水の国の王は転生者
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第三十五話 母と娘
誘拐犯を巻き込んでのカトレアの家出は、思わぬ形で佳境に入っていた。
国境を守るラ・ヴァリエール公爵家は、農民を介して届けられたカトレアからの手紙に蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
内乱発生で延期になったものの、婚礼前の花嫁が、しかも次期王妃が家出をしたのだ無理は無い。
当然、追跡の部隊を出すべきだが、国境に睨みを利かせる為に、多くの人員を割く訳にはいかない。そこでラ・ヴァリエール公爵夫人のカリーヌが自ら出張ってカトレア追跡の任に就く事になった。
カリーヌ夫人は自らマンティコアを駆り、カトレアを捜索して数日、遂にカトレアと貴族と思しき2人の男を発見した。
カトレアの前に降り立ったカリーヌ夫人は、まずカトレアが乱暴された形跡は無いか調べたが、外見から見た限りではその形跡は無くホッと胸を撫で下ろした。
「カトレア。あの手紙は何なのですか。今、大事な時期なのは貴女にも分かっているでしょう」
「お母様。わたし帰りません。マクシミリアンさまに一目だけでもいい……お会いしたいんです」
懇願するようなカトレアにカリーヌ夫人は仮面の裏で一つため息をついた。
「我侭を言ってはいけません」
「リュエージュは目の前なんです。せっかくここまで来たのに何もせずに帰るなんて嫌です」
「くどいですよカトレア。さ、帰りますよ。お父様にもきつくお叱りを頂かないと」
「……嫌です。マクシミリアンさまの下へ行かせてください」
今度は懇願ではなくキッパリとカリーヌ夫人に言った。
「……ならば、強引にでも連れ戻す」
カリーヌ夫人は、冷たくそして同時にマグマの様な熱を内封した声色で杖を実の娘であるカトレアに向けた。
「……」
カトレアも両手に持った杖で祈るようにして胸の前に置き、そして杖の先をカリーヌ夫人に向けた。
母と娘の戦いはこうして幕を開けた。
……
日の暮れた街道近くの森の中では母と娘。2人のメイジの戦いが繰り広げられていた。暴風で木々は薙ぎ倒され。森の動物達は我先に逃げ惑っていた。
2人の誘拐犯とカリーヌ夫人が乗って来たマンティコアも含めた動物達は薙ぎ倒された木の陰に隠れて2人の闘争が終わるのを待っていた。
「何てことだ。まるでこの世の終わりだ」
誘拐犯Aは頭を抱えながら2人の戦いを見ていた。
戦況はというと、何とカトレアの有利に思えた。
風のラインメイジであるカトレアは短い詠唱の『ウィンド』や『ウィンド・ブレイク』などの手数でカリーヌ夫人を圧倒していた。
元々、カトレアは魔法においては100年に一人の逸材だ、その強力すぎる魔力で心臓を病みマクシミリアンの心臓移植で救われた事は知る人ぞ知る。
風のラインとはいえ、その膨大な魔力から発せられる魔法は強力で、瞬間的な爆発力においてはマクシミリアンをも上回った。
一方、カリーヌ夫人はというと、流石は『烈風カリン』というべきか、カトレアの杖から発せられる暴風を見事に避けながら反撃の機会をうかがっていた。
「なるべく穏便に……怪我の無いように済ますつもりでしたが……しかたない」
遂にカリーヌ夫人も反撃を開始した。
杖から発せられた『ウィンド』は、カトレアの『ウィンド』と空中でぶつかり、空気の壁の様なものが出来た。
「ううっ」
「はあっ!」
ぶつかり合う魔力。
やがて壁は一つの圧縮された空気の塊になった。
2つの『ウィンド』のぶつかり合いは『鍔迫り合い』にも似た状況で、圧縮された空気の塊は更に圧縮され、素人目にも2人の間に空間の揺らぎの様な空気の塊が見えた。
数分ほど『鍔迫り合い』は続き、空気の塊の周りにつむじ風が発生しやがて竜巻にまで成長した。
「ひいいっ」
「これじゃ、俺達もお陀仏だ」
竜巻は薙ぎ倒された木々を巻き込み空中へ放り上げた。
逃げ場所を失った誘拐犯らは魔法で地面に穴を掘り始めた。穴の中に避難する為だ。
やがて、5メイルほどの深さに掘り誘拐犯たちはその中に非難した。
