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もう一人の八神

作者:リリック
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新暦77年
  memory:11 DSAA予選

-side 悠莉-

インターミドル地区予選当日。
DSAAへの参加を決めた私はウォームアップを兼ねて会場周辺をランニングしていた。

「んー、まさか選考会で優秀選手に選ばれるなんてね」

できるならエリートクラスからじゃなくてノービスクラスからやってみたかったよ。
そっちの方が多く戦えただろうし、もしかしたら強い相手とも戦えたかもしれない。
どちらにせよ勝ち続けていたらそういった選手だけが残っていくから問題ないと言えばないか。

「ま、どちらにせよユウ・リャナンシーとして頑張っていきますか」

自分のデバイスに目をやる。
そこにあるのは姉さんたちからもらったそれとは違い、身体強化を主とした制御・補助型デバイス。
少し前にルーの練習として作っていたものを頼んで送ってもらった。
一応、参加基準のCLASS3を満たしているので何の問題もない。

そんなことを考えながら角を曲がろうとしたとき、いきなり人影が視界に入ってきた。

「わっと!?」

「っ!?」

気づいた時には既に遅く、避けることができなかった。
フード付きの黒いスポーツウェアの人とぶつかってしまい互いに転んだ。

「いたた……。っ、大丈夫ですか!?」

「う、うん、ウチは平気。君こそ怪我とかしとらん?」

慌てて起き上がり手を差し伸べた。
ぶつかった相手は暗色系の髪をした少女だった。



「そっか、君も大会出場者なんや。……あっ、自己紹介がまだやった。ウチはジークリンデ・エレミア。長いからジークでええよ」

「私はユウ・リャナンシー。さっきはホントごめんなさい」

あれから互いに謝りあって、いろいろと会話をした。
彼女も私と同じく今大会の出場者で、明日行われる女子の部に備えていたらしい。
昨年も出場していて先輩さんのようだ。
ちなみに年は私の一つ上。

また謝ると、ジークは気にしてないといった顔をして、首を振った。
だけど何かを感じてかじっとこっちを見てきた。

「何かついてる?」

「嘘やろ、その名前。それにその姿も……」

っ!?

確かに偽りの名と姿で参加登録をしている。
名は地球の神話に出てきて、自分という存在に関係があるものを。
姿は最終決戦の使った変身魔法を弄って自身の今の年齢に合わせている。

「……どうしてそう思うの?」

「わからん。何か違和感? みたいなんがあるように感じて…そんな気がした」

何となくって……勘が鋭いのか?
それにしても私の変身魔法を見破るなんて……私の魔法もまだまだ改良の余地があるってあることか。
……いやはや、世界は広いってことかな?

「……まあ、ジークにならいいかな。ジークの言う通りユウ・リャナンシーは偽名でこの姿も偽りだよだよ」

「やっぱり……。でも何で……」

「目立つのが嫌だから」

「へ? ……ぷっ…あははっ、何なんその理由」

「そのまんまだよ。世界大会に進出するだけでもマスコミがわいてくるんでしょ? 優勝とかしちゃったら管理局やその他も増える。そんなの面倒じゃん」

「……ユウは世界大会で優勝できるくらいの力がある言うん? 確かにユウから強い感じがする。やけど、ユウが考えとるほど世界もやけどミッドはやさしないよ」

真剣な表情で私に釘を刺すジーク。
それを見てザフィーラに言われたことを思い出して頭をかいた。

「確かにそうかも。だけど私もジークが思っているほど弱くないよ」

しばらく見つめあった。
どちらも目を逸らすことなく時間だけが過ぎた。

「「ぷ……あははははは!」」

どちらからともなく私たちは笑った。

「ユウがそう言うんならそんな気がする」

「そいつはどうも。でも、初戦の対戦相手で本当に世界に通用するかがわかるかも」

「そうなん? ……あっ、そういえばユウの対戦相手は誰なん?」

「ロベルト・シュタインだったかな? ゲートキーパーが二つ名の」

「……確かそのロベルトって前回大会の第三位やったはず。二つ名の通り、防御が硬くて上手い。ここ数年、世界大会以外ではほぼノーダメージできとる。そんな人と初戦から当たるなんて大丈夫なん?」

