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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#13
  REDMAGICIAN’S QUESTIONS

【1】

「御休みの(ところ)、失礼致します」
 清冷なる若い男の声が、豪奢な装飾品で彩られた空間に響く。
「入れ」
 その空間に相応しい風格に満ちた声が、それに応えた。
「失礼致します」
 男は両開きの重いドアノブに手をかけ中に入る。
 傍でアンティークの振り子時計が、微塵の狂いもなく時を刻んでいた。 
「何用だ? ヴァニラ・アイス」
 部屋の中心、艶めかしいシルクのシーツで覆われた
天蓋付きスーパーキングサイズ・ベッド。
 その上で “邪悪の化身” DIOは、
素肌を惜しげもなく晒した半裸の姿で
ヴェネチアン・グラスに注がれた紅い液体を傾けていた。
 天井から垂れ下がった北欧風のシャンデリアに照らされたその(カラダ)は、
まさに生きた芸術品とも言うべき絢爛たる永遠の姿。
 手元には中世の教戒師によって書かれた訓戒録の原本が置かれている。
 ヴァニラ・アイスと呼ばれたその男は、
足音を立てる事もなく静かにDIOの傍まで寄ると
主に対する絶対の忠誠の証しを示すために片膝をつき、(こうべ)を垂れた。
「ご報告致します、DIO様。
花京院 典明が空条 承太郎へ戦いを挑み、
敗れたそうです」
 ヴァニラ・アイスはたった今入った情報を、
短く完潔に己が全存在を捧げた主に告げた。
 その眼光は強靭な意志によって戦刃のように鋭く強暴に研ぎ澄まされ、
極限まで鍛え上げられ筋肉がダイヤモンドのように凝縮した躯は、
両腕部と大腿部が完全に露出したラヴァー・ウェアとジャケットで覆われている。
 緩やかなウェーブを描く、背に掛かるアッシュブラウンの髪。
 その開けた額に、ハートを象った銀製のサークレットが繋がれている。
 剥き出しの右肩には、奇妙な形の“(やじり)”をモチーフにした刺青(タトゥー)が刻まれていた。
「ほう? あの “花京院” がか。私の配下の『スタンド使い』の中でも
かなりの手練(てだれ)だったはずだが」
 本から視線を逸らさず、DIOは蠱惑的な香りを放つ紅い液体を口に運ぶ。
「はい。私も耳を疑いました。花京院は、生まれついての “スタンド能力者”
故にその経験と技術は第一級のモノ、なにより「才能」がありました。
ソレが、ほんの数日前スタンド能力に目覚めたばかりの、
『スタンド使い』 とも呼べぬ小僧に敗れるとは」
「流石はジョースターの血統といった所か。一筋縄でいかない所は変わっていない」
 ヴァニラ・アイスはそこで初めて顔を上げ、DIOを見た。
「DIO様。畏れながら申し上げます。
どうかこの私に、ジョースター共の討伐を御命じ下さい。
我がスタンドで、必ずやジョースター共に(まつ)わる全てのモノを
根絶やしにして参りましょう」
 ヴァニラ・アイスの進言に対しDIOはすげなく告げた。
「だめだ」
「DIO様……」
 微かに落胆した声で、ヴァニラ・アイスは応える。
「お前の他に、私の「護衛」が務まる者がいるのか?