「おい! お前達も中に入るんだ!」
誘拐犯Aは動物達にも中に入るように言った。
狼達や馬にマンティコアが、中に入ろうとするが狭くて全員は入らない。しかも、周辺の棲んでいた他の動物達も避難を求めてやってきた。
「もっと深く、広くだ!」
「分かってるよ!」
誘拐犯Bは魔法でどんどん穴を深く広く広げていった。
おかげで精神切れで倒れる頃には、穴は全員が避難できる広さと深さにまでなった。
「入れ入れ!」
動物達はゾロゾロと穴の中に避難して行った。
全員入りきった事を確認した誘拐犯Aは、穴の口からカトレアたちの対決を眺める事にした。他の動物たちも穴の口から頭だけ出した。
カトレアとカリーヌ夫人の『鍔迫り合い』は、まだ続いていた。両者の間に発生した空気の塊を包むように竜巻も発生しそれは天をも衝かんばかりに成長していた。
「カトレア。いい加減に諦めなさい」
「……ッ、嫌ですお母様。わたしはマクシミリアンさまに会いたいんです。その為にここまでやって来たんです!」
地力の差か。カトレアは徐々に押され気味になっていった。
『鍔迫り合い』で両者の間に発生した空気の塊は巨大化しと竜巻は大災害レベルにまで成長していた。
もし、どちらかが精神切れを起こすなりして『鍔迫り合い』を止めれば、超圧縮によって固められた空気の塊は力の行き場を失い大爆発を起こす可能性が高かった。
そうなれば両者、ただでは済まないだろう。
危険を感じたカリーヌ夫人はカトレアに警告を発した。
「カトレア! 気をしっかり持ちなさい! 少しづつ力を弱めて!」
凄まじいまでの暴風はカリーヌ夫人の仮面を剥ぎ取り、その素顔をさらした。
カトレアは魔法を最大出力で放つのはこれが初めてだった。そのせいか、徐々にカトレアは魔力のコントロールを失い制御不能に陥っていた。
「……うう!」
「しっかりしなさいカトレア!」
このままでは膨大な魔力を放出し続け精神切れを起こし気絶してしまう。最早、決闘どころではなかった。
「もう一度言うわ! 精神を集中させて!!」
カトレアに集中する様に伝えると、カトレアも目を瞑り集中し始めた。
暴風は依然2人の周りを暴れ周り、カトレアの身体は細かい木によって出来た小さな傷で一杯だった。
「……はぁ……はぁ……ふぅ」
「いいですかカトレア。私が合図したら、あの空気の塊を空に向かって放り上げるのです」
カトレアが息を整えたのを確認したカリーヌ夫人は、次にやるべき事を指示した。
「分かりました。お母様」
「よろしい。では行きますよ……3・2・1!」
『ハッ!』
2人は同時に杖を上げると、間にあった空気の塊は空に向かって猛スピードで昇っていった。
空に昇った空気の塊は、高度1万メイル上空で圧縮された力を解放した。
ドォォォォン!
凄まじい爆音が夜の空に轟く。衝撃波が地上に届くほどの威力だった。もし、地上付近で爆発させていたら大惨事になっれいただろう。
空気の塊が空へと昇っていった事で竜巻も弱まりやがて消えていき、精根尽き果てたカトレアはその場に倒れた。
☆ ☆ ☆
カトレアらが戦った周りは木々が軒並み倒れ辺り一面更地の様な状態だった。
その更地では戦闘は終わり再び静寂が訪れた。カリーヌ夫人は急ぎ倒れたカトレアの下へ寄って抱き起こした。
カリーヌ夫人はカトレアのピンクブロンドの髪を手櫛ですいてやると、
「…・・・マクシミリアンさま」
とむず痒そうに寝言を言った。
夢の中までマクシミリアンの事を想っているカトレアに母親らしい微笑を向けた。
だが、その微笑みは一瞬の事。
再び、仏頂面に戻った。カリーヌ夫人は穴から顔を出してこちらの様子を伺っている1人の男に目を向けた。
「そこのお前! …・・・お前達がカトレアに妙な事を吹き込んだのか?」
絶対零度の声色で誘拐犯にゆっくりと近づく。
「え? え?」
誘拐犯Aは、いきなり殺気を向けられ混乱した。ちなみに誘拐犯Bは精神切れで気絶したままだ。
「お前がカトレアに家出するように吹き込んだのかと聞いている」
誘拐犯Aは、冷や汗をだらだら垂らしながら、どう取り繕うか考えた。
(このままでは殺される…・・・!)
