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我が子

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3部分:第三章


第三章

「お腹一杯ね」
「御前こそな。じゃあ準備するぞ」
「ええ。ところで」
「今度は何だ?」
「最初は何を悩んでいたの?」
「忘れた」
 こう来た。
「何で悩んでいたのかな」
「カレーでも焼肉でも哲学でも宇宙でもないわよね」
「インドでもドイツでもない」
「映画でもオペラでもないわよね」
「何だったかな」
 京介は完全に忘れてしまっていたのだった。
「何だった?」
「覚えてないの?」
「ああ」
 騒ぎに夢中でそんなことは完全に忘れ去ってしまっていたのだった。見事なまでに。
「何だったかな」
「全く。どういう記憶力してるんだか」
 口を尖らせて夫にクレームをつける。
「そもそも最初に何を悩んでいたのよ」
「それが覚えていないんだよ」
 憮然として妻に答える。
「子供のことだったか?」
「子供!?」
「ああ。覚えていないんだよ」
「全く。そんなのだから」
 歩美はまた京介に対してクレームをつけてきた。
「あんたは馬鹿だって言われてるのよ」
「俺が馬鹿!?」
 馬鹿と面と向かって言われたので流石に抗議する。といっても二人は常に抗議をし合う関係であるのだが。そういった夫婦なのである。
「誰がそんなことを言ったんだ」
「私よ」
 これまた一言で言い返す。
「私が言ってるのよ」
「御前に言われてもどうってことはないんだが」
「そのわりには随分怒ってるわね」
「御前に言われるのが一番頭にくるんだよ」
 こう言って抗議するのだった。
「一番な。だから頭にきているんだよ」
「じゃあもう一度言ってあげるわ」
「何とでもいえ」
「天保銭」
「随分古い言葉だな、おい」
 京介は天保銭という言葉が何を意味しているのかはっきりと知っていた。それは簡単に言うと馬鹿という意味である。天保時代に造られた天保銭が今一つ質がよくなくそこから今一つ頭の足りない者を天保銭というのである。歩美はそれを言ってきたのである。
「俺が馬鹿だってことか」
「だから天保銭だって言ってるのよ」
 それをまた夫に言ってみせた。
「じゃあアホとでも言うの?」
「誰がアホだ」
「だからあんたよ」
 またまた話がカオスになってきた。
「無茶苦茶じゃない」
「俺はこれでも国語はいつも五か十だったんだぞ」
「それを言ったら私も数学はいつもそうだったわよ」
 歩美もそうだったのだった。
「数学の無敵才媛って言われたのよ」
「何だそのどっかの特撮みたいな通り名は」
「そういうあんたは国語の最終兵器だったわね」
「ああ、そうだ」
 胸を張ってそれに答える。
「いい通り名だろうが」
「プロレスの噛ませ犬の仇名そのままじゃない」
 言葉がきつい。滅茶苦茶でもある。
「それを自分で誇るなんて何考えてるのよ」
「いい仇名だろうが」
「そう思ってるのは宇宙であんただけよ」
「何っ、宇宙だと!?」
「そう、宇宙一の馬鹿よ」
 はっきりと言い切ってみせた。
「あんたはね」
「じゃあ御前は宇宙一のアホ女だ」
「アホ女!?」
「アホじゃなかったら何だ」
 ムキになってまた言い返す。
「トンマか!?」
「トンマ!?よくもまあ」
 歩美もまたムキになっていた。
「言ってくれるわね。この無敵才媛を」
「何度でも言ってやる。俺を馬鹿なんて言う奴はな!」
「言わせておけば!」
「許さん!」
 こう言い合っていると。何時の間にか側に見慣れない背の高い美人がいた。目はかなりきつくて身体つきはプロポーションこそいいが肩ががっしりとしていて筋肉質である。黒い髪をソバージュにして青いアイシャドーをしている。赤いタイトのミニと黒いストッキングがよく似合っている。白いセーターからははっきりと胸の形が浮き出ている。はっきりとした目元がかなり印象的である。二人はその彼女を見て動きを凍らせてしまった。
「ね、義姉さん」
「お姉ちゃん」
「全く。いつもいつも」
 何と彼女が歩美の姉だった。何故かいきなりここに出て来たのである。
「喧嘩ばかりして、しかも途中から言っている意味がわからなかったわよ」
「あれ、そうか?」
「わかるわよね」
 二人は顔を見合わせて言い合う。自覚はないのだった。
「何を話しているのか」
「カレーだの哲学だのね」
「あれでわかれっていう方が無理よ」
 美女は口を尖らせて二人に抗議するのだった。
「カオスな喧嘩ばかりして」
「カオスじゃないですよ義姉さん」
「コスモよお姉ちゃん」
 二人はこう言うのだった。
「それがどうしてカオスなんだか」
「わからないわよ」
「わかるようにするにはもっと真っ当な喧嘩をしなさい」
 その二人を叱って言う。
「最初から滅茶苦茶だったじゃないの」
「最初から!?」
 歩美はやっとその言葉に気付いたのだった。
「お姉ちゃん、今最初からって言ってたわよね」
「ええ、そうよ」
 美女は妹に対してきっぱりと答えた。
「さっき言ってたじゃない」
「じゃあ良美義姉さん」
 京介もここで気付いた。
「最初からここにいたんですか」
「そうよ、迎えに来たのよ」
 その美女良美はまたしてもはっきりと答えてみせた。
「あんた達をね」
「迎えにってどうしてよ」
「俺達子供じゃないですよ」
「子供じゃなくても頭はあれでしょ」
 彼女は二人に対してこう言った。お互いで言い合うのとはまた意味が違っていた。
 
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