英雄伝説~光と闇の軌跡~(零篇)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第57話
~特務支援課~
「……寝ちゃったか。」
自室に入ったロイドは自分のベッドで眠っているコリンを見て、近くにいるレンに尋ねた。
「ふふ………可愛い寝顔ね………何の罪も知らない、無垢で純粋でまっとうな子…………この子が赤ん坊の頃の写真は見た事あったけど………その子がこんなに大きくなったんだ。」
「………………………さっき、その子の親御さんに連絡したよ。大急ぎで迎えに来るってさ。」
口元に笑みを浮かべて語るレンを黙って見つめたロイドは静かな表情で言った。
「そう……………」
「君は一番の功労者だ。当然、紹介するのがスジだとは思うんだけど………」
「―――必要ないわ。レンの名前も、存在も。その人達に伝える必要はない。」
「でも……………―――なあ、レン。君が普通の物差しで計れるようなただの女の子じゃないのはわかった。あの大鎌を投擲する能力。”仔猫”としてのハッキングを技術。その子の居場所を特定した論理的かつ多面的な推理力………あまりに多才すぎて現実味がないくらいだけど………君がいわゆる、本当の意味での『天才』である事はわかったよ。」
レンの言葉を聞いたロイドは何かを言おうとして考え込んだが、気を取り直して真剣な表情でレンを見つめて言った。
「ふふっ………―――お兄さん、やっぱりなかなか見所があるわね。そう、レンの本質はそこにある。あらゆる情報を取り込み、処理し、自らを含めた環境を適切に操作する……戦闘技術も、ハッキングも、用兵術や皇族としての礼儀作法も、人形の操作も、お茶会の作法も、全てはその本質に拠っていると言えるわ。」
ロイドの話を聞いたレンは不敵な笑みを浮かべてロイドを見つめて言った。
「お、皇族としての礼儀作法!?―――って、まあ今はそれはいいか。つまり、君にはわかるってわけだ。何をどうすれば自分の望みを叶えられるのかを。」
「クスクス、そうよ。どんな望みでもレンは叶えることができる。ううん、正確にはどうやったら世界にレンの望みを叶えさせればいいのかがわかる。それがレンの力そのものだから。」
「………なるほどね。だったら―――君は一体何を望んでいるんだ?」
「………え……………」
自分の話を聞いて尋ねたロイドの疑問を聞いたレンは呆けた声を出した。
「どんな願いでも世界が叶えてくれるお姫様………でも、今の君は、どこに帰ればいいかわからなくて途方にくれた仔猫みたいに見える。いや………帰るべき場所は本当はわかっているのかもしれない。なのに幾つもの大きな岩が帰り道を塞いでいて帰れない………そうなんじゃないのか………?」
「………………………………」
「……全ては俺の直感と憶測だ。見当違いだったら謝るよ。―――だが、俺達は特務支援だ。困っている女の子がいたらなるべく助けになってあげたいし………一緒に帰ってあげる事は出来なくても岩を取り除く手伝いくらいは出来る。」
「……ふふっ………お兄さん、推理だけじゃなくて妄想も得意みたいね。あなたなんかに………レンの何がわかるっていうの?」
ロイドの話を聞いたレンは口元に笑みを浮かべた後、意味ありげな視線でロイドを見つめて尋ねた。
「もちろんわからないさ。それに、君が頼りたいと思う人は他にちゃんといるのかもしれない。でも―――転がっている岩は一つだけじゃないんだろう?俺達に任せられるような………そんな手頃なサイズの岩はないかな?」
「そんな………そんなの…………」
ロイドの言葉を聞いたレンが辛そうな表情で黙り込んだその時、扉をノックする音が聞こえて来た。
「……ロイド?ハロルドさんが見えたみたい。そちらにお通しするわね?」
「いや、その――――」
扉の外から聞こえて来たエリィの言葉を聞いたロイドは戸惑った表情をした後レンに振り向くと
「……………ぁ……………」
レンは呆けた様子で小さな声をあげた。
「……何だったらクローゼットの中に隠れてるか?」
「あ……………………………」
そしてロイドの言葉を聞いたレンは頷いた後、クローゼットの中に隠れた。それを確認したロイドは扉に向かって言った。
「―――ああ!こちらにお通ししてくれ。」
「………?ええ、ちょっと待ってね。」
「失礼します!」
「ああ………コリン!」
「良かった………本当に良かった………!」
そして扉が開くと慌てた様子のハロルドとソフィアがコリンが眠っているベッドに近づいて安堵の溜息を吐いた。そのすぐ後にエリィ達が部屋に入って来た。
(あら………レンちゃんは?)
