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占い中毒 ~占いにハマる女たち~

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症例1 ヘビーユーザー星野様

私はタロット占い師、唯一神(ゆいか)
毎日、電話占いで迷える子羊たちを救っております。
まあ、やっていることは、テレビやラジオの電話相談室とそう変わらないのですが。
私の母もかつては占い師をしていました。
でも今はたまにしかその腕を見せません。
シングルマザーだった母。
若い頃は保険外交員をしていましたが、
ある時占いに興味を持ち、
遊びで占っている内に仲間から勧められ
プロの占い師として本格的に活動し始めたのです。
ところが、これが大当たり。
財界人や著名人から“驚異の的中率”ともてはやされ、マスコミからも引っ張りだこに。
やがて、電話転送システムを利用した電話占いの会社を創設、
利用者と占い師を仲介する会社を始めたのです。
今や母は、100名の占い師と10名の従業員を抱える一端の実業家。
全盛期は億を超える収入もありましたが、現在はライバル企業が続々増え、
収入はかつての4分の1にまで落ち込んでいます。
また、占い業というのは客とのトラブルも多いのです。
利用料金の滞納や占い師への苦情はあとを絶たず、
その為、専属の弁護士を雇ったり、熟練のクレーム要員を配置せねばならず、
その分の費用も馬鹿になりません。
とは言え、そこは母。知名度を利用して毎年占い本を何冊も出版、
安定した収入はしっかり確保しています。
最近では趣味のハンドグラヴィール
(歯医者が使うようなドリルで絵や文字を掘る)を活かし、
梵語や干支、星座のマークが入った数珠などを販売して、
これまた売上が伸びつつあります。

そんな母に憧れて、私も18歳になるとタロット占いを学び始めました。
占い師としてデビューしたのは22歳の時、今から6年前になります。
固定客も10名ほどつき、そこそこ売上にも貢献しているつもりです。
ユーザーは男性より女性が圧倒的に多く、年齢層も幅が広いです。
利用できるのは18歳からですが、たまに年齢を偽って中学生が掛けてくることも…。
ですから新規の顧客から電話が来ると、年齢・名前に偽りはないか、
登録にダブりがないか、職員がしっかりチェックします。
カード払いのお客様は、利用可能か決済機にカード番号を入力してチェックします。
振込のお客様には請求書を送るので、住所確認は特に重要。
ストリートビューで確認したら、公園だったり駐車場だった、
なんてこともありましたからね。
新規のお客様には相談内容に応じて、職員がふさわしい占術の先生を仲介します。
恋愛や家庭内のゴタゴタなど、人間関係のご相談がほとんどですが、
中には相談相手が違うでしょっ、という内容も結構あります。
うちは、ギャンブルや株など金銭に関する相談や、
健康・医療に関する相談には一切応じないことになっていますが、
その手のご相談者が最近増えてましてね…。

また、一日に何度も電話してくるお客様も厄介です。
結局、自分が求めている言葉が聞けるまで、
いつまでも占い結果を受け入れようとはしないのです。
事務所でも話題のヘビーユーザーはなんと、
アメリカ在住の女性で、あちらでは有名なヨガの先生。
一日に3~5回も国際電話をかけてきます。
ですから、彼女の年間の利用料は一千万円を軽く超えています。
電話代だけでも相当なものでしょう。
カードが利用限度額を超えると、新たなカードを作ってまで
彼女は占いをやめようとはしません。
会社にとってはありがたいお客様ですが、
ここまで来るとさすがに哀れというか、
やはり病的な依存症としか思えません。

あ、受付がスタートした早々に、
その彼女から電話が掛かってきたようですよ…。
「もしもし~、あのう~、凛花先生はいらっしゃる?」
「星野様、いつもご利用ありがとうございます。」
名乗らずとも語尾を伸ばす独特な口調で、
職員なら彼女が誰だかすぐにわかります。
「ああ…、申し訳ないのですが先生は只今占い中でございます。」
実は、星野様とお繋ぎしないよう、凛花先生に言われているのです…。
きっと前回、星野様に余程手を焼かれたのでしょう。
そういった場合は顧客データに『○○先生NG』と書かれてしまうのです。
「あ~、そう~。じゃあ唯一神(ゆいか)先生は~?」
「はい、唯一神先生でしたらお繋ぎできます。」
「あ~そう~。じゃお願~い。支払いはビザカードで。」
「かしこまりました。では設定致しますので、
 3分後にお掛け直しいただけますか。」
「うん、わかった~。ありがとう~。」
普通はここで、掛けていただく番号の末尾をお伝えするのですが、
星野様は末尾1番の電話機と決まっています。
国際電話の割引サービスをご利用されていて、
予め末尾1番の電話番号を電話会社に登録されているからです。
会話を横で聞いていた別の職員がPC画面の最上欄、
つまり私の電話番号が入力された欄にチェックを入れます。
そして、末尾1番の電話機の転送ボタンを押せば、
これで、再びお客様から掛かってきた電話が
私に直通で繋がるという仕組みです。
午前待機の先生は私を含め全部で5名。
ちなみに、占い師は北海道から九州まで全国におります。
みな、母が直に面接して雇った信頼のおける占い師たちですよ。
先生方の担当する日時は決まっており、
お客様は会報やサイトで待機中の先生を確認することができます。
待機がスタートする5分前になると、各先生が在宅されているか
職員が確認の電話を入れます。
朝は特に要注意。寝坊常習犯の先生がいたり、
ドタキャンなんて事態もないわけではありません。
ついこの間も、待機直前だった人気の先生が階段から落ちて入院…、
しばらく音信不通になってしまったことがありました。