お前のスタンドは、我が 『世 界(ザ・ワールド)』 を除けば最強のスタンドだ。
そしてソレを操るお前は最強の 『スタンド使い』
戦闘技術や思考は元よりその強靱な精神力がな」
「……」
 そのDIOの言葉を、ヴァニラ・アイスは感慨至った表情で、
瞳を閉じ厳粛に受け止める。
「有り難き。そして勿体なき御言葉。
しかし、このままジョースター共を捨て置くわけには……
空条 承太郎、放っておけばいずれ恐るべき 『スタンド使い』 に
成長する可能性が御座います」
「フッ……それはそれでまた、見てみたいという気持ちもあるがな」
 王者の余裕を崩さずにDIOは言う。
「しかしDIO様、あの『スタンド使い狩り』
紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)』が空条 承太郎と接触したという情報も入っております。
もし奴らが 「共闘」 を組むような事態に陥れば、少々面倒な事になると思いますが」
 自分の冗談に気づかず生真面目に応じる部下に対し、
DIOは微笑を浮かべた。
「アイス? お前は忠誠心に厚いが、堅物過ぎる所が玉に疵だ」
 心蕩かすような、甘く危険な声でDIOは言った。
「申し訳御座いません」
 その誘惑を、ヴァニラ・アイスは強靭な精神力で抑えつけ表情を一切崩さずに応じる。
「いい。あとソレについては無用の心配だ。すでに手は打ってある」
 そう言ってDIOは本から手を放し、顔の前で細い指先をすっと立てた。
「『スタンド使い』 では無理だったのなら、“そうでない者” を使う。
「ヤツ」の王足る力、存分に示してもらおう。
その真名 “狩人(かりうど)” と共にな……」
「まさか、あの者の「願い」をお聞き入れに?」
 驚きの表情と共に、心中で生まれた嫉みの情を何とか押さえつけ
ヴァニラ・アイスは平静を装った。
「『スタンド使い狩り』 と “フレイムヘイズ狩り”
狩人(ハンター)狩人(ハンター)
なかなか面白そうな 「戦い」 になりそうだとは想わないか?
ヴァニラ・アイス?」
 DIOのその口元に再び悪魔の微笑が浮かんだ。
 他者の運命を、己の掌中で意のままに操り
ソレを高見から見て愉しむ、
王者にのみ赦された、至高の悦楽。
「はっ……あの者なら、必ずやDIO様の御期待に添える事でありましょう……」
 表面上は主の意を厳粛に受け止める忠臣、
しかしその精神の裡側では、凶暴に狂い盛るドス黒い嫉妬の塊が
マグマのように蜷局(とぐろ)を巻いていた。
(少々目を掛けられているからといって、良い気になるなよ?
“フリアグネ”
DIO様には深いお考えがあっての事、
決して貴様を「信頼」して等の事ではない。
それを忘れるなッ!)
 ヴァニラ・アイスのアッシュ・グレイの瞳に、
突如漆黒の意志の炎が宿って燃え上がる。
 それを愉しむように一瞥したDIOは、
ヴェネチアングラスの紅い液体を愛しむようにみつめた。
(さて、 「あの子」 はあれから一体、どれくらい成長しているのか?
私の期待を裏切ってくれるなよ? 
そうでなければ、 “生かしておいた” 意味がない)
 グラスの中に嘗ての姿を想い起こし、
その瞳に微笑みかけるとDIOは紅い液体を一気に飲み干した。






【2】

 その日。
 池に囲まれた空条邸の広い庭での早朝鍛錬の後、
檜造りのこれまた広い浴槽でゆったりと朝風呂につかった空条 シャナ(仮名)は、
湯上がりのホコホコ顔でリビングに戻ってきた。
 彼女の鍛錬に付き合ったジョセフは、
情け容赦なく撃ち込まれた木の枝で赤くなった顔をタオルで冷やしながら
ソファーの上でグッタリとしている。
 一応承太郎にも、シャナ(口では拒否していたが顔は満更でもない感じで)
と一緒に声をかけたのだが、ドア越しの「かったりぃ」の一言ですげなく却下された。
