現代では安価かつ丈夫な合成樹脂が郵便用の箱として使われている――宅配便で届けられた記憶がある。その時は1つ下の妹が受け取ったために配達員自体は見ていないが。
「それになんの関係があるのよ!」
 ややハスキーな女声が響き渡る。誰も彼もが黙りこくり、湊の返答を待っている。多少なりともパニックに陥り叫びだしてもおかしくなさそうな状況だが、逆に通り越したのか、それとも現代人によく見られる感性不足か、誰も喋らない時間は耳が痛い程の沈黙が辺りを支配している。
「その中身は少し大きめのヘッドフォンではなかったか?それが新たなVRインタフェース、《ソウルコア》。先程頭部大まで縮小した、という話をしただろう?その技術を丸ごと詰め込んだのが君たちがヘッドフォンと見間違い、被って起動した次世代のゲーム機種、VRゲームの幕開け、ソウルコアによる、五感の電脳ワールドへの《アクセス》だ。」
 記憶の蓋が開いた。確かにほんの少し不格好なヘッドフォンが送られてきた。しかしその輸送側がリクターであり、新商品を届けるため一緒に使ってくれ、という旨の手紙が入っていたために、使い勝手が悪ければすぐ外せばいいか、と安直な思いで使った事が間違いだったか、と今更自分を戒める。
「君たちの容姿・体格は、ソウルコアを介してパソコンに送り込まれたウイルスによって撮影された顔写真、並びに脳に保存されている普段の体各部への重力負荷、頭部部分への大気圧の情報、その他脳内の記憶で完全に再現されている。右・左利きさえも再現している。まさしく『第二の現実』だ。そのヘッドフォンを装着しなかった者は、プログラム不良としてこのゲームが起動できていないが……。まあいい……さて!ではそろそろ、このゲームを開始しようか!」
 自身から発する音量を上げているのか、かなりの音量で手を打ち鳴らし、湊はチュートリアルの締めに入ろうとする。そこで、俺はまだ終了してはいけない、まだ聞いていない質問が浮かぶ。
 それは、俺の左隣に立つ猫背の少年の口から伝えられた。
「どうやったら脱出できるか聞いていないぞ」
 あまり大きな声ではなかったが、ここにいる大勢の人間の耳朶を強く打った。核心を突くこの問いに、既にウィンドウを開きログアウトのYes,No表示に手を掛けようとしていた――これもここがゲーム世界だということの証明に他ならないが――湊が、ゼロをチラリと見やり、その後プレイヤー全員に宣言した。
 ――狂気の混ざった眼力が眼鏡の反射に照らされてクッキリと浮かび上がった瞬間、俺はその次に告げられる言葉を否応なく予想した。
「君たちの視界の左上角から伸びるゲージが見えるだろう。それがHPゲージだ。君たちのライフラインであり、無くなった瞬間――君たちは本当に、死ぬ。この世界から脱出できる条件は唯一つ、100並ぶ大陸の一つ一つを制覇し、最後に待ち受けるラスボスを倒す事だ!最後に君たちの生命線を一つ、教えておこう。ウィンドウの開き方は右手人差し指・中指を二本揃えて目の前の空間をタッチ、それだけだ。モーションセンサーによってメニューが開く。それでは、長らくお待たせした!これにて、ガルドゲート・オンラインのチュートリアルを終了する!デスゲームの開幕だ!」
 声高らかに宣言したその刹那、湊の姿がかき消えた。おそらくボイスチャット・コマンドでも仕込んでいたのは明らかだが、結果としてそれに気付くまでにそこそこ長い時間を要してしまった。
 ――5万人近くの人間の阿鼻叫喚が、俺の脳を完全に占拠した事によって。
 間違いなく生まれてから最も大音量を聞いたが、鼓膜には何の異常もない上、耳鳴りさえ発生しない事に凄まじい違和感を感じる。どれだけ損傷しても何の問題も無い、という湊の言葉は本当のようだ。
