見えなくなると
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第二章
「目がおかしいのかしら」
「どうしたんだ?」
「いえ、さっきね」
「さっき?」
「お父さんの姿が見えなくなったのよ」
父にそのまま言った。
「一瞬ね」
「それは近眼じゃないのか?」
「ううん、私も歳だしね」
「やっぱり六十になるとな」
義行は自分の経験から話した。
「目が衰えるからな」
「だからなのね」
「ああ、目も身体のあちこちもな」
歳を取ると、というのだ。
「がたがくるからな」
「そのことはわかってるけれど」
「実際くるとだな」
「ええ、困るわね」
「目は特に気をつけろよ」
その還暦の娘に言うのだった。
「わしも眼鏡かけてるしな」
「いつもね」
「老眼が酷くてな」
九十になってというのだ。
「今こうして本を読んでてもな」
「老眼鏡は外せないわね」
「だからな」
それでというのだ。
「御前も気をつけろよ」
「わかったわ」
信子は父の言葉に頷いた、それで診察を受けると近眼だと言われた。この時はそれで納得したのだが。
この時から二ヶ月程してだ、朝にだ。
信子は息子の嫁と孫の嫁の三人で朝食を作り終えてからだ、丁度起きてきて家のリビングに来た曾孫の優悟に言った。
「ひいひいお祖父ちゃん起こしてきて」
「うん、わかったよ」
「そうしてきてね」
「ああ、いいよ」
既にリビングにいてお茶を飲んでいる信子の母富子が応えてきた。
「わしが行くよ」
「お母さんが?」
「こうした時に身体を動かさないと」
それこそというのだ。
「動かなくなるからね」
「だからなの」
「わしが言ってな」
そしてというのだ。
「爺さんを起こしてくるよ」
「それじゃあお願い出来る?」
「爺さん朝は遅いからのう」
笑って言う富子だった。
「早寝でな」
「遅起きよね」
「昔は遅寝遅起きでな」
「今は早寝遅起きね」
「困った爺さんだ」
「朝は遅いのよね」
本当に昔からだとだ、信子も笑って言うのだった。
「今も」
「じゃあな」
「お母さんが行ってくれるのね」
「起こしてくるわ」
こう言ってだ、そのうえで。
富子はゆっくりと立ち上がってだった、彼女が寝ていた部屋に今も寝ている義行のところに向かった。そしてだった。
夫を連れて来る筈だった、だが。
その部屋の方からだ、富子は家族を呼んだのだった。
「皆来て」
「どうしたの?」
「大変なことじゃ、爺さんが」
「まさか」
信子も他の家族もだった、誰もが。
富子の言葉を聞いてすぐに部屋に入った、すると。
義行は布団の中に仰向けに寝たまま動かない、実に穏やかな顔で眠ったままだった。
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