鬼の野球
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6部分:第六章
第六章
「あんたは。どうしたいんだ?虚陣に行きたいべか?」
「東京だよな」
真似得流は猟師の問いに答えずにこう尋ね返してきた。
「あのチームがあるのは」
「んだ。東京だべさ」
「東京か」
東京と聞いて考える顔になるのだった。
「おら、あそこは好きじゃないだ」
「好きじゃないべか?」
「んだ。落ち着かないだ」
浮かない顔でこう述べるのだった。
「ごちゃごちゃして。人も冷たいし」
「それはよく言われるこったな」
「好きじゃないし。それに」
「それに?」
「やっぱり東北が一番べさ」
猪の肉を頬張りつつ猟師に答えるのだった。
「おらにとっちゃ。ここが一番いいべさ」
「けんど。金弾むのは間違いないべ」
猟師は今度はこのことを彼に話した。
「金は。凄いべ」
「それはわかってるだ、おらも」
それについては真似得流も聞いていた。そのうえでまた言うのだった。
「極楽なんか比べ物にならない位だべ?」
「んだ。マスコミはやっぱり金持ってるだ」
「おら金はどうでもいいだ」
真似得流はここで金は拒んだ。
「ただ野球がしたい。それだけだ」
「じゃあ虚陣には行かないだべか?」
「あのチームは大嫌いだ」
今ここではっきりと言い切ったのだった。その言葉に偽りはなかった。
「だからおら。極楽に残るだ」
「それはもう決めてるだか?」
「変えるつもりはないだ。全く」
「そか。じゃあそれを会見で言うだべな」
「そのつもりだべ。けんども」
「けんども?」
「おら、どうしても腹の立つ奴がいるだ」
ここで彼は顔を顰めさせて猟師に言ってきた。今度は葱を食べている。その葱でまた一杯やりながら猟師に対して言うのであった。
「あいつだけは黙らせたいだ」
「誰だ?それは」
「米輔だ」
自称野球通の落ちこぼれ落語家だ。下品で卑しい顔と性根を持っておりその虚陣の太鼓持ちとして日本国民の前にその下劣な姿を晒し気付くことのない愚劣な輩である。以前ある騒動で相手を馬鹿にした顔を見せ国民の総攻撃を受けたことがある。何の芸もないというのにしゃもじを持って他人の飯を漁ることで生きている。人間というものはここまで卑しいものになれるということの生き証人でもある。人類の恥である。
「あいつはいつも虚陣の太鼓持ちばかりしておらに極楽を捨てて虚陣に入れと喚いてるだ」
「あれは馬鹿だべ」
猟師もこう言って切り捨てる。
「相手にすることはないだ」
「わかってるけんども腹が立って仕方がないだ」
真似得流のこの感情は義憤であった。
「あいつだけは許せないだ」
「けんども暴力振るうわけにはいかないべ?」
「考えはあるだ」
彼はこう答えたのだった。
「そこんとこは任せて欲しいだ」
「何か考えがあるべか」
「んだ」
また猟師に対して答えた。
「任せてくんな。面白いことしてやんだ」
「わかった。じゃあ楽しみにしとくべな」
こう言葉を交えさせながら酒と猪を楽しんだオフの山篭りの一日だった。そしてその次のペナント。極楽は彼のこれまでにない活躍で日本シリーズを制した。相手は奇しくも虚陣であったが見事に初戦から四連勝を収め格の差というものを見せ付けたのだった。
日本一になり胴上げが行われた。その時に彼も胴上げされた。そしてそれが終わってから彼ははっきりと宣言したのであった。球場において。
「おら、極楽にずっといるだ」
「極楽ですか」
「では虚陣には」
「何があっても行かないだ」
グラウンドでマイクを受けてはっきりと宣言したのであった。
「絶対に。何があっても」
「行かれないんですか
「極楽だ」
また言うのであった。
「極楽以外には行かないだ」
「そうですか。ではフリーエージェントは」
「行使しないだ」
言葉は変わらなかった。
「そしてまた来年も虚陣が出て来たら倒してやるだ」
それを聞いて観客もテレビの視聴者達も大騒ぎになった。ネットにおいては早速祭りになる。それだけの衝撃の発言であったのだ。
「今それを皆さんに誓うだ」
「わかりました。それでは」
「また来年も」
「んだ。日本一になるだ」
宣言は続く。
「極楽で」
これで全ては決まった。彼は極楽に残留した。日本国民はこのことに喜ぶばかりだった。何しろ彼は金に転ばずに心を取ったからだ。
しかし。それを快く思わない輩もいた。その米輔である。
「虚陣を断るなんて何様なんだ」
いきなり己のブログに書きだした。
「たかが選手が。何を考えているんだ」
早速これは話題になりこの男のブログは批判の書き込みであふれ返った。忽ちのうちにとある巨大掲示板群の野球関係で話題になり集中砲火を浴びた。出ている番組にも抗議の電話やメール、ファックスが殺到し遂には番組をおろされテレビに出られなくなってしまったのだった。
「いい気味だ」
「自業自得だ」
まさにそうであった。だがそれで懲りたり反省したりするような品性のいい人間の筈がなくまだブログ等で悪態をつくのだった。しかし当の真似得流はそんな男のことなぞ歯牙にもかけていなかった。まさに論語で言う君子と小人の如き差がそこにはあった。
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