部屋に入ったエリィはレンが居ない事を不思議に思い、ロイドに尋ねた。
(ああ……ちょっと事情があってね。そこのクローゼットの中に隠れてる。)
(ええっ?)
(またどうして………)
(なんか事情がありそうだな。)
ロイドの言葉を聞いたエリィ達が戸惑ったその時、ハロルドはロイド達に振り向き
「―――皆さん。本当にありがとうございました。何とお礼を言ったらいいか………このご恩は決して忘れません………!」
深々と頭をロイド達に向かって下げた。
「そんな………!どうか頭をあげてください。」
「その、私達も任務でコリン君を捜しただけですし………」
「いいえ、いいえ!皆さんが見つけてくれなかったらコリンは………この子は……うううっ………本当に………本当に良かった………」
「大丈夫………もう大丈夫だから………」
「ふむ………」
「どうしてそこまで………」
泣き崩れているソフィアと頭を深々と下げたハロルドの態度にランディは考え込み、ティオは戸惑った様子で見つめていた。
「ん………」
その時、コリンが目を覚まし、手で目をこすっていた。
「コリン………」
「あれぇ………?どうしてパパとママがいるのぉ~?」
「ああ、コリン………!」
「……良かった………本当に………!ダメだぞ………?ママたちに心配をかけたら………」
「???あのね、あのね~!とってもたのしかったのー!みっしぃのクルマを追いかけて知らないトモダチもいっぱいできて!かくれんぼしてニモツばっかりのクルマにのったらまっくらで~!おそとに出たらすごくキレイできいろいチョウチョウを見つけて!それで、それでね………あれぇ………?スミレ色のおねえちゃんは~?」
「スミレ色の………」
「おねえちゃん………?」
コリンが呟いた言葉を聞いたハロルドとソフィアは不思議そうな表情で尋ねた。
「うんー!あのね、あのね!とってもつよかったのー!やさしくっていいにおいがして………それでね……パパとおんなじスミレ色のカミをしてたんだよ~!?」
「え………」
そしてコリンの説明を聞いたソフィアは信じられない表情をし
「あの……その娘さんというのは!?」
ハロルドは血相を変えてロイド達に尋ねた。
「その………コリン君を捜すのを手伝ってくれた女の子なんです。外国の旅行者みたいで………身元はちょっとわからないんですが。」
「そ、そうだったんですか………」
「………そんな事って………」
「おねえちゃん………また会いたいなぁ………むにゃ………そしたらもういちど………あそんでもらって………」
ロイドの説明を聞いたハロルドとソフィアが驚いている中、コリンは無邪気な笑顔を浮かべた後、再び眠りだした。
「あ……」
「………すーすー………」
「コリン………」
「はは………また寝てしまったか………」
「よかったらそのまま寝かせてあげてください。こちらは大丈夫ですから。」
「ありがとうございます。本当に何から何まで………しかし………私と同じ髪の色の娘さんか。これも女神とあの子のお導きかもしれないな………」
「ええ………私もそう思います。」
「その……何か事情がおありみたいですね?」
ハロルドとソフィアが呟いた言葉を聞いたロイドは真剣な表情で尋ねた。
「ああ、いえ………」
尋ねられたハロルドは誤魔化そうとしたが
「………あなた、私は大丈夫です。ここまでして頂いたのですから少しは事情をお話しないと………」
「………そうだな。」
ソフィアに言われて、静かに頷いた。
「―――私達夫婦にはかつて娘が一人いました。もう7年以上前のことです。」
「あ………」
「その……いたというのは、やはり………」
「はい、不幸な事故で……いえ―――事故ではありませんね。あの子は………私達が殺したようなものだったんです。」
エリィに尋ねられたハロルドは答えかけたがすぐに言い直した。
「え………!?」
「そいつは………」
ハロルドの言葉を聞いたティオは声を上げ、ランディは目を細めた。そしてハロルドは語り始めた。
