艦隊これくしょん【幻の特務艦】
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第九話 南西諸島攻略作戦(後編)その3
15分後――。
「見えた!!全艦、急速!!」
ビスマルクが叫んだ。後続の各艦娘もスピードを上げ、目標に接近した。
「お~~~~~い!!!」
「ぽ~~~~~い!!!」
雪風と夕立が力いっぱい叫ぶ声が彼方にいた艦娘たちの耳に届いた。
「誰?」
伊勢が手を目の上に当てていたが、やがて皆に叫んだ。
「味方よ!!来てくれたんだ!!」
その次の瞬間にはビスマルクを先頭にざあっと艦娘たちが集まってきた。
「よかった!!無事だったんですね!!」
榛名がほっと胸をなでおろした。
「無事というか・・・無傷ではないけれどね。でも、戦艦7隻、重巡、8隻、軽空母2隻、空母2隻、軽巡以下多数を全部仕留めたよ。」
「すごいっぽい!!」
「うわぁ!!すっごい!!姉様、ききました?!」
「やるわね!」
「でも・・・・・。」
伊勢は後ろを振り返った。
「私たちの方も相当被害を受けたわ。残念だけれど、戦闘に参加できなくなった艦は護衛を付けて全速力で佐世保鎮守府に帰還させたの。あそこが一番近いから・・・・。」
瑞鶴はしきりにあたりを見ていたが、不意に伊勢に話しかけた。
「ね、ねぇ、翔鶴姉は?翔鶴姉はどうしたの!?」
「・・・・・・・。」
伊勢は視線を下に向けた。
「何・・・・。どうしたの?なんで・・・・黙っているの?」
瑞鶴は数歩後ずさったが、不意に伊勢にしがみつくようにして尋ね上げた。
「ねぇ!!ねぇってば!!!どうしたの!?」
「ごめんなさい。」
つぶやくように謝った扶桑の顔にいつもの笑顔はない。
「・・・・・・・。」
瑞鶴は伊勢の服から手を離し、後ずさった。瑞鶴の顔からみるみる血の気が引いていった。
「最初に行っておくけれど、翔鶴は轟沈してはいないわよ。」
伊勢が顔を上げた。
「でも、かなりの重傷なの。山城も日向もそう。だから足柄と妙高、飛鷹と最上、三隈を護衛につけて佐世保鎮守府に緊急後送したのよ。」
瑞鶴の顔がみるみる紅潮し、かっと瞳は伊勢を燃えるようににらみつけた。
「よくも・・・よくも、翔鶴姉を!!!」
「やめなさい!!」
「瑞鶴さん!!」
「駄目です!!」
伊勢に躍りかかった瑞鶴をビスマルク、榛名、紀伊が全力で抑え込んだ。
「離して、離してよっ!!・・・よくも、よくも、よくもっ!!!」
瑞鶴がもがいた。
「瑞鶴、やめ・・・なさい・・・!!」
「お願い・・・ですから、やめてください!!」
ビスマルクと榛名が瑞鶴を抑え込みながらうめいた。
「伊勢、あんた!!あんたはっ!!」
「瑞鶴さん!!伊勢さんがそんなことをする人だって思うんですか!!??」
紀伊が大声で叫んだ。ぴたっと瑞鶴の動きが止まった。
「お姉様を傷つけられた苦しみはとてもよくわかります。でも、伊勢さんだって扶桑さんだって妹さんを傷つけられているんですよ!!!」
ずるずると紀伊とビスマルクの腕から瑞鶴の体が離れた。がっくりと糸の切れた操り人形のように瑞鶴はうなだれたまま動かなくなった。
「・・・・・・・。」
「心配なのは瑞鶴さんだけじゃありません。伊勢さんも・・・いいえ、扶桑さんもみんなそうなんです。気持ちはとても分かります。でも、今は――。」
「く・・・。・・・・う・・・・・ううっ・・・・・。」
歯を食いしばった瑞鶴の口から嗚咽が漏れた。胸を激しく上下させていた瑞鶴が顔を上げた。涙の後が頬に光っている。
「ごめん・・・なさい・・・・。」
「いいのよ。私こそ・・・・ごめん・・・・・。」
伊勢が首を振りながら言った。
「伊勢さん、ビスマルクさん、皆さん、ここにいては危険です。南西諸島本島攻略部隊を残し、本艦隊は即刻佐世保鎮守府に引き上げるべきだと思います。」
扶桑が言った。
「紀伊、周辺にはなった偵察機からは何か報告はあった?」
「いいえ、今のところ特には――。」
はっと紀伊が息を吸い込む音が聞こえた。小さな音だったのに、それが全員に聞こえていた。
