STARDUST∮FLAMEHAZE
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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#1
NEXT STAGE
【1】
雲一つない空。
その淀みのない蒼天が、彼方への航路を創っているかのように。
ソレを背景に高々と聳える、貫を侘びた注連縄で飾られた一基の 「鳥居」
元来、神々の神域と人間が住む俗界とを割かつ “結界” を意味するモノだが、
今現在その伝承が 『現実』 のモノと成っているコトを認識出来る者はごく僅かだった。
「おしまいッ!」
清廉な掛け声と共に赤い鳥居の最上部から小さな影が一つ、
滑空の気流を纏わせながらその 「内」 に舞い降りる。
目測で有に10メートルを超す高度から飛び降りてきたその影は、
そんなコト意に介さず片手を石畳の上に付き、
片膝を曲げもう一方は鋭角に延ばして落下衝撃を分散、着地する。
膝下まで届く、まるで極上の絹糸のように細く艶やかな黒髪が
気流によって吹き上がり、やがて重力の恩恵を受け軽やかに空間を撫ぜる。
継いで種々なる花々の香りも舞い踊った。
「……」
顔を上げたのは凛々しい視線の、全身、黒尽くめの少女。
上着も、ズボンも、ベルトも、靴も(流石に下着までとは云わなグゴォッ!)
その頭部までもプラチナ・プレートの嵌め込まれた
黒いレザーキャップを被っている。
「終わったのか?」
その黒き少女の傍らに、彼女と同じようなデザインの
学帽を被った青年が歩み寄る。
見上げる程の長身。
中世芸術彫刻のように、美しく均整のとれた体躯。
その身を包む、マキシコートのように裾が長い学生服の腰に
革のベルトが二連、交叉して巻き付いている。
何よりもその筆舌に尽くし難い、威風颯爽足る美貌。
形の良い耳元で、プラチナのピアスが煌めいている。
「ええ。たったいま、この神社周辺区域の “因果” を
その 「連続」 から切り離したわ」
薫り慣れた芳香が、少女の鼻孔を擽 った。
「これでもう普通の人間が此処を 「認識」 するコトはまず不可能だし、
フレイムヘイズや紅世の徒からも “視えにくくなってる”
まぁ “封絶” の応用ね」
「おい? ソレじゃあよ」
訝 しむその青年に少女は “最後まで聞きなさい” と
開いた右手で彼を制する。
「その 『逆』 は話が別。外の異変は感じ取れるように
ちゃんと 「隙間」 は空けてある。
まぁ私の経験上 “無い” とは想うけど、
“徒” の存在を感知したら教えるから安心なさい “承太郎” 」
こちらの心情を見透かしたかのように話す黒髪の少女に、
“承太郎” と呼ばれた青年は学帽の鍔で目元を覆いながら返す。
「フン……オレが心配してンのは、「後処理」 のコトだぜ。
『スタンド』 でさんざっぱら暴れ回ったはいいが、
その後全部ブッ壊れた 「治りません」 じゃあ通らねーからな」
「フフッ」
少女は殆ど曲線になるような、柔らかい笑顔で懸念に応じる。
「無用の心配よ。“封絶と同じ” って言ったでしょ?
“因果孤立空間” の裡ならどれだけ 「破壊」 が在っても
存在を 『喰われたり』 しない限り「修復」は可能よ。
勿論ソレにはおまえにも協力してもらうけど」
「フン、それなら別に、依存はねーがよ」
青年はブッきらぼうに言葉を切り、その美貌をやや斜傾に向ける。
ソレは彼特有の、不器用な照れ隠しだった。
共に過ごした時間はそんなに長くはないが、
少女は自分でも知らないうちに気がついていた。
そしてソレを、何故か無性に誇らしく想った。
青年自身も気づいていない、知っているのは自分だけかも知れないという
奇妙な優越感と共に。
「……」
「……」
両者に舞い降りる、沈黙の帳。
気まずいわけではなく、寧ろ心地よい緊張感。
互いの所作をそっと窺 っているような、心の射程距離。
「始めぬのか?」
穏やかな雰囲気で黙する二人に、
荘厳な賢者の如き声が突如来訪する。
「ッひゃわッッ!? アラ、アラ、アラストール!?」
その喫驚までも愛らしい少女の胸元で、
神聖なる光を称え周囲に金色のリングが絡められた漆黒の球、
天頂部を細い銀鎖で繋がれたペンダントから声はあがっていた。
声の主は、深遠なる紅世真正の魔神、
その真名 “天壌の劫火” アラストール。
眼前の少女の 「契約者」 であり、
普段はその強大な力を宿す 「本体」 を裡に眠らせ、
己の意志のみをペンダント型の神器 “コキュートス” の能力を
通して現世に表出させているのであった。
「……」
しかし今、その現世に表出されている “王” の意志は、
何故か不機嫌極まりない。
ソレは言わずもがな、先刻の少女の自分に対する態度。
言葉には出さず、“そんなコトは” 万が一にも(億が一にも)
胸に抱くコトはないというのを知ってはいるが、
先刻の少女の言葉後にいたの?
