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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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両手の華~小さいおじさんシリーズ10

初夏になりたての6月上旬。
折角の土曜日だというのに、今日は来客がある。

行きがかり上、小さなおじさんのことを知ってしまった大家の息子と、学生時代からの友人、三ノ宮が来ている。
「お前、つくづく『事故物件を呼ぶ男』だな…」
あれほど自分で物件を探すなと云っておいたのに…と呟くのを聞き、大家の息子が色めき立って眼鏡をずらした。
「この人たちがここで死んだわけじゃないでしょう!?」
「あー、失言失言。悪かった」
ただこいつ、学生のころ凄いレベルの事故物件に当たってな…と、俺の黒歴史をひとくさり話して聞かせ始めた。もう思い出したくもないので、いつも通り小さなクッションにもたれている小さいおじさんたちに目をやる。


いや、いつも通りじゃない。端正が居ない。


豪勢は、普段より豪勢な錦繡の衣に身を包み、心なしか引き締まった面もちで襖の方を凝視している。白頭巾は死刑宣告でも受けたかのような面もちで、悄然と座り込んでいる。時折、魂を吐くかのような重いため息が零れる。


―――事の次第は、先日の夜に遡る。


「えぇいつまらん、二喬を呼べ、二喬を!!」
いつものように豪勢が叫ぶ。
「畏れ多くも一国の主の妻を酒の肴に呼べとか正気か卿は!!」
ここまではいつも通りのやり取りだった。
「はン、ここまで隠し通されると、二喬の美貌とやらも疑わしいな。そこな白頭巾の嫁と、どちらが美しいかのう」
この軽口が、端正の癇癪玉に火をつけた。
「応、そこまで云うならお相手を頼もうか。…明日は卿ご待望の『二喬』を遣わす!!」
そう言い捨てて、端正は何処へともなく帰っていった。


二喬……呉の双璧、大喬と小喬が、俺の家に!!


俺は浮かれまくって大家の息子に自慢した。三ノ宮にもlineした。その結果『眼福を!!』『俺にも眼福を!!』と、むっさい男二人がのそのそと集まるはめになった。完全な藪蛇だ。
……しかし豪勢はともかく、あの美女恐怖症の白頭巾まで同席しているのはどういうことなのか。
「貴様はよくも来る気になったのう」
豪勢にとっても意外だったようだ。
「―――こんな、奉書を頂きまして」
白頭巾が震える手で、そっと手紙を差し出した。豪勢は乱暴にひったくり、手紙を広げた。
「何と二喬から奉書とは!貴様スカした顔して抜け駆けを……え?」
豪勢の顔が、徐々に強張っていった。


「……これまじか?」


え、何?二喬から何を渡されたのだ!?
「えぇ…至極、丁重に」
「丁重だな…えらく丁重な、脅しだな…」
ごくり…と、大家息子の喉が動いた。
「何…書いてあるんすかね」
「いきなりキナ臭くなってきたな…こりゃ、大事故物件の予感だ…」
「え!?これウチのせいですか!?」
白頭巾は顔を覆って突っ伏した。
「あぁ…帰りたい…」
「い、いやしかし…これはそこまでの含みはない…のではないか?」
「…殿方が一人きりの所へ女二人で参りますのは、大変心苦しうございます。紳士と名高い貴方様にいらして頂けないのは大変に残念なことでございます。この切ない心を紛らわす為に、毎日開かれる宴に是非、貴方の奥方様をお借りいたしたく存じます…」
羽扇の影から、くっくっく…と陰鬱な笑い声が漏れ聞こえた。
「―――なんと、見事な脅迫文でしょうなぁ」
え……?二喬って……え?
「同時に貴方、さりげなくディスられてますよ。連雀台の詩のこと、まだ根に持たれていますねぇ…」
「ぐぬぬ…」
自分たちをまとめて妾にしようとしていた陰獣と3人きりになど絶対にならないぞってことか。あの陰険白頭巾まで手札に使うとは、何ていうか…え?二喬、え?が止まらない。
「私の家内にまで内通して平和裏に私を無力化しようとか…こればかりは女性特有の恐ろしさですね…」
「そうさな、最強の召喚獣を剥ぎ取られては、今までのような好き放題は出来ないものなぁ」
「私がいつ何を、好き放題にいたしましたか」

こ、こいつ自覚ないのか!?冗談で云ってんのか!?

「だが最悪、嫁の召喚が不可能になってもアレだ、趙雲とかどうだ。あれも良き武者であろうが。常にバハムートを呼ぶ必要はあるまい」
お前もいい加減やめてやれ、召喚獣呼ばわり。
「あぁ。あれも、妻です」



―――は?