 それに対しシャナが文句を言うと、声の代わりに部屋の中から
ステレオ脇に設置されたスピーカーの大音響が返ってきた。
 和製HIPHOPの舌を噛みそうなキレのあるリリックに声を掻き消され、
頭にきたシャナは装飾の入った分厚い木製のドアに後ろ廻し蹴りをブチ込んだ。
 そのままムクれた表情で2階の窓から庭へと飛び降り、
靴を忘れた事を承太郎の所為にしながら羊毛でフワフワのスリッパで
玄関へと舞い戻りそして現在へと至る。
「パパ、シャナちゃん、お疲れさま」
 その二人を笑顔で迎えるのは、
世界的ジャズ・ミュージシャンであり現在演奏旅行中でもある夫に成り代わり、
家の中の全てを取り仕切る空条邸事実上の主。
 母性と慈愛に満ち溢れた美貌の淑女。
 空条・ホリィ・ジョースター。 
 その艶やかな手が持つ青いトレイには、
良く冷えた自家製のグレープフルーツジュースと同じくホリィお手製のクッキーが
キレイに並べられた花紋入りの白い皿が乗せられていた。
 それが大理石のテーブルの上にそっと置かれる。
「シャナちゃん。たくさんあるから足りなくなったら遠慮なく言ってね」
 ホリィはそう言ってシャナに輝くような笑顔を見せる。
 つられて笑いそうになるがそこは抑えて、
「うん」
とシャナは短く答えた。
「おいおい、ホリィ。それじゃあ朝食が食べられなくなるじゃろう」
 ジョセフが愛娘に向け(たしな)めるような口調で言う。
「あら、大丈夫よパパ。甘いものは入るところが違うもの。ね? シャナちゃん?」
「そうなの?」
 シャナは真顔でホリィに聞き返した。
 どこぞの殺人鬼が聞いたなら “質問を質問で返すなぁ―――――ッッ!!”
と怒り狂いそうだがそれはまた別の話。
「……」
 その愛娘の様子に、ジョセフは一度深い溜め息をついた。
 愛娘は昨日から、正確には一昨日前の夜から、
まるで新しい 「娘」 が出来たかのように終始上機嫌だ。
(ちなみにその日の夕食は承太郎の出所(?)祝いも兼ね、
晩餐会を彷彿とさせる豪華絢爛たるものだった)
 確かシャナがジョースター邸に住み出した頃、
妻のスージーも似たような感じだった。
 血は争えないといったところだろうか?
 ジョセフはいつしかホリィが、
“男の子もいいけど、やっぱり女の子も欲しかったわねぇ~”
とこぼしていたのを思い出した。
 しかし。
 スージーにしろホリィにしろ、シャナに対し少々過保護が過ぎる。
 確かにシャナは、その妖精のように可憐な見た目は勿論の事、
誇り高い凛々しい瞳と甘いものを口にした時の幸せそうな表情、
加えて卓抜した知識と判断力、更に妙な所で世慣れない面を見せるなど
色々相まって途轍もなく可愛らしいが、それはそれ、これはこれだ。
 仮にも一家の主であるならば、子供の前では威厳のあるところを
示さねばならんというのがわからんのか、と心の中で愚痴をこぼす。
「……」
 そのジョセフの目の前に、シャナがトレイに添えられた一流レストラン並に
磨き込まれた二つのグラスにジュースを注ぎ、その一つを渡してきた。
「おお、すまんな。シャナ」
 ジョセフはシャナからグラスを受け取ると、笑顔でそれを口元に運ぶ。
 シャナもそれに(なら)って二人、朝の陽光に反照する爽やかな香りと味の
淡黄色の液体に喉を鳴らした。
「しっかしワシも歳だのぉ~。もう少しイケると想ったがな」
 赤くミミズ腫れになった痕をさすりながら、ジョセフは少しだけ苦々しい口調で言う。
「痛かった? ゴメン」
 ジョセフの真横に座り、承太郎の前では決して見せない心配そうな
顔と素直さで少女は言う。
「いやいや、訓練にならんから本気で来いと言ったのはワシの方じゃ。
それにこの程度、昔の「修行」に比べれば痛くも痒くもない」
「ハモンと 『幽波紋(スタンド)』 使えば良かったのに、わぷっ!?」
「いやいや、可愛い “孫” にそんなモノは向けられんよ」