「どうなんだろうね。ロベルト選手は初参加者(ルーキー)には現実を教えるために初手は譲って全力で防御する紳士みたいだからちゃんと対峙してみないとわかんないや」

「それは…確かにそうなんやろうけど……」

「まあ見ててよ。簡単には負けるつもりはないから」

-side end-

-side other-

『DSAAインターミドル地区予選! 次の試合は予選3組第1試合! 七年目のベテラン、ロベルト・シュタインと初参戦の新人、ユウ・リャナンシー!』

ステージ上で悠莉とロベルトは対峙した。
簡単な試合ルールの確認を終え、

「先手は受けてやろう。どこからでもかかってこい!」

そう言って防御の構えをとるロベルト。
観客も観客で「またか……」といった様子であってもロベルトに声援を送る。
それだけこのロベルト・シュタインという人物は多くの支持を持っている。

「そうですか。でも簡単に終わらないでくださいよ、先輩」

「ほざけ!」

そして試合開始のコールが鳴った。



「ジーク、ここにいたんだ」

「あ、ヴィクター」

「あなたが男子の部の試合を見るなんて珍しい」

「うん、ちょっと気になる子がおったんよ」

そう言いながらもその人物へと視線を外さない。
それに気づいたヴィクトリアはジークの視線を追った。

「あの子? 確か初参加のユウ・リャナンシーだったよね。だけどどうしてあの子を?」

「大会が始まる前にちょっとあって友達になったんよ。それからいろいろ話してると気になってきて……。それに試合に臨もうとするユウの後姿を見て、ああ、ウチ勝てへんかもって思ってしもたんよ」

「そう……あなたがそこまで言うなんてね。―――始まるみたいね」

「うん」

ジークの話を聞いて悠莉に興味をもったヴィクター。
二人の目は真剣そのもので、悠莉の動きを捕らえようとしていた。



試合開始直後、悠莉は縮地で背後に移動した。

「なっ!? ―――っ!!」

ロベルトは驚きながらも背後に気配を感じて素早くしゃがみながら前へ転がった。
すると頭上を何かが通り過ぎた。

「チッ、避けたか」

頭上を通り過ぎたのは悠莉の右足だった。
縮地で生まれたスピードを殺さずに着地後、回し蹴りへと繋げたのだ。
そのためロベルトの間髪いれない判断は正しかった。
直感で回避を取らなければこの一撃で撃墜されていたと言えるほどの速さと威力だったと空を切る音が証明していた。

「流石は先輩。それにしても初撃は受けてくれるんじゃ?」

「それは詫びよう。あれは僕の防御が意味をなさなそうだったからね」

そう言いながら悠莉の追撃をさばき続けるロベルトはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
悠莉はそれを疑問に思っていたが言葉の続きを聞いて納得した。

「でも君みたいな強いルーキーに出会えて嬉しんだよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです、ね…っと!」

アッパー気味に放たれたボディーブローを捌いてカウンターを放つロベルト。
驚きながらもカウンターを利用して距離をとった。
もちろん威力を殺してだ。

「やっぱり参加してみるもんだ、こんなにも面白いんだから。……さて、ウォームアップも済んだことだし、そろそろ本気で行かせてもらいますよ?」

この言葉の後にあったのは一方的な展開だった。

-side end-

-side ジークリンデ-

ヴィクターが驚いた表情でユウを見ている。
それはウチも同じでユウから目が離せずにいた。

「……ジーク、あの子の動き、見えた……?」

「ううん、完全には無理やった。ユウの体がぶれたの確認できたのでやっと。まさかこんなにすごいなんて……」

今もユウが攻め続けている。
いつもなら余裕をもって捌けるロベルト選手もユウのラッシュの前にはギリギリで防いだり避けるんがやっとみたい。
せやけどロベルト選手の表情は苦し気ながらも強者に出会えたことへの喜びがあるみたい。
ユウもユウでどこか楽しそうに笑っている。

「ロベルト選手のカウンターが決まった!?」

「違う。ユウ、今のを完璧に往なしてる!」

今ので二人の間に距離が開いた。
そしてユウが何かを言った途端、ユウの雰囲気が変わった。

「「っ!?」」

な、何なんこれ!? さっきまでと違ってユウが別人に見える……っ!

