小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~
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第四話 何とも微妙だよ逃げ切れなかったよ
前書き
グリルパルツァー十一歳。そろそろ貴族社会に本格的に関わり始めるお年頃。
今回はコネ探しに挨拶回り。
けど、そうそういい縁故って転がってないのよね。
ろくでもないコネならすぐに見つかるけどさあ!
帝国歴四七三年十月三十一日、帝都オーディン、マールバッハ伯爵邸。
「黄昏は去り、我らを封じ込める夜の帳は取り払われた。これより後は、太陽が昇るのみであろう」
『…空腹だ』
三代前のマールバッハ伯爵であった山羊髭の老人コンラート・フォン・マールバッハ大伯──大お館様がほぼ同じ年の頃の老従者ヨーゼフの急かすような視線に気づくこともなく続ける乾杯の前の一言はすでに三十分近くに及び、俺は食欲と伯爵丹精の庭園の青々とした芝生を寝床に倒れこみたいという欲望と戦いながら、必死で壇上を見つめていた。
この日伯爵邸では、新たに当主となったオスカー公子──原作で言うところのオスカー・フォン・ロイエンタール──の一門へのお披露目の宴が開かれていた。
貴族社会での栄達を目指すと決断してから数年間、──無論、貴族社会が崩壊しかねない事態が発生した時のため保険は幾重にもかけてある──俺の人生は驚くほど平穏だった。
平穏といってももちろん何もなかったわけではない。
父上を引き立ててくれたマールバッハ伯爵家は奇跡といっても過言でない復活の階段を駆け上がり、復活の立役者となった父上やロイエンタール男爵は目覚ましい出世を遂げていた。
転生前に読んだ原作小説では『三代目ぐらいの皇帝としては優れた人物』と言われたロイエンタールの父ゲオルグ──家宰様は息子に負けず劣らず、ことに金銭を稼ぎ出すということにかけては、息子に数倍する才覚の持ち主だったらしい。
ほんの十年前までは『叛徒との戦いに決着が着くのが早いか、マールバッハ家が借金を完済するのが早いか』と、つまり永久に完済は不可能であろうと陰口を叩かれていた巨額の負債はこの年の時点で父上曰くの『きわめて常識的な金額』つまりもとの五十分の一ほどにまで減少し、伯爵邸は日に日に満ちてくる活気に溢れていた。
俺が父上に連れられて初めてご挨拶に参上した五年前の火が消えたような、いや廃墟同然の状態が、いや先代のマールバッハ伯爵、先のお館様が手放した特別債権を家宰様が投資家としてオーディンの金融界に張り巡らせたコネクションを通じて『魔術のように』取り返し伯爵家の信用が回復した四年前、伯爵家の収入がもとの数倍に増え、それに反比例して屋敷を訪れる債権者や催促の手紙が減って生気が戻ってきた一昨年さえ悪い夢であったかのように思えるほどに。
無論家宰様の手腕もさることながら、父上をはじめ家宰様が見出した人材の活躍もあったことは言うまでもない。
自慢だが、マールバッハ家の特別債権の回収といくつかの荘園の買い戻し交渉には父上こと帝国騎士ディートリッヒ・フォン・グリルパルツァーも大いに働いた。
だからこそ、この宴に招待してももらえたし俺がくっついてくることもできたというわけだ。
「ゴールデンバウム王朝に栄えあれ!マールバッハ家に栄えあれ!」
「栄えあれ!」
大お館様がようやく乾杯の杯を掲げ、一同が唱和すると、伯爵邸の庭園に音楽と待ちかねていた人々の歓談の声、笑い声が満ちた。
新しいマールバッハ伯爵の一門へのお披露目はこれで終わり、あとは無礼講の宴である。
俺もようやく緊張を解くことができてほっと一息だ。
功労者とはいえ単なる縁者で爵位も帝国騎士に過ぎない父上のおまけにすぎない俺はこのお披露目にいかなる責任も負っているわけではないが、粗相をして父上の顔を潰すわけにはいかない。新参者、成り上がり者の気遣いだ。所詮商人といって許されるにも限度がある。まったく、肩が凝ることこの上ない。
疲れを感じた耳に朗らかな音色が聞こえてきた。
お抱えの楽団が青春の女神イドゥンを題材に取った楽曲を奏で、オーディン有数の歌手が神々の黄昏を生き残ったトールの息子マグニの物語を歌いあげた歌を歌う。絵に描いたような自慢丸出しの選曲である。だが誰一人苦笑する者も呆れる者もいない。同じ貧乏伯爵でも成り上がり者が自力でない復活を自慢すれば皮肉の一つも言われたであろうが、名門を超えて屈指の名門といっても過言でない格式を持つマールバッハ伯爵家にそのような口をきく者はもはやおらぬ。