という感 覚を察したからであった。
眼前の(自分も見込みが在ると密かに認めている)青年に、
自身の存在を時空間の彼方にまでブッ飛ばされて
不興極まりない心中をアラストールは何とか呑み下し、
声だけは平静そのもので告げる。
「 “アノ者” も拵 えは出来ているようだぞ」
そう言って喋るペンダントが指差した(?)先。
青年と少女から数メートル程離れた石畳の上。
紅顔の美男子を絵に描いたような人物が両腕を腰の位置で端整に組み、
見る者全てに安らぎを与えるような微笑をこちらに向けていた。
気流に靡く、瑞々しい果実の香り。
シンプルだが質の良いミントグリーンのシャツと
腰に密着した細身のジーンズ、
その足下は柔らかそうなスウェードの靴で覆われている。
耳元で揺れている果実をモチーフにしたイヤリングこそ
いつもと変わっていないが、制服ではなく私服なので
普段と受ける印象が大分違う。
唯一欠点を挙げるとするなら、全くと言っていいほど嫌味がないので
その点が逆にイヤ味だという位だ。
脇の青年が広い背を少女に向け、爽涼な美男子の方へと歩み寄る。
その瞬間、ほんの一瞬に過ぎなかったが、少女がとても残念そうな顔をしたのを
アラストールは見逃さなかった。
「準備、出来たようだぜ。待たせたか? “花京院” 」
「いいや、彼女一人に任せてしまってすまないと想っているよ。
ボクの “結界” も、「そういう能力」 なら協力出来るんだけれどね」
青年に“花京院” と呼ばれた中性的な美男子は、
その細い両腕を左右に広げ和やかに返す。
「ウチのジジイの話じゃあ、
『スタンドは一人一体、一能力』 が絶対の 「原則」 らしいからな。
もしオレ達だけなら 「訓練」 する場所を探すのにも一苦労だ。
全くもって “シャナ” 様々だぜ」
青年はそう言って首だけで振り返り、立てた親指で少女を差す。
「そうだね」
花京院も柔らかな微笑で、青年に応じる。
「……」
少女はちょっとだけ頬を朱に染め、そして何故かムッとした表情で
二人の美男子の傍に歩み寄った。
爽やかな初夏の風が、3者(4者?)の間を吹き抜けていく。
今日は土曜なので学校は昼上がり。
3人とも特に予定はなかったので、
シャナの提案で午後は前々からいつかやろうと計画していた
『特別戦闘訓練』 に当てようというコトになったのだ。
異次元世界の暗殺者。
紅世の王 “狩人” フリアグネの襲来から、早一月。
高度な自在法、意志を持つ “燐子” の創成、
多種多様な 「宝具」 とソレをほぼ完璧に駆使する技巧の冴え。
何よりも “フレイムヘイズ狩り” として名を馳せた、
その強大なる存在の力。
紆余曲折在ってなんとか辛うじて討滅出来たものの、
コレからフレイムヘイズとしてより強力な “王” と戦っていくのであれば、
まだまだ戦力が足りないと己が未熟を悔いるのは
その当事者で在る少女だけではなかった。
いずれ必ず訪れる、 『アノ男』 との決戦の為に。
とりあえず放課後、各々一度自宅に戻り昼食の後神社に集合。
当然3人とも他の生徒達と同じように私服へと着替えてきている。
最も承太郎だけは、いつもと色違いの青い学ランだが(公私兼用で何種類かあるらしい)
しかし。
いつもとその風采が最も違うのは、件の黒い洋装の美少女、シャナ。
西洋風の竜 をモチーフにデザインされた、ハードなプリントの入った薄地のニット。
その下は凝った刻印の入った銀鋲が所々に配置された
レザーのハーフ・パンツに黒革の編み上げブーツ。
そして頭には 『STARDUST』 という
これまたハードなロゴの入ったプレート付きのキャップである。
首から垂れ下がったペンダントへ合わせるように、
可憐な細い指には星や鳥、クロス等のレリーフを象 ったリングが幾つか嵌められ、
ベルトラインより下には入念な彫金を施 されたウォレット・チェーンが
2連になって繋がれている。
実は、承太郎の学生服に合わせてその母親であるホリィが
こっそりSPW財団専門のブランド洋品店に注文したモノだったのが、
当然その 「意図」 は承太郎も、着ているシャナすらも気づいていない。
「さぁ! 時間がもったいないし始めるわよ!」
ハードな装いの黒い少女が大きく手を打ち、
3者は予め指定された場所へと移動する。
鳥居の笠木中央部にて、不可思議な紋字と紋章と共に揺らめく深紅の炎。
その周囲で爽涼に戯れる杜の声。
清澄な水の流れる手水舎傍、一対の狛犬が並び銘文の刻まれた石碑の聳える本殿前にて、
小さな師範の講義は始まった。
【2】
「まずおまえ達。像 を出さずに能力を手の平に集めてみて」
年季の入った本殿壇上に飛び乗り、
その視線だけは長身の美男子二人を見下ろすカタチになったセンセイは、
講義の挨拶も指針も何も示さぬまま 「結果」 のみを口にした。
「……」
怪訝な顔をする承太郎とは裏腹に
「いいよ」
と、その隣の花京院は事も無げに言う。
やがて。
胸元の位置で細い指先が艶めかしく折り曲げられた花京院の掌中に、
透き通るようなエメラルドの光が湧き水の如く溢れていく。
煌々と安らかな色彩を称え躰の裡から沁み出ずるその光は、
能力の行使者の精神をそのまま具現化したような清らかさだった。
少々意外そうな顔で自分を見る美貌の青年にその行使者は、
「幻像を出さなくても、“幽波紋光” を操るコトは可能だよ。
無論 「威力」 や 「精度」 は本来のモノより劣るが、
瞬発的に出せるのと必要以上に相手を傷つけない等メリットも多い。
まぁ慣れるまで、少々訓練が必要だけどね」
そう言って自嘲気味に微笑う。
流石に、“生まれついての” 『幽波紋能力者』
その 「経験」 と 「技術」 能力に関する 「知識」 は、
後天的に 『スタンド』 に目醒めた自分の遠く及ぶ処ではないようだ。
無頼の貴公子は素直にその事実を認め、言葉を返す。
「なんか “コツ” とかはあんのか? 手の平に意識を集中して、
スタンドパワーをソコに集めンのをイメージしてみたンだがな」
「最初はソレで良いと想うよ。
欲を云えば、スタンドを外ではなく 「内」 に、
身体内部で 「影 」 みたいな状態で存在してるとイメージすれば
エネルギーの流れを体感し易い。
スタンドは本体の外に出てない時はスタンド使いの内部で眠っているだけで
“存在してないわけじゃあないからね”」
「フム……」
親密に言葉を交わす、二人の美男子。
その頭上では胸の前で力強く両腕を組み、足を大きく八字に開いた美少女が
憮然とした表情で両者を見下ろしていた。
出来ればソコは “自分が” 説明したかったのだが。
しかし、同じこの世ならざる異能を裡に宿す身とはいえ、
チカラの 『発現系』 が違う為にその感得の仕方を自分は 「まだ」 知らない。
ましてや 「操作」 のコト等夢のまた夢。
ここはその 『能力』 に一日の長が在る花京院に任せるしかない。
妙な胸のムカつきは消えないが。
「……」
まぁ、いい。
“ソレもあと少しの辛抱だ”
口元にフ、と不敵な微笑を浮かべる少女。
着ている服の背徳的なデザインも相まってか、
小悪魔的な微笑が通常の二割増しで甘く危険に光った。
「よし。まぁ、こんなモンか」
「!」
唐突に耳に飛び込んできた声。
向けた少女の、視線の先。
無頼の青年の右掌中で燦爛と輝く、 白金の光が在った。
その色彩は、ソレを放つ者の高潔さを象徴しているかのよう。
きっとこの世の如何なる負の存在でも、くすみ一つすら付けられない。
そんな心象を想起させるような、綺羅の光輝。
(キレ……イ……)
口元に悪魔の微笑を浮かべていた少女の表情は一転、
天使の歓喜へと即座に変貌する。
その隣で同様の光を掌中に携えている細身の美男子には一切目もくれず、
少女はその光に目を奪われる。
彼女の 「名」 の由来にもなっている、
戦慄の大太刀を手にしたとき以上の執心を持って。
「よぉ?」
「ひゃあぁッ!?」
甘美なる陶酔の時は、同じく甘い響きを持った青年の美声で以て破られる。
「「講義」 を再開してもらいてーんだがな?