「何かあったんですか?」
榛名が聞いた。
「偵察機より・・・入電・・・。『東北東101地点にて、敵機動部隊出現ス・・・・・。』」
「まさか!?」
「そんな!?」
伊勢と扶桑が同時に見た方角はまさしく負傷した翔鶴以下の後送先である佐世保鎮守府のある方角だった。
「バカな・・・・あれほど伊勢さんたちが撃滅していたのに、まだいたというの・・・・?」
霧島が信じられないような顔をしている。
「兵力は不明ですが、少なくともヲ級2隻を中心とした艦隊です。急がないと!!今度こそ間に合いません!!」
紀伊が言った。
「すぐに急行しなくては、行くわよ!!」
ビスマルクが皆に言った。
「翔鶴姉!?」
瑞鶴の悲痛な叫びが海上に響いた。
「ちっくしょう・・・・この、私が、ここまでやられるなんて・・・・!!」
足柄が肩を押さえながら後退する横を妙高がさっと走り抜けた。
「妹の仇!!主砲、一斉射!!!」
妙高の叫びと共に前進してきた数隻の駆逐艦は吹き飛んだ。
「ちょっと!!妙高姉さん、私まだ死んでませんけれど!?」
足柄が抗議した。
「死んでようがなかろうが、私の大事な妹を傷つけたのですから、許せません!!」
「あ~~・・・・ありがたいような、怖いような・・・・。」
足柄が複雑な顔をしていると、また敵戦艦から放たれた主砲弾が妙高たちを襲った。幸い直撃はなかったが、おびただしい水煙が艦隊を襲った。山城たちが先行する三隈たちに追いついた直後、敵別働隊の強襲を受けたのだ。
「ぐうっ!!流石に強烈ですわ!!!」
翔鶴を支えながら三隈がうめいた。
「姉様さえいてくれれば・・・百人力なのに・・・・!!」
山城が無事だった左砲塔で応戦しつつ日向を支えている。
「流石に・・・・もう射出できる艦載機も残ってないわ・・・・。」
飛鷹が肩を落とした。ほとんどの艦載機は撃ち散らされてしまっている。その少ない味方艦載機も残存機は敵艦載機を抑えるのに必死だ。
「そんな・・・・僕たちはここで沈められるの・・・・?」
「いいえ、そんなことはさせないわ!!」
足柄が腕を振った。
「まだ戦える!!私が残るから、皆は先に行って!!」
「駄目よ足柄。」
妙高が進み出た。
「妹を盾にして逃げるようなまねは姉としてできません。私が残ります。」
「姉さ――!」
何か言いかけた足柄の口を妙高が塞いだ。
「あなたは、皆を護って。これは命令です。」
砲弾が降り注ぎ、爆炎と水柱が林立する中、足柄は妙高を見上げた。それは一瞬だったのかもしれないが、足柄には何分もずっとそうしていたように思えた。妙高はかすかに目を細めると、身をひるがえし、殺到する戦艦部隊めがけて突撃していった。
「姉さん!!くっ!!」
足柄は目をそらし、こぶしを握りしめると、最上たちのもとに走った。
「早く、行きなさい!!ここを脱出するわよ!!殿は私が引き受けるから、早く!!」
「でも――!」
「わからないの?妙高姉さんがどうして一人残ったか?!その意味を少しでも考えて行動しなさい!!」
「わ、わかったよ。」
最上はうなずくと、三隈に合図した。
「妙高さん・・・足柄さん・・・・・。」
足柄はただ強く、強くうなずいただけだった。最上、三隈はさっと敬礼すると、翔鶴を支えながらすぐに山城、日向、飛鷹のもとに走ると、すぐに戦場を離脱していった。
「那智姉さん・・・・羽黒・・・・ごめんね。生きてもう一度会いたかったけれど、それもダメになるかもしれない・・・・・。でも、私と妙高姉さんの分まで、どうか・・・・。」
一瞬胸に手を当てて目を閉じた足柄がきっと敵艦隊をにらみ、殺到してきた敵に向けて突撃していった。
「さぁ!!まだまだこれからよ!!」
足柄の砲撃は駆逐艦2隻を轟沈させ、軽巡1隻を大破させたが、続く第二陣の砲撃を受けて、足が止まった。疲労とダメージの蓄積で体が思うように動いてくれない。
「しまった!!」
好機到来とばかりに殺到してきた敵艦載機に対処できず、眼だけが凍り付いたようにそれを見つめていた。
(これまでか・・・・・!!)