お客様から指名が入ると、職員が先生に連絡、
顧客名や生年月日をお伝えして占いの準備をしてもらいます。
私も隣の部屋に移動して準備しなくちゃ。
おっと、早速着信音が鳴り出しましたよ。
「もしもし~、唯一神(ゆいか)先生~?」
「こんにちは、星野さん。その後いかがですか?」
「先生~、やっぱり彼、様子がおかしいの~。
 浮気してるのかも~。どうすればいい?」
「う~ん、星野さんもお辛いですね。
 待って、カードで見てみます。少しお時間をください。」
私はいつも精神統一して、時間が掛かってでも慎重に占うことにしているの。
場合によっては一旦電話を切り、15分後にまた電話をかけてもらうこともあるわ。
だけど、星野さんの場合は私でなくても答えはわかりきっている…。
「う~ん、やっぱり彼には気になってる女性がいるようね。
 まだお付き合いまではいってないみたいだけど。
 かなり、いい雰囲気にはなってるようね。
 彼がその気になればすぐに関係が始まりそう。」
「ええっ、なんとかして~、先生~。」
「そうねぇ…。彼の気持ちは揺れてる。
 できるだけ早く彼と会った方がいいわ。
 カフェデートがいいわね。
 ただその時、流れで体を許してはダメ。
 そして、根掘り葉掘り聞いてもダメ。
 何もせず、別れ際に余韻だけ残すの。
 あなたは魅力的な女性よ。自信を持って。
 自分を安売りしないでね。いいわね?」
「う~ん…。」と星野様。
なんだか、初めてのお遣いを言いつけられた幼児のようなお声です。
ところが、その後聞こえてきたのは彼女の寝息…。
「星野さん、星野さん?」
こちらが朝ならアメリカは夜中。
たぶん、お酒を飲みながら電話していたのでしょう。
仕事と恋に疲れ、お休みモードに突入された模様。
こんなことは、しょっちゅうです。
「星野さ~ん、一旦切らせていただきますね~。」
電話代が心配なので切らせていただきました。
でも、目を覚ましたらまた掛けてくるかも。
占いに掛かった時間を報告するため隣の部屋へ行ってみると、
職員の西条さんが困った顔をしています。
「どうしたの?」
「星野様のカードが切れないんですぅ~」
「また~? 他のカード試してみた?」
「他のも全滅…」
星野様が登録されているクレジットカードは全部で4枚。
そのどれもが限度額を超えているようです。
「だから星野様の時は、先にカード番号を入れて、
 利用可能かどうか確認してって言っておいたでしょ?」
「もぉ~!」
西条さんがむくれて、ホワイトボードに赤ペンで書き込みます。
『星野様 カードが切れないので、確認できるまで受付不可!!』
そしてその下に、リジェクトされたレシートを貼り付けました。
まったく…、星野様にも困ったものです。

でも、人は恋愛に夢中になると、驚く程精神が幼くなるものです。
たとえ悲劇的な結果が見えていても、現実を受け入れたくないのでしょう。
まさに恋は盲目。。。
こういったタイプのお客様は意外にも実業家の女性に多いのです。
なぜなら、偉くなればなるほど、気軽に相談できる相手が
身近に居なくなるからです。
ましてや、海外で一人暮しされているのなら尚更でしょう。
もちろん同情はしますし、なんとかお力になろうとこちらも必死です。
但し、占い師は魔法使いではないのです。
お客様の不安を簡単に消し去ることなどできません。
あくまでも、不安を解消する答えを見つけるのはお客様ご自身です。
その糸口を見つけてさしあげるのが、私たち占い師の役目。
そのことをどうか忘れずにご利用くださいませね。
ほどほどに…。
 
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