 ジョセフはそう言いながらシャナの頭をくしゃくしゃになるほど撫で回し
快活に笑った。
“言ってる事とやってる事が違うじゃあねーか、ボケジジイ ”
という承太郎のツッコミが聞こえて来そうな猫可愛がりっぷりだった。
「孫……」
 頭を撫でられながら、その言葉にシャナは顔を赤くして俯いた。
 ジョセフはその様子を頬ずりしたい程可愛いと思いながら、
上機嫌でグラスを口に運ぶ。
“その暑苦しい髭面(ヒゲヅラ)ですり寄られる方の身にもなりやがれ、クソジジイ”
という承太郎の声が以下略。 
「ねぇ? ジョセフ」
 顔を赤くしたまま、シャナはおもむろに切り出した。
「なんじゃ?」
 ジョセフは左手で頭を撫でながら、右手でグラスを口元に運び視線を向ける。
「一つ、訊きたいことがあるの。昨日自分なりに考えてはみたけれど、答えは出なかった」
「ほう? 君でも解らない事か。果たしてこのワシに答えられるかのぉ~」
 出会って以来、シャナの見かけに似合わない知識の豊富さには驚かされっぱなしなので、
ジョセフは少々自嘲気味に顎髭を(さす)った。
 その少女の口から、かつて偉大なる “風の戦士” との壮絶なる「戦車戦」をも制した、
歴戦の波紋使いの鋭敏な頭脳にも全く予想だにしえない爆弾が
急転直下で投下される。
「キスって、どんな意味があるの?」
「!!」
(な!?)
 ジョセフが音を立てて霧状になったジュースを前方へ噴き出すとほぼ同時に、
制服の胸元に下げられたアラストールはその強力な自制心を発揮して
なんとか発声を押し止めた。
(なななななななななななななななな)
 以降は大いに乱心していたが。
 ジュースが気管に入ったのか()せながらジョセフは、
波紋の呼吸法を利用して息を整える。
「これは、また、随分唐突な問いじゃのう」
 口元を手で(ぬぐ)い、何度か咳き込みながらジョセフは言った。
 最初は、孫の承太郎が何か妙な事を少女に吹き込んだのではないかという
懸念が浮かんだが、それは孫の性格上天地がひっくり返ってもありえないので
考えからは除外される。
 まぁ、その懸念は当たらずとも遠からずといった処だったが。
「あ、ほら、ホリィが何かあるとすぐに承太郎にしてるでしょ?
昨日寝る前にもしてたし、どんな意味があるのかなって」
 隣に腰掛けていたホリィが私? といった表情で自分を指差す。 
 実は、その本当の 「理由」 は別にあったのだが、ソレは口に出したくはなかった。
 昨日承太郎が、自分を慰めてくれたのは嬉しかった。
 承太郎と一緒に、花京院を助ける為に共闘したのは楽しかった。
 だから余計に “アノ場面” が脳裏に強く焼き付いて離れない。
 胸の痛みは、時が達つ事に強くなっている。
 その所為で、昨日はあまりよく寝られなかった。
 その一部始終を少女の傍で見守っていたアラストールは、
心の中で激しく毒づく。
(むうううう、おのれ 『星の白金』 空条 承太郎。全く余計な真似をしてくれおって)
 無論、何処(どこ)ぞの軟弱者(ヘタレ)と違って承太郎に(やま)しい気持ちなど欠片もある筈がなく、
「アノ場」 は “ああする” しか手がなかったのだが、
そんな理屈はいま燃え盛る炎の魔神、“天壌の劫火” の頭 (?) の裡からは
紅世辺境のそのまた遙かまで吹き飛んでいた。
 アラストールの放った壮絶な呪いを受けて、
今2階の自室でリリックとグルーヴのたゆたうエコーの中、
現世と夢の狭間で微睡んでいる無頼の貴公子が呻いた……
かどうかは定かではない。
「う~む。どんな意味があるか……か? 簡単なようで難しいのう」
 ジョセフは心底困ったという表情でシャナを見る。
 そんなジョセフをシャナはその凛々しい瞳で真剣に見つめる。
(くれぐれも良識的な回答を頼むぞ! 我が盟友(とも)
『隠者の紫』 ジョセフ・ジョースター!)
