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STARDUST∮FLAMEHAZE

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STARDUST∮FLAMEHAZE/外伝
  吉田 一美の奇妙な冒険 「前編」

【1】


 終業を告げるチャイム。
 夕焼けに照らされる正門を帰路につく生徒達が雑談混じりに潜っていく。
 グラウンドの方からは遠い喚声が聞こえ、
部活動に勤しむ生徒達がジャージ姿で練習機材を抱え東奔西走していた。
 涼風の中にも確かな熱を感じる、初夏の放課後。
 その中を、吉田 一美はただ一人で歩いていた。
 親友である緒方 真竹は、2年でありながらバレー部キャプテン、
しかも将来有望と目されるエースなので当然ここにはおらず、
良き相談役 (と個人的には想っている) である池 速人も調べものがあるとかで
図書室の方へと消えていった。
 本当に久しぶりのたった一人の静かな下校ではあるが、
その事を寂しいと想ったり不平を零したりするほど彼女は子供ではない。
 爽やかな初夏の風が肩口でキレイに整えられ繊細な装飾で彩られた
亜麻色の髪を揺らした。 
「……」
 ふと眼に入る、正門の前で佇むたくさんの女生徒達の姿。
 自分が通っている学園の者ではなく、近隣の制服がここに勢揃いと言った光景。
 あぁ知らないんだ、と少女は得心しその傍を通り過ぎた。
 ほんの二日前、ある二人の男子生徒 (と一人の女生徒) が提出した
突然の「休学届け」 により、学園内は蜂箱をひっくり返した様に騒然となった。
 どのクラスにも(授業中にも関わらず)机に伏した女生徒が続出し、
人目も憚らず廊下や階段の踊り場で哀涙する者も後を絶たなかった。
(中には教師もいたとかいなかったとか)
 二日経った今、流石に騒ぎは鎮静したが代わりに学園全体は
まるで喪に服したように沈鬱となっている。
 二人の 「休学」 の理由は、まことしやかに色々と囁かれたが
正確なコトは誰も解らないようだった。 
 確か母親が原因不明の病に伏したという噂を耳にしたが、
それが 「休学」 の真の理由かどうかまでは定かではない
(それでは友人の花京院 典明までが一緒に休む理由にはならない)
 自分も一度、その男子生徒の家(と呼ぶには自分と較べ次元が違い過ぎるが)
の前まで行ってみたが、城郭のような外壁沿いに黒塗りの高級車がズラリと立ち並ぶ
豪壮な門構えに怯んでしまい、訪ねるまでには至らなかった。
(!)
 そこで吉田 一美は歩みを止め、自分の抱いた思考に胡桃色の瞳を見開く。
(また……だ……)
 アスファルトの上で佇む少女の傍を人や車が通り過ぎるが
その音も存在も少女の意識から通り過ぎていく。
(また…… “アノ人” の事を……考えてる……)
 空条 承太郎。
 良い意味でも悪い意味でも、いつも周囲の注目の中心にあり、
尚かつその事を歯牙にもかけない強靭な精神の持ち主。
 他人と無意味に群れる事を極度に嫌い、社会的行動を無言の内に強制される
学校という 「場」 に於いても、一人孤立する事を好んだ異邦者。
 当然教師や他の生徒達との衝突や軋轢を生み、
トラブルは後を絶たなかったようだが誰に頼る事もなく、
自分自身の力のみで行く手を(ほだ)すモノをスベテ叩き潰し
常に威風颯爽と生きていた。
 曰く他校を含めてこの界隈に300人以上の配下