周りの観客はユウの雰囲気の変化には気づいていないようで、気付いているのは多分それなりの実力を持った人だけ。
現にロベルト選手も警戒して構えを変えた。

「ジーク……」

「うん、これからがユウの本気、やね」

-side end-

-side other-

悠莉は魔方陣を展開すると、収束砲の応用で両腕に高密度の魔力の剣を作りだした。
そして縮地で距離を詰めると、まずはロベルトの体勢を崩した。

「クッ!」

一旦距離をとって体勢を戻そうとするがそれは叶わなかった。

悠莉は懐に入ると踏み込み際に右腕を居合いのように斬撃を繰り出した。
そして、傾いた重心に身を任せながら背後に回り、打撃の後に思いっきり蹴り上げた。

「クハッ!?」

「撃墜されないでくださいよ? ―――宿れ拳神、轟け鼓動!」

蹴り上げた足で震脚を行い、その力を利用して空中での追撃を始めた。
ロベルトを殴って打ち上げては縮地で更に上へと、高速でジグザグに飛びながら相手を打ち上げ続けた。

「インフィニティアソウル!!」

ロベルトの真上に位置すると、落下して蹴りを繰り出して地面へと叩きつけると轟音が響いた。

時間にして約十秒ほど。
ロベルトは何もできないまま、ほぼ初期値の状態だったライフが一気に0まで削られてしまった。
その短期間の一方的な展開に会場全体が静まり返った。

『し、試合終了ーーーッ!!』

その言葉で静寂が消えた。
会場中に空気が裂けんばかりの歓声が上がった。
その歓声を背に悠莉はステージを後にした。

-side end-

-side 悠莉-

本日付けの試合はすべて終了した。
会場中、どこへ行ってもロベルト戦の話題で持ちきりだった。
まあ、当然といえば当然なのかもしれない。
世界大会に出場できる程のロベルト選手に何もさせずに秒殺したのだ。
世界大会で優勝するのでは、とまで言われ始めている。

「……変身魔法を使っててホントよかった」

ボソッと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。



変身を解き、帰り支度をしてジークのところへ向かった。

「ジーク、お待たせ」

「あっ、ユウ! おつか…れ?」

振り向き様に労いの言葉をかけようとしたジークだったけど私を見て首を傾げた。

「ん? どうかした……って、ああ、この姿は見せてなかったっけ。隣の人は初めてだし改めて自己紹介するね。初めまして、ユウ・リャナンシーこと八神悠莉です。どうぞよろしく」

ジークとその隣にいる人は少し呆気にとられていたけとすぐに柔らかい表情に戻った。

「お疲れ様、えっと……」

「別にユウでいいよ。悠莉からとった名前だし、友達もそう呼ぶし」

「じゃあ改めて…お疲れ様、ユウ」

「うん、ありがと。それよりもそっちの人は?」

ジークの隣に目を向けた。

彼女はヴィクトーリア・ダールグリュンというらしい。
旧ベルカの王が一人、雷帝、ダールグリュンの血を引いている。
まぁ、ヴィクターの執事、エドガーさん曰わく、ほんの少しだけだそうだ。
また、ジークのことを気にかけているようで、さながらジークの母親のポジションに位置するように思った。

それはともかく、ジークとヴィクターという新しい友達ができ、自業自得とはいえ嬉しくもない好奇やら妬みやら様々な視線を受ける結果で今日という一日が終わった。

さて、これからどうするかね……。

-side end- 
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