この手に集めた 『幽波紋光《スタンドパワー》』を、
一体どーすりゃあいーんだ? “センセイ?” 」
普段から教師を一度も 「先生」 等と呼んだコトない無頼の貴公子が、
年端もいかない少女にそう問いかける。
掌中の白金は、色褪せるコトなくその光を称え続けていた。
「え、えぇ、そうね」
そう言って顔を赤らめたセンセイは、
両目を閉じながら一度コホンと咳払いをして威厳を戻し、
講義を再開する。
「ソレじゃあ 「次」 はその手に集束したチカラを、
『炎』 に変換えてみて」
「……」
再び。
その 「やり方」 も 「意味」 も全く告げず 「命令」 と 「結果」 のみを
突き付ける小さな師範。
取りようによっては理不尽とも云えるその無理難題に、
今度こそ完全に面食らった青年とはやはり裏腹に
その脇の美男子は容易くソレを実行する。
「!!」
「!?」
突如。
花京院の女性のように細い指先を揃える掌中に、
鮮やかなエメラルドの炎が出現する。
炎本来の本質で在る破壊的な印象の全くない、
安らかで清らかで、そして静謐なる存在の灯火。
その色彩。
現世と紅世両界にその異名を(非常に悪い意味で)轟かせる、
狂気の “探求者” に爪の垢でも煎じて飲ませたくなるような、
至上の翠蓮。
「……」
やや呆れたような顔で再び花京院を見る承太郎。
壇上のセンセイもその天賦の才に驚いたのか、漆黒の双眸を丸くしている。
そんな中、その優秀な生徒は勝ち誇るわけでも驕るでもなく、
あくまで優しい口調のまま 「遣り方」 を承太郎に説明する。
「“エメラルド・スプラッシュ” と、 原理は大体同じだよ。
脳裡に 「結晶」 じゃなく “炎” を強くイメージして
スタンドパワーを操作、具現化してやる。
スタンドは訓練すれば、“その大きさも自由に変えるコトが出来る” んだ。
ソレに較べればそんなに難しいコトじゃあない」
再び壇上でムクれているセンセイの視線には気づかずに、
優等生の不良生徒に対する懇切丁寧な説明が続く。
「そうだな。君の場合、スタープラチナが殴ったり蹴ったりしてるのをイメージするのと
同じ 「感覚」 で、 “炎” をイメージして視ると良い。
“スタンドパワーもスタンドだから” ソレを操る 「精神力」 の強さ次第で、
別の属性にも出来る筈だ」
「ああ……ヤってみるぜ」
承太郎はそう言って静かに瞳を閉じ、花京院の言葉を脳裡で反芻しながら
鋭く集中力を研ぎ澄まし、精神の裡で 『幽波紋』 を念じ始める。
同時に、その掌中で、
嵐を前にした波打ち際のようにさざめきだす、
白金の 『存在の力』
「……」
自分の 「出番」 を取られて面白くなかったセンセイも、
この時ばかりはただひたすら “ガンバレ” という純粋な想いの許、
その存在の力を行使する者 「以上に」 握った両手へと力を篭める。
やが、て。
「!!」
「!?」
ガオッ! という狂暴な音響と共に、青年の掌中で白金の火柱が噴き拳がる。
花京院のモノとはまるで対照的な、触れた者スベテを悉 く焼き尽くし、
灰燼も残さないのではないかと錯覚する程の、強烈な光を発する炎。
しかし狂暴な破壊的存在感を以て噴き拳がっているというのに、
その色彩は視る者スベテを惹きつけるような神聖さを宿しているという
相反する要素を併せ持っている。
周囲に眩い輝きを迸らせるその炎に頬を白く染められながら、
自分の “生徒” の想像以上の出来に、センセイは歓びを隠すこともなく
顔いっぱいに現す。
その胸元でムゥと小さく、心底感嘆したような声があがったコトには
誰も気がついていない。
「フ……ゥ……ッ!」
呻くように呟いた承太郎の一声と共に、噴き挙がっていた火柱は
一瞬にしてその高度を無くし、一気に彼の掌中へと収まる。
あとに残ったのは、開放されるソノ時を待ち焦がれるように
狂暴な火花を空間に捲き散らす、白金色の塊。
「フッ、イメージとスタンドパワーとを同調させて開放するタイミングが
チョイと骨だが、まぁ、はじめはこんなモンか」
白金の炎を右手に宿らせる青年は、己の掌中を見据えながら満足気に呟く。
「だが、 “コレ” は 「使える」 かもな。
『スタープラチナ』 はパワーとスピードはあるが、
接近戦しか出来ないのが玉に疵だった。
だがコレでその 「弱点」 も補強されるってワケか。
今はまだ弱々しいが、もうチョイ練習すりゃあ威力も向上がるだろうしよ……」
自分の生みだした白金の 『炎』 を見据えながら、
その端正な口唇に不敵な微笑を浮かべる美貌の青年。
彼に限らず、人は何か一つ新たな 『能力』 を、
自分の 『可能性』 を見つけた時、こんな表情をするのかもしれない。
その、静かながらも自信に満ち溢れた風貌。
だが、意外。
「OK。 “ソレ” はもう、 消しちゃっていいわ」
その 「炎」 を創り出せと命じた張本人が、
いとも容易くそう口にする。
「……」
予め可能性の一つとして少女の言葉を見越し、
瞬時に掌中の炎を掻き消した優等生とは逆に、
脇の不良生徒は口を半開きにしたまま棒立ちとなる。
「オイ? 一体ェどーゆーコトだ?」
右手に煌々と光る白金の炎を宿らせたまま、
承太郎は壇上のシャナに一歩詰め寄る。
「 『近距離パワー型』 の 「弱点」 を補う為にヤらせたコトじゃあねーのかよ?