「趙雲殿は三国が興る前からの古い臣下。結構、お年を召しているのです。正直な話、北伐の頃には戦に駆り出すには少々…酷な年齢でございました」
―――さてさて、なんか色々キナ臭くなってまいりましたよ?
「しかし蜀の英雄、趙雲殿が戦場に立つかどうかで士気は格段に変わる…そうなると、趙雲殿を凌ぐ実力を持ち、かつ名誉欲を持たぬ『替え玉』が必要になりましょう。そこで私は」
「貴様!!女子を戦場へ駆り出したのか!?仮にも、曲がりなりにも、一応でも女子を!?こっこの人でなしが!!」
云っていることは正しいが、お前はお前で仮にもとか曲がりなりにもとか失礼極まりないからな?
「戦果は目覚ましいものがございましたがね。ご存知の通り」
「あー、もうな、駄目だ貴様。人として、男として」
本当それ、今日の豪勢すげぇ正しいわ。
「もう今日は帰れ。そして嫁を二喬のパーティー要員に呉れてやれ。戦に駆り出すよりも余程まともだ、たわけが」
「貴方は何も分かっておりませんね…」
白頭巾が何か言いかけた瞬間、薄く口を開けたまま凍りついた。
「―――来たな」
既に思考停止を始めた白頭巾に代わるように、豪勢が身構えた。


「皆さま、ご機嫌うるわしゅう」


大きくはないがその場を包み込むような、女の声が響いた。三ノ宮と大家の息子が身を乗り出して襖の隙間に注目する。僅かな隙間から、さらりと上等な絹が零れた。
「おおぉ!!」
「……お?」
三ノ宮があれ?て感じの声をだす。正直、俺もあれ?と思った。
「……普通…っすね」
「あー、いや、普通にそこらに居たらカワイイけどな…」
飲み会の席に居たら普通に嬉しいかなーくらいのレベルの子が二人、豪奢な絹の袷を羽織って襖の影から滑り込んできた。…正直、貂蝉レベルの美女を想像していたから、この期待値を何処に持っていけばいいのか分からない。
「当時は通常、自分の妻は余程親しい人間にしか晒さないのが常でしたからね。会ってみたらそこまでの美女じゃない、というのはよくあることだったんですねぇ」
大家の息子が眼鏡をくいくいずり上げながら、余計なことをべらべら話し始めたので、二喬のどっちかがギロリとこっちを睨んでいる。
「古代中国の後宮ではね、写真なんかないから絵師に自分の似姿を描かせて皇帝にアピールしていたんです。絵師に金を積んで、美女に描いてもらうのが一般的で。どんな美女でも絵師に金を積まないと、皇帝のお召しはなかったとか」
君が中国史に詳しいのはよく分かったからもう黙ってくれ。襖の前で絶世の美女様がすごい顔してんぞ。
「おぉ、おぉ、噂に違わぬの美しさだのう!ほれ二人とも、もっと近う」
豪勢がほくほく顔で二喬を差し招いた。こっちのボンクラ歴史メガネの失礼発言をフォローしてくれたのか、本当にストライクだったのかは分からないが少なくとも、久しぶりの若い女の子に素直にワクワクしているようだ。そう云われれば悪い気はしないらしく、二喬は豪勢の正面に置かれた脇息に肘を掛けた。白頭巾は相変わらず凝固しているが、貂蝉の時に比べると少し余裕を感じる。
「夫がいつもお世話になっていると聞いております~」
若干背が低い方の喬が『一応』みたいな空気丸出しで頭を下げた。きっとこっちの子が小喬だ。ちょと釣り目気味だが、目鼻立ちが整っていて無難に可愛い。何より、肌がきめ細かくて美しい。
「いやいやいや、あの男には勿体ない美しさであるな、どうだ二人まとめて我が連雀」「ところで小喬、尚香ちゃんには連絡忘れてない?」「ばっちり~」


―――あれ?


「――あ、きたきた、きたよ」
襖の影に、弓を構えたアマゾネスみたいな感じの女が見え隠れしていた。顔立ちは整っているのだが、まっすぐ俺たちの方を睨み付ける目つきは、狩人のそれだ。目が異様にでかいのが怖い。