 アラストールの強烈な信頼を背負って、ジョセフは静かに口を開いた。
「考えた……という事は……ソレが “どういうものなのか”
知ってはいるのじゃな……?」
 何故か頭に若き頃、親友と共に挑んだ『地 獄 昇 柱(ヘルクライム・ピラー)
の試練を思い浮かべながら、ジョセフはおそるおそる話を切り出す。
 その顔は冷や汗でいっぱいだ。
 そして胸の裡では、
“こんな時 『アイツ』 がいれば代わってもらうのになぁ~ ”
等と情けないコトも考えていた。
「うん。前に本で読んだ事あるからどんな対人作法かはしってる。
その……見た事も、ある」
 即座に昨日の「光景」が脳裏に浮かび、胸がズキンッと痛む。
 すぐさまに目を(つむ)って頭を振り、その光景を振り払った。
「ならば小説とかに、似たような場面(シーン)が出ておらんかったか?」
「個人の主観が入っているものは、適格な分析と思索の役に立たない、って
アラストールが言ってたから、重要文献を丸暗記しただけ。
考察の対象にはしたことない」
 読んだ事があるのなら「それをもう一回読み直してみなさい」と言って話を
切り上げるつもりだったジョセフの目論見はものの見事に外れた。
(やれやれ、我が盟友(とも)らしい石頭な教育法じゃのう)
とジョセフは頭の中で苦笑混じりに呟く。 
「では映画とかで見たことは?」
「映画は見たことない」
「そうですか……」
 にべもなく即答するシャナに、ジョセフは口を開けたまま苦笑する。
 そしてそのまま、少女の胸元で静謐に光るアラストールへと視線を送った。
(むう?)
 アラストールは、ジョセフのその視線に気づいた。
 いま、己の全てを(たく)した、信頼の「絆」で結ばれた掛け替えのない盟友は、
いま、露骨に苦々しい顔で自分をみている。
 その顔にはっきりと 「おとうさんそれはマズイよ」 と書いてあった。
 そのコトに対し何故かアラストールは激しい憤りを感じた。
(き、貴様! 何だその顔は! 何故そのような目で我を見る!?
我の情操指導に何か問題があるとでもいうのかッ!)
 今にも灼熱の炎の衣を纏って顕現しそうな勢いで
アラストールはジョセフを一喝した。
(う~む。困ったのぉ。本当に何と言ったものか)
 説明するにも何か “取っかかり” がないと、正確に理解させるのは難しい。
 しかし、事が事だけに誤った解釈を与えるのは実に危険だ。
 年頃の少女であるだけに。
 両腕を組んで考え込むジョセフを後目に、シャナは質問の相手を変えた。
「ねぇ? ホリィはどうしていつも、承太郎にキスするの?」
(それは我も(うらや)みの情を禁じ得、あ、いや、うむ)
 アラストールは心の中でコホンと咳払いをした。 
 清楚に両手を組んでシャナの隣に座っていたホリィは、
顔を少しだけ赤くして困ったように首を(かし)げた。
「そうねぇ~。特にはっきりとした理由はないわねぇ。
“ただそうしたいから” しているだけで」
 と、おっとり答える。
「ふぅん」
 特に、理由はない。
 なら、自分の今の胸の痛みも、ただの気のせいなのだろうか?
 ただ初めて見たから、驚いただけで。
「ふむ」
 ジョセフはようやく考えがまとまったのか、組んでいた両腕をゆっくりと解いた。
 その瞳に、何故か決意めいた光が宿ってるのが奇妙であったが。
「ところでシャナ? 君は先程の訓練もそうだが、
戦闘の技術(ワザ)を修得しようとする時、
本を読んだだけでそれが即実戦で使用出来ると想うか?」
 突然話題が変わったが、何かの(たと)えだと解したシャナは素直に答える。
「まさか。それで強くなれるなら苦労はないわ。
知識は大事だけど、ソレを戦闘で運用出来るようになるには
実戦を想定した反復練習を何度も繰り返さないと」
 その言葉にジョセフはいきなり手を打つと、鋼鉄の義手で真っ直ぐシャナを指差した。
「その通りだッ! だから今の君の問いもそれと全く同じ!
