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ムーンライト・オキナワ

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ムーンライト・オキナワ

 
前書き
銭形の設定は、『ある新米巡査の思い出』 http://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~14067
『ネクストブリーフィング』 http://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~14700

 からの流用。 

 
 それはちょっとした冒険のつもりだった。
 少女は明日の宇宙往還機打ち上げのゲストとして招かれてはいたが、子供というのは好奇心の塊だ。
 ありとあらゆるものがめずらしいこの街を少しだけ見てみたいと部屋を抜けだしたのである。
 ホテルの周囲ぐらいならば大丈夫だろう。
 普通ならついている護衛の人が危なくなったら止めるだろう。
 そんなある程度の打算と抑えきれない好奇心の冒険は、エレベーターが開いた瞬間にスリルとサスペンスに変わる。

「こんばんは。お嬢さん。
 こんな時間にお出かけかな?」

「こんばんは。
 おじさん。
 あたし、とうどうまいこです」

 ぺこりとお辞儀をする。
 直感で分かった。
 悪い人ではない。
 けど、危険な人なのだろう。
 だから確認する。

「おじさんはあたしのごえいですか?」

「護衛じゃないなぁ。
 おじさんはね、どろぼうなんだよ」

 実に楽しそうに泥棒は笑う。
 エレベーターが閉じて、下に降りてゆく。

「お嬢さんは何処にお出かけなのかい?」

「あたしこのまちをみてみたいの」

「そうかぁ。
 一人じゃ危ないなぁ」

 少女は降りてゆくエレベーターのランプを眺める。
 これから行うちょっとした冒険の前には、無害らしい泥棒とて気にしない大胆さが少女にはあった。
 そのあたりのおおらかさと打算的思考は少女の一族の遺伝みたいなものなのを少女は知る由もない。

「ならば、どろぼうさんがガイドをしてあげようか?」

「ほんと!?」

 泥棒は少女の目線まで屈んで、手慣れたしぐさで魔法の言葉を唱える。
 その魔法が、とある公国のお姫様を救ったことを少女は知る由もない。

「どうかこの泥棒に盗まれてやってください」



 警備員や警護の人間を巻いて、ホテルから出られたのは泥棒のおかげだった。
 彼が運転するフィアット500は煙草臭かったが、少女は窓の外に広がる月夜に浮かぶ多層構造物に目を奪われていた。

「あれが立ち始めたのは、80年台の終わりって話だ。
 東西冷戦が終わり、赤い国が終わり、この間の戦争でこの街は新たな役割を持つようになるのさ」

 子供だからといって優しく説明する必要はない。
 分からなければ質問するだろうし、分からないまま大人になった所で、この出会いを覚えているかも分からない。
 だからこそ、泥棒は少女を一人の人間として扱った。

「やくわり?」

「そう。
 終わった戦争は、この国の色々なものを変えちまった。
 そしてこれからも変わってゆくのさ」

 統一戦争が終わって、日本という国の人口は一億四千万になった。
 二千万人と言われた北日本の人口は社会主義国家によくある信用出来ない統計によって実態より多く、またロシア人や中国人までが入り込んだ人種豊かな下層階層の出現は、日本に新たな混乱をもたらしていたのである。
 高度経済成長から始まった国土改造計画は戦争終結によってその予算が振り分けられて、土地の高騰を引き起こしつつあった。
 新しい国民である彼らを本土に自由に入れたら、未曾有の混乱が待っている。
 かと言って、北日本復興から溢れて本土を目指す元北日本人を受け入れる場所は早急に必要だった。
 その場所に選ばれたのが、今二人が車で走っている街。沖縄である。

 沖縄の米軍が撤退して国後に基地機能が集約した結果、広大な米軍跡地は宇宙開発事業団が抑えて宇宙開発の拠点として整備されることになった。
 だが、ベルリンの壁崩壊からドイツ再統一を横で見ていたこの国は、統一後の混乱に対処するために、出島みたいなものが必要であるという認識を持つようになる。
 沖縄がそれに選ばれたのは、宇宙開発事業団による大規模再開発という需要があったのと、目前に迫っていた香港返還に伴う華僑の避難地として華僑資本が流れこんだからだ。
 沖縄万博で展示されたアクアポリスの発展形である那覇メガフロートシティが宇宙開発事業団の手によって建設されると、国はその地を経済特区に指定。
 統一戦争の余波で今だ戦火が続いている朝鮮半島の難民の収容地としてもこのメガフロートは注目され、東京や大阪、名古屋や福岡に同じようなメガフロートが姿を表わす様になる。
 
「誰が呼んだか知らないが、この街はこう呼ばれるのさ。
 『方舟都市』ってね」

「『はこぶねとし』?
 せいしょの?」

「お嬢さんはものしりだなぁ」

「おとうさんのしりあいにおしえてもらったの。
 おとうさんは、はこぶねでやくそくのちにいくんだって」  

 少女の誇らしい言い方に泥棒は笑う。
 少女が意味を分かっていないが、それが真実であると理解しているからだ。
 何故ならば、少女の父親は明日宇宙往還機のパイロットとして、宇宙に旅立つことになるのだから。
 月影に浮かぶ多層構造物一つに数万の人間が居住している。
 雑多なスラムの出現だが、特区であるがゆえに意図的に中央の介入を避けられ、そこで行われる安価な生産品は世界中の国々に『MADE IN JAPAN』をばらまいていった。
 