( “シャテイ” とかいうらしいが詳しくは知らない)がいるとか、
曰く警察も手を焼く武装暴走集団をたった一人で壊滅させたとか、
曰く未成年にも関わらずトップモデル並の美貌を持つ愛人がいるとか、
(白いマフラーを巻いた絶世の美女らしい)
その武勇と浮き名は枚挙に暇がない。
 気弱で内向的で自己主張さえもロクに出来ない、
池や緒方といった友人の助けがなければ学園生活も満足に送れない自分とは、
完全に対極に位置する者。
 否、対極というのも語弊が在る。
 ソレはある種の憧憬、畏敬、自分では絶対手が届かないモノに対する
絶望にも似た劣等感。
 本来なら、考える事すらも(はばから) れる存在だ。
(それなのに……どうして……?)
 無論会話をした事もなければ、声をかけられた事もない。
 それどころか広い校舎の中で印象の薄い自分という存在を、
彼が知っているかどうかも疑問だ。
「……」
 想いに惑いながらも、少女はマスコットの揺れる鞄を両手で携えたまま再び歩き始めた。
 自分と彼とでは、何もかもが余りにも違い過ぎる。
 その生き方も、住む世界も、自分という存在の認識すらも。
 とても、同じ 「人間」 とは想えないくらい。
(でも……)
 心の中ですらも消え去りそうな声で、
少女は浮かび上がる幾つもの声に反発した。
 でも、確かに心の何処かで感じるのだ。
 眼に視えない、耳には聴こえない、形すらも定かではないが、
それでも確かに在った、彼との 「繋がり」 が。
 でも、想い出せない。
 どうしてもどうしても、想い出す事が出来ない。
 心にかかる紅い(もや)と共に、何処かへ消えてしまった。
『ソレ以上に』 大事だった筈の、一つの感情と一緒に。 
(もう……やめよう……)
 俯いたまま、心の中で呟く渇いた声と共に、少女は想いを無理矢理振り切った。
 正直自分でも 「危うい」 と想うし、話した事もない相手に対してここまで
一方的な想いを抱くのは、精神に変調をきたしている良い証拠だ。
 多分自分と余りにも違う “彼” という存在に勝手な幻想を持ち、
そこに逃げ込み、虚構と現実の区別が付かなくなっているのだ。
 そんなの、余りにも惨めで愚かで救いがないし、
そんなのは嫌だという自尊心くらい、自分にだって在る。
 第一、もう “彼” は此処にはいないのだ。
 誰かが言っていたが、もう此処には帰って来ないのではないかと、
根拠はないが奇妙な実感と共にそう想える。
 アノ時。
 花びらの舞い散る通学路で、彼が自分に背を向けて行ってしまった時から。
 所詮は住む世界の違う者同士、進む 『道』 が交わる事は決してないのだ。
「ふぅ……」
 交差点の信号で立ち止まり溜息をついた少女は、そこで項垂(うなだ)れていた顔を上げた。
 視界に入る、見慣れた街の風景。
(コンビニでも、寄って行こうかな?)  
 道路を隔てた左斜めの位置には、青い牛乳瓶のマークで有名な
大手のコンビニエンスストアがある。
 駐輪場沿いのガラス越しに、立ち読みをしている学校帰りの生徒が
大勢たむろしているが見知った顔もないので大丈夫だろう。
 新作のスイーツでも幾つか買って、久しぶりにお母さんとゆっくりお茶を
飲むのも悪くないかもしれない。
 そうすれば、今の鬱屈した気分も、少しは……
 想った矢先、少女の視線はある一点で静止した。
(ア……レ……?)
 最初は、ほんの僅かな違和感。
 しかしそれは見慣れた周囲の風景を改めて見回す事によって、徐々に膨らんでいく。