「―――8年前。駆け出しの貿易商だった私は拡大するクロスベルの貿易市場で何とか勝ち残ることに必死でした。その結果、共和国方面の危険な相場に手を出してしまい………多額の債務を負う事になったんです。幼い娘を連れながらの逃亡生活………逃げども逃げども債権者に追われ、私達に安住の地はありませんでした。このままでは悪名高いマフィアが出張ってきてしまうかもしれない―――それを恐れた私達は娘を旧い友人の所に預けました。共和国に住む、信頼できる友人です。全て借金を片付けて………完全に身綺麗になったところで娘を迎えに来るつもりだったんです。―――幸い、頼りになる先生の助言で私達は債務を整理する事ができました。コネやツテを生かして事業を建て直し、死にものぐるいで働いて………何とか1年で、借金の全額を返済することに成功したんです。これでやっと娘に会える………また一家人で暮らすことができる………そう思って……娘を預けた友人の元を訪ねたら………―――不審火、だったそうです。その頃、組織だった放火強盗事件が共和国方面で頻発していたらしく………私の友人宅も、その被害に遭いました。友人宅は郊外にあったため、当局による発見も遅れて………そして………預けていた私達の娘もそれに巻き込まれていました………私達は………半狂乱になって娘を捜しました。ですが………遺体の状況はどれも酷く結局、家にいた全員が亡くなったという検視結果しか伝えられませんでした。私達の娘は………何物にも替えがたい大切な宝物は永遠に失われてしまっていたんです。もう………私達には絶望しか残りませんでした。……あの子を死の運命に追いやりながら何のために生きているのかもわからず………このまま夫婦2人で心中しようかとまで考えましたが………―――そんな時に、わかったんです。妻がコリンを………あの子の弟を身籠っていることが。現金なもので、それがわかってから私達は生きる気力を取り戻しました。2度と失敗しないような手堅く誠実な商売だけを心掛けて………そうしてコリンが生まれ……私達は徐々に立ち直っていきました。――ーですがその間、私達は目を逸らし続けていたんです。自分達の不甲斐なさのせいで娘を亡くしてしまった痛みから………私達が犯してしまった罪から……」
「…………………………」
「これが―――私達夫婦が背負った罪です。すみません………長々とつまらない話を………」
「………そんな事が……」
ソフィアが涙ぐんでいる中、辛そうな表情で言ったハロルドの言葉や話を聞いたロイドは考え込み
「その………何と言ったらいいか………」
「………因果な話ッスね。」
「…………………………」
エリィとランディは辛そうな表情になり、ティオは黙り込んでいた。
「ですが………この子が大きくなり、娘の面影を次第に見せるようになるにつれて………いつしか私達は罪悪感に苛まれるようになりました。………あの小さな手を手放さなければよかった………苦しくても、辛くても親子一緒にいればよかった………そんな後悔ばかりをするようになっていったんです………」
「………そこで私達は改めてこう思い込む事にしました。コリンを授かることができたのは亡き娘と女神が導いてくれたから……だからこそ私達一家は………絶対に幸せにならなくてはならない。それが娘に報いる事ができるたった一つ方法なんだと……身勝手な理屈なのは百も承知しているのですが………」
「ハロルドさん……」
「………それもまた一つの考え方ではないかと。」
「ああ……変に悔やんで立ち止まるより遥かにいいぜ。」
辛そうな表情で語るソフィアとハロルドをエリィは辛そうな表情で見つめ、ティオは静かな表情で声をかけ、ランディが続けた。
「はは……ありがとうございます。……しかし………不思議な事もあるものですね。コリンを助けてくれたお嬢さん……私と同じ髪の色だったそうですが。あの子も――――亡くなった娘も同じスミレ色の髪だったんですよ。」
「あ……」
「それで……」
「ええ……まるであの子が天国からコリンを守ってくれたみたいで………―――あの、皆さん。そのお嬢さんを見かけたらどうか連絡をいただけませんか?改めてお会いして……心からのお礼をお伝えしたいんです。」
「―――わかりました。………もし、連絡がついたら必ずあの子に伝えておきます。」
その後ロイド達はヘイワーズ夫妻達を見送り、レンが隠れているロイドの自室に戻った……………
ページ上へ戻る