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宇宙を駆ける狩猟民族がファンタジーに現れました

作者:獲物
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第二部
狩るということ
  じゅうに

 
前書き
手先は器用ではなさそうだ 

 
 女騎士、エリステイン・フラウ・リンドルムが語り始めること数分。

 要約すれば、リンドルム侯爵の正妻を差し置いて、エリステインの母親である妾の女性が先に孕んだ、ということだそうだ。
 それに伴い、体裁上の理由や、リンドルム侯爵の年齢、世継ぎがいつまで経ってもできない等の理由も重なり、妾から側室へと上がった経緯を持つ。

 しかし、いざ蓋を開けてみれば、産まれてきたのはエリステインと名付けられた女児である。
 このリンドルム侯爵家、やはり国では古い歴史を持つ家柄であり、多くの名のある武官を輩出しているという、彼女にとっては良いんだか悪いんだかの、由緒ある家格とのことだ。

 そんな家柄であることから、当然、女児であるエリステインにリンドルム侯爵は興味をなくし、正妻からは目の敵にされ、家臣からは腫れ物扱いをされたりと、話を聞いた限り、中々に悲惨な子供時代を過ごしてきたようだ。
 よくまあ擦れずに、ここまで真っ直ぐに育ったものだと感心する。

「母は、普通の平民でした。領内にある町の、どこにでもいる普通の女性だったと。私はそんな母が大好きでした」

 どこか嬉しげに語っていた彼女。母が大好きだと、そう言い終えて、一度口を結ぶ姿に陰が射す。

「私が7つのとき、母は何者かに殺されました」

 過去より学び、発展してきた近代の日本にだって、表面には出にくい問題ではあるが、お家騒動やら男女間の痴情の縺れから人死にが出ているのだ。
 まあ、封建的な、まだ未発達な文明にはよくあることで、王族はもちろんのこと、貴族の家でも家督を争い、ときに女の奪い合いが殺しにまで発展する。

 それが、家督争いによって兄弟にすら憎悪を抱き、血を分けた兄弟すら殺害できるのだ。赤の他人など、そこいらを飛ぶ羽虫と変わらないのだろう。
 故に何者かなど、そんなもの、分かりきっているだろうに。彼女だって、既に何も知らない、気付かない年齢は過ぎているのだから。
 それでも彼女は知らない振りをしている。見ず知らずの私相手にですら、自らの実家の不利益になりそうな芽を出さないよう、付け入る隙を与えぬように、いままでも細心の注意を払ってきているのだろう。

 難儀なことだ、とは思う。

 私としては、そう折り合いをつけるしかなく、事実、我々種族も序列を上げるために、同族同士でときに殺し合うのだから、理不尽ではあるがその可能性があるという考えを、常に持ってなくてはならない。

……酷な話ではあるが。

「母は、口癖のように私に言い聞かせていたことがあります。亡くなる間際まで、母は私に言い聞かせてました」 

『私には侯爵様や奥方様のような学がないから、貴女の役に立つようなことは教えて上げられないかもしれない。だけど、これだけは覚えておいて』

『目と、耳と、心で、見て上げて。目と、耳と、心で触れて上げて。もしかしたら、貴女は沢山傷付くかもしれない。辛い想いをするかもしれない。でも、貴女がその様になってはダメよ。貴女の想いで、きっと救われる人がいるわ。だから、貴女が諦めてはダメ』

「最後まで笑いながら、そう言ってました」

 母としての強さなのか、元来彼女の母親が持っていた強さなのか。どちらにせよ、強い心を持った、素敵な女性だったのだと思う。
 その言葉が彼女を支え、そうありたいと行動してきた結果、私には彼女が真っ直ぐに、ブレずに成長してきたのだろうと結論付けた。

 にしても、重いなおい。

 私にはどうすることもできんぞ。

「なんだかすみません。急に身の上話まで始めちゃって」

 そう言って照れ臭そうに笑う彼女が、妙に幼く映る。
 というか、いくら友達がいないからって、こんな明らかに怪しい人外に対して無防備過ぎやしないか?
 そういうジャンルでしか興奮しないなどといった、アブノーマルな癖でもお持ちなのでしょうか。

 ちょっと引き気味な私が、「真っ直ぐだけども残念な変態娘」として認識を改め直したとき、視界の端に、音の波を視覚化したうねりが表示される。
 もちろん、目の前にいる彼女とは別の音の波であり、その他の人族(ヒューマン)でもない。とすれば、亜人族(デミヒューマン)、もしくは獣や魔物の類か。

 黙って顔ごと声の方へと向けた私に、エリステインは訝しみながらも、同じようにそちらへと視線を送るが、まだまだ人間の感知できる範囲外からのモノだ。
 森の奥、彼女が意識を向けても、ただ鬱蒼と繁る木々が見えるだけだ。であるから、エリステインの顔は、私の顔と森とを何度も往復していた。

 私はヘルメットのスキャン機能を起動させるとの同時に、可視光線のレンジを変更して木々を透過させていく。
 まるで、中身のない3Dプログラムのように、シルエットのみが視覚化された風景をズームさせ、唸り声の正体を追っていくと、それは居た。