(あんな所に 『道』 在ったっけ?)
 子供の頃から数え切れないほど通った街路。
 母の手に引かれ、弟の手を引き、一人で、友人達と一緒に、
自分の成長と共に色彩を変えていったアスファルト。
 路面の罅や歪みの形まで判別出来る位、少女の記憶に染み込んだ故郷の街並み。
 故にその感覚が、通常なら見落としてしまう些細な違いを明確に認識した。
(まずあそこが、お蕎麦屋さん)
 解りきった九九を用心深く復唱するように、少女は視線を送る。
(次に、薬屋さん)
 自分もよくお世話になるので間違いようがない、店の人とも顔馴染みだ。
(そして “次” がコンビ……)
 だが彼女の視線は再びソコで止まる。
 本来、薬屋の 『すぐ隣にある筈の』 コンビニとの間に
明らかに見慣れない空間がぽっかりと開き、
そこに 『道』 が当然のように存在していた。
(……え? え? えぇ~!?) 
 想わず声をあげそうになるのを、少女はなんとか押し止めた。
 自分の記憶に、間違いがある筈がない。
 昨日までは 『絶対に無かった』 筈だ。
 市がこの近辺で工事をするという話は聞いた事がないし、
第一たったの一日で店舗と店舗の間を通すような複雑な事業が終わるわけがない。
 もしかして自分が何かとんでもない思い違いをしているのではないかと
内心焦ったが、それは杞憂に終わった。
 傍に立てられた真新しい街路図を何度も確かめたが、
薬屋とコンビニの間に 『道はない』
(一体、どういうコト?)
 信号が青になっているのも関わらず
点字ブロックの上に佇む少女の髪と制服の裾を、
黄昏の風が揺らした。
 視界の前を通り過ぎる、たくさんの人々、同じ学園の生徒もいる。
 しかし歩道に開けたその 『道』 を曲がる者は誰もいない。
 向こう側には幾つも住宅が見えるし、樹木の生い茂る庭もある。
歩道と車道を分けるガードレールだってあるのに。
 なのに誰もその存在に気づかず、まるで自分にしか視えていないように
傍らを通り過ぎている。
「……ッ!」
 寒気にも似た感覚が少女の身を震わせた。
 突如意識のエアポケットに現れた、異様な場所。
 しかしその 『道』 は閉鎖された密室の中から覗く美しい田園風景のように、
抗い難い 「引力」 を発している。
『此処ではない何処かへ』 そっと誘うように、招き寄せるように。
 だがまた同時に、 『行っては行けない』 という憂慮も強く迫り上がってきた。
 自分のいま在る日常が、平穏が、いとも容易く崩れてしまうような、漠然とした危機感。
 馬鹿げた考えだと想ったが、躰を走る感覚は否定出来なかった。
 正と負の狭間で、激しく揺れる少女の心。
「……」
 結局、好奇心というより 「常識」 が勝った。
 先刻心中で渦巻く想いを、危うい妄想と片付けたのも決断に拍車を掛けた。
(どうせ帰ってもする事ないし、ちょっと行ってみよう) 
 夕食の話題のタネには丁度いいかもしれないし、
それに知らない小道に行くのって、ちょっとワクワクする。
 もしかしたら誰も知らない小さな公園なり、綺麗な庭なり、
瀟洒な建物なり発見出来るかもしれない。
 良くも悪くも 「常人」 である少女の裡に生まれた、他愛の無い遊び心。
 その前に 『本来存在しない筈の道』 という事実は黙殺された。 
 そしてそれこそが、 『運命』 の曲がり角。
 夕焼けに照らされる異界への境界線を少女は、吉田 一美は、
何の 「覚悟」 もなく平然と踏み越えた。 