理解するには、百の言葉よりも “実際に自分で試してみる” のが一番良い!!」
(な!? き、貴様ッ! いきなり何を言い出す!?
気でも違ったか! ジョセフ・ジョースター!!)
 盟友の想定外の言葉に、胸元のアラストールは大いに慷慨(こうがい)する。
「ふぇ? 試すって? 私が? 誰に?」
 シャナはキョトンとした表情で自分を指差す。
「決まっておるだろう! 今2階でスヤスヤ寝とる “我がもう一人の孫に” だッ!
今なら誰の邪魔も入らん! ()るなら今がチャンスッ!」
 そう言ってジョセフはその右手を逆水平に構え、鋭くバシッと決めた。
「……」
「……」
「……」
 3者 (?) の間に、静寂の(とばり)が舞い降りた。
 部屋の中なのに何故か、渇いた風が一迅(いちじん)傍らを通り過ぎる。
 そして。
「……そ……そ……ッ……そ……!!」
 握った拳をブルブル振るわせ、羞恥と怒りとでシャナの顔がみるみるうちに
噴火寸前の活火山のように真っ赤に染まっていく。
 全身から立ち昇る紅いプレッシャーからはまるで “ゴゴゴゴゴゴ” という
幻聴が聴こえて来るかのようだった。
「君は次にッ!  “そんな事出来るわけないでしょ! このブァカ!!” と言う! ハッ!?」
 昔の癖でつい口走ってしまった台詞(セリフ)に、ジョセフは自分自身が唖然となる。
 そこに間髪入れず
「そんな事出来るわけないでしょッッ!! 
このブァカぁぁぁぁ――――――――ッッ!!」
「はぐおあぁぁぁぁッッ!!」
 ジョセフの顎に唸りを上げて迫る、シャナの左アッパーが高速で炸裂した。
 衝撃でジョセフはソファーの後ろにもんどり打って転がり落ちる。
 色々考えてはみたが結局は良い答えが思いつかなかったので、
ジョセフはお茶を濁して誤魔化す事にした。 
 ジョースター家に伝わる戦闘の思考最終奥義 “逃げる” である。
 ジョセフをKOしたシャナは拳を振り上げたまま心の中で激高する。
(な!? なんで私がアイツにそんな事しなきゃいけないのよ!
アイツの所為で安眠妨害までされてるっていうのに!
さっきもせっかく誘ってやったってのに寝ちゃうし!
あんなヤツ大キライ大キライ大キライ!!)
 惨劇の場と化したリビングで、ホリィだけがあらあらと口元を押さえて笑っていた。
 流石に承太郎の母親だけあって、その「器」の大きさは桁外れのようである。
「訊いた私が間違ってた! ジョセフのバカ! もう知らない!」
 シャナはそう言ってプイッとそっぽを向いた。
(む、う……これで、まとまったのか? これで良かったのか?
