| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

STARDUST∮FLAMEHAZE

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#1
  STRENGTH ~The Cyclops~

【1】


 天空からの陽光を煌めかせる大海原を、風を背に受ける全装帆船が進んでいく。
 陸上で聴くのとはまた違う緩やかな且つ壮大な波音。
 渡る海鳥の羽ばたきが間近で響き、鳴き声の残響と共に白い澪が後に曳かれる。
 その普遍に広がる青海の只中で、
「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
「オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアアア
アアアアァァァァァァァ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
凛々しい少女の喊声と勇壮な青年の叫声が轟いた。
 全長を100メートルを越える巨大な帆船を円周上に取り囲むように、
二つの影が眼にも止まらぬスピードで何度も交錯する。
 その度に深紅の火の粉と白金の燐光が空間に弾け、
一方が押せばもう一方はソレ以上の勢いで押し返すといった
一撃必倒、蹉跌(さてつ)必滅の危うい拮抗の許、双影は何度もブツかり合う。
 幾度も不自然に立ち昇る奇妙な水柱を目の当たりにしながら、
船の欄干に凭れる男が言った。
「まったく、飽きもせずよくやるねぇ~。あの二人はよぉ~」
 鷹揚な声でそう漏らす男の瞳は海原に引けを取らず青く、
その銀色の髪は空に向けて雄々しく梳き上がっている。
「香港を出航してもう5日。
今のところはDIOの追っ手もなく旅は順調ですから
力を持て余してるんでしょう。
何しろ日本を出てから戦いの連続でしたからね」
 少し離れた位置、備え付けのガーデンチェアーで文庫本のページを捲る
中性的な美男子が穏やかな声で応えた。
「お~い、二人共もう少し遠くでやってくれんかぁ~?
魚が逃げてしまうのでなぁ~」
 銀髪と茶髪の青年とは反対側の位置で、
釣り糸を垂らした老人の間延びした声が流れる。
 ソレに呼応するように、高速で激突していた二つの影が一瞬止まり
申し合わせたように西側へと移動していった。
「しかし、正直スゲェな。あの空条 承太郎って男はよ。
まだ 『スタンド能力』 に目醒めて一ヶ月かそこらなんだろ?
それなのにあそこまで自在にスタンドを使いこなすとは」
 先刻までのやや軽薄な雰囲気が一転、
入念に研磨されたサーベルの切っ先のような視線でその男、
J・P・ポルナレフは闘気を裡に秘めた感慨を漏らす。
「極限の才能、日々の弛まぬ研鑽もあるでしょうが、
一番の理由は彼が “背負っているモノ” の重さでしょう。
何をどうしたって負けられない、死んですいませんでは済まない戦いですから」
 不承ながら彼の理解者だと自負しているその美男子、
花京院 典明がポルナレフの傍に立って言った。
「DIOの 「呪縛」 に拠って、死の淵に瀕しているという母親の為、か……
確かに 『その為になら』 どんな犠牲をも厭わず成長するしかないだろうな。
スタンドは精神の原動力(エネルギー)
強い決意や覚悟を持った者にこそ、絶大な力を与える」
 承太郎の持つ行動原理に、密かな共感を示したように銀髪の青年は呟く。
 その隣に佇む美男子も、瞳を閉じて追想に浸った。
(……)
 脳裡に甦る、深い菫色の瞳と嫋やかな栗色の髪を携えた、一人の女性。
 自分もその女性(ヒト)の為になら、そんな強い決意や覚悟を抱く事が
出来るのだろうか?
 性急で強引で、始末に負えない所も多分にあるが、
その本質は自分が想っているよりもずっと儚く壊れやすい、
護ってあげたいという気持ちを想わせる女性(ヒト)の為に。
 今は傍にいないその美女を想い出の中で静かに眠らせた花京院は、
再び眼前でブツかり合う二つの影にその琥珀色の瞳を移した。 