【2】


 当たり前だが、特に何の変わり映えもない 『道』
 ニュータウンの区画ではないので外壁の広い一軒家が目立つが、
周囲は閑散としていて人の気はない。
 突き当たりのT字路、妙に年季の入った郵便ポストの前で一度背後を振り返ったが、
自分以外にこの 『道』 へ来る者はいないようだ。
 左右を見回し、学園の方へ戻るのもバカらしかったので左に進む。
 米森、本間、小野寺、沼倉、他に見るものも無かったので少女は
通り過ぎる家の表札を一瞥しながら歩いた。
(なんか、空き家が多いな)
 通り過ぎる家はどれも立派な一戸建てだったが、
長らく放置された影響で窓ガラスが一様にくすんでおり、
最近開け閉めした形跡もない。 
 長らくの不況の煽りは例外なく自分の街にも降り注いだが
それにしてもゴーストタウンのように見る家見る家、
人の住んでいる気配が一切無いというのも不思議な話だ。
「わっ」
 その代わりというのでもないだろうが、何故か異様に猫が多い。
 今も自分の足下を一匹の三毛猫が通り過ぎ、
こちらをまるで警戒する様子もなく
外壁を軽々とよじ登りどこかへ消えていった。
(珍しいな。人間が怖くないのかしら?)
 玄関の壁で毛繕いをするもの、路駐の車脇で佇むもの、木の上であくびをするもの、
どれも自分と露骨に眼が合ってもまるで気に止めない。
 そんな奇妙と言えば奇妙な、
しかし平凡と言えば平凡な風景に少女が退屈しだした頃、
唐突にソレは現れた。
「……!」
 周囲の猫に当てられて淡い眠気を漏らしながら曲がり角を進んだ先、
ソコにそれ以上 『道』 は無かった。
 代わりにクラシックな風合いをした木造の建物が在った。
「こんな所に、お店?」
 何か、街を制作するゲームのように無理矢理路地に店舗をハメ込んだような、
不自然さのある立地。
 年代を感じさせる侘びた外観と窓から覗く内観からどうやら骨董屋のようだが、
店の看板も出ていなければ営業中かどうかを判別するパネルもない。
 ただ店内から外に灯りが漏れており、中に誰かがいるのは確実なようだ。
 どうしようかと迷ったが、ここまで来てただ帰るのも癪なので
少女は勇気を振り絞って木製ドアの真鍮ノブに手をかけた。
 小気味の良いベルと共にドアが動き、店内の全容が少女の視界に開ける。
 天井から吊られた小型シャンデリアが照らす穏やかな光源の下、
クリスタルグラスや細工時計、香水瓶や手織りのケープ、
西洋人形や絵画等が多端にしかし機能性充分に並べられていた。
(わぁ……)
 アンティークにそれほど詳しいわけではないが、
上質な大人の雰囲気とどこか郷愁を誘う店の雰囲気に
少女はしばし呆然となる。
 そこ、に。
「いらっしゃいませ」
 店主らしき若い男が、奥のカウンターに足を組んで座り
微笑を浮かべてこちらをみていた。
「あ、あの、開いてますか?」
「えぇ、ゆっくりしていって」
 若干物怖じしながら問う少女に、男は気品のある笑顔で頷いた。
 ショッピングモールの中にある仮店舗位の広さ。
 美しい刺繍のクロスがかけられた中央のテーブルに無数の調度品が置かれ、
そこを取り囲むように種類別に分けられたアンティークが壁や陳列棚に飾られている。
 キレイな小物は大好きなので、何か気に入った物があったら買っていこうと
感興に浸る少女の背後で再び男の声がした。
「それにしても、よくこの 「場所」 が解ったね?
自分で言うのもなんだが、非常に解り難い所にあるのに」
「学校の帰り道に、偶然みつけちゃったんですよ。
子供の頃からずっとこの街に住んでるけど、
こんな所にこんなお店があるなんて知りませんでした」
 そう言って振り向いた少女の瞳に映る、男の姿。
 氷のように澄んだ肌と雪のように白い髪。
 幾何学図形を象った模様の帽子を被り、素肌に同じデザインのネクタイと
十字型の細隙(スリット)が無数に入った薄地のスーツを着ている。
 長身細身の充分以上に美形と言っていい風貌だったが
ソレ以上に少女が瞠目したのは、だらりと垂れ下がった片方の袖。
 その男には 『左腕が無かった』 
「あぁ、 “コレ” かい?」
「ご、ごめんなさい!」
 男が事も無げに空洞の腕を上げるよりも速く、少女は深々と頭を下げた。
 人の支障がある部分をジッと見るなんて、なんて無神経なコトをしてしまったんだろう。
 羞恥と罪悪感で座り込みそうになる少女に、男は柔らかな物腰で言った。
「フフ、まぁそう気にしないで。それに随分昔の話なんだ。
ある所で、ちょっと 『掃除屋』 に噛み付かれて、ね」
(掃除、屋?)
 顔を伏せたまま瞳を丸くする少女。
 動物の死骸を食べるハイエナやジャッカル、コンドル等をそう呼ぶと聞いた事があるが。
 昔狩りか何かの仕事をしていて、その時に負った傷なのだろうか?