訓練して、オメーみてーなバカデケェ炎をスタンドにブッ放せるようにする為によ」
炎を自在に生みだしそして操るこの 『能力』 に関しては、
少女の方が遙かに熟練者、というより専門家であり自分は素人も同然だというコトは
百も承知していたが、即座に諦めてしまうにはどうにも惜しい 『能力』 だった為
承太郎は諄いと想いつつも食い下がる。
その背景には己の 「弱点」 を補うコトも在るが、
シャナのように(条件付きではあるが)破壊された街や傷ついた人間を
元通りに 「修復」 出来る 『能力』 を獲得出来るかもしれないという想いが在った。
しかし。
「“フレイムヘイズでない者” が、 強力な 『炎の自在法』 を
遣えるようになれるわけないでしょ?」
壇上のセンセイは、不良生徒の淡い期待を清々しいまでに粉砕する。
「“自在式” が編めないんだから、 実戦レベルまで “もってく” のは事実上不可能よ。
要はおまえ達にその能力の 「流れ」 を感得させたかった、ただソレだけ。
そしてソレは、 その気になれば有形無形を問わず
“自在に形容を換えられる” というコトも一緒にね」
「……」
ワケの解らない専門用語も織り交ぜられながら、
取り付くしまもない程に論破され沈黙以外の選択を余儀なくされる不良生徒。
右手に宿っていた狂暴な炎の塊も、いつのまにか立ち消えている。
“こいつはオレらに一体何がさせてーんだ?”
苛立ちと共に心中でそう呟きながらも、
解らない事は考えてもしょうがないので承太郎はセンセイの言葉を待つ。
「もう一度いうけど、 “フレイムヘイズでない” おまえ達に、
『炎の自在法』 を教えるつもりはない」
センセイは念を押すように、腕組みをしたままそう告げる。
「でも存在の力を操る術、 “自在法の理念” を理解し、ソレを 「応用」 する事、
つまりおまえ達自身の 『能 力』 に “自在法” を 「組み込む」 コトで、
より精密に、高性能に自分の 『幽波紋』
を操る事が出来るようになる 「可能性」 は在る」
「ジザイホーを、スタンドに組み込む、だと?」
想わず口を付いてでた承太郎の言葉に、シャナは無言で頷いてみせる。
「“狩人” がヤってたでしょ?
燐子に自在法を組み込んで思い通りに操ったり爆弾に換えたり。
アレだって元を正せばただの人形よ。
スベテは自在法に拠って生み出される、『この世ならざる存在の事象』 なの。
だからおまえ達はソレを使って燐子や宝具じゃない、
自分の 『幽波紋』 を操るの」
「……」
「……」
押し黙って顔を見合わせる二人の生徒を頭上から見据えながら、
センセイは講義を続ける。
その瞳を、より鋭く研ぎすまして。
その声を、より森厳に澄み渡らせて。
「“存在の力” は、森羅万象、どんなモノにでも内在してる。
物質ではないけれど、無論おまえ達の 『幽波紋』 も例外じゃない。
ソレを使って “本来以上のチカラ” を紡ぎ出すのが 【自在法】
“有は無に還り無は有を創り出す”
つまりは、 『永遠』 という可能性への追求……」
センセイはソコで一端言葉を切って、
無数のリングが嵌められた右手をスッと前に差し出す。
同時にその掌中で数塵火の粉が舞い、刹那に炎が灯る。
不可思議な紋字と紋章とが、 周囲に纏 った、 深紅の炎。
まるで何かの儀式、或いは敬意であるかのように、
少女は紅蓮の煌めきを、余すコトなく空間へと迸らせる。
そしてその煌めきと共に頭上から到来する、預言者のような声。
一人の、 純潔なる “フレイムヘイズ” の声。
「歴代のフレイムヘイズとその契約者で在る紅世の王達は、
『永遠』 という理念を自在法の 「象徴」 としたの。
現世と紅世の在るべき姿の為に。
『永遠』 とは “無限” のコト。
“ソコにこそ” おまえ達に自在法を教える意味が在る」
深紅の炎に勇壮なる風貌を照らされながら、
承太郎はその研ぎすまされた洞察力で
少女の紡ぎ出す言葉の意味を分析し始める。
「……」
『永遠』 だの “無限” だのと、
何やら話が大袈裟になってきたが
シャナの言わんとしているコトは理解できた。
つまり自分の能力 『幽波紋』 には、
まだまだ 「未知」 の部分が在るというコト。
そして自分はまだ、その 『存在能力』 を巧く引き出せてはいないというコトだ。
言われるまで気にもとめていなかったが、確かに言っているコト自体は間違っていない。
今まで自分はスタンドを 「操作」 する際、
“目の前にいるヤツをメチャメチャにブン殴れ” や
“襲ってくるモノスベテを弾き落とせ” 等、
大雑把な 「命令」 しか与えてはこなかった。
しかもソレすらも、思い返してみればあぁそうだったという位で、
実際には殆ど無意識に近い状態でスタンドを念じ、
本能的にその操作を行っていたに過ぎない。
しかしシャナの言う通り、スタンドを効率的に動かし
尚かつその能力を最大限に引き出すのであれば、
より高度な 『操作技術』 が要求されるのは当然のコトだ。
最新鋭の高性能エンジンをフルチューンで搭載した
モンスターマシーンの性能を引き出すには、
ソレを自在に操るテクニックが必須条件であるように。
それが無ければ如何に優れた機体で在ってもただの鉄屑、
コーナリングでクラッシュする棺桶に過ぎない。
その自分でも気づいていなかった事実に、
目の前(上?)の少女は気づいた。
“スタンド使いでないからこそ気がついた”
しばし押し黙っていた承太郎だが、少女の発する言葉の意味を解し
やがて閉ざしていた口唇を静かに開く。
「……成る程な。F1で例えりゃあ今まではオートマだったが、
マニュアルに切り換えた方がより高度な操縦が出来るってこったな。
技術が要るがよ」
「……」
自動変速と手動操縦。
いつもながら独特の言い回しをする承太郎だったが、
物事の核心はきちんと押さえている。
自在法に於いてもその 「諧調」 は非常に重要で、
傾向的に後者の方が(本能的に発動させる前者と比べ)高度な構成技術を要する為