(地の利は、正直無いと考えた方が良さそうね。
舐めてたわけじゃないけど “制空圏” の分、
心の何処かで弛みが在ったのは否めない。
だから攻めきれない、対応される、虚を突かれる……ッ!)
 寂びた黒衣をはためかせ上空に佇む一人の少女。
 その双眸は、炎を凝結させたかの如き色彩の真紅。
 気流に靡く長い髪も同様に、さながら烈火の化身の如く紅い。
 背に陽炎舞い踊る紅蓮の双翼を大きく拡げ、眼下に佇む一人の男を睨め付ける。
「……」
 その男はマキシコートのような学生服を風に揺らし、
気高きライトグリーンの瞳でこちらを見据えながら不敵な微笑を浮かべている。
 しかしいま現在注視すべきは、
人類史上類を見ない、その神にも等しき美貌ではない。
 この世を司る万物の法則を無視し、
彼が 『海面に立っている』 というその事実。
 何故 “波紋使い” そして “紅世の徒” でもない
『スタンド使い』 が宙に浮くことが出来るのか?
 ソレは、ほんの数日前香港にて繰り広げられた、
狂猛なる紅世の王 “蹂躙の爪牙” マルコシアスとの激戦に由来。
 アノ時、その最終局面で承太郎は己のスタンドパワーを全開にし、
周囲の重力を振り切って顕現した王と真正面から対峙した。
 その事実を明確に認識し、更にソレを「応用」するコトによって
彼は新たなるスタンド操作の可能性を見いだしたのだ。
 常にスタンドパワーを全開にしていれば、
確かに宙へ浮くことは出来るが効果は持続せず
すぐに力尽きてしまう。
 故にパワーをスタンドの足のみに限定、
スタープラチナの質量を支え得るだけの力場を
最小限の部分に集束しエネルギーの消費を抑える。
「本体」 である自身はスタンドの 「法則」 により傍に佇む。
 今現在 「海」 を足場にしているのは地表をイメージし易く
エネルギーの流れが潤滑に行われるからである。
 一つの戦いを終え、次なる戦いに備えてあらゆる状況を想定し
対応しようとする洞察力と成長性。
 その妥協無き姿勢をストイックに貫く無頼の貴公子は、
双肩にかかる労苦を厭うコトも無くスタンドと共に手を招く。
(この、バケモノ……ッ!)
 言葉は悪いが波間に屹立する青年への称賛半分嫉妬半分の心情で、
少女は背の双翼から火を噴きながら真下へと急襲を掛ける。
 その手には身の丈に匹敵する大刀が握られ、
煌めく白刃の切っ先は標的から微塵もブレる事のない刺突を形成している。
(――ッッ!!)
 己の肩口目掛けて頭上から直進してくる切っ先を、
二対の瞳で凝視する青年。
 定石通りに処するならばバックステップで追撃圏内より距離を取るか、
可能な限り引き付けて避け死角の位置に回り込む、
否、ソレ以前に徒手で武器を持った者と戦うべきではない。
 しかし無頼の貴公子の取った行動は何れのモノでもない。
 敢えて回避を捨て去り、迎え撃つという選択。
 無数の鉄鋲が穿たれたブラスナックルの甲側で大刀の(しのぎ) を軋らせながら逸らし、
突貫の勢いを殺しながら少女の己の内側へと向かい入れる。
 一つタイミングを間違えれば、左腕切断か肩部貫通という被虐を迎えかねない暴挙。
 しかし、勝機とは危険値(リスク)と等価交換で手にするモノ。
 逃げる事に固執すれば一度や二度はなんとか凌げるかも知れないが、
最終的には抜き差し成らない状況に追い詰められてしまう。
 勝つには、生き残るには、そして何かを護るには、
痛みや傷を覚悟しても結局は前に出るしかない。
 中途半端に決断を先送りにする者、
優遊不断に己自身すら背負えない者に
勝利の女神は決して微笑まない。
「こ、この、離せッ!」
 突貫の勢いを殺され結果的に相手の懐へと飛び込むだけとなってしまった
炎髪の少女は、黒衣の襟元を掴むスタンドの右手を外そうと身を(よじ)る。
 頼みの大太刀は、逸らされると同時に腕を絡ませつつ掴まれた
肘外側の拘束で満足に動かせない。
「フッ、いいのか? 離しても。なら」
 至近距離での膠着も僅かに、青年が笑みを強くした刹那。
「想う存分、そうさせて貰うぜ……!」
「――ッッ!?」
 瞬間、少女の視界が360°開け、更にその風景が高速で攪拌された。
 相手の身体の一部を掴んだ状態で、足裏を起点に伝わるスタンドの瞬発力で
螺旋の軌道を描き上方へと投擲、重力と遠心力に拠って威力を増大させながら
受け身も執らさず地表へと叩きつける荒技。
 燐纏旋昇。荒天の槌撃。
 流星の流法(モード)
流 星 群 漣 綸(スター・スパイラル)廻流(カイル)
流法者名-空条 承太郎
破壊力-A スピード-A 射程距離-E (接触、膠着状態のみ)
持続力-B 精密動作性-A 成長性-C