足柄は腕で顔をかばい、思わず目を閉じた。
「全艦載機、目標至近!!う~~~~~てぇ~~~~!!!」
高らかな声が響いた。同時に轟音と共に敵艦載機が爆発、破片が四方八方に散っていった。
「・・・・・・・!?」
呆然と腕を離した足柄は信じられないものを見た。
おびただしい友軍艦載機が飛来し、片っ端から敵艦を撃滅している。なおも飛んでくる艦載機隊は敵艦載機と激しい空中戦を演じ、圧倒的に押し詰めていく。この光景はそこかしこで見られた。
「どういう・・・こと??」
足柄は立ち尽くしていたが、不意に彼方からこちらに進んでくる一団に気が付いた。
「あれは!?まさか・・・・・!?」
「やっと間に合った!!・・・・危なかったなぁ!!!」
長い黒髪をポニーテールにし、深緑の制服に白いスカーフ、そして白のスカートをはいた艦娘がこぶしを振り上げた後、ふうっと大きなと息を吐いた。くっきりとした眉の下には悪戯っぽそうな黒い瞳がきらめいている。それでいて涼やかな鼻梁や口元がこの艦娘の素直で真っ直ぐな性格を現しているようだった。
「まだよ。まだたっくさんいるもの。こいつら撃破してみんなを助けないとね。」
と、瑞鳳が答えた。
「でも、間一髪でした。間に合って本当によかった。」
祥鳳が胸を抑えた。その隣では川内がうなずいている。
「やっと先日の借りを返すチャンスが来たしね。神通、深雪、長月、白雪!!」
「はい!」
「おう!!行くぜ!!」
「後れは取らん!!」
「了解です。」
川内を先頭に水雷戦隊が敵に突っ込み至近距離から猛烈な砲撃を始めた。
「姉さん!!」
足柄が妙高に近づいた。
「足柄。これは・・・・一体どういうことなの?」
「わからないわ。でもチャンス到来よ!!」
「ええ、そのようね。わかりました。まずは眼前の敵を撃破しましょう。行くわよ。」
「はい!!」
姉妹は巧みなコンビネーションで重巡部隊に接近し、たちまち2隻を轟沈させた。
いったんこちらを包囲網にとらえた深海棲艦艦隊は、予期しない援軍の登場に乱れたち、次々と至近距離で撃破され、撃沈されていった。中でも川内以下の水雷戦隊の猛攻はすさまじく、敵味方をして瞠目せしめた。
その乱戦のなか、秩序を保って艦列を組みながら戦闘区域外へ逃亡しようとする艦隊があった。
「敵戦艦が逃亡を図る模様!!あ、あれは!?装甲空母鬼?!」
瑞鳳が愕然となった。艦載機隊の攻撃をかいくぐり、撃墜しながら逃走を開始する戦艦2
隻と、ひときわ大きな深海棲艦がいる。
「ってことは~私とおんなじタイプってことね!だったら同じ空母戦艦どうし、負けられないわ!!」
「讃岐さん!!」
祥鳳の叫びに、讃岐と呼ばれた艦娘はうなずいた。
「任しておいて!!」
讃岐は滑るようにして敵艦隊の右翼後方に近づくと、主砲塔を旋回させた。
「姉様たちのよりはちょっと威力は落ちるけれど。でも、35,6センチ3連装主砲の底力、見せてあげるわ!!う~~~~~~~てぇ~~~~~~!!!」
轟然と主砲が火を噴きあげ、飛来した巨弾は後続していた戦艦1隻に続けざまに命中、一瞬で轟沈させた。
「艦載機隊、残る戦艦1隻を集中攻撃!!容赦しちゃだめなんだからね!!」
讃岐の言葉に艦載機隊が急降下し、次々と爆弾を投下した。
「80番の威力、伊達じゃないってこと見せてあげるわ!!」
讃岐の言葉と共に敵戦艦は轟音と共に粉みじんに吹っ飛んだ。残りの艦載機隊は装甲空母鬼に殺到したが強力な対空砲火と砲撃に次々と撃墜されていく。
「もう!!なんかムカつく~・・・。」