より優れているとされている。
同じ自在法でも、自在式が在るのと無いのとでは
その威力も精度もまるで違ってくるように。
自分もこの自在法の理念を解するには時間を要した為、
こうもあっさりと解かれては張り合いがないが
「正解」 を言っている以上ソレは肯定するしかないので、
「まぁ……概ねそんなカンジね……」
と、目元を黒いレザーキャップの縁で目元を覆いながらそうに呟いた。
本当は、もっと間違って失敗して、ソレを逐一修正しながら
自分に頼る以外何もない(しょ~がないわねぇ~♪ 承太郎は♪)
とか想わせようとしていた目論見は見事外れた。
そこに追い打ちをかけるように言葉を繋ぐ、脇の優等生。
「ボクも、今まで自律動作と遠隔操作とを切り換えて
スタンド操作を行っていたけれど、殆ど無意識的なモノで
あまり細分化して考えては来なかったね。
スタンドバトルはいつも突発的で相手の 『能力』 が解らないコトが殆どだから。
でもこれからは “そうでない敵” との戦いも覚悟しなきゃならない。
だから今まで以上にスタンド操作に磨きをかけるのなら、
シャナの言ってる事は間違いないよ。
訓練によって幾らスタンドパワーが向上がっても、
相手の 『能力』 次第じゃ無意味どころか逆効果になるからね。
どんな状況にも臨機応変に対応できる操作技術と応用能力が、
どうしても必要になってくる」
「……」
花京院に他意はなく、あくまでシャナの言うコトを肯定、
補足説明をしたのみだったが、なんだかフォローを受けたみたいで
ますます面白くないセンセイは憮然とした表情のまま講義の締めに入る。
「兎に角、おまえ達はこれから 『幽波紋』 を操作する際、
今まで以上に鋭敏に存在の力の流れを 「感得」 して
ソレを 「適正化」 する術を修得しなければならない。
腕を振り上げるとか振り廻すとかの何気のない動作の中にも、
一体どれだけの力の流れが存在するのか 『意識的に』 理解出来なければ
収 斂も発動も巧くはいかない。
だからその 「基礎」 としてまず 『チカラの集束と変換』 を体感させたの。
状況に応じてチカラを然るべき処に集め、無駄を殺ぎ落とし、ソレを変換させる術をね」
そう言い終えるとシャナは、教師が持参したテキストの束をまとめるように
右手に宿った炎を大仰な手捌きで振り翳し、掻き消す。
そして。
「さて、と。これで私の 「講義」 は終了よ」
礼の代わりに可憐ながらも強い微笑を口唇に浮かべ、承太郎達に向き直る。
センセイ役は、コレで終わり。
再び対等の立場に戻ったシャナは壇上から飛び降り、
長身の美男子二人の前へと軽やかに着地した。
その眼下の、自分の腰元に届くのがやっとという
背丈の少女に承太郎は問い質す。
「おい? チョイ待ちな。そのジザイホーとやらの 「ヤり方」 を
まだ教わってねーぜ。せめて 「基本技」 くらいは知っとかねーと
「応用」 も何もねーだろ?」
正当な要求。
しかし少女から返ってきたのは、ソレとは 『逆』 の答え。
「 “ソレ” は、“おまえ達自身が自分で” 感得して体得するしかない。
存在の力の流れ、その感じ方や制御の仕方は同じように見えて、
実は一人一人全然違う。当然その 『発現型』 もね。
要は創造力と己の潜在能力との瞬間的な融合化よ。
ソレは誰に教えられるモノでもないし伝えられるモノでもない。
おまえ達が自分自身でやり遂げる “しか” ないの。
歴代のフレイムヘイズはみんなそうしてきたし私もそうしてきた。
だからおまえ達もそうしなさい。 “ヒント” はもう充分あげたでしょ? 」
青年のライトグリーンの瞳を覗き込むようにして告げられる、少女の返答。
「……」
普通ならここで “できるわけがないッ!” と4回位叫びそうだが
幾分かの沈黙の後、青年は答えを返す。
その瞳に宿る、怜悧な光に裏打ちされた答えを。
「……つまり、オメーに手取り足取り教えてもらった “ジザイホー” じゃあ、
ソレは “コピー” ってヤツで 『本物』 じゃあねぇってコトか?
自分に合った能力の 「使い道」 ってヤツを、
テメー自身でみつけろってコトだな」
生来の洞察力と実戦で磨き上げられた判断力とで、
自分なりの答えを導き出す 『スタンド使い』
ソレに対し眼下の少女は、
「そのとおり。よく解ってるじゃない」
(届くのなら) その頭を被った学帽ごと撫で回しそうな心持ちで、
満足そうな笑みを彼に返した。
「そりゃ、どーも」
青年は剣呑な視線で少女の笑顔を受け止めながら、
ふと既視感によく似た感覚が脳裡を過ぎったのに気づく。
遠い、昔。
『自分ではない誰か』 に同じようなコトが在り、
ソレを己に流れる “血” が覚えていた所為なのかもしれない。
「……」
安堵によく似た、その奇妙な 「実感」 を反芻する青年の傍らで、
「よろしい」
と、黒尽くめの少女が腕組みをしたまま深く頷いていた。
その脇の美男子は、変わらない穏やかな微笑で二人をみつめている。
頬を撫でる、深緑の息吹。
髪を揺らす、初夏の風。
三者の間に、緩やかな空気が充ちていく。
そし、て。
「さて、それじゃあ今度は 『私の番』 ね」
「アン?」
「?」
穏やかな沈黙を破った少女の言葉に、
懸念の表情を浮かべる二人のスタンド使い。
「ボク達の番、 って?」
不思議そうに自らを指差す花京院。
「オレらがオメーに、一体ナニ教えるってんだ?」
件の剣呑な瞳で、少女を見据える承太郎。
「格闘技はいまさらだし、 「剣」 なんぞオレらは使ったコトねーぜ。
それともまさか、何か一発芸でもやれってのか?」
「あ、それならボクはチェリーを口の中で結ぶ事が」
「“前” ヤってやったアレか? でもオメー煙草吸えねーだろ?」
「そんなわけないでしょ! バカバカバカ!」
真っ赤な顔をして、少女は長身の美男子二人を
見上げるようにして叫ぶ。
「“おまえ達が私に教えるって言ったら決まってるでしょ?”