(――あうぅッ!!)
 全身の自由を隈無く奪う乱気流の中、少女は声無き辛苦を漏らした。
 口内を切るので悲鳴を発する事は出来ず、
眩惑の効果を少しでも軽減させる為
閉じそうになる瞳を無理に抉じ開け、一点を凝視し続ける。
 しかし。
(急昇の加速で掛かる重力で身動きが執れない……!
しかも上下の区別が付かないからヘタに “双翼” を発動させたら自爆する……ッ!)
 一定の速度を超えれば、緩やかな水面も頑強な 「鋼鉄」 と化す。
 廻転に伴う眩暈と怖気に神経を苛まれながらも、
少女は研ぎ澄まされた分析力で瞬時に状況を把握し
その対応策をも紡ぎ出した。
 手にした大太刀を背に構えその腹へ足裏を押し当て爆散、
ソレに双翼の飛翔力を上乗せして白金の乱気流からの脱出を図る。
 力の方向性が狂わされるなら、絶対に間違えようがない力場を形成して
他をソレに併せれば良い。
 他の宝具ならいざ知らず、長い年月死線を共にしてきた自分の愛刀、
“贄殿遮那” の存在感は間違えようがない。
「っく、うぅ」
 物理的な損害は無きに等しいが、
ブレる視界とグラつく頭蓋を何とか平静に戻そうと
少女は呼吸を整える。
 幸いにも抜け出た場所は上空。
 アイツの攻撃は 『絶対に届かない』 理由があるので確実に先手は取れる。
 裏を返せば、自分が攻撃を仕掛けるまでアイツは攻撃できないというコト。
 このまま互いに攻撃せず両竦みに陥るような芸の無い事は望んでないが、
平衡感覚が回復するまで休んでも罰は当たらないだろう。
 そう想い少女が安堵の吐息を漏らした刹那。
「――ッッ!!」
 突如下方から疾走る、白金の閃光群。
 意識を身体機能の方へ向けていたので完全に虚を突かれた恰好。
(そうだ……ッ! “遠隔能力” 遣えるんだった……!)
 己の眼下で勝利を確信したように微笑を刻む青年と、
その脇で左手を伸ばした右腕の肘に(あてが) い、
張り詰めた指先を構える勇猛な守護者。 
 二人が放ったのは、幽塵煌めく星貫の烈撃、
流星の流法(モード) “スター・バレット”
 流法(モード)の性質上2発以上撃てず攻撃力の低下も招くので常用は出来ないが、
遣い処を誤らなければ奇襲、追撃には最大の効果を発揮する能力。
「きゃうッ!」
 遍く白金の閃光(ヒカリ)が黒衣を撃ち抜き、
か細い悲鳴を上げて少女の躰がグラリと傾いた。
 そのまま背に携えた双翼をはためかすコトもなく、
海面へと垂直に落下していく。
 双眸を閉じ、髪を気流に乱し、黒衣の切れ端を散らしながら。
(やれやれ、チョイとキレイに()まり過ぎたか?
まぁ 『今まで視せてなかった』 流法(ワザ)の連携だから無理もねぇが……)
 少女の躰が崩れた時から既に動き始めていた無頼の貴公子は、
スタンドと共に海面へ波紋を描きながら落下してくる少女の傍へと駆け寄る。
 そして着水地点に先回りし、その華奢な躰を受け止めようとスタンドの両腕を広げた。
(まぁよく頑張ったが、ここはオレの作戦勝、)
 心中で呟きながら眠り姫のように無垢な少女の顔を承太郎が見上げた刹那。
(――ッッ!!)
 突如閉じていた双眸が、険難な光を宿しながら見開いた。
( “来てくれると” 想ってたわよ……ッ!)
 まるで空から舞い降りた精霊が、突如邪気に充ち充ちた妖魔へと
変貌を遂げたような衝撃。
 継いで逆鏡の状態から、微塵の容赦もなく大刀の一撃が繰り出される。
( “死んだふり” かよ……!)  
 小悪魔的な微笑を刻む少女を瞳に映しながら、
何故か自分も口元を軋らせて微笑っていると承太郎は認識した。
 ヴァグォォォッッ!!
 波をさざめく炸裂音と共にスタンドの胸部に贄殿遮那の峰が撃ち込まれ、
苦悶と共に後方に吹き飛ばされたスタープラチナと承太郎は
海面に水飛沫を吹き散らしながら前傾姿勢で留まる。
 相手の好意を逆手に取る一見えげつない戦法だが、
対峙している当の二人が微塵もそんな事は感じていない。
 互いに不敵な笑みを浮かべつつ、炎を噴き出し波紋を湧き立たせ、
両者は再度真正面から激突する。
「……ところで、一つ訊いてもよろしいですか? ポルナレフさん」
 瞬きも赦されぬ一進一退の攻防を目の当たりにしながら、
花京院は隣に佇む銀髪の青年に問いかけた。
「どっちが勝つか、かい? 何なら賭けるか? 花京院」
 磊落な口調に、翡翠の美男子は微笑で否定の意を示した。
「失礼ですが、アノ男、DIOとは一体いつ遭遇したのですか?
何分情報が不足しているので、差し支えなければ教えて戴きたいのですが」
「……」
 大らかだった男の雰囲気が、一瞬で重く張り詰めた。
 触れてはいけない 「過去」 想い出したくない 「屈辱」
何れも重々承知していながらそれでも花京院は訊いた。
 己も彼も、共通の恩義と目的を持つ “同類” だから。
「ソレに答える前に、一つこちらからも訊かせてもらおう。
花京院、貴公 “両腕とも右腕の男” を知っているか?」
 冷厳な決意を宿す青い瞳でそう問うポルナレフに、
花京院は意を突かれたように呼気を呑む。
 ここに於ける男とは、当然 『スタンド使い』 のコト。
「知っているのかッ!? 今どこにいるのか解るのか!?
