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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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ブリューヌ激動編
  第3話『約束の為に~ティッタの小さな願い』

両腕に緑の宝石を宿している青年は、懐かしい夢を見ていた。

――郊外調査騎士団を抜けるだと?ガイ――

――そうだ。――

――どこへ?何しに?一人で?――

――ルーク、俺はこれから……誰も死なせず、目の前に映る全てを救う道を探すつもりだ――

――そんな道があるなら、是非ともお教え願いたいものだな。俺の嫁にそっくりだ――

――……セシリー――

――今更逃げるとは言わせないぜ。救えない、助けられない生命なんて多い。一人で抱え込もうとするてめぇに、できる事はたかが知れてるんだよ――

――それでも、俺は力及ばずながら、戦乱の苦難に遭う人々を手助けしたい――

――あの時と全く同じことを言うな―

――ルーク……エインズワース?――

――何か俺の力を必要になったら、工房(リーザ)を訪ねてきな。その理想をずっと貫き続ける覚悟があるなら、何度でもあんたの心を打ちなおしてやる。目の前に映る全てを救う。あんたにそれ以外の道はないはずだぜ――

――ああ!分かっている!――

――逃げんなよ……勇者様――

ここで、夢は終わった。





「約束の為に~ティッタの小さな願い」






差し迫る『テナルディエ軍がアルサスに接触する前日』

あの戦い、凱とヴォジャノーイが人智を超える戦いが終わった後、マスハスとバートランは、くすんだ赤髪の若者の為に行動を再開した。
肝心な魔物といえば、あのあと影に潜るかのように地面に消えていき、気配を完全に消していた。Gストーンの反応もないから、おそらく大丈夫だろう。
とりあえず、ティッタと凱はヴォルン家の屋敷に戻ることにした。馬に乗れない凱とティッタは、マスハスとバートランにそれぞれ後ろに乗せてもらっていた。馬に乗れない凱の意外な弱点を、マスハスとバートランは、なぜか親近感をわかせていた。
凱とティッタはアルサスに帰ってきた。何をするためにと言われれば、もちろん主様をお迎えするためだ。
しかし、もうあの主様の顔を見ることを、声を聴くことも叶わないかもしれない。
ティグル様は必ず帰ってくる。最後まで信じている。信じているはずなのに……心のどこかで針の穴のような小さな不安が存在している。
二人はちょうど、2階のバルコニーに立っている。あの山に夕日が沈んでいく様を見ながら、明日のアルサスの事を憂いている。凱はどう言葉をかけたらいいか分からずにいた。

「なぁ、ティッタ」

侍女の返事はなかった。声を掛けた凱もどこか力強さがない。
彼も現実として理解している。どうあがいてもテナルディエ軍に勝てないことを――理解していながら、感情が納得してくれなかった。

(俺がアルサスを……)

そこまで考えると、凱は一拭して振り払う。
一個師団並み(歩兵一万~三万)の戦力を持つと、凱は誰かに例えられたことがある。敵軍の先頭と、アルサスの郊外で相対すれば、撃退すればいいかもしれない。だが、圧倒的な力で勝てばいいかと言えば、そうはいかない。人の心理は、行動は、時として常識と思考を超越する。
昔の人間はこういう言葉を残した「過ぎたる力は及ばざるがごとし」と――
少ない戦力で大きな戦力を破れば、当然、関係勢力は必要以上に警戒する。権力者はこう思うだろう。いつか付け入ってくるのかもしれないと。
そう思ったとき、昨日マスハス卿から聞いた――ディナントの戦い――の詳細を思い出した。
自国は二万五千。敵は半数以下の五千。
アルサスは位置の関係上、ライトメリッツと国境を接している。寸土とはいえ、戦略観点からして見逃せない点だ。
ブリューヌに油断があったとはいえ、たった五千の軍勢で五倍の兵力を一夜に壊走させた戦姫がいる。警戒し、しすぎることは決してない。無人の荒野を出現させて、戦意を挫く戦略。
力のあるものは相応の責務を果たす為に、国の「末端」より「中心」の存続を第一に考えて行動しなければならない。
もし、テナルディエ軍がアルサスを焼き払う遠因がそこにあるならば、まさに「過ぎたる力は何処までも及んでいく」ことを裏付けている。
両国の治水問題の言い争いから始まった火種は、様々な思惑という可燃物を得て、今まさに、アルサスという辺境の土地まで燃え広がろうとしている。
凱が直接手を貸すことで、同じように戦火が拡大していくのではないか?周辺を巻き込み、大陸を燃えカスで埋め尽くすことになるのではないか?