―――怖い。美人だがこれ完全に白頭巾の嫁寄りの女だ。


「尚香ちゃ~ん、こっち!ここ座るの!!」
小喬の方が、ポンポンと隣の畳を叩く。尚香、と呼ばれたアマゾネスは弓を引き絞ったまま、じりじりと近づいてくる。なにこれほんと怖いんだけど。
「そうそう、私ね、この前旅行で~、南中にお友達出来たの!」
おい、何かおっきい方の喬も変な事云い始めたぞ。ていうか白頭巾すら攻略に難儀した南中に旅行って…
「まじで!?呼んで呼んで!!」
「祝融ちゃん、こちらへ」
大喬がテーブルベルを鳴らすと、突如天袋の襖がすらりと開き、浅黒いクロヒョウのようなキレイなアマゾネスが姿を現した。尚香が小さく舌打ちする。アマゾネスは短刀を軽く掲げると、背筋をしならせて突如叩きおろした。轟音と共に旋風を巻き上げ、短刀が畳に突き刺さる。
「…頭上を取られた…」
小さく呟くと尚香は頭を低くして炬燵の陰に転がり込む。…もう俺たちにも見えない辺りから、弓を引き絞る音が聞こえて来た。傍らの男二人は、すっかりドン引き済みだ。


ほんと何これ!?何の集会!?


「――おい、あいつら二人とも召喚獣持ちじゃねぇかよ!」
動かない白頭巾を引きずって俺らの傍に避難してきた豪勢が、小声で白頭巾に耳打った。美女から遠ざかって幾分正気を取り戻した白頭巾が、居住まいを正して羽扇を口元にあてた。
「――ほう。流石。なかなかエッジの利いた人材揃いですな、呉の面々は」
「祝融は貴様んとこの人材だろうが!なにそっと呉に押し付けてんだ!!」
くっくっく…と羽扇の影でひとしきり笑ってから、白頭巾はそっと馬笛をくわえた。
「させねぇぞ!!」
豪勢が馬笛をひったくる。ナイスだ豪勢。
「おまえこの期に及んで事態を更にややこしくしてオモシロがろうとしてんのか!?」
「私は約束を果たしました。もう茶番は終わりです」
白頭巾の声が、妙に低く響いた。羽扇に隠れて表情が伺えない。
「貴方には待望の二喬だったようですが…これ、貴方が望んだ状況ですか?」
「ぐぬぬ」
「あの陰湿イケメンへぼ軍師があっさり二喬の派遣を許した時点で何かを察するべきだったのです。私は初手が遅れたせいであのような脅迫に屈する羽目になりました。…私はもう、何もためらいません…」


―――陰湿イケメンへぼ軍師。あいつ端正の事そんな風に思ってたのか。


「そ、それにしたって婦女子にあんな猛獣けしかけるのは人の道に反するよな!?」
「現代は男女平等なのでしょう?…私にこのような狼藉を働いたからには、それ相応の報いを受けていただきます…」
「とことんクズだな貴様!!」


ほんとそれ。今日の豪勢、正し過ぎだわ。


「相変わらず、いい性格してんなぁ、あの軍師」
三ノ宮が呆れたように天袋を仰いだ…と思いきや、俺とメガネを突き飛ばして部屋の隅に飛んだ。俺たちが居た辺りに2本目の短刀が突き刺さる。
「あーあ、こりゃ敷金はもうダメですねぇ」
「ふざけんなこれ俺のせいか!?逆に迷惑料積んでいただきたいんだけど!?」
「おい油断するな、何か始まってるぞ!?」
三ノ宮の怒号が飛んだ。同時にひゅんと軽快な音を立てて、祝融が居た辺りの襖にカツカツ、と矢が数本刺さる。
「ありゃー。言いにくいんだけど、出る時若干請求させて頂きますよこれ」
「…お前、一人っ子だろ」


「しかしな、一つ疑問がある」
豪勢が炬燵の影の安全な場所を確保しつつ、小さく呟く。
「あのカワイ子ちゃん達が余から貞操を守る為に護衛をつけるのは分かる。だがその護衛同士が仕事そっちのけでやり合っているのはどういうわけなのだ?」
―――お前はお前で貞操までどうこうする気だったのか。
「あれこそが彼女らの本来の仕事ですよ」
炬燵の影に丸まっているせいで、白頭巾の姿も表情も見えない。
「貴方への牽制は、私を宴の座に引っ張り出すことで終了しています。なのに彼女らが呼ばれた理由は…マウンティング、というやつでございましょうね」
「…まうん…?」
「彼女らは一見、仲睦まじい姉妹のように見えましょう。実際、仲は悪くない。…だが女性同士というのは本来、互いの立ち位置をとても気にするのです。あからさまに相手より格下になる訳にはいかない。プライドが許さない」
―――うっわ、なんかドロドロした話になってきたぞ。
「なので常に自分が格上だと、無言の圧力を相手にかけ続けるのです。一応、貴方への牽制という建前で呼ばれた彼女たちはその実、互いへの牽制なのですよ…」
くっくっく…と嫌な笑い声が響いた。
「業が深いですね…実に、業の深いものです」
―――え?二喬って…え?
「わぁ…こりゃ大事故物件だなぁ…」
三ノ宮がドン引きを隠すことなく呟いた。
「だからそれうちのせいじゃないでしょう!?」
「その台詞そっくりお前にブーメランだからな!!敷金は返せよ、追加の賠償とか絶対払わん!!」
「それとこれとは別の話です!!」
「別な訳あるか!!そんなこと云うならもう、あいつらここに出て来れないようにするぞ!!襖に目張りするぞ!!」
「えっそっそれだけは!!…わ、わかりましたよ。彼ら由来の瑕疵は見逃します……」
すっかり本来のふてぶてしさを取り戻した白頭巾が、また羽扇の影でくすくす笑った。
「……あの御仁も、ようやく戦の仕方を覚えたようですね…まだまだ、拙いものですが……」



