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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  2人の出会い


このデスゲーム、〈ソードアートオンライン〉が始まって,アスカが〈始まりの街〉を飛び出してから,わずか1ヶ月の間2000人ものプレイヤーが死んだ。
アスカの予想通り、外部からの救援が来ることはなく、〈始まりの街〉にとどまり続けていた者も,コルを使い切ってしまったり、ゲームクリアによるログアウトを望むのであらばフィールドに出るしかなかった。

ステータス的問題だけなら、レベル1の状態でも〈始まりの街〉周辺の雑魚モンスターはソードスキルを発動するだけで倒せる。が、この世界ではフルダイブ技術によって生身で本物の化け物と戦っているように感じる。
たとえ雑魚モンスターでも、牙を見せながらリアルな化け物が自分に襲いかかってくる恐怖はなかなかのものであり、ベータテスト期間でさえパニックになってHPを全損しているものがいたというのに、デスゲームと仮した今、戦闘による恐怖は言い様のない想像を絶するものとなっていた。
多くのプレイヤーが冷静に対処すれば簡単に倒せるモンスターに、恐怖で何も出来ないまま殺され、黒鉄宮にある〈生命の碑〉のプレイヤーの名前に次々と横線が引かれていく。
第1層すら攻略できないうちに、1ヶ月が経過して全プレイヤーの5分の1が死んだ。
そのことは多くのプレイヤーに絶望を与える。
本当にこの世界から出ることができるのだろうかという不安が覆う。

そんな中、アスカはフィールドでモンスターを狩り続けた。
きちんとした知識も情報も持ち合わせていなかったので、効率が悪いことは否めないが、フィールドで戦っている時間は全プレイヤーでも圧倒的だった。
睡眠、食事の時間以外全てモンスターを狩る時間に充てて、フィールドに出続けた。
そうやって経験値を貯め続けたアスカは攻略の最前線にいるプレイヤーのなかでもトップレベルのステータスを保持していたが、そんなことアスカにはどうでも良かった。
ただ、モンスターを狩り続ける。そして,いつか死ぬ。それだけだった。

アインクラッドの構造上、この世界は上へと進んでいくことになる。
すでに広大なフィールドは突破されて、100メートル上の次層の底部まで伸びるタワー型の〈迷宮区〉攻略が進んでいた。
アスカも当然その中にいた。
何度か誘われたパーティーへの加盟を断り続け,今日もアスカは攻略の最前線、迷宮区の最奥にて1人で剣を振るい続けていた。



「今のはオーバーキルが過ぎるんじゃないかな?」

それがアスカの出会った黒ずくめ(?)の最初の一言だった。

アスカは迷宮区第18階層で、斧持ち巨人型モンスター、〈アックスリード〉との戦闘を終えたばかりだった。
ステータスが向上してきたこと、ステップによる回避動作が洗練されてきたことにより、アスカは迷宮区最奥にて強敵と認識されている〈アックスリード〉も
相手の振り下ろしてくる斧を三回連続で避け、
隙のできたのど元目掛けてリニアーを突き込む、
の定型化してきた動きを三回繰り返すことによって難なく倒せるようになっていた。
しかし、自分の体すれすれを通り過ぎていく斧に怯まず集中し続けることはアスカにとっても並大抵のことではなく、〈アックスリード〉がポリゴン片となって消えたあと、緊張の糸が切れて、壁にもたれかかってそのままずるずると腰を下ろす。
モンスターはある一定範囲、一定時間に湧き出てくる数が決まっているようで、連続で何匹か倒すと、しばらく次のモンスターが現れなくなる。
今回もいつもと同じタイミングでモンスターがポップしなくなったので、アスカは次のモンスターが出てくるまで休憩をしよう、と思っていた。

そんなときに声を掛けてきたのが、その黒ずくめである。
言葉の意味も分からなかったが、アスカは何よりもその服装に訝しむような目を向ける。
不思議な格好をしていた。
アスカは目立たないように、茶色のコートを羽織っているし、ズボンもシンプルなグレーだ。
だが、その声の主の服装は全身黒ずくめ、以外の表現のしようがないものだった。
靴もズボンもグレー寄りの黒。上に羽織っているフードケープも黒色だし、フードを目深に被っていて顔は見えない。フードの隙間から少しだけ見える髪の毛も黒色なので、首元が少々肌色を晒している以外、本当に全身真っ黒だった。