「まぁ最初は不便だったが、慣れればどうと言う事はない。
ほら、もう顔を上げてくれないか? 店主が客に頭を下げられては立つ瀬がないからね。
それとも、もしかして君のその綺麗な 「手」 を、私にくれるのかな?」
「本当に、ごめんなさい」
 冗談めかした言葉にもう一度謝罪した少女は、改めて男を真正面から見つめる。
 20代前半に見えるが、その全身から醸し出される怜悧な雰囲気から
実際はもう少し年上なのかもしれない。
 片腕が無い事を除けば、要所要所が整い過ぎているその男の姿は
何故か現実感を消失した印象を少女に与えた。
 そのとき。
「ンニャン♪」
 唐突に、店の何処かで猫の鳴き声がした。
「ヤツめ、眼を覚ましたか」
 男はその灰色の瞳を細め、やれやれと言った表情で踵を返す。
 少女も自分が来店した時に外の猫が入ってしまったのではという憂慮から
男の後に続いた。
 レジらしき物のないカウンターの裏側、
そこに観葉サボテン位の小さな鉢植えがあり
その中にチューリップのような緑色のモノが見えた。
 特に気にも止めなかった少女の目の前で、
「ニャアア~ン♪」
いきなり 『その植物が』 鳴いた。
「ひゃぁッ!」
 想わず背後へ飛び去った少女に、男は頭を掻きながら言う。 
「驚かせたかい? すまないね。
普段は誰が来ても大人しく眠っているんだが、
どうやら君の “匂い” が気に入ったらしい。
まぁうるさいだけで特に害はないから適当に無視してくれないか」
「ンニャン♪ ニャウ♪」
 煩わしそうに言う男の下で、その 『植物らしきモノ』 は
花唇の中に生えた両眼をキョロキョロ動かし、
遊んでというように緑の双葉を振っている。
 昔流行したというフラワーロックみたいだが、
そんな事より少女は当然の疑問を男に投げかけた。
「あ、あ、あ、あの、 “何” です、か? コレ……」
 鞄を胸元で抱え後退る少女に男は平淡な口調で言う。
「あぁ、 “コレ” はね、 『猫 草(ストレイ・キャット) 』 というんだ。
最も名前がないから私が勝手に付けたんだがね。
一体何処で紛れ込んだものやら。
いつのまにかこの店の中へ入り込み、そのまま居着いてしまったんだよ」
 そう言って肩を竦める男に少女は再び問う。
「そ、そういう事じゃなくって、こ、こんな植物、動物、ですか?
こんなの、TVでも図鑑でも見た事ありません」
「まぁ、そうだろうね。こんなのが何百匹も何千匹もいたら大変だ。
でもまぁ、本当に害はないから 『そういうモノ』 だと納得して貰えないか?
試しに撫でてやると喜ぶよ」
「ニャウ♪ ニャウ♪」
 猫草は相当男に懐いているのか、差し出された指先に花片の頬 (?) を寄せている。
「で、でも……」
 別に生物学を専攻しているわけではないので、
新種がどうだのと騒ぐつもりはなかったがそれでも奇妙なモノは奇妙なので
少女は後退ったまま二の足を踏む。
「ウニャ~……ニャウ……ゥ……」
 その様子を認めた猫草は、本当に拗ねた猫のように瞳 (?) を伏せ
片葉で鉢植えの縁をなぞった。
「あ、ご、ごめんなさい。いきなりだったからちょっと驚いただけで、
別にアナタが嫌いなわけじゃないわ」
 そう言って少女は足早に男の脇を擦り抜け猫草の前に立つ。
「……じゃあ、触っても、いい?」
「ンニャウ♪」
 意を決して表情が真剣になる少女に猫草は催促するように額を垂れた。
 柔らかな白い手が戸惑いながらもひんやりした頭部をそっと撫でる。
「フニャァ~♪ ニャ♪ ニャウ♪ ゴロゴロゴロゴロ……♪」
 緩やかな感触が何度か交差するにつれ、
猫草は気持ちよさそうに瞳を細めて喉 (?) を鳴らす。
そしてもっともっとと甘えるように少女の手へ擦り寄った。
 そして、しばしの後。
「……なんか、また眠ちゃったみたいですね」
 双葉の上に花片を乗せて寝息を漏らす植物から、少女はそっと手を離す。
「静かになっていい。すまないね、余計な手間を取らせて」
「いえ」
 澄んだ声で瞳を伏せる男に、少女は笑顔で応じた。
「お礼にお茶でも淹れようか。こちらにどうぞ」
 洗練された仕草で男はそう言いカウンターの奥、
窓際に設置された天然木のティーテーブルへと少女を促す。
「あ、お構いなく、あ……ッ!」
 向けられた背へ儀礼的に言った少女の、膝を支える力が唐突に抜ける。
 普段の日常でもよく転ぶ事が多い少女、
ましてや今まで見た事もない不思議な植物に
触れた後なら必然の成り行きと言えた。
 そのまま前のめりに蹌踉めきながら、少女の躰は男の背に折り重なる。
「ご、ごめんなさい」  
 軽く躓いた程度だったので衝突というものでもなかったが、
少女は男の背に躰を預けたまま謝罪の言葉を口にした。
 だが、その刹那。