そう、もはや、おらぬ。
五日前、帝国歴四七三年十月二十六日。
『父上が見たらさぞかし目を細めたであろうの』
典礼尚書からマールバッハ家の現状について報告を受けたフリードリヒ四世──皇帝陛下の一言で、廃絶も覚悟しなければならない状態だったマールバッハ伯爵家は十五歳となったオスカー公子、オスカー・フォン・マールバッハを後継者として存続することが認められた。
名門が名門の名にふさわしい勢家に立ち戻った以上、つまらぬ嫉妬心を口にしてマールバッハ一門の、特に家宰様、ロイエンタール男爵の不興を買い不遇を落掌するがごとき愚行は避けるべきであった。なにせ家宰様は金策家としても企業家としても未だ現役なのである。どんなに少なく見積もっても、あと一世紀は伯爵家が再び破綻の淵に突き落とされることはあるまい。むしろ、誼を結ぶことで豊かさのおこぼれにあずかれる可能性の方がはるかに高い。
マールバッハ家の目覚ましい復活ぶりや優れた血統の持ち主を見抜いて縁組し、家運を建て直した伯爵の眼力すなわちマールバッハ家の遺伝子の優秀さ、そんな慧眼の伯爵の血や、ルドルフ大帝以来血を高めることに努力を重ねてきた立派な帝国騎士の血を賞賛し、二つの血を合わせ持つオスカー公子が優れた血をいかんなく発揮しマールバッハ家をかつて以上の隆盛に導くであろうとほめちぎりこそすれ、皮肉ややっかみなど口に出せようはずがない。特にマールバッハ家の家運が傾くや他の権門に尻尾を振っていたような輩──哀れで滑稽な裏切り者たちの名前はその裏切りの数々とともに、俺も読むことを許された図書室の記録類にことごとく記録されていた──は口だけでなく、表情筋や姿勢制御筋までをも徹底して管制下に置き、目をつけられぬように注意を払っていた。
父上について挨拶回りに会場のあちこちを移動する俺の口にも連中ほどじゃないが、目に見えない錠が幾重にもかけられている。うっかり妙なことを言ってしまえば、原作口調とこの数年の間に習い覚えた礼儀作法だけでごまかしきれるものではない。あのふざけた悪魔の整えたこの貴族社会という舞台で生き残り、人生の勝利者になる計画も野望も全て水の泡だ。
「ご無沙汰いたしております」
「ごぶさたいたしております」
「おおディートリッヒよ、そなたも息子も息災のようでなによりじゃ。アルフレットよ、今日は楽しんでゆくがよいぞ」
「ありがとうございます」
にこやかに微笑む老婦人、先代のマールバッハ伯爵夫人アーデルハイド──大お方様に十一歳の子供らしくお辞儀をしたり、手ずからお菓子を賜る光栄に驚くふりをしながら、俺は視覚と聴覚を司る神経と海馬を全開にしてこの世界を生き抜く伝手を探していた。
やがて挨拶回りも一段落し。
父上は家宰様と話しこみ始めた。今後のことについてなのか、専門用語の飛び交う会話はアップルサイダーを一杯飲む間、パイをひときれ食べる間には到底終わりそうもなかった。
チャンス到来。
『とりあえず偉そうな奴、話の分かりそうな奴、出世しそうな奴は片っ端から話しかけてみるか』
空腹を覚えたふりをしてその場を離れると、俺は料理の小皿とアップルサイダーのグラスを持っていくつも繋がった庭園を歩き回った。
貴族社会を生きると決めた以上、人脈作りは重要である。出世も生き残りも、コネが物を言う。幸いマールバッハ家一門や末流の家々や郎党、縁者で軍や官界に地位を得ている者は少なくない。主庭園だけでも飾りのついた礼服の将官、高級士官やいかにも位の高そうな文官がぞろぞろ、数えるのも一苦労。
素手で捕まえられる渡り鳥のように群れている。
なにせマールバッハ伯爵家は名門中の名門、ルドルフ大帝以来の名門である。初代当主エーリッヒは大帝が提督であったころには群司令の一人として、銀河連邦の議員だったころには後世に悪名高きエルンスト・ファルストロングとともに大帝の腹心として骨身を惜しまず働き、ゴールデンバウム王朝が成立すると同時に伯爵の位を授けられた。何度か皇室から皇女の降嫁を受けたこともあって侯爵・伯爵級の貴族の中では家格は抜きんでて高い。一門分家も十八家を数え、先々代の伯爵、大お館様の時代まではブラウンシュバイク、リッテンハイム、カストロプといった諸家と肩を並べる繁栄を誇っていた。二世紀前にはただの庭師の倅でありながら、一門で一番下の男爵の家に出入りしているというだけで、貴族と平民を隔てる『准佐の壁』『中佐の壁』を飛び越えて大佐に昇進したばかりか准将閣下の称号を帯びるまでになった者がいたほどに、威光は輝いている。
