最後の無頼派
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第五章
「やっぱりね」
「そうだね、彼もまただったね」
「死んだ、しかもね」
「ある程度予想していた死に方だってね」
「随分と睡眠薬を飲んでいたらしい」
「そしてその結果だったね」
「太宰君の墓の前か」
石川は深く考える顔で言った。
「あそこで自殺か」
「彼は特に太宰君を慕っていたからね」
「彼らしいと言うべきか」
「後追い自殺と言うべきか」
「そうかもね、彼は狸だったらしいね」
「お伽草子だね」
壇は石川の話からすぐに太宰のこの作品を出した。
「そこのかちかち山だね」
「あの狸が田中君らしいね」
「僕も聞いてるよ、だとするとね」
「彼はあの狸らしく死んだね」
「そうだね、太宰君の後を追って」
「そうして死んだ、また一人去った」
「本当に太く短くだよ」
そうなるとだ、壇はまた言った。
「彼もね」
「あっという間だったね」
「花火だよ」
「冬の花火だね」
「僕達はね」
また太宰の作品だった。
「場違いでそして出てすぐに消える」
「そうしたものだね」
「長く生きない、飲んで遊んで書いて徹底的にやってやるさ」
「そうしていくべきだね」
「そう、坂口君もそうなんだ」
この場におらず相変わらず破天荒に遊び続けている彼もまた、というのだ。
「それならね」
「僕達もだね」
「飲もう、今も」
「とことんまでね」
「そして家に帰って書く」
「そうしていこう」
「身を滅ぼす書き方でやっていくんだ」
あえてとだ、刹那的にさえなっていてだった。石川も壇も書き続けた。だが坂口は田中が死んでから数年後。子供が出来て。
石川と壇にだ、笑ってこう言った。
「まさかね」
「その歳で子供が出来る」
「そうはだね」
「思っていなかったよ、まして僕に子供が出来る」
このこと自体がというのだ。
「信じられないよ、僕みたいな無茶苦茶な人間に」
「しかし実際に君に子供が出来た」
「豊臣秀吉みたいにね」
「歳を取って子供が出来た」
「実際にね」
「そうなったよ、そのことがね」
本当にとだ、坂口は二人に言った。二人を呼んだのは昼の喫茶店だ、いつもの夜のバーや居酒屋ではない。店の外はもう焼け跡ではなく街が戻っている。
「不思議だよ、けれどね」
「子供が出来たから」
「だからだね」
「子供が可愛い」
これが偽らざる坂口の現在の心境だった。
「だから貯金もするし」
「生活もだね」
「あらためるんだね」
「そうしようか、子供の為だ」
まさにというのだ。
「そこはしっかりするか」
「じゃあもう無頼にはだね」
「生きていかないんだね」
「君は生活を変える」
「そうするつもりかい」
「太宰君達みたいには出来そうもないよ」
他の無頼派の作家達の様にはというのだ。
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