モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜
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最終話 始まったばかり
――あれから、数日が過ぎた。
ドスファンゴが倒され、村人を脅かしていた悪辣ハンターも去ったことで、何処か寂れていたロノム村は徐々に活気を高めつつあった。
何より、ハンターを暖かく出迎える村人が増えたことが大きい。アダイトにしか懐かなかった子供達も、この数日のうちにクサンテやデンホルムにも寄り添うようになったのだ。
子供を肩車するデンホルムや、少女達とままごとに興じるクサンテの姿が珍しいものでなくなるのには、そう時間が掛らなかったのである。
村人全員を集めた宴でも。何気ない日常の中でも。必ずそこには、ハンターの姿がある。何でもないようなそれは、このロノム村にとっては大きな一歩なのだ。
――だが。出会いがあれば、必ず別れもある。
クサンテ達が村に打ち解けたのがすぐのことなら、彼女達が村を去る時が来たのもすぐのことであった。
荷物を纏め、出発の準備を進める彼女達の周りには、大勢の村人が集まっている。
「なあ! あんた達、本当に行っちまうのか!?」
「おねーちゃん、行っちゃうの……?」
「ごめんなさい……。私達にも、帰りを待ってる家族がいるの」
そんな人々に、クサンテは申し訳なさそうに目を伏せる。その肩に優しく手を添えるデンホルムも、鎮痛な面持ちだ。
彼ら二人を遠巻きに見つめるアダイトも、どこか神妙な表情で彼女達を見送ろうとしている。その傍らには、ギルドを総括する小柄の老人がいた。
「よいのか? あのまま行かせても」
「いいさ。元より、彼女達はあのドスファンゴを狩るためにハンターになった身だ。目的が果たされた今、無理にハンターを続ける理由もない。ユベルブ公国に帰って、平和に暮らしていくのが筋だろう」
「やれやれ……二人とも、お前さんのために命懸けで戦ってきたというのに、冷たいのう? ――アダルバート・ルークルセイダーさんや」
「よしてくれ。死の淵からあなたに拾われた十年前のあの日から、オレは――アダルバート・ルークルセイダーは死んでいる。今のオレは……いや、おいらはアダイト・クロスターだ」
「頑固じゃの。あの娘は、今でもお前さんを想うておるんじゃぞ?」
「――彼女はオレを亡くした悲しみを乗り越えたからこそ、ここまで強くなったんだ。それが今の彼女の原動力なら、オレは死んだままでいいさ。彼女の成長の枷には、なりたくない」
かつて騎士として、幼かった王女を守ろうとした少年は――一介のハンターとして、彼女を見送るつもりでいた。そんな教え子の選択を、ギルドマスターは渋い表情で見つめている。
すると――その会話の当事者だった姫君が、息を切らしてこちらに駆け込んできた。別れの挨拶には来たのだろう。
「……ありがとう。本当に、言葉にしきれないくらい、感謝しているわ。口には出さないだろうけど、デンホルムもね」
「あっはは! ま、そんな気はしてるよ。――とにかく。クサンテさん、短い間だったかも知れなかったけど、お疲れ様。いい土産話、ご家族に持っていってあげなよ」
「ええ。お父様もお母様も、アダルバート様のことはとても気に入っていらしたの。敵を討てたと知れば……きっと、お喜びになるわ」
誇らしげであり――どこか、切なげ。そんな笑顔を浮かべるクサンテを見上げるギルドマスターは、口に咥えたキセルからリング状の煙をポンポンと吹き上げると――ふと、思いついたように口を開く。
「おぉそうじゃ。クサンテさんや、最近いい情報が入っての」
「そうなの? ……ふふ。でも、もういいわ。その情報は、これからも戦って行く次代のハンターに伝えてあげて――」
「アダルバート・ルークルセイダーが、この地方のどこかで生きておるそうじゃ」
「――えッ!?」
「なぁっ……!?」
その爆弾発言に、クサンテだけでなく――隣で聞いていたアダイトまでが、目を剥いて驚愕していた。いきなり何を言い出すんだ、と怒り顔の彼に対し、老人はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ア、アダルバート様が……!? 確かなの!? その情報ッ!」
「おう、確かも確か。何せ、ギルド本部からせしめた情報じゃからのう。信憑性はあるぞよ」
「生きておられる……あぁ、アダルバート様がっ……!」
膝から崩れ落ち、泣き崩れるクサンテ。その様子を愉快そうに見遣るギルドマスターの首根っこを掴み、アダイトは小声で怒鳴りつけた。
(何を考えてんだあなたは! もうちょっとで彼女達が平和に暮らせるようになるって時にッ!)
(ほっほっほ。幼気な少女の純愛を、十年弄んだ罰じゃ。ちっとは、女心に苦労してみい)
(何を言ってるのかさっぱりわからな――ッ!?)
だが、その怒りの言葉が最後まで続くことはなかった。クサンテが急に立ち上がり、デンホルムや村人達がいる場所まで爆走したからである。
その行為から、これから始まる事態を想像し――アダイトは、観念したようにため息をつく。その横では、してやったりの表情で小さな老人がケタケタと笑っていた。
「地方――となると、まずはこの近辺からね! だけど、そのためにはまず捜索費用を稼がなくては!」
「ひ、姫様? ギルドマスターと、一体なにを話されて……?」
「何をモタモタしてるのデンホルム! ちんたらしてる暇があったら、さっさとクエストを用意しなさい! とにかく報酬が高額な奴からッ!」
「姫様!? 突然何を!?」
「グダグダ言ってないで、さっさと取って来るッ!」
「は、は、はいただいまッ!」
「……なんだかよくわからねぇが、あんた達、まだ村に居てくれるってことか!?」
「わぁーい! おねーちゃんと一緒ぉ!」
いきなりの方向転換に振り回されるデンホルム。意味がわからないなりに、クサンテの意向に歓声を上げる村人達。
そんな彼らの光景を前に、もはや取り返しがつかない、とアダイトは頭を抱え込む。そんな彼の前に、ハンター続行宣言を終えたばかりのクサンテが現れた。
「さ、次のクエストに行くわよ。アダイト! もたもたしてる暇はないんだから。――待っててくださいアダルバート様! 今、クサンテ・ユベルブが参りますっ!」
「……はは、参ったなぁ、もう」
「アダイト・クロスター! 貴様、姫様への不埒な真似は許さぬぞ!」
彼女に手を引かれるまま、アダイトは苦笑いを浮かべて村人達の輪へと入って行く。その瞳には、幼き日と変わらぬ笑顔で自分の手を引く、妹のような婚約者の姿があった。
(こりゃあ、バレるのも時間の問題かぁ……)
――そう。彼らの旅路はまだ、始まったばかり……。
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