考え抜いた末に誘拐犯Aは、カリーヌ夫人に土下座して釈明する事にした。
逃げても追い付かれるだろうし、下手に抵抗しても返り討ちに遭う事は先ほどの戦闘で容易に想像できた。
「実はその事についてですが……」
誘拐犯Aは土下座して事の成り行きを説明した。
「……で。カトレアの言うままに今まで供をしていたと?」
「そ、そのとおりでございます。マダム」
「お前にマダムと言われる筋合いは無い」
低い声でカリーヌ夫人は言った。
「あ、いや、その……どうか命ばかりはご勘弁を」
土下座した状態の誘拐犯Aは、額を地面にこすり付ける様に謝った。
「……フン、何処の木っ端貴族かは知らんが命だけは助けてやろう」
「あ、ありがとうございます!」
カリーヌ夫人は路上の石ころを見るように誘拐犯Aを見ると、指笛を吹いて自分のマンティコアを呼び気絶したカトレアをマンティコアの背に乗せた。
「お、お待ち下さい! 御嬢……」
「御嬢?」
「いえ、カトレア殿を連れ戻すのは、どうか、どうかご勘弁願います! カトレア殿は王子に会いたい一心で、禁を破りここまでやって来たのです。どうか彼女の気持ちを汲んでください。それに……」
「それに? ……続けなさい」
誘拐犯Aは、言うか言うまいか迷ったが、結局言う事にした。
「はい、実は我々と出会ったとき、カトレア殿は森の中で泣いていました」
「泣いていた? カトレアが?」
「はい、このまま有無を言わさず連れ帰るのは余りにも可哀想です。どうか彼女の願いをお聞き届けを……」
「……」
カリーヌ夫人は沈黙した。
カリーヌ夫人の様子を伺っていると、誘拐犯Aの両隣に気配を感じた。
「お前達……!」
気配の正体はお供の狼達だった。
2頭の狼は『伏せ』をした。どうやら土下座のつもりらしい。
狼達だけではない。穴の中に非難していた動物達も恩を返そうというのか、誘拐犯Aの周りに集まり懇願する様にジッとカリーヌ夫人を見た。
「……ふぅ」
カリーヌ夫人はため息をつき、空を見上げた。
「どうやら時間切れのようだ」
そのセリフの後、5騎の軽竜騎兵がカリーヌ夫人らの上空を通過し、再び舞い戻って照明弾を投下した。
軽竜騎兵とは風竜にスピード重視の為に軽装のメイジを乗せた竜騎兵で、主に遊撃や追撃、偵察などが任務だ。
無数の照明弾が夜空を明るく照らし、5騎の旋回している竜騎兵のメイジらは地上のカリーヌたちを見ていた。
カリーヌ夫人は上空の軽竜騎兵が黒地に金の獅子のエンブレムを着けている事を確認した。黒地に金の獅子の紋章はマクシミリアンの軍が使用している。
あれだけの天変地異を起こしたからか、当然偵察を出したのだろう。カリーヌ夫人は上空の竜騎兵に手を挙げ降りて来るようにジェスチャーを送った。
☆ ☆ ☆
カトレアが目を覚ますと、知らない部屋のベッドに寝かされていた。
「ここは?」
部屋の中を見渡すと、少し離れた所で椅子に座ったマクシミリアンが船を漕いでいた。
「マクシミリアンさま……!」
カトレアの胸は高まった。およそ2年ぶりに再会した愛しい人は自分の想像以上に逞しく成長していて嬉しくなった。だが良く見てみると少しやつれ気味なのが気になった。
「少し、やつれた様な……」
気絶している間に着替えさせられたのだろう、カトレアは寝巻き姿でベッドから降りマクシミリアンに近づいた。
眠るマクシミリアンの頬に触れようと手を伸ばすと、マクシミリアンの手がカトレアの腕を掴み引っ張られるように引き寄せられ、カトレアはマクシミリアンの胸の中に納まった。
「きゃぁ!?」
「ん……カトレア、会いたかったよ」
「はい、カトレアです。マクシミリアンさま。起きていらしたのですね?」
「ついさっき起きたんだ。それでちょっとイタズラをしたくなってね」
「もう! びっくりしましたわ!」
「ごめんごめん。それにしてもカトレア……綺麗になった」
「マクシミリアンさまも逞しくなられなられましたわ」
「……」
「……」
色々、話そうと思っていても、いざとその時となると話題が見つからない。
カトレアも同じなのか、言いよどんでいた。
今は言葉は要らない。2人は引き寄せられるようにキスをした。
約2年の空白を埋めるように2人のキスは激しさを増していった。
「……ん……うう……ちゅ……」
カトレアは顔を真っ赤にしながらキスをしている。
マクシミリアンはむさぼる様にカトレアの舌を求める。カトレアもマクシミリアンの求めに応えようと舌を絡めた。
やがて2人は熱を帯びていき、マクシミリアンはカトレアの寝巻きに手をかけた。カトレアも嫌がるそぶりを見せなかった。
……だがしかし。
「コラァァァーーーーーッ!!」
カリーヌ夫人がドアを蹴破って入ってきた。
「お母様!」
「チッ、いい所だったのに」
「結婚もしてないのに、そういった関係に成るのは駄目です!」
「無粋ですよカリーヌ夫人」
「だまらっしゃい!」
マクシミリアンは怒られてしまった。
カトレアも勇気を出してこれからという所で邪魔が入り涙目になってカリーヌに詰め寄った。
「ひどいわ、お母様」
「カトレアも! そう簡単に身体を許してはいけません!」
「カトレアに子供が授かればトリステインも安泰だろうに……」
口を『3の字』にして、不貞腐れたようにマクシミリアンが呟いた
「だまらっしゃい!」
2度の『だまらっしゃい』を落としたカリーヌ夫人は、2人の間に割って入り2時間ほど姑のように説教をした。
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