アスカと同じく長時間戦闘をしていたのだろう、フードケープの耐久値が減っており、あちらこちらにほつれがある。

不気味,としか言いようがない。
派手な色で装飾華美な装備は同じ性能の地味な装備よりも高い。装備に実務的な性能のみを期待しているようなプレイヤーなら、必然的に少々地味な服装になる。
それでもお店によって異なる色の装備が置かれているのに,下から上まで前進の装備を黒一色に統一するのは難しいことだ。

関わるべきではない、とアスカは一瞬思った。どう考えても正常な思考の持ち主ではない。
現実世界では,銀行強盗がしていそうな格好なのだから,アスカがそう判断するのも当然だ。
しかし、体格から判断して年下だろう。声のトーンもかなり高い。
語りかけてきた内容からしても,絡まれた訳ではなさそうだ。
いつものように年上のプレイヤーにパーティーメンバーに誘われているわけではない、とアスカは判断する。それに、先ほどの単語の意味をアスカは知らない。
アスカの無言を、質問の意味が分からないと解釈したのだろう、その黒ずくめは言葉を続ける。

「オーバーキルっていうのは、相手モンスターの残りHPに比べて、過剰攻撃を行うことなの・・・なんだ。2回目のリニアーですでに〈アックスリード〉のHPバーは数ドットしか残っていなかった。あとはソードスキルを発動しなくても普通の攻撃で倒すことができたよ」

年上と話すことに緊張しているせいか、声が小さくなりながらも黒ずくめは話し終えた。
改めて聞くと本当に声が高い。変声期前なのだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えながらアスカは言われた言葉を咀嚼していく。
つまり、黒ずくめの言いたいことは、アスカの戦闘には無駄がある、ということだろう。
2度目のリニアーをたたき込んだあと、再度斧の3連劇を避けずに、そのままソードスキルなしの攻撃を行えばいい。
言いたいことは理解できる。
そして親切心から話しかけてきてくれたことも。
しかし、アスカの口から出てきたのは感謝の言葉ではなかった。

「過剰で何か問題があるのか?」

アスカの答えに黒ずくめはかすかに驚いたような仕草を見せる。
当然だろう。
過剰で問題がありまくりなのだ。
この世界で無駄のある戦闘を続けることは究極的に死へと繋がっているのだから。
けれど、アスカはそこまで分かっていて、問題が無いと口にした。
しばらく呆けたような顔をしていた黒ずくめだが,なおも捲し立ててくる。

「・・・確かにオーバーキルしてもシステム的なデメリットやペナルティはないよ・・・でも効率が悪いよ。ソードスキルは集中力がいるから、連発しすぎると精神的消耗が早くなる。帰り道もあるし、極力疲れないように戦った方が良い。」
「帰り道?」
「うん。このあたりのダンジョンから出るだけでも一時間近く掛かるし、そこから更に最寄りの街〈トールバーナ〉まで急いでも30分はかかるよ?君もわ・・・俺と同じくソロみたいだから、小さなミスが命取りになるよ」

余計なお世話だと思った。
今まで何人かのプレイヤーとダンジョン内で出くわす場面があったが、それらのプレイヤー達も、命の大切さがどうだとか、みんなで協力するべきだとか、アスカにとって何も心に響かない発言をしていた。
この黒ずくめは作業効率やシステム的に利のかなった説明をしてくれたぶん、今までの根性論や精神論を宣う奴らよりは幾分かマシだが、幾分かマシなだけであり、不愉快なことに代わりはない。
それに―――

「いいんだよ。街まで帰らないから」

アスカの発言に黒ずくめはびくりと体を震わせる。

「帰らないって・・・・街に帰らないって意味・・・?」
「ああ。ポーション類は買えるだけ買ってきたし、剣も予備を含めて同じものを三本購入してある。集中力が切れたら、安全地帯で休憩するから問題ない」
「そんな・・・・無茶だよ」