「もし、ご主人様が戻ってこなかったら……その」

凱が気まずそうに、ティッタに問う。
自分でもわかっている。健気な少女の心を揺さぶる質問をするのは、卑怯以外の何物でもない。それでも、聞いておかなくてはならない。ティッタにここで生命を落としてほしくないから。
もし、敵国の捕虜になって、現地の妻をめとったとしても――
もし、奴隷制度の国に売り飛ばされたとしても――
生きてさえいればあの山に夕日が沈んでいく様を見ながら、またいつか会えるという希望はある。生命を落とせば、その小さな願いさえも完全に断たれる。
別れは誰にだって悲しい。
凱には、ティッタがどれほどアルサスに、いや、今だ遠い国に捕まっているティグルヴルムド=ヴォルンに想いを馳せているかは分からない。でも……いや……だからこそ、この小さな侍女の生を望むのだ。
もう、留守を預かる生活が何日も続いている。身代金の要求期日を含む40日の前日。しかもちょうど、テナルディエ軍がアルサスに到着する。残された一日を終えてしまうのは、怖い。
絶望。脳裏に浮かんだ言葉がそれだった。
いつの時代でも権力者は、地図の上を、絶望と希望の色を何度も塗り替える。白を強引に黒へ、その二色をはっきりさせようとしている。時代という大海原はいつまでも、平和というさざ波のままではいられない。時代の風が煽るから戦争や革命といった荒波も訪れる。それ故に、世界という船は的確な判断を下して舵を切り、動乱を乗り越えなければならない。
アルサスという小舟もまた、例外ではない。
少し数える間をおいて、ティッタは言葉を紡ぐ。

「いいんです。後悔はありません。ティグル様の帰りを待ち続けます。何があっても真っ先にお迎えしたいんです」「くだらねぇ」

無垢な笑顔でそういった。その献身的な笑顔が、凱にはとても痛々しく見えた。
だから……

「お迎えしたい?簡単に言うな!」

だから……つい苛立ってしまう。結局は何もできない自分自身に、健気で優しいティッタに、焦土作戦を決行するテナルディエに、それに対する危機感のないアルサスに、そして、これまでの遠因を作ったブリューヌ王国に、ジスタート王政府に、ライトメリッツに、ヴォルン家の当主に、銀閃の風姫に対して、握りこぶしを作っていた。
驚いたティッタは凱と視線をあわせ、凱の突然のセリフに固まってしまう。

「ガイ……さん?」

少し震えた声で、凱は言った。やはりその声は先ほどと同じで力強さのないものだった。だが、それは想いが募るほどに徐々に増していく。

「……死んじまうんだぞ。もう二度と……会えなくなるんだぞ!死んじまったら……もう」

これ以上凱は、涙腺が緩みそうになって、うまく呂律が回らない。それは、ティッタとて同じだった。

「簡単になんか……言ってません」

「ティッタ?」

「あたしにとって、ここがティグル様とあたしを繋げてくれる唯一の場所なんです。もし、ここが消えてしまったら……消えてしまったら」

それ以上言うのがつらいのか、涙声に言うティッタ。
心と心を唯一繋とめてくれる場所。当主と侍女という身分の違いがあっても、全然かまわなかった。僅かな繋がりでも、嬉しかった。

「ガイさんは、あたしがティグル様をお迎えしたい事を「くだらない」といいましたけど……たった一人の大切な人を待ち続けるのが、そんなにくだらないことなんですか?」

それは、ティグルの記憶にあって、凱の知らないティッタの姿――
彼女の口から出た痛烈な言葉。凱は押され、ただ聞くがままになっていた。

――(おご)り――

……当たり前だ。たかが数日程度の還啓でティッタの事を、知った風な口を聞いていいはずがない。

どうせ叶わない願いなら、いっそ、自分の望む姿『主を待ち続ける侍女』を貫き通したい。もしかしたら……いいや、本当に、そんな風に考えているのか……

ティッタにも本当は分かっていた。凱だって、本当はこんなことを言いたくないのを。でも、自分の想いをぶつけるには、こう聞くしかなかった。
分かってほしい。あたしの想いを。
会いたい。ただその一心を。ティグル様の居場所を護る。守りたい。
本当を言えば、とても怖い。今でも逃げ出したいくらいに。怖いから、あたしは逃げることは出来ない。もう二度と会えない方が、もっと怖いから。