取りあえず、当座の危機は去ったようだが。
一応身体を張ったその 「覚悟」 に敬意を表しておこう。
我が盟友(とも) 『隠者の紫』 ジョセフ・ジョースター。
因果の交叉路でまた逢おう)
 アラストールは、今己の背後で死の淵に瀕している
掛け替えのない盟友に合掌を送った。
 そこへ、第三者のクールな声が割り込む。
「おいジジイ……? テメー朝っぱらから何やってんだ……? アホか?」
 ソファー後ろの開いたドアから、
いつのまにかそこにいたシャナの葛藤の張本人が、
襟元から黄金の鎖が垂れ下がり二本の革のベルトが
交叉して腰に巻き付いた愛用の学ランをバッチリと着こなし、
仄かな麝香を靡かせながら床で仰向けに寝そべるジョセフを見下ろしていた。
「ようアラストール。早ぇな」
「うむ」
 短く朝の挨拶を交わし、承太郎の怜悧な光の宿るライトグリーンの瞳をみた
アラストールは、
(まぁこの男なら、シャナに妙な真似はしないだろう。思いつきすらせんかもしれぬな)
と一人得心した。
「おまえが遅いのよ! バカバカバカ!」
「?」 
 先程の事をすっかり忘れている承太郎に、
シャナは殊更にキツイ口調で吐き捨てるとホリィと共に朝食の間へと歩き出す。
「ぐはあぁッ!?」
 途中でジョセフを踏んづけたが、少女はその事に気がつかなかった。
 朝から最高に不機嫌なシャナの、その理由がまるで理解不能な為、承太郎は
「やれやれだぜ」
とプラチナメッキのプレートが嵌め込まれた学帽の鍔を摘んだ。
 その足下で涙に濡れるジョセフは、
(シーザー……ワシ……これで良かったよな……?)
と、心の中で呟く。
 しばらく口をきいてもらえないかもしれないが、
シャナの為を思えば致し方ない。
 それが、ジョースターの血統の男。
 それが、何百年にも渡り受け継がれてきた 『黄金の精神』
 閉じた瞳の中。
 薄れ逝く意識の中。 
 最愛の親友は、優しく自分に微笑みかけてくれていた。



【ジョセフ・ジョースター】
 かつて 「光」「炎」「風」を司る太古の最強種全てに打ち勝ち、
『神』 となった究極生物にも、見事勝利を掴み取った伝説の男。
 幽波紋(スタンド)は、遠隔操作型スタンド 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)
 フレイムヘイズの少女 “炎髪灼眼の討ち手” 怒りの鉄拳のもと、儚くここに散る。
 しかしその顔は穏やかであったという。 


←To Be Continued……

 
 

 
後書き



はいどうもこんにちは。
イヤ、この回はですネ、まぁ笑いも入れていきたいので
個人的には満足してるのですガ、如何せん、
「下地」になる「原作」の部分がなんというかその、
『キモ過ぎた』のでね・・・・('A`)
ソレをそのままジョセフやホリィさんに言わせるワケには
いかなかったので全面改稿せざる負えませんでした。
(想像しただけで吐きそうになった・・・・orz)

正直いい歳こいたB○Aがガキ相手に何言ってるンだか・・・・
というカンジでしたし(未だに女子高生気取りかッ!)
しかもそのただでさえ悍ましいセリフを
キ○オ○でロ○コンのオッサンが考えてニヤニヤしながら描いてると
想像したらもうお終いです・・・・・('A`)
まぁそーゆー姿が読者の脳裏に浮かんでくる時点で
既にして作品として「破綻」してるンですがネ。
ちと尾籠な話になりますが『ガンダム』で有名な冨野由悠季監督などが
Zガンダムの“フォウ・ムラサメ”のキャラデザインで作画の方と
ファミレスだか喫茶店だかでケンカになり
監督「おまえこの女の○○○(ピー)が舐められんのかよ!!」
作画「(ピー)めますよ!! ベ(以下自主規制)ますよ!!」
というやり取りがあったそうですが、
作中にはそんな下世話な情念など微塵も感じ取れないのは
やはり作家としての力量の差というモノでしょう。

『描きたいモノを描く』というスタンスをワタシは別に否定しません。
しかしソレを読む「読者の顔や気持ち」を想像できないなら
机の奥にでもしまっておいてそれを「発表」するべきではないと想います。
少なくともワタシは甚大な精神的ダメージを負い訴訟も辞さずと
想わされたのですから卑しくも作家ならもう少し「客観的な視点」を
持って欲しいものだと想います。
ソレでは。ノシ 
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