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ヒッキーな彼女と日蓮カルト教団

作者:どまどま
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秘め事

「単刀直入に言おう。君とセックスがしたい」
「……へっ?」
 彼女があんぐりと口を開いた。
「セッ……って、ひょっとして、あれのこと?」
「そう、あれのことだ」

 言いながら俺の思考は爆発寸前だった。
 しまった。誘い方を間違えすぎた。この日のために恋愛系のサイトを巡ってきたのに、すべてが台無しである。

 他人の目を気にしてか、彼女はきょろきょろとまわりを見渡した。
 昼下がりの閑散としたコーヒーショップ。数名の大学生っぽい奴らがこちらをちらちらと見てくる。
 勉強に集中してろくそったれの猿どもめ。こちとら童貞卒業がかかっているのだ。

「うん、いいよ」
 あまりにもすらっと出てきた彼女の言葉に、俺は耳を疑った。
「まじか!」
「う、うん。それで場所は?」
「ば、場所……」
 やべえ考えてなかった。たぶん今日は両親とも早くに帰ってくる。かといってカラオケに行ける金もなければ、ラブホに行ける年齢でもない。万事休す。

「よかったら私の家に来ない? たぶん九時までだったら誰も帰ってこないよ」
「……いいのか?」
「うん」
 なんだ彼女の冷静っぷりは。同じ高校生なのに……
 いや、そんなことはいい。俺は今日、やれるのだ。念願の初体験なのだ。

「でもさ、隆弘くんってほんと真面目なんだね」
「なんだって?」
「付き合って二年でやっと誘われるなんて。遅すぎ」
「……すまなかったな」
 本当は交際初日……もとい会って一秒後にはやりたくて仕方がなかったとは言えない。

 そのとき、彼女の人差し指が俺の鼻先に触れた。
「私の前では強がるのに、肝心なとこで奥手なんだから」
 じっと俺を見つめてくる彼女の妖艶な姿に、悔しくも胸が高鳴った。
「や、やかましい! 男は色々大変なんだぞ!」
「女だって大変だし」
「育美はどうなんだ。俺の誘いに妙に冷静だったじゃないか」
「そう? いまでもドキドキが止まらないけれど」
「……ほんとかよ」
「なにか言いたそうね」
「なんでもねえよ」
 彼女はくすっと笑った。

 本当は知っている。彼女がなにかを隠していることを。
高校一年の頃から二年間交際しているけれど、彼女が俺に打ち解けてくれたことは一度もない。どこか壁を感じるのだ。だからこそ今日まで営みを持ちかけることができなかった。

「まあ、さ」
 俺は横を向いて言った。
「なんか抱えるもんあるんなら何でも言えよ。俺が全部受け止めてやるからさ」
「……へえ」
 相変わらず冷静な彼女だが、口調がほんのわずかだけ揺れていた。
「わかったよ。そのうち、ね」

 いつでも待つ。
 初めての彼女だからって理由だけじゃない。なんとなく彼女を見捨てては危ないと、俺は二年前から直感していた。

 なけなしのコーヒー代を奢り、コーヒーショップを出た。バイトもしていない俺にはカフェデートが限界だ。
 隣の彼女は首をマフラーで包み、両手に息を吹きかけていた。身体をぶるぶる震わせている。そういえばもう十一月か。

「平気か?」
「なにが?」
「すげー寒そうじゃん」
「寒そうって、隆弘くんも寒いでしょ」

 そうじゃない。
 育美は生まれつき病弱だ。持病を患っているわけではないが、これまで何度も風邪を引いては学校を休んでいる。怖いのだ。彼女という存在そのものが、いまこの瞬間から、そっくりそのまま消えてしまいそうで。

 俺はふっと右手を差し出した。
「繋ごうぜ」
「なにを?」
「馬鹿。言わんでもわかるだろ」
 彼女はふっと笑うと、同じく手を差し出してきた。冷たい肌の感触が直に伝わってきた。俺はその弱々しい手を握り締めた。

「あったかいんだね、隆弘くんの手。知らなかったよ」
「……そうだな」
 二年も付き合って、手繋ぎもこれが初めてである。

 俺たちはそのまま、無言で歩き始めた。街の人通りは少なかった。冷たい風が、そわそわと落ち葉を運んでいく。
「あのさ」
 唐突に彼女が言った。珍しく、視線を落としたままである。
「本当に私で良かったの?」
「……どういうことだ?」
「ごめん、なんでもない。忘れて」
 彼女は顔を落としたまま上げようとしない。

 質問の意図を問いただしたいところであったが、彼女が口をつぐんだ以上、無闇な詮索は気の毒だった。代わりに俺は言った。
「とりあえず、俺はおまえと付き合って後悔したことはない」
 返事はなかった。ただこっくり頷くのだけが見えた。

 ほどなくして彼女の家に到着した。ごく一般的な一軒屋。誰もいないから安心してと言いながら、彼女は家のドアを開けた。
「おじゃましまーす……」
 おそるおそる玄関に足を踏み入れる俺。

 からかうように彼女は言った。
「なに、緊張してんの?」
「馬鹿。おまえは住み慣れてるだろうが、俺にとっちゃ初めての場所だ」
「違うでしょ。童貞だからでしょ」
「そういうおまえはやり慣れてるのかよ!」
「ううん、私もはじめて」

 お互い初めてにしては、彼女に主導権を取られすぎているような気がする。俺はなんて悲しい男なんだ。
 彼女の部屋は二階にあるらしい。俺は彼女に案内されるがまま、女の子の部屋に人生で初めて入った。 
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