オスカー公子──新しいお館様やアーヴェルカンプ伯爵、ハックシュタイン伯爵、リリエンクローン子爵、クナップシュタイン男爵、レーリンガー男爵それに家宰様すなわちロイエンタール男爵といった一門のお歴々や父上と同格の、あるいは先刻例に出した准将のような縁者を先祖に持つ帝国騎士に直接間接の人脈を作っておくことは、俺の将来にとって大きな武器となる。
原作で有能さを評価されていたキャラクターと懇意になることができれば、最高だ。
『探せ、探せ、コネを探せ~♪』
平民向けのソリビジョンドラマの主人公、サイオキシン麻薬組織に探偵だった兄を毒殺され事務所を引き継いだ少年探偵ライヘンバッハ、あるいはその相棒の美少女シェリーさながらに、子供であるのをいいことに立食パーティーの会場を目を皿のようにして、俺は歩き回った。
「アルフレットぼっちゃまー!どちらへおいでですかー!」
俺がいなくなったのに気付いたアルノルトがランズベルク文庫に所蔵された喜劇大全集の『物知らずの煙出し執事』あるいは『赤髪のできそこない家令』のようにうろたえて探し回っている姿が庭木の向こうにちらちらと見えたが、誰とも話さないうちに戻ってやるつもりはなかった。
偉そうな大人たちに原作のラインハルトさながらに礼儀を売り、トリューニヒトさながらに笑顔を売り子供相手にささやかな友情を結びながら、一門の方々のいる主庭園をゆっくりと回る。あまり知らない顔の大人なら一門の方々の周りをうろうろすれば問いただされもしただろうが、俺はまだ子供の上に伯爵邸には父上についてたぴたび参上しているからマールバッハ家の警備兵にも給仕その他の係にも知った顔が多い。さらに言えば今日父上はすみっこのほうではあるが、主庭園の招待客。おかげで俺はどこへ行くのも誰と話すのもほとんどフリーパスだった。
この有利な条件を活かさない手はない!
「お初にお目にかかります、アーヴェルカンプ伯爵閣下。アルフレット・フォン・グリルパルツァーと申します。以後お見知りおきを」
「なかなか利発だな、セバスティアン。我が家の子にもこれほどの才気を持つ者はおらぬ」
「はい、旦那様」
「僕はアルフレット。君は?」
「ルーカスだ。ルーカス・フォン・レーリンガー」
「君とはいい友達になれそうだな。今度、いとこのマルカードとも会ってやってくれないか」
どことなくOVAに出てきたクナップシュタイン艦隊の副司令官みたいな銀髪の伯爵──卑劣な背信行為をしたら殺されそうな顔だ──と従者に執事長や従者のみなさんに教わった通りのお作法でお辞儀をし、数分後には金髪に八の字髭のレーリンガー男爵の後ろでちょっぴり所在なさげにしていた俺と同年輩の明るい金髪の少年にアップルサイダーを取ってやりと動き回って、名前と顔を売り込む。まるで選挙期間中の泡沫候補、当選ぎりぎりの候補者のような節操のなさだが、実際似たような立場なんだからなりふりかまっていられない。遭遇した奴が原作で馬鹿扱いされていた奴でも、OVAのクナップシュタインの三十年後といった容姿の、いかにも要領の悪そうなクナップシュタイン男爵であってもガイエスブルク要塞で捕虜になって愛想笑いを浮かべていた貴族であっても──メインテーブルから少し離れたところで迷惑そうな男爵につまらない話を長々としていた太った貴族の赤ら顔は見間違いようがない──舌打ちなどせずに笑顔をふりまくとも。能力的には微妙な奴やその親戚?とはいえ、コネには違いないのだから。
繰り返すがこの帝国、貴族社会で生き残るには何をおいてもまずコネ、顔の広さだ。門閥貴族、権門と繋がりがあるとないのでは、繋がりが太いのと細いのでは出世も、危なくなった時の保護の手厚さもまるで違う。
『いいぞいいぞ、この調子でコネを作りまくってやる!』
躾がよく才気にあふれた美少年を演じながら──もちろん、原作のグリルパルツァー同様実際に才気を研ぎ澄ますことも怠ってはいない──、帝国騎士たちの集まっている庭園、上層平民が集められている庭園そして子供のために遊園地が用意されている小庭園と歩き、たっぷり百人とも話しただろうか。
行動開始から正確に二時間後。
ご一門の方々や末流、縁者の帝国騎士がたのほとんどとは挨拶だけだったが、何人かとは形式的な挨拶以上の会話をして顔を覚えてもらえた感触を得て、俺はささやかな冒険を終えた少年の顔でアルノルトの前に現れて驚かそうと小庭園から主庭園のほうへと足を向けた。
あまり売りこみ過ぎるとがつついた成り上がり者だと蔑まれてしまう。引き時を心得るのも出世のためには重要だ。
だが、そうそう都合よく事は終わらなかった!