頼む! 教えてくれッ!」 
 花京院の反応から脈を得たのか、ポルナレフは彼の両肩を強く掴み激しく揺さぶった。
「……いいえ、残念ながら “男” は知りません。
それに、見たとは言っても、遠間から一瞥しただけなので
見間違いかもしれませんが」
 乱行を窘めるわけでもなく、
花京院はポルナレフのされるがままに言葉を返した。
 嘗て心の隙を突かれDIOの下僕にされた者同士、
冷静でいられなくなるのは痛いほど解る。
「どういう、意味だ?」
「ボクが見たのは、男ではなく “女性” です。
しかしいつも黒いショールで両腕を覆っていたので、
その隙間から一瞬垣間見えただけなのです。
直接確認わけしたではないので、確信は持てません」
「そ、その “女” というのは、まさか……」
「えぇ、DIOの側近で、事実上最大のスタンド使いと云われている、アノ女性です」
 二人の脳裡へ浮かぶ、闇冥の水晶が人の形容に具現化したかのような
妖艶さをその()に纏う褐色の麗人。
 遍く無数の異能者の中でも、
能力、知性共に余人の追随を赦さない、美貌の占星師。
「エンヤ……100年以上生きていると云われる、
アノ “魔女” か。
元より無敵のスタンド使いだったのにも関わらず、
DIOの血を受けた事により更に手が付けられなくなったという……」
「彼女自身、という事は無いと想いますが、
貴方が探している人物がその “血縁” で
在るという可能性は考えられると想います。
スタンドと同じように、そのような肉体的特徴というのは 「遺伝」 しますから」
「不覚、 “(かたき) ” の傍まで近づいておきながら、
肝心のこのオレが “肉の芽” で何も出来なかったとはな」
「仇?」
 握った拳を震わせて歯噛みするポルナレフに花京院は問い返した。
「……今話したその男は、オレの “妹” を殺したのだ」
「ッ!」
 息を呑む美男子に銀髪の青年は続けた。
 彼も、どこかで話すキッカケを探していたように想えた。
 人は自分が考えるほど、心の中にある 「秘密」 を
何年も何年も隠し続ける事は決して出来ない。
「もう、三年も前の話だ。
オレの妹も 『スタンド使い』 だったのだが、
殆ど抵抗らしき抵抗も出来ずに殺されたらしい。
九死に一生、学校の帰り道を共にしていた友人の話だ。
凶器も他に目撃者もいなかった事から事件は迷宮入りしたが、
オレはその男を追う事を諦めなかった。
法律で裁けぬならば、同じ 『能力』 を持つオレが裁くしかないからだ……!」 
「……それで、ボク達に同行を?」
 筆舌に尽くしがたい憤怒と苦渋を噛み殺しながら告げるポルナレフに、
気圧されながらも花京院は訊く。
「あぁ、香港で言った事に偽りはないが、本来の目的はソコなのだ。
貴公等を襲い来る 『スタンド使い』 達を倒していけば、
その中にきっとヤツが……!
最低でも手懸かり位は掴めると想ってな」
 そこで一度言葉を切り、ポルナレフは口元を不気味に歪めた。
「しかし、幸先は悪くないようだ。
速くもそんな有益な情報を得る事が出来ようとは。
目的の男がエンヤの血縁というのなら、当然DIOの配下に降っている筈だ。
そしてソイツはいずれ必ずオレの前に姿を現す……!
ククク、やはりこの旅に同行して正解だったぞ」
 そう言ってポルナレフは、
その精悍な風貌に不釣り合いの倒錯的な笑みを浮かべ、
昏い愉悦に浸るように躯を震わせる。
 花京院は強い既視感を抱きながら、
その横顔に “誰か” の風貌を重ねる。
 しかし、その行為を留まらせようとも、諭そうとも想わなかった。
 彼に、彼女に 『こんな顔をさせた者』 にこそ
然るべき 「報い」 を下してやろうと想った。
「その時が来たら、言ってください。協力は惜しみませんよ」
 たゆたう波間を見据えながら、翡翠の美男子は両腕を腰の位置で組み静かに呟く。
 銀髪の青年は己の本懐が受け入れられた事に
意外そうな表情を浮かべながらも、
彼と同じ方向に視線を送った。
「なら、一つだけ頼もうか。 “何もするな” 」
「……!」
 意外な申し出に花京院が向き直ると既に、
ポルナレフは硬い決意に充ちた青い瞳でこちらを見つめていた。
「約束したぞ? その男が見つかっても、仮にオレが死んだとしても、
『絶対に何もするな』
コレはオレ自身の 『運命』 に対する決着。
他人の力を借りては意味がないのだ」
「し、しかし!」
 反論しようとする花京院を、ポルナレフは右手を広げて押し止めた。
「君は、良い男だなぁ。
でもその気持ちだけで充分だ。
君には君のやるべき事があるだろう。
まずはソレを果たす事に心血を注ぐべきだ。
なぁに、オレもむざむざやられる気はない。
実力の程は、香港でお見せしただろう?」
 そう打って変わった陽気な口調で、明るい笑顔を自分に向けてくる。
 その本性が凄惨な 『復讐者』 であるとは信じられない位に。
 否、きっと 『こちらの方が』 彼の本当の顔なのだろう。
「……」
 結局、何も言う事が出来ないまま花京院は海原に視線を戻した。
 しかしそれでも、彼の為に出来る事は何か在る筈だと新たな決意を固めていた。 
 深紅と白金の光は、まだ視界でブツかり合っている。 