『幽波紋の出し方』 よ」
すました顔で、当然のように言い放つ少女。
深緑香る爽やかな初夏の昼下がりだというのに、
何故か冷たい風が一迅、3者の傍らを通り過ぎた。
【3】
「『スタンド』 って……オメー……無理に決まってンだろ……」
唐突且つ想定外の少女の要求。
承太郎はやや呆れたような口調で。
「シャナ。君は 『スタンド使い』 じゃないだろう?
『そうでない者』 にスタンドを発現させるコトは不可能だよ」
花京院がゆっくりと諭すような口調で、それぞれ少女の申し出を否定する。
しかしこの最もな正論を、 目の前のハードな洋装に身を包んだ少女は、
昔々在る処の悪逆非道の王国の頂点に君臨していた
暴虐の姫君の如く突っぱねる。
「うるさいうるさいうるさい! “だからこそ” 教えてって言ってるの!
おまえ達だって元は普通の人間でしょ!
だったらフレイムヘイズで在る私に出来ない筈がないわ!」
「……」
「……」
この、一見筋が通っているのかいないのかよく解らない理屈に、
若き二人の 『スタンド使い』 は大いに困惑する。
「お・し・え・て! 自在法の理念は教えたわ。
Give and take。
それとも、ただでモノを貰ってソレでいいと想うような、
そんな情けない 『男』 なの? おまえ達?」
途中完璧な発音でそう言って、シャナは据えた視線で二人の瞳を覗き込む。
もう “こうなると” テコでも動かないコトは
二人共充分(過ぎる程)解っているので、
少女の我意を押し通す最終奥義、
“泣く” を使われる前に(その殺傷能力に自覚の無い処が真に恐ろしい)
不良生徒はその 「役」 を優等生に押し付ける。
「やれやれ、花京院任せたぜ。オレァこーゆーのは苦手だ」
そう言って軽く花教院の肩に手を置き、
一服する為に鳥居の外へと足を向ける。
「イヤ、 そう言われても、 ボクも困るのだが……」
珍しく狼狽の色を表情に出す中性的な美男子に向けて、
当の本人は背を向けたまま軽く手をあげるだけで
この件を終わったコトにしてしまう。
「……」
仕方ない、ダメ元でとスタンドの出し方をシャナに教えようとしたその時、
件の少女の姿はもう彼の目の前から消えていた。
「……」
気も早く、 鳥居を潜る前からもう煙草を口唇の端に銜えていた無頼の貴公子の、
その引き締まった腰に巻き付いた二本の革のベルト内一本が、
突如学ランの上から凄まじい力で引っ掴まれ、
“振り向いていないのに” まるで 「この世」 から 「あの世」 に
連れ去られるが如く、 背後に高速で引っ張り込まれる。
「ッ!?」
予期せぬコトに体勢を崩して膝を折った青年の広い胸に、
更に予期せぬ呼吸も止まるほどの衝撃。
そのまま石畳の上に押し倒され弾みで強 かに頭を撃った彼の脳裡に、
何故か浮かんだ “圧迫祭り” とかいう意味不明な単語を
承太郎が認識する間もなく視界に入ったのは、件の少女の凛々しい風貌。
正確には、その上半身。
石畳の上に仰向けの体勢となった自分の上で馬乗りになり、
身を捩って逃げられないようしっかりと脇腹に膝を 「入れ」
完全にロックされている。
引っ張られた勢いで口から飛んだ煙草が地に落ちるのを確認したのは、
その後だった。
「……」
もう吸えなくなってしまったが、 手入れの行き届いた神社の清潔な境内を
汚すのは憚 れるので承太郎が煙草に手を伸ばそうとした瞬間、
再びとんでもない力で今度は襟元が引っ張られ、
無理矢理前方へと引き起こされる。
「……」
その目の前。
鼻と鼻とがくっつきそうな超至近距離で。
キッとした鋭い視線の少女が、自分の瞳を覗き込んでいた。
「……」
脳裡で 『いつぞやの光景』 が、 意志とは無関係にフラッシュバックし
無頼の貴公子はその美貌を眼前の美少女からやや引く。
少女はそんなコトなど知らぬ存ぜぬのまま、きつく結ばれた口唇を開く。
「いい? よく聞きなさい?」
何故か満面の笑みで一言そう前置きした後、
少女は先刻以上に視線と口元とを尖らせて、襟元を掴んだ青年に迫る。
「お・ま・え・に、教えて欲しいのッ!
花京院は熟練の 『遣い手』 だから、初級者の私にはまだ早い。
ソレに 「最初」 は 『遠隔操作型』 よりも
『近距離破壊型』 の方が私の 「性」 には合ってるわ。
「距離」 の 「調整」 は常時覚えていけばいいわけだし、
遠くに往けても力が弱けりゃ何の意味も無いしね。
ソレに乱戦の時は 「自動型」 に切り換えなきゃいけないから
尚更自分の得意分野から修得していった方が合理的でいいわ。
“だからこその” おまえ。光栄に想いなさい。
紅世の至宝。そして究極の王。 “天壌の劫火” アラストールのフレイムヘイズ、
この “炎髪灼眼の討ち手” に教授出来るというコトを」
「……」
舌を噛みそうな長台詞を淀みなく一呼吸で言い切った
少女の威圧感と、ソレを遙かに上廻る大望に気圧されて 「下」 の青年は、
口を噤む以外の選択を余儀なくされる。
その少女の胸元で、微かに洟 を啜るような音が聞こえたか否かは、
識者諸君の有能な判断に委ねるコトにしよう。
「……」
“花京院はまだ速い”
この言葉から類推できる事実。
つまり、この少女が脳裡に想い描いている、
まだ視ぬ 『幽波紋』 の壮大な 「幻 像」 は。
『近距離パワー型』 でありながら “遠隔操作” が出来、
尚かつ 「本体」 から幾ら距離が離れてもパワーが微塵もダウンせず、
オマケに “遠隔自動追跡” まで出来るという人類スタンド史上類を視ない、
『最大最強能力』 で在るようだ。
このスタンドの 「法則」 を無視しまくった少女の遠大な申し出に、
石畳の上で広大な空を仰ぐ青年は深々と溜息を付く。
もうツッコミ所が多すぎて、いちいち指摘するのがアホらしくなったのだ。
『勘違い』 もここまでイくと逆に凄いと褒めてやるべきなのか?
