俺の四畳半が最近安らげない件
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さすらう者
―――目が覚めると、俺はその部屋にいた。
俺が何者でどういう存在なのかは分からない。しかし、一つだけはっきりしている事がある。
俺は『動く』為に生まれて来た、ということだ。
そして俺の足元。これが何だかは、不思議なことに知っている。これは『畳』。これが4枚と半分、敷き詰められている。足元が『畳』だと、俺はそろりそろりと歩く。絨毯だと、荒々しく歩くように設定されている。何故このような設定が存在するのかは知らないが、それで俺の目的が妨げられるわけじゃないから構わない。
俺の目的は動くこと。そしてこの部屋を抜け出すことなのだ。
細く開いた隙間に入り込んでみた。この向こうが『外』に繋がっている可能性もあるから。しかしそれは是ではなかった。隙間の向こう側は暗がりで、雑多なものが詰め込まれていた。限界まで奥に入り込んでみたが、物が多すぎて引き返すことになった。
やがて、隙間という隙間は探索し尽し、外へつながっているものは無いという事実を確認した。
俺にはまだ機能が設定されている。隙間を探索したら『ドア』を探すのだ。俺には細く長い『腕』が存在し、ドアノブを回すことが出来る。引き戸も、上手くはないがギリギリ隙間を作ることは出来る。幸い、この空間には1枚のドアがあった。
ドアノブを慎重に回すと『フローリング』に出た。ここでは俺はあまり頑張らなくてもいい。ここでも先ほどと同じように、隙間を探し、出口がなければドアを探す。
妙に、隙間の多い空間だった。フローリングは妙に粘性が高く、意外とうまく動けない。隙間という隙間を渡り歩くうちに、俺は隙間に溜まったほこりで真っ白になった。
さて…この空間の隙間も探索し尽した。次の『ドア』を探さなければならない。
ドアはすぐ見つかった。だが、ドアノブを回せど回せど開く気配がない。これは。
―――鍵というやつだ。
これがあるドアは一つ。俺は鍵を一つだけ開ける事が出来る。細い腕を伸ばし、鍵をひねる。ゆっくりと体全体を使ってドアを押すと、これまで見たことがないタイプの光が、視界を覆った。そして俺は外に出る。…さあ、この広大な空間の、隙間という隙間を探索するのだ。
「小岩井博士、大変申し上げにくいのですが」
男が、ズタボロになった円盤のようなものを抱えて立ち尽くしていた。
「このルンバは駄目です」
小岩井博士と呼ばれた初老の男は、回転いすに座ったまま男に向き直った。
「え、駄目か?新コンセプトのルンバ」
男が、こっくりと頷く。元々、良い仕立ての背広だったようだが、何処を駆けずり回ったのだかヨレヨレになっている。きっちりと分けられていた髪も、何処の隙間に入り込んだのか、埃にまみれて顔にかかっている。
「脱出という目的を付けることで部屋の隙間という隙間を探索し、普段掃除しにくい箇所まで入り込む自律性を実現した画期的なルンバなのだ」
「そこまでは良かった。机の下とかタンスの隙間とか、色々綺麗になった。だがその後が駄目です。このルンバ、脱走しまくりです。何ですかドアを開ける機能とか」
「他の部屋も掃除できるだろ」
「……鍵開けるとか!この機能、必要ですか!?」
「あれ?ルンバが家出するの流行ってるんじゃないのか?ルンバ家出www可愛すぎwwwとかネットで見たぞ」
「結果的に屋外に出てしまうのは仕方がない。事故みたいなものです。でも機能として脱走するとかね…貴方も自宅にこのルンバ置いてみるがいい。ほんとイライラしますから」
「厭だ。家内にまた叱られる」
「俺も叱られましたよ!ついさっき!!」
ダン!と大きな音を立てて埃まみれのルンバが机に置かれた。
「すぐ見つかったろ?GPSついてるし」
「ええ、猛犬飼ってるご近所さんの軒下でね…俺、この後狂犬病の予防接種入ってます」
「おお、それはそれは…はははは」
「笑いごとじゃない!!!」
「そうか…商品名の候補まであったんだが」
「聞きたくありません」
「逃げルンバ」
「聞きたくないというのに!!」
「猛犬ねぇ…それは想定になかった。対策を講じねば」
「たった一つの対策は!これを発売しないことですよ!!」
「そうだ、危害を加える対象に反撃するシステム!!」
「聞いてんのか人の話!!」
「商品名…『暴れルンバ』」
「厭な予感しかしねぇよ!!」
―――こんな経緯を経て開発された新機能搭載ルンバだったが、鍵を開ける機能が『鍵を紛失した時の保険』として思いの外、人気を博することになった。鍵開け機能は携帯でオンオフ設定出来るようになり、うっかりオフにし忘れた『飼い主』達によって野良ルンバが道端を彷徨う光景が日常的なものとなる。
俺が土佐犬に噛まれたのも、無駄ではなかったわけか。…いや、無駄か。
小岩井博士は、俺が定年になるまでには必ずシメる。
後書き
次回の更新は、来週です。
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