宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました
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第二部
狩るということ
じゅうよん
前書き
面白生物を狩りました
昨日、騎士団の監視を終えた私は船へと帰宅し、早々に珪素系生命体である彼らに、コンタクトを取ることにした。
ウィンドウを表示し、フォールド通信を起動した途端、不意に1件のメッセージが舞い込んでくる。
内容を見てみれば、なんと私がいまからコンタクトを取ろうとしていた彼らからではないか。
流石に驚きに目を見張るが、彼らのネットワークの広大さを考えれば、もっぱらあり得ないと言い切れない。
早速、私は送られてきたメッセージの内容に目を通す。
送られてきたタイミングを考えれば、まあ、なんとなく予想はしていたことであり、然して大きな驚きもなかった。
その内容を要約すると、『キミがいまどういう状況であるか、こちら側は把握している。更に言えば、このタイミングで小生にコンタクトを取ろうとしていることも把握している。それを踏まえて聞いて欲しい。単刀直入に言うと、小生はキミを手助けすることは出来かねる。“する”、“しない”、“可能”、“不可能”ではなく、悪まで“出来ない”ということを理解してほしい。最後にはなるが、今後必要になるもの、それを送っておこう。これは、キミのために送るのではない。そのことを充分に理解した上で、利用してほしい。それでは、親愛なる友よ、命あるそのときまで』
……あの野郎共、勝手に観察して、勝手に厄介なモノに捕まりやがったな。
気になることは多々あるが、取り合えず現段階で、彼らに助力を申し込むのは無理だということは確定した。むしろこの先、私が生きている限り、といっても過言ではないかもしれない。
仕方がない。自力で解決方法を模索する他ないようだ。
それに、何かを送ったとあるが、それは私のためではないということだ。で、あるのにも関わらず、『充分に理解した上で、利用してほしい』とある。
では、いったい誰のため、ということになるが、一番濃厚なのはエリステイン、現状私と接点があるのは彼女しかいない。今後それが必要になる人物が現れる可能性もあるが、これまでの経緯を彼らが覗いていたのであれば、彼女と考えるが自然か……。
何れにせよ、送ったというものが何なのか。それが分からなければ予測のしようもない。
兎にも角にも当てが外れてしまったことで、私の現状はなんら変化を起こさなくなってしまった。
さて、どうしたものか……。
私は喉を鳴らして天井を仰ぐ。
――いったい、どれほどそうしていたであろうか。
気が付けば、どうやら自然と目蓋が下りてきていたようで、口の端からはだらしなく涎が糸を引いていた。
それを手で拭って、寝ていたことを隠すようにしょぼしょぼとする視界を瞬きして誤魔化す。
誰に、と言われれば自分に、としか言いようがないのだが……。
そこで、浮かび上がっている立体映像に何となしに目を向けてみれば、私の船のすぐ近くに、赤い点がチカチカと点滅しているのを認める。
「おいおい。幾らなんでも早すぎじゃないですかね」
確信したと言ってもいいだろう。私はその紅点が、彼らからの贈り物だということに何の疑問も抱かなかった。
早速、何があっても良いようにと、私は装備を整えて船を降りる。
紅点の近くに目だった生体反応は認められないが、私に油断や慢心はない。
何故なら、うさぎを狙った横合いから、ライオンが襲い掛かって来ることなど日常茶飯事なのだ。未開の惑星では。
常に神経を研ぎ澄ませ、レーダーに気を配り、光学迷彩で射程範囲まで近寄り、あるいは罠を張って、タイミングを見計らい、確実に、勘づかれる前に一撃のもとに狩る。
それが狩猟というものだと、私は思っている。
もちろん、そう全てが都合良くいく訳ではない。