「ティッタ……俺は」

くだらないといった自分は、一体何なのだ?自分の理想をただ押し付けて、この子の芯の強さを分からなかった愚者でしかない。
帰ってきたティグルに相応しい言葉は、「お帰りなさい」だ。決して「さようなら」ではないはずだ。
凱、お前はどうする?獅子の牙を向ける相手は?誰に?何のために?
決められない。いや、そうではない。答えはもう出ているはずだ。
その道のりは……もう見えているはず。

――この少女の勇気に、俺は答えなきゃいけないんだ――

健気で純粋な想いが、無意味に『光』となって消えていく――そんなこと……見過ごせない!
見過ごせない!どうして……見過ごすことが出来ようか!

あろうことか、凱はいつの間にか、行動原理が打算的になっていたことに気付き、悔い、恥じるばかりだ。己の過去の罪が思い返されるばかり、勇者としての自分を見失いかけている。
情勢を塗り替える心配よりも、目の前に映るアルサスを救う。もう、迷ってはいけない。
そして、ティッタは体を震わせながら、力の限り叫んだ。

「ガイさん……あたしだって……あたしだって!本当は諦めたくない!」

理不尽な現実があったとしても、感情は納得しないのは、ティッタとて同じだった。
心は強くても、剣さえも持てない、力の弱いティッタは、今の凱と対照的だ。だからこそ、諦めたくないという言葉の重みが、心にのしかかる重みが違う。
強者では決して乗り越えられない、弱者のみが持てる心の強さを、この少女は得ようとしている。

「じゃあ諦めんな!」「でも!」「守ってやる!」「え?」


べらんめぇ口調の凱は、自分でも感情的になっていることに今更ながら気づいた。
お互い感情的になっているから、会話も返事も間を置かない。だが、凱の「守ってやる」はティッタの瞳を開かせた。

「俺が、君達の居場所(アルサス)、も、君のご主人様の帰るべき場所も、全部全部守らせてくれ!!」

「……」

「……正直、三千の兵を退けるのは難しい。ハッキリ言って……勝算があるわけじゃない。でも、君の居場所を守る為なら、俺は何でもする!」

勝算があるわけじゃない、というのは半分嘘かもしれない。
この先、情勢がどう傾くかは分からない。戦いの常識を覆す、丘の黒船のような存在の凱は、少なからずブリューヌに波紋を産むだろう。

「気持ちだけじゃ何も守れない。力だけじゃ何も残らない……」

『力』がなければ、『守りたい何か』にすがることはできない。
ただ『力』を振るうだけでは、『守りたい何か』に気付くことはできない。
凱は自分の手のひらを胸に当てる。

「守る為に力が欲しいなら、俺が『力』となる!あとは君の気持ち次第だ!聞かせてくれ!もう一度!君の本当の気持ちを!」

権力争いの道具に使われるのか、そうでないか、一途の不安は、結果的に凱の力もティッタの願いも飲み込んでしまう。
でも、守りたいと想う気持ちまでは、決して飲み込めない!少なくとも、凱はそう信じている!

「う……」

ダメ。感情が堪えきれない。

「うあああああああああああああ!!!」

ティッタは、思いのままに涙を流した。
小さな心の堤防が、ヴォルン家の侍女としての責務が、ティッタの涙をせき止めていたのかもしれない。そう思えてならない。

「力が……ティグル様の……みんなの居場所を……守りたいです……ガイさん……」

泣きじゃくる少女の背中をそっと叩いて頭をなでる。凱は小さく「絶対に……守ってみせる」と呟いていた。対してティッタは「はい!……はい!」とくしゃくしゃの涙を押し付けていた。
強い心と弱い力のティッタと――
強い力と弱い心の獅子王凱が――
二つの心を重ね合わせ、二人は新しい時代を切り開こうとしていた。

『力』は所詮、ただ『力』でしかない。

例え、凱が『人を超越した力』の振るう先が分からなくなったとしても――

ティッタの『想い』が、凱の『力』の振るう先を、教えてくれる。何度でも、示してくれる。

だから、凱は『力』を振るうのだ。やがて己の倒れるその日まで――
















――そして、運命の朝を迎える――

――テナルディエ軍は、2頭の竜を引き連れて、とうとうアルサスに土足で踏み込んできた――

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