学帽の鍔でその目元を覆いながら青年はゆっくりとその身を引き起こす。
彼がいきなり起きあがった為、上で馬乗りになっていた少女はその荷重移動によって
転がる石のようにコロンとなる。
「やれやれ、まぁ教えるだけは教えてやる……」
無駄だとは想うがなと心中で呟きながら、クールに学ランの埃を払う美青年に、
(しっかり受け身を執って)いきなり起きあがるなと抗議の声をあげようとしていた
少女は一転、その表情を百花のように輝かせた。
その少女の表情とは裏腹に、学生服の青年は学帽の影で苦々しさを噛み殺す。
スタンドのコトを誰よりも良く知る 『スタンド使い』 で在るが故に、
そんな顔をされると余計にヤりづらいのであった。
青年は不承不承の面持ちで、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま
少女へと向き直る。
「いいか? スタンドを 「発現」 させる為にはまず、
自分の背後にチョイとばかり意識を集中させてやる」
「背後にね! こう!?」
無駄だとは言ったものの、一応教えると約束したからにはソレなりに、
承太郎はスタンドの発現の仕方を少女に伝授する。
少女もうって変わった、まるで戦場にいる時のような真剣な表情となる。
「足の 「開き」 はこんなもので良い?
肩はもうちょっと 「入れた」 方がいいかな?
あ! 前後の荷重の配分は?
発現する時の 「反動」 ってどっちから来るの?」
「……」
矢継ぎ早に飛んでくる、少女の質問。
要は 「後ろに意識を向けろ」
たったソレだけしか言っていないのだが、
少女はもう両腕を交差した独特の構えを執り、
スタンドが出た「後」の対処にまで気を回している。
その純粋でひたむきな態度。
そして一を聞いて十を理解する卓越した知性が、今は無性に哀しく想えた。
しかし今更止めるワケにはいかないので
承太郎は淡々と続きを説明する。
「そしてたった一言、強く念じる。
“出ろ” または “来い” そんだけだ。
やってみな。スタンド操作の仕方はその後だ。
スタンドがなけりゃあ操作方法なんざ教えても意味ねーからな」
「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」
言うが速いか。
少女の清廉な息吹が空間に響き渡る。
ソレだけで周囲の空気が凝結したかのような、鋭い緊張感が辺りを支配する。
(やれやれ……教えられるとすぐに 「使って」 みたくなるタイプか……?
始末に負えねーな、こりゃ……)
この後の展開を予想して、美貌の青年は学帽の鍔で視界を覆う。
やがて。
少女の膝下まで達する長く美しい黒髪が、風も無いのに数束、
ミエナイ引力に惹かれるかのように空間へと舞い踊り、
瞬時に火の粉を撒いて灼熱の光を灯す。
同時に。
その漆黒の双眸も、この世の何よりも熱く烈しい、紅蓮の煌めきをその裡に宿す。
“炎髪灼眼”
少女をフレイムヘイズたらしめている、宿命の刻印。
身に纏っている黒尽くめの洋装等、
本当にただの装飾にしか過ぎない
存在の光華。
そして。
少女の変貌と同時に交叉していた両腕が、
突如双刃の抜刀術を彷彿とさせる尖鋭な勢いで振り解かれ、
周囲に旋風を捲き起こす。
その動作に呼応するかのように、
「来オオオオオオオォォォォいィィィィィィィッッッッッッ!!!!!!」
勇ましき灼熱の喊声が、その可憐な口唇から発せられる。
少女の全身から夥しく飛び散って、空間を灼き焦がす紅蓮の火飛沫。
まるで鳳凰の羽根吹雪のように、空間に振り捲かれる深紅の炎髪。
神の御遣いと錯覚するかの如く、熾烈なる輝きを迸らせる真紅の灼眼。
そして。
そし、て!!
……
…………
………………
まぁ、ソレだけ。
「ウソ教えたわね!! 承太郎ッッ!!」
その顔を炎髪より真っ赤にして、 激高する少女。
一言一句違わぬ、余りにも予想通り過ぎる反 応だったので、
件の青年は剣呑な視線のまま冷めた言葉を返す。
「ウソじゃあねーよ。最初に言っただろうが。
やり方教えようが何しようが “無ぇモンは出ねぇんだよ”」
少々酷かとは想ったが、叶う筈もない願望をいつまでも追い求めさせるのは
更に残酷だと判断した承太郎はすげなく言う。
ソレに対して眼前の少女がどう反応するのか、重々承知したまま。
「うるさいうるさいうるさい! 今のはちょっと失敗しただけよ!