運命の神は俺の願いを過剰なほどに聞き届けてくれるつもりらしかった。
「ハンス!ハンスどこなの!…そこのお前、ハンスを見かけませんでしたこと?」
「いいえ、奥さま」
いかにも位の高そうな貴婦人に呼び止められたのが、喜劇と言うより他に表現のしようのない第二幕の始まりだった。
「うわああああーん、ロベルトぉーーー」
「ちちうえーーーー、ははうえーーーーー」
「大丈夫だよ、あそこにいる大尉さんがきっと父上母上を見つけてくれるから」
大人にはきはきとあいさつし、背筋を伸ばして歩く俺は迷子の子供にとって頼もしく映ったらしく。遊具を移動するたびに俺は迷子の子供にしがみつかれたり泣きつかれる羽目に陥ってしまったのだった。
これもコネ作りの目的を果たしている、目的にかなっていると言えなくもないが、なんとも爽快感とも高揚感とも無縁の果たし方である。文句など言えた立場ではないが、大声で文句を言ってやりたい、文句を。
『帝国貴族は数千家。そして迷子は数千人…なんて冗談じゃねえ!』
泣き叫ぶ男の子と女の子の手を両手に引いて、さらにその数倍の人数を背負ったり背後に引き連れて漫読家、正確にはその役をしている警備の大尉が迷子の子供たちのために『アッテンタートの若君』──神聖王国の奸臣、騎士アッテンタートが国王の飼い猫である太った猫のお守りを任せられてどぶにはまったり、鼠まみれになったりするという場面が良く知られている喜劇、おそらく原作は二十世紀のとある迷、いや名作だろう──の絵本を読んでやっているあずまやのあたりにやってきたときには、俺は脱力感でいっぱいになっていた。
迷子を保護した功も将来的にはコネの素になり、出世の役に立つことは間違いない。
だが、加減を知らない子供の暴れ泣きの凄まじさ、躾のなってない貴族の子供の暴れ方はそんな計画さえ一瞬忘れさせるほどに壮絶だった。
「わあああーーーーーん!!」
「いけません、若様、模型といえど、皇帝陛下の戦艦でございますぞ」
「平民の小娘の頬など打たれては尊いお手に、皇帝陛下から賜ったご家名に傷がつきます」
原作を読んで貴族に言うことをきかせる魔法の呪文を知っているとはいえ、呪文を聞かせるまでが一苦労。癇癪を起こして暴れたあげく戦艦の模型を叩きつけようとする貴族の若君の手を失礼にならないように押さえ、迷子になったのを家臣の子のせいにして制裁しようとするビア樽のような体型の姫君を自尊心に訴えつつ制止するという作業は大変などという代物ではなかった。
「ヨハンだけじゃなく僕ともはぐれてしまって、グレゴールはさぞ心配しているだろうな。父上に叱られていなければいいけれど」
「大丈夫さ。俺と一緒に若様がた姫様がたを護衛していたと言えばいいよ…とりあえずこちらの若様をお慰めしてくれないか」
途中で出会った、家臣と一緒に迷子の弟を探しているうち自分もはぐれてしまったらしい赤毛のまともそうな奴──なんとなくクナップシュタイン男爵に似ている気がする──を上手な嘘のつき方を教えて励ましつつ援軍に引き込んでも、大変さはまるで変わらず。ルドルフ大帝は人生のうちで最も激しい戦いにおいて一秒間に十一回ファイエルと叫んだという伝説があるが、それに匹敵する回数口を開いて手を動かして若様姫様たちの足を前に進ませる作業は幼年学校の入学試験の予想問題よりもライヘンバッハの挑む迷宮入り事件の謎より遥かに難しかった。
「失礼ですが、若様…お付きの者はご一緒ではないのですか?」
幼稚園児ぐらいの姫君を背負い、若君と姫君を一人ずつ手をつなぎ、さらに十人近くを連れてやってきた俺たちに漫読家の役をしていた大尉と、この迷子預り所の副隊長格であるらしい、赤い髪を短く刈り込んだ男前の少尉が恐る恐る声をかけてきたとき、俺は心底ほっとした気分になった。
「帝国騎士ディートリッヒ・フォン・グリルパルツァーの嫡子、アルフレット・フォン・グリルパルツァーです。若様がた、姫様がたはお付きの者にもパーティーを楽しんでくるようにとおっしゃられました。私たちだけで遊園地を楽しもうと僕らを誘ってくださったのです」