黒ずくめは呆然とした様子だ。
アスカも自分で異常だとは思っている。ステップによる回避を行えば、武器の耐久値を減らさないままノーダメージで相手の攻撃をやり過ごすことができるし、三本も同じ剣を購入しておけば、2日、3日はダンジョンに籠もりっぱなしで狩りを続けられる。
しかし、それはあくまで可能というだけの話だ。
ステップによる回避は失敗すれば相手の攻撃をもろにくらうことになる。何度か失敗したことがあるが、ろくにガードもできず、クリティカルヒットをもらってしまうことが多く、HPバーが大幅に削られてしまう。
睡眠は安全地帯で取っているが、モンスターの叫び声がすぐ隣のフィールドから常に聞こえてくるのだ。とてもではないが、長時間の睡眠ができる場所ではない。殆どのプレイヤーは小休憩で利用するだけだ。アスカも2、3時間しか寝ていない。

「無茶でいいんだよ。俺はただ目の前のモンスターを狩り尽くす。そのためだけにここにいるんだから」

そろそろ、モンスターが再度沸いてくる時間だ。
アスカは黒ずくめがそれ以上何も言わないうちに立ち上がる。
そのまま更なるダンジョンの奥地へと足を進めようとする。

「そんな無茶な戦い方してたら死ぬよ・・・」

背後から声を掛けられるが、アスカは首だけ後ろに向ける。
死ぬ,という単語に,感情の蓋が開いてしまう。

「いいんだよ、たとえ死んでも。クリア第百層?そんなことできるわけないだろ。第一層すら突破できずに2000人のプレイヤーが殺された。このデスゲームはクリア不可能だ。死んだとしても・・・早いか遅いかだけ・・・・それだけの違いだ。」

これまでの会話で一番感情のこもった言葉を口にするアスカ。
その体が不意にぐらりと揺れる。2日近く迷宮区に籠もりっぱなしによる疲労の蓄積で体は限界だった。
倒れそうになるのを賢明に堪えるが、体に力が入らず膝を突いてしまい、細剣も右手から落とす。
神の悪戯か、はたまたシステムがアスカの隙を突いたのか。
タイミング悪く、無防備なアスカの近くに先ほどと同じモンスター、〈アックスリード〉が出現する。
既にアグロレンジに入っているのか、斧を振り下ろそうとしてくる。
敵の姿を捉えることはできているが、体が動かない。アスカのコンディションなど関係なく振り下ろされる斧。
アスカのHPバーは完璧なステップ回避によりほとんど減っていないが、機動力重視の装備であるため防御力はたいしたことはない。無抵抗に三度振り下ろされる斧をくらったら全損する可能性すらある。
そこまで把握して、自分に死が迫っていることを認識しながらも、アスカは恐怖に囚われることはなかった。
――ここで終わりか・・・。
アスカはやけにゆっくりと振り下ろされているように感じる斧を見ながら、達観したように死を受け入れようとしていた。
だが、

「危ない!!」

緊迫した声と共に〈アックスリード〉とアスカの間に躍り出てくる人影。
先ほどまで会話していた黒ずくめだ。
あの距離から一瞬でここまで移動するとはなかなかの敏捷値だ。むろんアスカほどではないが。
とはいえ、振り下ろされようとしている斧とアスカの間に無理矢理割って入ったのだ。斧が黒ずくめの体に迫る。
全力で飛び込んできて崩れた体制で斧を剣で逸らそうとするが、レベル的絶対差があるとはいえ、無理な体制では斧という重量武器を片手剣では完全に弾くことはできない。
黒ずくめのフードケープに斧がかする。
ダメージとしてはたいしたことがないだろう。いくら攻撃力の高い斧といえ、かすった程度ではアスカの装備ですらHPの一割も減らない。
だが、その攻撃によって耐久値が無くなったフード付きコートは、
パシャンッ!!
という音と共に消滅してしまう。

黒ずくめの素顔が顕わになる。
黒髪がなびく。長い。腰近くまで伸ばされている黒髪が。
自分の命が危機的状況にあるというのに、アスカは何も考えられないままその姿に見とれてしまっていた。
長い黒髪をなびかせながら、強い意志を秘めた目で敵を睨み付けている、その姿に。

「やあっ!!」

甲高いかけ声と共にソードスキルを発動し、番狂わせを無いまま、その黒ずくめの少女は〈アックスリード〉をポリゴン片へと変えた。
 
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