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黄鶴楼 

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第五章

「やはり時が経つと忘れられる話もあるか」
「お話は見えませんが」
「そういえば呉の帝に話したがそれだけだったか」
「呉の帝」
 そう聞いてだ、劉は老人に怪訝な顔で尋ねた。
「それは三国時代の孫権公ですか」
「そうじゃ、孫権様じゃ」
「あの方ですか」
「話が見えぬ様じゃな」
「見えぬも何も」
 それこという顔になってだ、劉は老人にこう答えた。
「もう孫権公は相当昔の方で」
「とうにじゃな」
「お亡くなりになっています」
 それこそ優に千数百年前にだ。
「あの方は」
「忘れておった、とにかくな」
「はい、その孫権公にはですか」
「お話したがな」
「そうですか」
 劉は話を聞いておかしいと思った、千数百年も前の人間に話をしたなぞ有り得ないことだからだ。それでもだ。
 彼は老人にだ、こう言った。
「とにかく、孫権公にお話した通り」
「うむ、黄鶴を見ればな」
 日の出の時に出る彼等をだ。
「その黄鶴に願うのじゃ」
「自分が適えたい願いをですね」
「そうするのじゃ、よいな」
「あの、それで孫権公ですが」
「何をお願いしたかじゃな」
「はい、天下統一でしょうか」
 劉は老人に孫権の願いを尋ねた。
「やはり」
「いやいや、天下は自分の力でしてみせるとな」
「言われたのですか」
「あの方はその時まだ若かった」
 少し遠い目になってだ、老人は言った。
「それでそれだけの覇気があったのじゃ」
「そうですか」
「それで美味い酒を常に心ゆくまで飲んでいきたいとな」
「そう願われたのですか」
「そうじゃ、そう願われたのじゃ」
「左様ですか」
「あの方は大層酒好きであったからな」
 このことはこの時代でも逸話として残っている、とかく孫権は酒好きであり死に至るまで酒を愛していた。
「膾と共によく飲んでおったわ」
「ですか」
「さて、ではあんたがな」
 老人は劉にあらためて言った。
「願うのじゃ」
「それでは」
「うむ、間もなく日の出じゃ」
 そしてという言葉だった。
「それと共に日の方から黄鶴が出る」
「そしてその黄鶴を見てですね」
「願うのじゃ、いいな」
「では」
「見たところ書生じゃな」
 老人は劉のその白い服を見て言った。
「科挙を受けておるか」
「郷試には及第しています」
「では会試にじゃな」
「殿試も及第して」
「殿試への及第を願うか」
「そのつもりです」
「そうか、ではな」
 老人は劉の言葉を聞いて頷いてだ、そしてだった。 
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