「どろぼうさんは、なんであそこにいたの?」

 少女の質問に泥棒は笑う。
 楽しそうに、懐かしそうに。

「その約束の地に知り合いが居てね。
 花束でも贈ろうと思ったのさ」

 知り合いの名前はマモー。
 ロケットで不死の世界を目指した巨大な脳みそに成り果てた化物は、ルバンによって死しても今だ地球の近くを漂っていた。
 クローン技術の進歩は、細胞の複製からDNA配列の複製に移ろうしていた。
 そうなると、オリジナルマモーの凍結死体から無事なDNA配列が出てきた場合、マモーの復活の可能性があるのだ。
 実際、統一戦争の裏で暗躍していたマモーのクローンはそれを狙っていた。

「はなたばはおくれましたか?」

「ああ。
 ちゃんと送ったさ。
 喜んでくれるかなぁ」

 白々しそうに笑う泥棒が送った花束の名前は、JASPEXS1。
 資源の大部分を輸入しているこの国を変える太陽発電衛星で、将来的には月面にあるヘリウムを使った発電の中継機として用いられる予定のものである。
 彼はそのシステムに忍び込み、マモークローンが把握していた漂っているマモーの脳を巨大な電子レンジでもある発電衛星で焼いたのだった。
 こうして、何万年も人類を管理していた化物は人知れずに死んだ。
 泥棒が少女になにか言おうとして黙る。
 ぼかして言ったはずなのだが、少女が手を合わせたからだ。
 
「ありがとうよ。
 手を合わせてくれて」

 車を止める。
 少女に迷子用の発信機がついている事は少女に声をかけた時から分かっていた。
 そして、少女が無事な限り泥棒に下手な手出しはしないだろうとも。
 だからこそ、逃走の為に彼女を誘拐した。
 泥棒は海岸線の歩道に出て海に向かう。
 その先には、海を挟んで方舟都市が月夜に照らされている。

「ありがとうよ。
 お嬢さん。
 もう会うことはないと思うが、達者でな」

「どうして?」

 泥棒の声が楽しそうに弾む。
 別れを惜しむのではなく、別れを悲しむのでもなく、また会えるのにと疑問をぶつけてきたのはこの少女が初めてだったから。
 そして少女は、その確信を泥棒に告げる。

「わたしもいけるから。
 あのそらのむこうに。
 だったら、あのそらのうえであえるわ」

「……そっか。
 じゃあ、約束だ。
 あの空の上で、お嬢さんがとびきりいい女になったら、泥棒さんがさらいに行くよ」

 少女の手の甲に泥棒が口付けする。
 その手を見つめた少女が視線を元に戻すと、泥棒は既に居なくなっており、パトカー数台がこの場にやってきたのとほぼ同時だった。 

 

「以外にあっけないものだったな」

 そんな事を呟きながら、統一戦争の英雄になった老人は打ち上げ会場を後にする。
 そんな彼に近づいてくるトレンチコートの男が敬礼して用件を告げた。

「銭形と申します。
 昨日の夜の誘拐未遂事件についてお話を伺いたく」

「あの件で私が話すことなんて何もないよ。
 孫がナンパされてドライブに連れだされた。
 それでいいじゃないか」

 ルパンには統一戦争の開戦理由という恩がある。
 あげくに、彼が北日本政府中枢で暴れた結果、核攻撃後に指揮系統が混乱した北日本軍は最後までその混乱が回復できずに勝利の一因になっていた。
 その為、今回の一件を把握したSRIの鹿内氏より、『貸し借りなし』という理由でこの一件は闇に葬られる事が決まっていた。
 納得出来ない銭形を除いて。   

「奴は大変なものを盗もうとしています」

「何だい?それは?」

 銭形はただ指を空に向けた。
 その先には青空。
 いや、宇宙が広がっている。

「宇宙を股にかける泥棒か。
 追いかけるのも大変だ」

 老人は笑った。
 銭形も笑う。
 別に銭形とてこの一件を表に出せと言うつもりはない。
 ただ知って欲しかったのだ。
 ルパンの危険性を。
 特に危険な女ほど彼に惚れるという傾向を。
 そんな大人二人の会話等知らない少女は無邪気に、己の未来を告げる。


「わたし、あのおふねにのるの」


 人類はいずれ宇宙に社会を築くだろう。
 その社会は今の我々と同じく、朝起きて夜眠り、男女が恋をしたり、警察が泥棒を追いかけたりするのだろう。
 その当たり前の未来に、この沖縄は繋がっている。
 老人と銭形は一直線に伸びた宇宙往還機が出していった雲の道を眺めながら、ただ満足そうに笑った。 
 

 
後書き
まさかの続編。
 アクションシーンなんてかけない作者がひねり出したのがこの話。
 今回は先にメガフロートが浮かび、そこから話をでっちあけた感じで、大量の北日本民を吸収するのに苦労する日本、半島の内戦と香港返還前の沖縄の空気みたいなものが書けたらという感じで話を進めてみる。


元ネタは以下のとおり。

『エースコンバット3エレクトロスフィア』 メガフロートのイメージ元
『遥かなる星』メガフロートと発電衛星

 メガフロート内の多人種雑多な空気やそこで行われるアクションとか書ききる技量もないので、誰か書いてください。 
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