【2】



炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)ッッッッ!!!!」
流 星 爆 裂 弾(スター・ブレイカー)ッッッッ!!!!」
 真紅の高架と白金の轟拳が真正面から激突する。 
 そのまま互いに微動だにするコトもない膠着状態に陥り、
二つの色彩は空間で燻る。
 ヴァアアアァァッッッッ!!!!
 やがてそれぞれの撃ち放った流法と流式が同時に弾け飛び、
その余波が波間を大きく蠢かし帆船を揺らす。
「うおぉぉッッ!?」 
 甲板上に固定されたフィッシング・チェアーから
ジョセフが頓狂な声をあげて転げ落ちた。
 花京院がそちらに意識を向けた一瞬の間に、
海上での熾烈なる戦いは決着が付いていた。
「……」
「……」
 承太郎の操るスタンドの右拳が、シャナの握る大太刀の切っ先が、
互いの左胸に、触れるか触れないかギリギリの位置でそれぞれ停止している。
 全力で撃ち放った能力が相殺しても、
余波に怯まずいち早く相手に攻撃を仕掛けようとした結末。
 ゼロコンマ数秒以下の中でどちらの攻撃が先に届いたかというのは愚問に等しく、
この勝負の帰趨は海面に佇む二人にとって明らか。
「これで……」
「37戦、37引き分け、ね」 
 短くそう呟きどちらからともなく己のスタンドと白刃を相手の致命点から引く。
「やれやれ、ようやく終わったか」
 いつのまにか花京院の傍に来ていたジョセフが、
老齢の割りに逞しく鍛え上げられた右腕を大きく振る。
「おお~い!! 二人共ぉ~!! 
それくらいでそろそろ休憩したらどうじゃあ~!!
食事にしよう~!!」
 遠間から届く耳慣れた声に、
二人は海原を蹴り火の粉を舞い散らして甲板へと向かってきた。
「シャナ、オメーよ。大刀峰に返さなくていいぜ。
()き身じゃねーといまいち緊張感がでねぇ」
「うるさいうるさいうるさい。
だったらおまえも首から上狙ってきなさいよ。
拳だって本気で握ってないでしょう」
 波を被った為、微かに汐の香りを漂わせながら
承太郎、シャナの二人は甲板にあがるなり殺伐とした言葉を交じわせた。
「兎に角、昼食が済んだらもう一度やるわよ。
負けた方が、勝った方の言うコトなんでも一回聞く」
「オレにメリットは無さそうな条件だがな。
ま、勝ったら肩でも揉んでもらおうか」
「せいぜい今の内に言ってなさい。後で泣いてもしらないから」
 戦闘終了後にも関わらず、
埋み火のように好戦的な表情のまま船内の食堂へと赴く両者。
 そこに。
「ダメだ」
 突如荘厳な男の声が、有無を云わさぬ口調でシャナの胸元からあがった。
「アラストール?」
 炎の深紅から元の黒髪に戻った少女が、
漆黒の球に二つのリングが絡んだペンダントに問う。 
「シャナ、ここのところ空条 承太郎との模擬戦に時間を割き過ぎだ。
実戦の勘を研ぎ澄ますのも悪くはないが、基本を疎かにしては成長は覚束ぬ」
「あ、う、うん……でも、」
 己の箴言(しんげん)に殆ど逆らう事のない少女が、
反論というわけではないが僅かに口を籠もらせた。
 まるで夢中になっている遊戯を、親に窘められた子供のように。
 間違った忠告したつもりはないが、
何故か自分が不義を行ってしまったような何とも云えぬ感覚の許、
紅世最強の王 “天壌の劫火” は押し黙る。
 そこに意外な助け船。
「ま、アラストールの言う通りだな。
確かに香港を出てから訓練内容が偏ってたぜ。
あの犬ッコロをブッ倒した感覚が抜けねーから考え無しに暴れてたが、
それじゃあ “アノヤロー” には通じねぇ。
一度頭を冷やした方が良さそうだ」
 そのライトグリーンの瞳に怜悧な光を宿しながら、
承太郎がアラストールの言い分を肯定する。
「うむ」
 結果的に己の主張を補完してくれたので、
本来は謝意を示すのが正当であるが
アラストールはそれとは真逆の感情で一言漏らすのみだった。
 無論承太郎自身に邪な他意など微塵もなく、
それ以前に自分に対しては少女に劣らぬ 「敬意」 を
彼が抱いているのも知っているが、
『そうであるが故に』 深遠なる炎の魔神は自分でも理解不能の感情に囚われる。
 この世ならざる紅世の徒ではあるが、
その本質は分別のある人格者である為
少女が自分以外の “誰か” に好意を寄せる事は概ね認めており、
いずれは 『そういう者が現れる事』 にも異存はなかったつもりだが、
ソレが本当に 「つもり」 に過ぎなかったという事を思い知らされた。
 主観的にも客観的に視ても、
この空条 承太郎という男には非の打ち所がなく、
欠点らしい欠点というのは殆ど見当たらない。
 ()いて言うなら無愛想な所と少し短気な所だが、
コレは自分や少女もその範疇に含まれるので詭弁だろう。
(結局、どのような “男” でも認めぬという事、か?
イヤ、しかし……)
 そのような狭量さを許容出来ぬ王の気位から反論を試みるが、
巧く論理が噛み合わず陰鬱とした気分が立ち込める。
 第一自分はシャナと一心同体ではあるが
彼女は自分の 「人形」 ではないので、
彼女が自分の意志でそうと決めた相手なら口出しをする権利はないし、
それが能力的、人格的に優れた者であるならフレイムヘイズとして協力してやる事も
吝かでない筈なのだが、何故かソレとは裏腹の気持ちばかりが心中を充たしてしまう。
 この禁縛にも似た想いの奔流は一体何なのだとアラストールが思い悩み、
それが我が娘を想う肉親の情なら当然の事なのだと世界が流れる間に
場所は食堂に移っていた。 