様々な要因から、白兵戦へ移行するなどということは決して少なくない。
その場合は、相手の虚を突き、弱点を突き、培ってきた技術と経験、そして充実した装備の性能を惜しみ無く引き出し、それを持って素早く狩り取る。
それが私の狩りの仕方であり、戦い方だ。
さて、それでは、受け取りに行きますかね。
―
光学迷彩機能はオフにした私は、目の前にあるそれを瞠目する。
機械。うん、間違いなくこれは機械だ。
私はさらりと凹凸のない表面を撫で、私の星の言語で書かれている文字を読む。
「医療ポット……ね」
人一人がすっぽりと入ることのできる広さの、言わばカプセルのような形状のそれは、上部はガラスのような素材でできており、見た目戦闘機のキャノピーが近いだろうか。
側面にあるパネルを適当に操作してみれば、上部ガラスが真ん中から左右へと別れて収納されることで、人が入れるようになる。
大きさ、そのデザイン。どれを取ってもこの医療ポットが人間用だということが分かる。
我々種族が作るものであれば、もっと大きく、物々しい無骨なデザインであっただろうし、何よりも我々が携帯している医療ボックス一つとっても、鎮痛剤のただの1個も入っていないという蛮族っぷりなのだ。
立体映像をのディスプレイを操作してみれば、局部麻酔から全身麻酔、モルヒネに近い効果がある鎮痛剤まであるではないか。間違いなく、優しさが半分以上ある医療機器であると言えた。
その他にも、出産補助機能や体内のスキャン機能、摘出手術、バイパス手術、縫合はもちろん、なんと四肢再生術まで備えていると、なんでもござれな万能機能を盛沢山に詰め込んだ医療ポットである。
そこまで確認した私は立体映像を一度切り、医療ポットをオフにする。取り合えず、この医療ポットを船に運び入れなければならない。
側面を軽く叩き、爪先で底面を蹴る。
……なかなか頑丈なようでなにより。
一度腕に力を込めて持ち上げると、思ったよりも簡単に持ち上がった。
「このまま戻るか」
下手に身動きが取れないこの状態で襲われそうになったら、このカプセルでぶん殴ってやるつもりだ。
それだけの耐久力は持ち合わせているだろ。
……恐らく。
私は運搬クエストの如く、それなりに駆け足で船へと踵を返した。
―
無事に何事もなく船へと医療ポットを運び終えた私は、早速この医療ポットのマニュアルを浮き上がらせて、各種操作を確認していく。
「バカな……」
読み始めてものの数秒で、私は地に膝をつく。
そのマニュアルの1ページ目に該当する箇所を、私は震える指でなぞる。
『医療ポットの移動に際し、極々限定的な反重力場をポット底部より発生させ、浮力を得ることが可能となっており、本体を押す、あるいは引くことで医療ポットを施術中でも悪路を気にせず、安定して簡単に移動させることが可能です』
や、やられた。
まさかのハイテク機能搭載ときた。
「くぅ……」
しかし、こんなところで躓いている訳にはいかない。
このポットが人間用で、尚且つこんなタイトなスケジュール感の中で私の元に彼らが送り込んだということは、きっと近い将来これが必要になることが起きる筈だ。
崩れ落ちそうになる膝に力を込め、私はマニュアルを読み進めていく。
「コンピューターガントレットで遠隔操作可能ね」
私は左腕のコンピューターガントレットを操作して、医療ポットとの同期化を始める。
私の動体視力を持ってしても、読み解くことが不可能なスピードでディスプレイ内の文字が流れていく。まあ、私には分からないコードの羅列なので、これは黙って待っているのが無難であろう。
そう言えばと、手持ち無沙汰な私は、エリステインを含めた騎士団の動向が気になり空いている端末を操作し、ディスプレイに浮かび上がらせる。
ほとんど動くことのない紅点を眺め、違和感を覚える。
そんなに長い時間、私は意識を落としていないことは分かっているのだが、それにしてもあまりにも動きがない。むしろ、既にこの場から移動していてもおかしくないほどの時間は経過しているはずだ。