 ズギュンッッ!!



 全身を劈く異様な体感と共に、彼女の躰は男の背を 『突き抜けた』
(――え!?)
 何か、異常に密度の濃い、実体を伴った雲か煙の間を掻き分けたような、そんな感覚。
 鞄を両手に抱えたまま、支えを失った少女の脚は大きく体勢を崩し蹈鞴を踏む。
 一体何が起こったのかも解らぬまま、振り向いた少女の瞳に映った、モノ。
「――ッッ!!」
 余りの惨状に、叫び声も出なかった。
 突き抜けた男の躯は無残に千切れて四散し、
壊れたマネキン人形のように四肢が床の上に散らばっていた。
(な……な……な……に……!? コ……レ……? 『現実』……なの……!?)
 許容不可能な驚愕に、瞳の焦点が曖昧になる少女。
 そこ、に。
「あぁ~、イヤ、すまない。驚かせたかな?」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
 バラバラになった状態でこちらを振り向いた男に、少女は今度こそ悲鳴をあげた。 
「まぁ、驚くなというのが無理な話かな?
咄嗟の事だったので私も対応出来なくてね。
こっちから 「生命」 に触れるのはいいが、“触れられるのは” 『魂』 がヤバイんだ」
 そう言うと半身の男は千切れた腕で残りの胴体部と脚部を手繰り寄せ、
それぞれの損壊部を元の断面へと押し当てた。
 一瞬というわけではなかったが、まるで人体切断魔術(マジック)のように
男の躯は元通りに繋がり、何事もなかったように再び動き出す。
「あ……あ……あぁ……」
 更なる怪異の綴れ折りにより、少女の両膝はガクガクと震えながら床につき
その胡桃色の双眸にも涙が滲んだ。
「……」
 その様子を認めた男は無言で立ち上がり、自省するように帽子の鍔で目元を覆った。
 千切れた箇所は別段何の変化もなく、疵痕や出血は疎かスーツに解れ一つ付いていない。
「あ……ぁ……あなた……は……あなた……は……?」
 得体の知れない恐怖に完全に腰が抜けてしまった為、
最早立つ事も後退る事も出来なくなった少女はただ必死で疑問を投げかけた。
 きっと何かのトリックだ、からかわれているだけなんだ。
 何度も何度もそう思い込もうとした、が、
先刻躰に絡みついた感覚がソレを赦さなかった。
 瞳に灼き付いた光景は、己の安心出来る解答の一切を謝絶した。
 何より、恐怖に震えるこの状態で否定も肯定もなかった。
 その形の良い指先まで震わせ怯える少女を
男はどこか懐かしむようにしばらくみつめていたが、やがておもむろに口を開く。
 そして、何の偽りも誤魔化しもない、『真実』 のみを彼女に語った。
「“幽霊” という概念が、一番理解し易いと想う。
私という人間の 「肉体」 はとうの昔に跡形もなく朽ち果て、
今は “魂だけ” の存在だ。
此処は 「この世」 と、在ればの話だが 「あの世」 の 『境界線』
屋敷幽霊(やしきゆうれい)】 なのさ」
「ゆ……ゆ……幽霊……屋敷……!?」
 混濁する意識の中、少女は必死に男の言葉を飲み下した。
 それ以外に、恐怖から逃れる術が想いつかなかった。
「違う違う、ソレは、幽霊の()んでいる(やかた)のコトだろう?
私が言っているのはその 『逆』 “屋敷(やしき)幽霊(ゆうれい)なんだ” 」
 ようやく漏れた少女の言葉を、男は澄ました表情で否定する。
 最も、今のこの状態の彼女に何を言っても
怯え以外の応えは返ってこないだろうが、男は構わず続けた。
 自分の言った事を最終的にどう判断するかは、
あくまで少女自身の問題だからだ。
「“物の幽霊” と言えば、少し解るかな?
ある建物が火事や戦争で跡形もなくなったのにも関わらず、
“その場所は形容(カタチ)を変えて存在するコトがある”
人の強い想いや永い年月を経過した建造物は “そうなる” 場合が多いという。 
そして魂は時間や空間に縛られるコトはないから、
ずっと同じ場所に留まり続けるモノもあれば、
あらゆる時空を “漂流(ひょうりゅう)” するモノだってある。
ソコにどんな 『宇宙の法則』 が在るのかまでは解らないがね」
 哲学者のような口調で男はそう締め括り、生気を映さない瞳で少女を見た。
 その視線に威圧や恫喝の気配はなく、微かな憐憫の色があった。
「あ……あぁ……ああああああぁぁぁ……」
 意味不明の言葉の羅列に、遂に涙腺が決壊し透明な雫が少女の頬を伝い
制服の胸元に染み込んだ。
 その心中は、尽きることのない悔恨と悲痛な傷心だけが充たしていた。
(なんで……なんで……こんなコトになるの……?
なんで……私……こんな所にいるの……?
知らない 『道』 なんて、放っておけばよかった……
いつもみたいに……そのまま帰ればよかった……)
 そうとは知らず、怖い事だなんて解らず、
取ってしまった取り返しのつかない選択。
 ほんの些細なキッカケで、少し行動を違えただけで、
昨日までの平穏な日常は跡形もなく消し飛んでしまう。
 そのコトを少女はこの状況に陥って初めて、文字通り嫌というほどに認識した。
 壊れていく世界の中、異界にたった一人で取り残された少女に
この世ならざる者の言葉が響く。
 その声は、底の知れない深い憂いと終わりのない無限の嘆きを裡に秘めていた。
「私の名前は “吉良(きら) 吉影(よしかげ)
いつ……なぜ、私が死んだのかは、どうしても思い出せない。
一つだけ言える事は、
自分は決して天国へは行けないだろうという実感があるだけだ。
これからどうするのか? それもわからない……
時が永遠に続くというのなら、
『仕事』 を “生きがい” にしておけば幸福になれるかもしれない」