 
 断続的に響く、洋食器が触れ合う音と様々な料理の咀嚼音。
 食する者は誰も殆ど言葉を発さないが、
その事がズラリと並んだ料理の質、量共に文句がないという証なのだろう。
「おいジジイ、スープがもう空だぜ。代わりを持ってこい」
「ねぇジョセフ、このオムレツ、もう一つ作ってもらっても良い?」
「なぁジョースターさん、オレのソテーはまだかい?
前のはもう骨まで喰っちまったぜ」
「おまえらなぁ~。
シャナは兎も角、少しは手伝ったらどうじゃ」
 三者三様の追加注文に、エプロン姿のジョセフ (妙に似合う) は
フライパンの上で卵を器用に返しながら苦言を呈した。
 無用な犠牲者を出さない為、今この船にはジョセフ一行しか乗っておらず
航行はハイテクコンピューターによる自動操縦になっているが、
その他の日常生活は当然自分達で行わなければならない。
 掃除や洗濯、風呂炊き等は巧く役割分担を決めたのだが、
この 「料理当番」 だけは何故かジョセフの専門役職となってしまった。
 曰く。
 承太郎→出来るがやりたくねぇ。
 シャナ→料理って、温めたりお湯注ぐだけじゃないんだ。
 ポルナレフ→オレが腕を振るうのは麗しい淑女(レディ)だけだぜぇ~。
 だそうである。
「いつもすまんのぉ~、花京院」 
 老齢の紳士は調理の片手間に隣で手伝う中性的な美男子に言う。
「いいえ、料理は好きですから」
 花京院は慣れた手つきで生野菜を刻みながら、嫌味のない笑顔を返す。
 高校に入った当初から一人暮らしをしている為か、
その腕前はかなりのものだった。
「……」
 何となく、将来この子と結婚する女性は幸せ者じゃなと
自分の孫を見るような視線を花京院に送っていたジョセフの耳元に、 
「ジジイ」
「ジョセフ」
「ジョースターさん」
テーブルにつくクルーからの追加注文が届いた。 





【3】


 彼方の水平線へ融け込むように沈んでいく、大海原の夕焼け。
 船首部でその闃寂なる斜陽に翳る事なく、
真紅の瞳と深紅の髪を巍然と示す一人の少女。
 触れたら切れる程に鋭く張り詰めた視線の先、
広げた右掌中に無数の火の粉が条と成って集束していく。
 やがてソレは一つの形容を執りその姿を顕す。
『KUUU、WAAAAAAAA』
 手の中で生まれた炎の “鳥人” が、
その大きさに見合わぬ凛然とした声で高らかに鳴いた。
 まるで、生み出した少女の分身であるかのように。
「よしッ!」
 以前のように気勢を荒げず、その存在を生み出せた事に少女は会心を謳う。
 そこに。
「なかなか、順調のようだな」
 勇壮な青年の声が静かに到来した。
「どうしたの?」
「イヤ、チョイと夕陽を眺めに、かな」
 黄昏にピアスを煌めかせながら欄干に凭れる青年に、
なんだ自分に逢いに来たんじゃないのかと少女は淡い嘆息を漏らす。
「用がないなら邪魔しないでくれる。せっかく集中してるんだから」
「あぁ、しばらくしたら消えるよ。まぁ気にすんな」
 棘のあるシャナの言葉に、承太郎は海原を見据えながら鷹揚に返した。
 手の平の鳥人が彼の肩に飛び移ろうとするのを、
何故か生み出した本人が必死に止める。
「大分巧く操作は出来るようになったようだが、
まだ実戦レベルにまで大きくするのは無理か?」
「う、うるさいうるさいうるさい。
まずはこのサイズでの操作精度を可能な限り磨くの。
そうすれば大きくした時、同等以上に操るコトが出来る。
一見遠回りに見えるけど、ソレが一番の近道なのよ」
 そう言って少女は手の平の鳥人に構えを執らせ、
小さな炎弾を空間に撒き散らす。
「そうか。頑張れよ」
「!」
 予期せぬ穏やかな言葉に少女は手の平から視線を移した。
「DIOのヤローも、
まさかおまえが 『スタンド』 使ってくるとは想わねぇだろうからよ。
しかもソレは通常の 「法則(ルール)」 を無視しまくった特別製だしな。
期待してるぜ、ヤローの青ざめた(ツラ)が今から楽しみなんでな」
 気高き瞳と風貌を黄金色に照らされて微笑む、無頼の貴公子。
 その神秘的な姿を真紅の双眸に映した少女の裡で、一度鼓動が大きく脈を打った。
「さて、いつまでも練習の邪魔しちゃ悪ィな。
オレァそろそろ退散するぜ。あばよ」 
(むう)
 もう一度何か言ったら窘めようと想っていたアラストールが、
彼の勘の鋭さ(本人は何も考えていないが)に不満げな声を漏らす。
 そこに。
「ねぇ?」
「あん?」
 両手を制服のポケットに突っ込み、襟元の鎖を鳴らしていた
承太郎が振り向いた。 
「出来ると、想う? 本当に?」
 煌めく海原を背景に、黄昏色に染まった青年と少女の瞳が交差する。
 承太郎は視線を逸らさぬまま静かに呟いた。
「出来るさ。おまえになら、何だって」
「!」
 再び鼓動が、今度は高く澄んだ音階で響く。
 何で、何でそんなコトを、微塵の疑いも持たずに言えるのだろう?
 自分だって正直不安な、失敗したらどうしようという気持ちを
懸命に抑えて新儀の開発に臨んでいるのに。
 でも無責任とも呼べるその言葉に反発する気持ちは全く起こらず、
鼓動は断続的に熱く高まっていった。 
 だって、本当に今なら、何でも出来そうな気がしたから。
「……」
 自分でも意図が解らず、勝手に進み出た足。
 今ある距離が、そのまま彼と自分の心の距離。
 それを無思慮に詰めていけば、一体どうなるのか?
 理解しているような、できなくても別に構わないという
曖昧ながらも強い気持ちの許、少女は青年の傍に歩み寄る。
 その刹那。
「よぉ~、承太郎。こんな所にいたのか? 探したぜぇ~」
 甲板の向こう側から銀髪の男が、
その鍛え抜かれた躯を鮮やかに照らされながら歩いてきた。
 敵からの不意打ちを避けるように、シャナは視線を鋭く背後に飛び去る。
 その声の主、J・P・ポルナレフは少女の奇妙な行動に瞳を瞬かせたが、
特に気に止めた様子もなく承太郎の傍に立った。
「おまえギター弾けるんだろぉ~?
なら暇潰しにセッションしようぜセッション。
ジョースターさんも花京院も、晩飯の用意で忙しいみたいだからよぉ~」
 どことなく間延びした声でポルナレフは()く真似をしながら
無頼の貴公子の肩に腕を乗せた。
 承太郎の方も別段イヤな顔はせず普通に返す。
「別に構わねーが、オレフランスの曲あんましらねーぜ」
 こう見えても父親は世界的なジャズ・ミュージシャン、
幼き頃から (母親を喜ばせる為) の弛まぬ習練により、
弾けるモノよりは弾けない楽器の方が少ない。 
「Non、Non、大丈夫、大丈夫。
プログレでもオルタナでもオレ結構イケるから。
ンじゃ承太郎借りてくぜ、シャナ」
 良いとも言っていないのにその陽気なフランス人は、
承太郎の肩を抱きながらブリッジの方向へと連れ去ってしまった。
「……」
 後に残されたシャナは自在法で生み出した鳥人を
肩に乗せたまま背後の夕陽を睨む。
 そして。
「もう! バカッッ!!」
 自分でも意味不明の怒りを罪無き太陽に叫ぶと同時に、
(よくやった。白銀の騎士よ)
胸元のアラストールが正反対の称賛を送った。




