もち月を
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第一章
もち月を
藤原道長はまさに位人臣を極めていた、娘達が帝の皇后になり。
その子が帝になっていく、帝の祖父として摂政関白となり栄華の頂点にあった。
その屋敷も素晴らしいものでだ、彼への賛辞もやっかみの声も耐えなかった。
だが都にあるこの寺ではだ、住職の内文はこんなことを言っていた。
「あの方は頂点にあられてな」
「はい、今まさに」
「最早この世に並び立つ者はいない」
「そうした方ですな」
「しかしな」
住職は年老いた達観した顔で弟子の一人である内善に言うのだった。
「ものごとには限度があるな」
「位にも富にも」
「どういったものにもな」
「しかし人の欲には限りがない」
ここで内善は世間でよく言われることを言った。
「いや、違う」
「違いますか」
「実は人の欲にもな」
「限りがあるのですか」
「そうなのじゃ」
こう弟子に話すのだった。
「これがな」
「そういうものですか」
「では腹一杯になればな」
ここでこうも言った内文だった。
「より食いたいか」
「そう言われますと」
「そうじゃな、確かに権勢を求める方だが」
それでもというのだ。
「別に邪かというと」
「そうでもありませぬか」
「あの方なりにな」
道長は道長で、というのだ。
「出来た方であるな」
「器も大きく」
「学もおありで礼節もご存知じゃ」
「だからですか」
「欲はお強くとも」
それでもというのだ。
「腹一杯になっても尚という方でもない」
「そうでありますか」
「うむ、色々言われもする方だが」
権勢を極め上り詰めるまでに多くの政敵を退けてもいるからだ
「邪とまではいかずな」
「弁えてもおられますか」
「そうした方なのじゃ」
「左様ですか」
「まあそこまで悪い方ではないからな」
だからというのだ。
「御主もそこは知っておくことじゃ」
「左様ですか」
「人は顰めた目で見れば顰むが」
内文は落ち着いた声で内善に話した。
「広く見ればな」
「広くわかる」
「そうじゃ、関白様も同じ」
「さすれば」
「よく見ておくことじゃ」
こう言うのだった、道長についても。そしてだった。
道長の権勢はいよいよ高まった、その権勢は代々の帝の外祖父として揺るがないものであり栄耀栄華の頂点にあった。
そして娘の威子の立后の日にだ、公卿達を己の屋敷に招いて祝いを行った。その夜の祝いは誰もが見たことのないものだった。
皆口々に道長を持て囃す、その中で。
彼は酔った上機嫌の顔でだ、微笑んで言った。
「即興ですが」
「はい、歌をですな」
「これよりですな」
「歌いたいのですが」
宴の主の座から言うのだった。
「宜しいでしょうか」
「是非」
公卿達は彼の申し出に微笑んで答えた。
「この度は関白殿のお祝いの場」
「それならばです」
「どうぞ我等に遠慮なくです」
「お詠い下さい」
「それでは」
道長は公卿達の申し出を受けてだ、そのうえで。
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