讃岐が腰に手を当てて頬を膨らませたときだ。
「全主砲、斉射!!テ~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
海上を響き渡る声と共に、彼方から火砲の発射口が光るのがみえた。続けざまに装甲空母鬼に直撃、装甲空母鬼はもだえ苦しみながらなおも逃走をつづけようとする。
「させない!!もう一度、主砲、集中斉射!!う~~~~~~~てぇ!!」
讃岐の叫びと共に放たれた主砲は装甲空母の背中を貫通し、大爆発を起こし、大気を震わせた。
「やった!!連携プレーね。」
讃岐が躍り上がって喜んだ。戦闘は集結しつつあった。敵艦は皆撃破されていたし、残る艦載機も味方艦載機に撃破されて散っていく。
「でも・・・誰だろう。今の・・・・・。」
讃岐は彼方の方角をじっと見ていたが、やがて何かに気が付いたように急に跳ね上がると、海上をけって走り出した。ものすごい勢いで。
一方、戦場に到着した紀伊たちも唖然としていた。間に合わないと思っていた現場には一足先に別部隊が到着しており、掃討戦が既に開始されていたからだ。中でも主力艦隊をほぼ一瞬で撃滅した艦娘の手際には誰もが唖然となっていた。
「あれ、誰?」
「さぁ・・・・。」
「見たことはありません。といっても距離がありすぎて誰だかもわからないのですが。」
「でも、全然見かけない人っぽいね。」
「あ、でもでも何となく見覚えある気がするのは気のせい?」
「そうですね・・・あ、手を振ってこっちに来ます。」
「来るっていうか、なんだかすごい勢いで走ってくるけれど、大丈夫なの?」
「誰かしら・・・?」
紀伊は手を目の上にかざした。いつの間にか黒雲は収まってキラキラと光る穏やかな海が広がっている。
「・・・・さま・・・・。」
「なんか言ってるよ。」
「ええ、でもなんて言っているのでしょうか?」
「・・・・さま~~!!!」
「あ、あれ?もしかしてあれってさ――。」
「紀伊姉様ぁぁぁ~~~~~!!!!」
猛然とこちらに爆走してきた艦娘は飛び上るようにして紀伊に抱き付いてきた。
「きゃあっ!!!」
危うく転覆しそうになった紀伊を慌てて榛名と瑞鶴と由良が支えた。
「姉様、姉様、姉様!!!やっとやっとやっとお会いできましたね!!!讃岐、超、超、超感激です!!!!!」
「あ、あの―――。」
「もう!!!姉様ってホントじらし上手なんですね!!!ずうっとずっとお待ちしていたのにお手紙一つよこさないんですもの。こちらから何か送ろうと何度もしたのですけれど、駄目って言われっぱなしで。あ、でも、それは姉様も同じだったのですよね!!そっか、そっか。」
「あ、あのう―――。」
「でも、でも!!やっとこれからは一緒にいられるんですよね!!!お話ししたいことはとってもたっくさんあるんですから!!!横須賀鎮守府から佐世保鎮守府にやってきてからいろんなことを経験して――」
自分にしがみついて機関銃のごとくまくしたてる艦娘を紀伊は呆然と見ていた。紀伊だけでなく、周りのみんなも呆然としている。
(まさかとは思うけれど・・・・これが・・・・・。)
「姉様?」
気が付くと艦娘がこっちを見上げている。やっとしゃべり終えたのに、何も言わないので不審に思ったようだ。その艦娘に向かって、紀伊はおずおずと尋ねた。
「あの・・・・あなたはもしかして・・・・・私の、妹?」
「へ?」
ひゅうっといううそ寒い風があたりを吹き抜けた。
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