 (せわ)しないながらも賑やかな夕食の後、
船内のリビングルームで、甲板のバスケットコートで、
艦橋(ブリッジ)にある遊戯場でひとしきり騒いだ後、
一行はたゆたう波音に抱かれながら眠りについた。
 旅は順調と言っても体調管理を万全に保つのは言う間でもなく、
来るべき戦いの為に緊張感を弛ませないのは全員に共通した心構え。
 航行はSPW財団が誇る最新鋭のコンピューターが行っているので
進路を誤るコトはなく、仮に他の船舶が航路上に現れても信号を送りつつ
自動で避けるはずだ。
 日本を離れて、はや10日。
 良くも悪くも人間は環境に適応する生物なので、
このような非日常の旅に慣れつつあった一行に
『その衝撃』 はまさに闇夜の霹靂だった。




 ズッッッッッッッガアアアアアアアアァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!




 巨大な船体スベテを劈く大轟音。
 それぞれに宛われた個室で5人は同時に眼を醒まし、
内2人がベッドから転がり落ちた。
 即座に開く3つのドア、遅れて2つ、中から弾丸の如く飛び出した影が
大轟音の発生源へと言葉を交じわせる事もなく疾走する。
 船内全域に響き渡る耳障りな警報アラーム。
 コンクリートの甲板に大きな亀裂が走り、
その精密構造から海上では抜群の安定感を誇った足場が
グラグラと揺れていた。
 やがて船首部で急停止した3人の、遅れて2人の瞳に映った、モノ。





   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ!!!!!!