 などと場違いな考えを巡らせている内に、左腕が強く引っ張られた。そのまま未だに混乱の巷になっている人の円を出るまで走る。引っ張ったのは予想に反さずゼロだが、俺とは違い切羽詰まった顔をしている。
「お前は重度のネットゲーマーだな?そうだな?」
 早口で尋ねられるこの状況ながら失礼な質問だな、と先程までの俺なら思っただろうが、ゼロの表情の真剣さから、思わずコクコクと肯く。
「ああ、そうだ」
「条件クリア。なら分かるな?この後俺達はどうすればいい?」
 今までなぜか全く冷静さを欠かなかった俺は、ここにきてようやく事の重大さに気付いた。これは大規模な殺人事件に近い。身代金目的か、政府に恨みがあったのか、それともただの愉快犯か……とそこまで思考を回した所で狂症の影響だと気が付く。頭脳が堂々巡りを繰り返す事に嫌気さえ感じる。
 何をすればいいか?そんな事はもう決まっている。ひたすらにモンスターを狩ってレベルと金を稼ぎ、自己を強化し、このゲームをクリアする事。それに尽きる。それができなければ、ただただPSを上げ、低パラメータでもモンスターに立ち向かえるようになる事……。
 そこでふと気付く。それは自殺行為だ。今、俺達のHPは、現実世界の生死と密接にリンクしている。0になった瞬間、何らかの手段によって俺は殺されるのだ。その方法を知っていない分気持ちは楽だが、逆に死に方が分からず恐ろしい。
 では何をすべきか……俺は一つの結論に達した。頭の中に詳細なユグドラシル第一区の地図を広げる。これだけはホームページで公開されており、何度もチェックした甲斐があったと言えるだろう。
 それによると、中央にあるこのホームタウンとも呼ぶべき《ヴァルガット・ストリート》の南西およそ3キロメートル離れた場所に《ノルド》という名の小さな村が存在する。この手のRPGでは、これらの住居などのあるエリアは全てモンスターの不可侵エリアに指定されている上、その周辺は比較的敵が弱い。ならばここで大勢のプレイヤーが立ち往生している間にとっとと見捨て、カチ合わないように人の少ない場所に移動するのが典型だ。
 しかし――いくら一番初っ端だとはいえ、死への恐怖を振り切って村へと走り切る事が果たしてできるだろうか?
 だが、ここでたむろしていては騒いでいるプレイヤー群とそう変わらない。決意してゼロへと呼び掛ける。
「よく聞け。ここから南西に真っ直ぐ行くと、一つの村がある。そこならしばらくは安全だし、経験値だって稼ぎやすい。俺は今からそこに全力ダッシュで向かう。お前も来るか?」
「無論だ。オレはお前の考えに乗る。」
 即答し、拳を作って前に突き出すゼロに、俺も拳をぶつけて応える。一番初めにできた戦友だ。途中の戦闘で力尽きさせるわけにはいかないと、初のプレイヤー仲間として誓った。


 それからしばらくして、《ノルド》に二つの人影が入村した。
 
 

 
後書き
 どもです!@ひかりです!
 今回でようやく説明的な文章が終わります。次からはストーリー的なナニカを爆発させてバリバリ書いていきます。
 今回は長くなるなーと思ったんですが、そうでもなく結構短めで終わった事に安心と不安を同時に感じます。コワイです。
 あとがきがこれだけじゃ面白くないので、あとがきらしい事に触れて終わろうと思います。
 この小説を書き始めたきっかけは、PSVRの登場でした。もともとネトゲ中毒の節があった私ですが、VRのMMORPGに夢を馳せて書き始める事に致しました。
 参考になるかなと思ってこの手の小説を大量に買い込んでいるのですが、他の未読書を読むのに忙しく、全く手がつけられていません。既読の方々にどう評価されるのか楽しみだったりもしますが。
 それではまた、次の話でお会いしましょう! 
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