―――え?



「私なら念書を書かせた上で精神的打撃を理由とした損害賠償まで持っていきますが……」
うっわ、えげつねぇ…ていうか、俺のことを云っているのか?
「―――さて、この不要な茶番に終止符を打ちましょうかね」
白頭巾は軽く咳ばらいをすると、すっと腰を上げた。


「おや、そこなる麗しき方は、かの有名なあの傾城ではございませんか!?」


豪勢が弾かれたように振り向いた。真っ先に。
「傾城!?」
「まじで傾城!?」
「えっどこどこ」
男三人が襖の影を凝視する。その視線の先に、あの人が佇んでいた。


―――絶世の美女、貂蝉が。


「うぅわぁ、あれ、あの人貂蝉でしょ!?俺、見逃して悔しい思いしてたんだ!」
「美しいなぁ…おい」
貂蝉は恥じらうように絹の袖で顔を隠した。ほんのり染まった頬と薄幸そうな佇まいが、まるで露に濡れた散り初めの桜のような…。ああ、また会えるなんて思ってもみなかった…。
「またとない客人ではございませんか。ささ、大喬様、小喬様、貂蝉殿を囲んで宴の続きなど。貂蝉殿、お得意の琴を呉の貴人たるお二人に、一曲献上いたしては」
「おぉ、それは素晴らしい!!何という贅沢な両手に華、いやもうこれは一面の華畑じゃわい!!ほれ、ほれ、そこなる弓腰妃も南中の美女も近う、近う!!」
弓と短刀の嵐が豪勢の座っていた辺りに降り注ぐ。豪勢はうぉっ、とか呟きながら物凄い嬉しそうに弓や刀の雨をかいくぐる。…あぁ、こういう人達も美女ってだけでそういう対象に入ってるんだ。何という、業の深い。
しかし二喬はそっと身を寄せ合い、するりと席を立った。
「あら、いけない。琴で思い出したけれど、今日は琴の先生が来る日でしたわ」
「私も読みかけの書があった気がするわ」
そして挨拶もそこそこに、そそくさとその場を立ち去った。…たった1分そこらの出来事だった。二人の猛女は、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くしている。そしてお互い顔を見合わせて苦笑した。
「……き、貴様どうやって貂蝉殿を呼んだ!?」
視線は貂蝉に釘づけのまま、豪勢が呻いた。…だよな?気になるよな?白頭巾は、羽扇で口元を隠して肩を震わせた。
「くくく…私に、貂蝉殿をどうこう出来る筈がないではないですか」
「そんなことは分かっている!ならどうして!!」
「―――私にとってはどうでもよいことですが、関羽殿は…呉を、それはそれは深く恨んでいるようでございますよ」
耐えきれなくなったのか、白頭巾は羽扇で顔を覆ってふふはははははと嫌な笑いを漏らした。
「今日の宴の事を話したら、快く遣わして頂けましたよ、貂蝉殿を!!」


―――えげつない、とはこういう事か。


「―――穏やかな協定の裏に隠された権謀術策、猫の目のように変わる戦況、仁も義もなく当然の如く為される裏切り、そして形ばかりの復縁、協定、密約…我々男が数年掛けて行う戦が、たかが一度の女子会に詰め込まれていると思って頂けると、分かりやすいでしょうかねぇ」
ひとしきり笑ってから、白頭巾が呟いた。
「妻が申しておりました。それは千の刀傷をも凌ぐ苦痛である、と」
俺の四畳半に沈黙が降りた。尚香と祝融は弓を畳み、刀を仕舞い、軽く挨拶を交わして襖の影に消えた。三国志を彩る美女達をことごとく鑑賞出来てほくほく顔の眼鏡はともかく、三ノ宮は完全に引いていた。…まぁ、普通の感覚だわな。後に残ったのは、所在なげに絹の袖をいじる貂蝉のみ。…この人の、何かにつけ美貌を利用されがちな性質は、死んでも変わらなかったということか。


 
 

 
後書き
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