ふと、一つだけその一団から離れて行く紅点に気付き、サーチを開始する。
地球風に言えば、『Unknown』といえば分かりやすいだろうか。この星に落ちてから収集したデータのそのどれにも当てはまらず、結果、照合して表示された文字は『未確認生命体』といったところだ。
そういったモノがゆっくりと騎士団から離れて行くのを立体映像越しに認め、溜息を吐く。
なんだか最近このパターンがやたら多い気がする……。
かといって、のこのこと彼女以外の前に姿を出すのは躊躇われる。エリステインが好意的に私を受け入れてくれたのは、はっきり言って異常であると言わざるを得ない。それがこの騎士団全員に当てはまると思えるなどと、都合の良い話は存在しない。
こんなことで頭を悩ませるのであれば、はじめからそこに残っていれば良かったのだが……。
というか、何故私は行動すること前提で脳内を働かせているのだろうか。
腑に落ちなというか、理解している故に、納得しづらいというか……。自分でも難儀な性格をしていると、頭を抱えそうになる。
私は自分に言い訳をして、舌打ちをしながら最悪のパターンを想定して行動に移る。
装備品に関しては、いまのままで取り合えずは良し、一つだけ念のためにと、それを肩に掛ける。
私は左腕のコンピューターガントレットを操作し、船の後部ハッチを開け放った。
―
若干の焦燥感に駈られながら辿り着いた先に見える光景は、正に地獄絵図だった。
そこら中に漂う臓腑の臭いと、飛び散る肉塊。ほどよく水分を含んでいた地面は、雨も降っていないのにも関わらず、いまではいたるところに不自然な水溜まりができている。
私は引っくり返した玩具箱のような一角を、光学迷彩機能を切りながら無造作に歩く。
ヘルメット内で自動的にデータを収集しており、細かくどこの部位か知らせるために忙しなく流れてくる情報を無視し、地面に散らばる一本の破片を無造作に掴みとる。
……左腕、99パーセントの確率で合致ね。
肩に掛けたそれを地面へと下ろし、表面のスリット部分を一度指でなぞり手のひらを押し当てると、機械的な音を鳴らして上部が開いていく。
もわっと内部より白い煙が溢れ、重力に負けて地面へと流れていく。
私が持ってきたもの。それは回収したサンプルなどを低温で保存するための箱のような物だと考えてもらえれば分かりやすいだろう。
正確には、特殊な液体に浸けて腐敗や寄生虫の増殖等を防ぐ物であるが、代用品として申し分ないだろう。
私は彼女の肘から先に位置するその腕を箱にいれると上部を閉じて、再度肩に担ぐ。
その間にも、ヘルメットは勝手に情報を収集していき、微かな音を捉えては私に確認するようにと、促すマーカーが表示される。
虫の息とはよく言ったもので、マーカーの一つに目を向けて、ヘルメットの視覚情報を操作してみれば、言葉通りの彼女を発見するに至った。
彼女と折り重なるようになっている、既に息の無い肉塊をどけてみれば、更に彼女の左足も見当たらない。
かなりの血を流しているのは、低下していく体温で分かっているので、取り合えず左足を見付けるのは後回しにし、我々種族の用いる液体で欠損部位の止血を行う。
意識があれば、かなりの激痛を伴うそれを彼女の腕と足に塗布するが、一度ビクりと反射をしただけで静かなものだ。
まあ、それだけ危険ということなのだが。
取り敢えずの応急処置を済ませ、彼女を抱えて立ち上がる。
体中の打撲に、骨折。肋骨も何本か折れているが、内臓を傷付けていないのは僥倖と言えた。が、重症であることには変わらず、どちらにしろ命が危険な状況に代わりはない。
さっさと船に戻って、医療ポットに丸投げするとしよう。
光学迷彩機能を作動させ、彼女の体に負担を掛けないギリギリの速度で船へと踵を返した。
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