見てなさい! 今日中に絶対 “発現” させてみせるからッ!」
再び予想通りの、一語一句違わぬ少女の反応。
こうなるともうテコでも(以下略)なので承太郎は、
「まっ、頑張ンな……」
一言だけそう告げ、彼女に背を向ける。
まぁ、散々自分でヤってみてソレでも 「出ない」 というコトを悟れば、
少女も諦める “しか” ないだろう。
その期待が少ない内に諦めさせた方が傷も浅くてすむ。
もう時既に遅しな感は否めないが。
「……」
少女の傍から離れ、木々の茂る開けた空間の方に足を向けた自分に、
花京院が音もなく寄り沿ってくる。
そう。
あまり少女のコトにばかり、係 ってもいられない。
自分は自分の出来るコトを始めなければならない。
逃れようのない、そして逃れる気も毛頭ない。
いずれ必ず訪れる 『アノ男』 との決戦の為に。
その為にまず行うべきコト。
己のスタンドパワーの、完璧なコントロール。
そして。
スタンドの潜在能力を完全に引き出す、高度な操作技術。
「……」
冷然で在りながらも、強靭な決意と覚悟とをそのライトグリーンの瞳の裡に秘めた
青年の背後から、突如空間を歪ませるような異質な音を伴って
彼の 『幽波紋』 『星 の 白 金』 が出現する。
その長い髪を風に揺らし、纏った腰布を気流に靡かせながら。
主譲りの勇壮な意志の光をその白金の双眸に宿らせて、現実世界に舞い降りる。
「!」
同時にその自分の背後で、異質な重高音。
振り向いたその先。
異星人、或いは未来人のような機能性を極限まで追求した形態に
装 甲を要所に装着した生命の「幻 像」
花京院 典明の操る清廉なスタンド、
『法 皇 の 緑』
ソレが周囲に神聖なエメラルドの燐光を鏤 めながら、
静かに自分とスタープラチナを見つめていた。
自分のスタンドと同じ精神の輝きを、その盲目の瞳に宿しながら。
承太郎は口を閉ざしたまま、学生服の長い裾を翻し
スタンドと共に彼等へ向き直る。
「……」
四の五の考えるのは、抜き。
地道な反復練習も 「性」 に合わない。
スベテは 「実戦」 の中。
ソコでナニカを感じ取り、選び取っていけばいい。
自分の祖先がそうしたように。
自分の祖父がそうしたように。
いま、また。
自分も、 同じ 『道』 を歩み始める。
そう遠くない未来。
自分と同じ血脈の者達も、そうするように。
確信にも似た、奇妙な実感。
その許で鋭く研ぎすました眼光と鮮鋭に構えた逆水平の指先で、
スタンド、スタープラチナと共に花京院を差す承太郎。
「いく、ぜ……」
「あぁ。遠慮はしないよ。空条」
その細い両腕を腰の位置で粛 然と組み、
ライトアンバーの双眸に強い自信を宿らせた表情で
言葉を返す花京院。
時を越えて 『アノ時』 と同じように。
いま再び対峙する、二人の『スタンド使い』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
両者の身体から、スタンドから立ち昇る、それぞれ色彩の異なる燐光。
そしてソレに伴う、壮絶な存在の威圧感。
自分と同じような 『宿命』 そして同じ 『宿敵』 を持つ者同士。
その信頼の 『絆』 は、 血よりも紅くそして深い。
痛みも傷も、超越する程に。
「スター・プラチナァァァァァ!!!!!」
「ハイエロファント・グリーン!!!!!」
まるで合わせ鏡の立ち位置ように。
その右腕と左腕とを高速で薙ぎ払ってスタンドを繰り出す両者。
さながら初めての邂逅の時を再現するかのように。
しかしアノ時とは全く別の意味合いで。
二つのスタンドがそれぞれ色彩の異なる 『幽波紋光』
を空間に捲き散らしながら。
真正面から激突する。
「オッッッッラアアアアアアアァァァァァァ――――――――――!!!!!!」
「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――!!!!!!」
動き出した 『運命』
紡がれていく 『因果』
若きスタンド使いとフレイムヘイズは。
次なる 「領域」 へと歩み出す。
←To Be Continued……
『後書き』
はいどうもこんにちは。
良い機会なのでストーリー作品に於ける
「修行のシーン」というか、「努力」「成長」の描写について
少し考えてみましょう。
まぁコレは「単調」なシーンなのですが、
面白くしようとすれば幾らでも面白く出来るので
(HUNTER×HUNTERのように、
無論その『逆』も然り・・・・('A`))
作者の力量が問われると同時に当然、
やって良い事と“やってはいけない事”が存在します。
結論から言いますと、主人公が「努力」している描写で
「スゴイ! 頑張ってる! 根性あるなコイツ!」と
読者に想わせるのは良いのですが、
読者に「自分もやってみたい」或いは「オレでも出来る」と
想わせてはいけないというコトです。
ジョジョで考えれば一目瞭然でしょう?
『地 獄 昇 柱 の 試 練』やってみたいですか?
波紋が使えないよというのならツェペリさんと何か月も一緒に『山籠もり』
してみたいですか?
ジャイロに「鉄球」教わろうにも
一晩中馬に蹴られ続けなければならないのですよ?
要するに読者が「共感出来ない」ようなコトを描写するのが
『作品としての努力』であり、
「こんなん俺でもできらぁ~!」←(?)というような描写は
もう「努力」ではない、少なくとも読んでて面白くないというコトです。
個人的にワタシの好きな作品で補足説明しますと、
『ホーリーランド』の神代 ユウは強くなるため(自分が変わるため)
1日5000回ものワンツー・パンチを毎日欠かさず
2年以上も続けていますし(ソレだけではなく各種の筋トレも行っています)
ちょっとジャンルが違いますが『将太の寿司』の関口 将太は、
修行先の寿司屋の“仕事が終わった後”、
自転車で数駅離れた築地 (魚市場) に行き、
(電車がもう止まってるので)
魚の目利きを勉強しようとします。
(睡眠は3時間以下、当然次の日も仕事です。まだ15歳です)
新しい「技術」を身に着けようとする時など、
仕事の後の二徹、三徹は当たり前です。
どうですかこの凄まじさ? この彼等の「努力」に比べれば
幼女とちょこっとやる「チャンバラごっこ」など
完全にナメてるとしか言い様がないでしょう。
「ある種の人々」に対してはアレが「ご褒美」らしいので
お金払ってでもやりたがるかもしれません。
少なくとも「自分はやりたくない(無理、やれない、不可能)」
と想う人は皆無でしょう。
(羞恥品性を抜きにすれば)
だってただの「遊び」なんですから。
しかもソレすらも不貞腐れて途中で投げ出すヤツとか・・・・('A`)
ホントにドンだけ自分に「甘い」んだと●●が●る気分です。
(だから●ートや引き●もりしか共感しないよと言っている)
まぁ「努力した経験」がない者の「想像上の努力」なんて
あんなモンなんでしょう。
楽して強くなりたい、楽して成長したい、楽して女の子にモテたい。
そんなんだから『そのまま』なんだと一喝してやりたくなりますが、
そんなコト考えてるヤツもソレに惚れるヤツも
どっちも『最低』だというのは揺るぎのない事実でしょう。
だからシャナの登場キャラクターに「魅力」がないのは当たり前、
みんな上記のような考えのヤツばかりだからです。
少なくとも「基本」はそうです。(それ以前に作者自体が・・・・('A`))
そしてジョジョのキャラが魅力的に見えるのは、
そんな凄まじい「努力」を続けていても
その事を他人に誇ったり見せつけたりは決してしないからです。
まぁ要するに、某神父の言葉ではありませんが、
「見返り」を求めての行為 (努力) は、
誰からも「尊敬」されないというコトですネ。
ソレでは。ノシ
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