 永劫の時を彷徨う、死者の言葉。
 歪む空間。
 捻れる時間。
 嘗て、罪無き者を己が欲望のままに際限なく殺戮してきた
最狂の 『スタンド使い』 の傍らにて。
 少女の、吉田 一美の 『運命』 は、今確かに動き出した。

←To Be Continued……





 
 

 
後書き
ハイ、どうも。
言っていた通り「外伝」の投稿です。
“彼女” が“今のままで” 『旅』に同行するのは不可能なので、
(放課後のクラブ活動や秘密探検ごっこではないので)
こういう運びになります。
何よりワタシの持論としまして
「戦えないヤツがバトルに出るな!(来るな! しゃしゃるなッ! さえずるな!!)」
というのが在りまして(ルーシーみたいに巻き込まれるのは可、
しかし「でも!」とか言って首突っ込んでくるヤツは○す!
(しかもその理由が「下心」のみという・・・・('A`))

ソコはちゃんとしないと敵も味方もただの三下、
莫迦揃いという恐ろしいリスクを負ってしまうコトになるのです。
(戦いのド素人に策でハメられたり、出し抜かれたり、戦略想いつかなかったり、
それで殺し屋、将軍、戦技無双とか言われても物笑いのタネでしかありません。
(笑)というやつですか?)

ジョジョでいうと徐倫なんかも最初は戦いとは無縁の女の子でしたが
(ここらへんはジョナサンと一緒だな)一度その世界に足を踏み入れたら
もう「甘え」はきかないのです。
(だから無能力のくせに首突っ込んでくるやつの気がしれない、
彼女達に対する「侮辱」とすら想ってしまう)

『ジョジョの世界』で戦闘力はないのに「いざという時は切れる」等という
都合の良い設定で戦っていける等という甘えは通用しません。
“彼女” もきっちり苦労して、怖い思いもいっぱいして、『ソレを乗り越えて』
「成長」していって欲しいと想います
(だからアレ出さねーのよ、絶対すぐ○ぬから・・・・('A`))
ソレでは!ノシ 
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