俺はさっきのまともそうな奴と二人、若君たち姫君たちをかばうように身を乗り出すと、真摯な表情を作ってあらかじめ考えておいた『事情』を説明した。身も蓋もない事実はもちろん隠蔽する。出世のためには。優秀な遺伝子を持つはずの貴族の子弟が平民もいる前で迷子になるなどあってはならない醜聞である。下手をするとそれだけでお仕置き、厳格な家なら廃嫡の話さえ持ち上がりかねない。そこを弁護してお仕置きの危機廃嫡の危機を救ったとなれば、うまくすれば若君たち姫君たちは以後俺の味方になってくれるかもしれない。あるいは事情を察した親が俺に目をかけてくれるかもしれない。そうなればマールバッハ家の縁者としてある程度の速度が約束されている出世は加速すること間違いなしだ。
「そうです。アルフレットの言うとおりです」
「分かりました。お父上お母上たちには小官が責任を持ってそうお伝えしましょう」
同じように打算を巡らせたのか、まともそうな奴が間を置かずに力説した。赤毛のいかにも生真面目そうなそいつの真剣なまなざしに同じ赤毛として心打たれたのか、少尉が力強く頷いて部下に若様姫様たちの身元を紹介するよう命令した。
事情説明した俺よりも頷いただけのこいつのほうが扱いが上か。俺は何とも複雑な気分になった。これもあのふざけた悪魔の悪意であろうか。その辺の木の上で笑い転げていたら、石の一つもぶつけてやろう。
だが残念なことに、複雑な気分を晴らす機会はやってこなかった。真剣な気持ちで丹念に探したにもかかわらず。代わりに訪れたのは、声も出なくなるような事態だった。
「ベルトラム少尉、データ出ました」
『!』
「早いな」
「こちらの若様は帝国騎士グリルパルツァー家ご嫡男、アルフレット・フォン・グリルパルツァー様、こちらは帝国騎士クナップシュタイン家ご嫡男、ブルーノ・フォン・クナップシュタイン様」
『!!!』
原作の有能キャラと出会うことはできたが…よりによって肝心な時に役に立たない、要領の悪いこいつか。しかもこの様子ではコネとしてよりも同格の相棒として付き合うことになりそうだ。
最初の一人プラス少尉の名前を聞いた瞬間俺はへたりこみたくなった。強烈な衝動に耐え得たのは我ながら自賛したくなる精神力だ。
そしてアルノルトと原作の相棒のお守り役を連れてきた兵士の口から大尉の名前を聞いた瞬間、俺の精神の機能は完全に凍りついた。
「レンネンカンプ大尉!グリルパルツァー家家中アルノルト・スタローン殿、クナップシュタイン家家中グレゴール・シュワルツネッガー殿をお連れしました!」
『完全オリジナルってなー、なかなか客がつかねえからよぉ。仕入れたポップコーンとコーラ捌くために、相棒出してやったぜぇ。せいぜい仲良くしてやってくれや』
「おいアルフレット?大丈夫か?」
心配顔のクナップシュタインやアルノルトに強がってみせることも忘れ、俺は茫然と立ち尽くすばかりだった。
『ああ、忘れてた。髭も出したな』
なんだかよくわからない遊具に乗ってこの物語の観客用と思しきコーラとポップコーンを自分で消費している悪魔に石を投げる気力もなかったのは言うまでもない。
かくして成果と成果をはるかに上回る疲労感のうちに、俺の最初の大作戦は終幕を迎えたのだった。
後書き
なんかギャグ色が濃くなった気がするのは気のせいでしょうか。
でも本人は真剣ですし実際、出世の役に立っていくんですよね、この喜劇。
ラインハルトにはバカ呼ばわりされたルーカス・フォン・レーリンガーとマルカード・フォン・ハックシュタインだって門閥貴族の子弟としてはとびきり優秀な水準なわけですし。
出世の足がかりにならないはずはないですよね。
(2016.5.30)
後半部分を大幅加筆しました。
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