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魔術師にとって不利な世界で、俺は魔法を使い続ける

作者:@ひかり
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 2047年12月

 月光を反射し銀色に煌めいたシミターが、俺の腕を浅く抉る。
 二撃目が来る。回避は間に合わない。
 一瞬で悟った俺は、二段目の突きを正面から受け止め、勢いを弱める。策が功を成し、被ダメージを軽減する。それでも視界の端に常に写る、時に死へのカウントダウンを刻む青色のゲージは一割ほど減少し、先程までの弱ヒットの影響も合わせて万全域(ブルーゾーン)から安全域(グリーンゾーン)へと変化する。
 日常生活なら冷酷な印象を持つ青色より平和な印象を持つ緑色の方が安心感は上だ。しかしここはそんな常識が通用する場所ではない。そのゲージが色を変え、いずれ透明に変わった時、バーチャルだろうがリアルだろうが、俺は死ぬ。こちらでは俺の存在が消え失せ、現実では全てを失い、来世に願いを託すことになる。今でも時折その事を思い浮かべては、体の芯から震えが伝わる感覚がある。
 しかしそんな恐怖に慄いている暇は無い。過去の経験からそのことを十分に理解している俺は、ゲージの減っている間も次にどの手を打つか考察する。
 刺突の勢力により大きなノックバックが発生するも、俺は敢えてそれに抗わない。そのままの勢いを保ち、数メートル転がり、立ち上がる。
 回転力が脳に眩暈を叩き込み、視界がぐらりと揺れる。頭を振って強制的に眩みを追い出し、杖を構える。
 いい間合いだ。
 元々俺は魔術師。近距離では攻撃は当たらないわ耐久力の低いパラメータに物理攻撃が入るわで、どころか大きすぎるハンデを背負い、大概は大苦戦になる。しかし遠距離ならば……。
☆今俺がいるのは、ユグドラシル第50区。木々がエリアの8割程を覆う、鬱蒼とした林のような区で、実際俺は樹木の網目を縫うようにしながら戦闘を行なっている。相手の背後には、この区では珍しい、木々のない石の地面が見えている。
 目の前に相対する怪物――二足歩行の巨大な狼の骨格、緩く弧を描く刃に鉄製の盾を持つ52レベルモンスター、スカルフマン――に意識を集中する。何の感情も示さないぽっかりと空いた眼の奥に揺れる青い炎。次の動きを読む。
 右から突っ込んでくる!
 カリッ、と骨が擦れる乾いた音がする。先程から何度も聞いた、突進系剣技の合図だ。
 予想違わず一旦左に逸れ、真っ直ぐに突っ走ってくる。その骨だらけの体を魔性の鎖が絡め捕り、地面に叩きつける。バインド系拘束魔法、アンフィル・チェイン。俺の予想と全く同じルートを通って来た。非情の名〈unfeeling〉の一部を冠すその魔法は、強固な拘束で骨狼を大地に留め、離さない。
 手を緩めず二種類の魔法を続けざまに発動する。水属性と雷属性の魔法だ。幻想の波が相手を包みこみ、同時に鎖を押し流す。その一瞬後、雷が鳴り響き、濡れた物体に多大なダメージを与え、一気に敵のHPが危険域(レッドゾーン)へと減少する。
 宙を舞った骨の体が、遠雷によって白く眩く瞬く。その少し下、骨の落下予想地を、新たに発動させた魔法による爆炎が包み込む。膨大な爆発音が轟き、熱風が俺の後方へと吹き抜けて行き、背中に垂れる髪を荒らす。
 残り少なかったスカルフマンのHPが残らず消滅し、大地へと仰向けに倒れ伏した。その体が一瞬黒く染まり、大気を震わすような大音量の破砕音が響き、ガラスのように透き通った青いポリゴンの集合体となって爆散した。
「はっ……はあっ、はあっ」
 知らず知らずの内に息を止めていたせいで乱れた呼吸を強引に整え、脇の林へと身を潜める。大木の幹を背に崩れるように座り込み、少しの間張り詰めていた精神を落ち着かせる。
 倒れ込んだも同然の様子で座り込み、すぐさまメニューウィンドウを開く。薄いクリアブルーの中で、一際濃い青色で示されたデジタル時計は、夜の10時を回った現在の時刻を示している。ついさっきまで西の空を紅く染めていた太陽が、今は何処にも見つからない。代わりに月と星々が地上を申し訳程度に照らし、あたりは闇が支配している。
 夕暮れから夜は時間が立つのが早い。暗いせいで無意識に警戒心を張り巡らせているせいか?
 答えは出る気配がない。
 既に時は12月。寒風が肌を撫で、刺すように冷え込んでいる。
「……帰るか」
 短く呟くと、そうそう離れていない第50区の街区《ギルゲート》の明りを目指すべく立ち上がる。久々に朝から夜まで戦闘しっぱなしだった。ここ最近は精神休養のため2,3日ほど長時間戦闘は避けていたのだが、そろそろいいかと思った瞬間コレだ。
 この問題は精神科医にでも行かない限り解決するのは不可能だろう、と自分の中で区切りをつけ、遠目に見える柔らかな光を目指して歩き出した。
 明日は最前線であるこの50区の外区に攻略には行かずに買い物でもするか、等と考えを巡らせる。
 周りにはプレイヤーは一人も見当たらないものの、それには慣れている。夜風に吹かれる中、俺は明かりで満ち溢れたギルゲートの街門を潜った。 
 

 
後書き
 ハイッ、どーも@ひかりでございます。
 突然ですが、新たに書き始めるにあたって、幾つか注意した箇所を書き記したいと思います。
・文章中の主人公の表示について
 名前がカタカナだと名前を書くときにちょっとヘンになるかなぁー、と思って主人公を表す時は「俺」にしています。
・更新ペースについて
 基本的にはマイペースでいこうかと思っています。前にあまりにもペースを意識しすぎてパニクって、酷すぎる文章挙げちゃってた時期があったのでそこはご了承下さい。
・あとがきについて
 これからは出来る限り毎回書いていこうと思っています。多少どころか9割ふざけてもいいので頑張ろうかな。楽しいあとがきを目指します。
 今回はあとがきがマジメな@ひかりでした。 
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