 全長100メートル以上の全装帆船を優に超える規格外のサイズ。
 その鋼鉄の船体を青苔とフジツボで覆われたタンカーが
夜霧の中で轟然と聳えていた。
 大海原の直中で停止していたソレに真正面から衝突した舳先(へさき)は、
小波が津波に呑み込まれたように跡形もなくグシャグシャに砕かれ、
逆にブツかった方には微細な傷一つ付いていない。
「な……何、コレ……」
 在り得ない光景に驚愕しながらも声を絞り出す少女。 
 脇に佇む青年の美貌にも、冷たい雫が伝う。
「……石油タンカーだ。
おそらく極北の海底油田でも航行可能な砕氷タイプ。
でも、こんな巨大なモノは今まで見た事がない」
 上品な光沢の寝間着に身を包んだ美男子が、努めて冷静な声で言った。
「兎に角、SPW財団に救難信号を打っておこう。
しかし航路上の障害物はコンピューターが自動的に避ける筈なのじゃがな。
新品なのに故障、か?」
 額に汗を滲ませながらも、
ガウンから取りだした携 帯 電 話(スマート・フォン)のボタンを操作するジョセフに、
それまで黙っていた承太郎が口を開く。
「スタンド、能力」
 一斉に集まる視線を受け止めつつ彼は自分の推論を告げた。
「シャナの “封絶” と同じで、
その射程距離に存在するモノを他から感知されなくなる能力。
無論封絶なら、シャナやアラストールに気づかれちまうが
『スタンド能力』 ならその心配はなくなる」
「なるほど」
「それなら」
「レーダーが働かなかったのも説明はつく、か」
 予期せぬ危難に遭遇しても翳る事のない彼の洞察力に一同が感嘆の意を示しながらも、
言った本人はどことなく釈然としない表情のまま眼前に聳える巨影を睨んだ。
「取りあえず、あのデカブツの中に “敵” がいるってのは間違いなさそうだぜ。
お誂え向きにタラップが下りてやがるからな。
中に何人いるのかしらねーが、売られた喧嘩は買う主義だ。
ブッ壊された船の落とし前として、チョイとアレを戴いてくるぜ」
「待って! 私も行く!」
 砕けた舳先から無頼の貴公子と黒髪の美少女が漆黒の波間に降り立とうとした刹那、
「ちょ、ちょっと待て!」
背後から初老の紳士が呼び止めた。
「あ~、その、コホン。じょ、承太郎は兎も角、シャナ、
君は一度着替えて来た方が良いのではないかな?」
「?」
 いつもと変わらぬ澄んだ表情で背後を振り向く少女。
 ジョセフも花京院も、何故か自分と眼を合わさず
所在なさげに視線を宙に彷徨わせ、代わりにポルナレフだけが、
これはこれでといった表情で興味深そうにこちらを見つめている。
「……」
 そう言えば妙に肌寒いなと想い少女が視線を下に向けた瞬間。
「――ッッ!!」
 全身が真っ赤に燃え上がり頬は疎か耳の先まで朱に染まった。
 着の身着のままで飛び出してきた今の自分の恰好は、
薄地のキャミソールとショーツのみという極めて無防備に近い状態。
 戦闘向きではないとかいう以前にソレとは全く別の感情のまま、
少女は羞恥に伴う憤懣を 『一番ブツけ易い対象に』 叩きつけた。
「見るなァァァッッ!!」
「ぐおおぉぉぉッッ!?」
 ルーズなタンクトップにショートパンツ姿のポルナレフが、
胸元を覆いながら神速で放たれたアッパーをモロに喰らって甲板の上にKOされる。
 それを背後で聞きながら寝る時も学ランのままだった無頼の貴公子が
「やれやれだぜ……」
苦虫を500匹噛み潰したように口元を軋らせた。





 それから数十分後、戦闘準備を整え巨大タンカーに乗り込んだ
ジョセフ達一行から離れる事数十キロの位置。
 漆黒の海原に波飛沫を上げて疾走する、一隻のモータークルーザーがあった。
 側面に 『SPW』 の文字。
 船首部に立つ一名以外に乗組員はおらず
メーターを振り切る程の猛スピードで目的の場所へと爆走する。
「あそこに、 “アノ方” が……」
「確認」 
 纏ったレインコートで表情の伺えない人物から、
無感情な若い女性の声とソレ以上に無機質な声が同時にあがった。
 巨大とはいえこの距離では砂粒ほどにしか知覚出来ない、
それも夜霧で霞んでいる存在をその女性は明確に認識した。
「いま……お側に……」
「逸散」
 情動の淡い言葉に万感の想いを込め、
その女性は纏ったレインコートを背後に脱ぎ去る。
 その中から姿を現したのは、
藤色の丈長ワンピースにエプロン、
白のヘッドドレスという一見してメイドと判る優麗な淑女。
 先刻からの彼女に合わせる無機質な声は、
蕭やかな躑 躅 色(アザレアピンク)の髪を飾る
そのヘッドドレスから発せられていた。  
 そして、仄かにルージュの引かれた清楚な口唇から、
彼女の存在を足らしめる真名が凛然と奏でられる。
「フレイムヘイズ “万 条(ばんじょう)仕 手(して)” ヴィルヘルミナ・カルメル」
「 “夢 幻(むげん)冠 帯(かんたい)” ティアマトー」
 契約する者とされる者、両者の声が漆黒の闇を切り裂く。
「推して参るのであります……!」
「出陣」


←TOBE CONTINUED… 


 
 

 
後書き
どうもこんにちは。
お待ちの方はお待たせの「彼女」の登場です。
まだちょっと早いんじゃないかという人もいるかもですガ、
敵が多過ぎるので寧ろ遅過ぎるくらいなのです。
(二部でフラグも立っているのですw)

後やっぱりこの作品の性質上、原作のままではなく少々手を加えてあります。
まぁ原作のあんなモンは○っちまっても一向に構わんとワタシは想うのですガ、
(寧ろ何故ちゃんと○らなかった・・・・?('A`))
でも「原作の彼女」だと康一クンみたいな子でもヤっちまうので(目的のためなら)
ジョジョに出る以上それはマズイだろうというので
ソコらへんはかなりイジってあります。
(だってDIOサマと戦うのに、仲間割れなんかしてる場合じゃない!><)
と言ってもジョジョの女性キャラを参考に変化を加えてるので
「悪く」はなってないと想います。
(元の素材がイイですから、最初の由花子嬢でも混ぜない限りw)

ワタシの小説に於けるキャラの変更は、
「エヴァンゲリオン」に於ける「アニメ版」と「マンガ版」
みたいにお考えください。
マンガ版 (通称貞本版) を読んだ人は解ると想いますが
主要キャラ全員はっきりいって「別人」ですカラw
(DSスパロボで参戦しておくれ・・・・('A`))
そして勿論ワタシはマンガ版の方が好きで、
アニメ版はなんかヤなヤツ多いなぁ~・・・・('A`)という印象が強いです。
(アスカも綾波も『マンガ版の方なら』好きです。
あそこで引っ叩かないのがいいネ)

まぁそこらへんを許容しながら読んでみてください。
(出来ない方はすいません)
ソレでは。ノシ 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