 (バク)のような、上唇と同化した鼻をヒクつかせ、カメレオンのように稼働する目は忙しなく周囲を見回している。鋭い犬歯は上下とも突き出しており、体は馬のような引き締まった体つきをしているが、前足が長く、後ろにいくほどに短くなっており、その体を支える6本の足を合わせて、なんともアンバランスな風貌をしているのだろうか。
 体高は私と同じ位ではあるが、頭頂部まで合わせると3メートルは優に越えており、重量馬のよりも大きいが、線はサラブレットのように細い。

 全く持って速く走りそうには見えないが、魔法のようなモノが存在する世界であるのだから、見た目だけでの判断は危険か。

 私が全速力で走って5、6分の距離といったところか。

「どうしました?」

 私が彼女へと視線を戻すと、若干の警戒感をその瞳に表しながら首を傾げる。

 さて、そのままの特徴を彼女に伝えるかと、視線切って森の奥へと戻してヤツを見れば、こちらの方角へ鼻を向け、先ほどよりも強く、特徴的な鼻を鳴らして、明らかにこちらの存在を認識しているということが分かる。

 と、ヤツは一度動きをピタリと止めた。途端、駆け出す。

――はやっ!

 見た目での判断を戒めたばかりではあるが、想像以上のスピードとその加速力に私は目を見開く。いったいどれ程のエネルギーを持って大地を蹴り抜いたのか。
 更に、そのスピードを出しているだけの激しい動作により、口の端から涎が吹き出しているのを認め、かなり飢えているということに気付く。

「敵だ」

 私は一言、ヤツから視線を外すことなく言い放つ。

「敵……ですか?」

 彼女は自分の探知能力にそれなりの自信があるのだろう。半信半疑な様子で聞き返し、森の奥を凝視する。
 前回、豚面鬼(オーク)との接敵前から考えるに、彼女の感知できる範囲にヤツが踏み込んで来るのはそう遠くないが、その前にヤツが大きく口を開けて咆哮する。
 その風体に似つかわしくない、それこそ馬のような甲高い嘶きに、なんだか下手なコメディーショーを観せられた気分になってしまう。
 いけないと思いつつも脱力してしまう私は、いまの声は聞こえていたであろう彼女へと視線をやり、その様子の変わりように唖然とする。

 女騎士は明らかに怯えていた。

 目を見開き、半開きにされた口から覗く歯はガチガチと噛み合っていない。

 それが体全体へと波紋のように広がっていくのに時間は掛からなかった。

 豚面鬼(オーク)3匹を全く寄せ付けることなく、一撃のもとに討ち取った彼女が怯えているのである。それほどまでに、あのバカらしい鳴き声と風貌を持つ魔物は強敵なのだろうか。

豚面鬼(オーク)3匹を軽々と屠った貴様が怯えるほどか?」
豚面鬼(オーク)などとは全く比較になりません! あれは森のもっと奥、それこそ最深部近くを縄張りとしている存在です」

 私は疑問に思ったことをそのまま伝えると、彼女は視線を森に固定したまま、叫ぶように応える。
 やはり、奥に行けば行くほどに、そこに住まう生き物の脅威度は上がっていくようだ。
 私は軽くそのことについて説明を求めると、彼女は唾を飲み込み、震える声で話してくれた。

「前にお話しした通り、この森の最深部には、私の家名の元となっている、リンドワームというドラゴンが住んでいると言われています。まず、その最深部にはリンドワームしか生息していません。そして、それを囲むように、最深部近くには、混沌獣(ペルトゥール)と呼ばれる、『魔物の向こう側』、と呼ばれている、私たち人族(ヒューマン)は基より、亜人族(デミヒューマン)とも魔物とも一線を画す存在がいるんです」
「つまり、いまこちらへ向かってきているのがそれだと?」

 こちらへ向かっていると言った私に、彼女はギョッとしたような視線を送り、「やっぱり、そうなんですね……」と、絶望色に染まった声で呟く。

 まあ、ドンマイ。

 しかし、いったい何がそんなに脅威なのだろうか。様々な星を渡り歩いてきた私からしてみると、ただの面白生物の1匹にしか見えない。
 (エイ)()(アン)の方がよっぽど醜悪で、厄介な存在に感じてしまう私は、やはり毒されているのだろうか。
 それに、私が降り立った星の1つに、珪素系生命体の住まう星があったのだが、あれもほとほとに厄介であった。
 自らの体が機械であるわけだから、もう、その道のプロフェッショナルなのである。
 奇襲、および罠を張り巡らせての一撃であれば、狩れないこともない存在であるが、それが通じるのは初見のみである。
 当然彼らも学習し、対策を取ってくるのだが、その情報共有速度が尋常でない上に、情報量の多さから、最適かつ最も効率的な方法を持って対抗してくる。それは、寿命という概念が存在しないことによって、やることと言えば暇を潰すために様々な情報を蓄積していく、ということに繋がっており、何よりも彼らには“個”という概念自体、遥か昔に捨て去った存在であったのも起因している。
 実は、彼ら――というのも変だが――からしてみれば私たち種族は既知の存在であり、私の狩りに『暇潰しで付き合っていた』という程度のものであった。

 それもそうだ。

 1体が機能を停止しても、彼らは1であり100である。ある意味究極の生命体の形の一つと言っても過言ではない。

 結局、そんな彼らの理由も知れ、アホらしくなった私は、その星に数日滞在して友好を結んだ。

 なので、彼らの技術を惜しみ無く詰め込んだ私専用の武具の数々があるのだが、どれもこれもとんでもない代物なので、そのほとんどを封印指定し、船内で厳重に保管している。

 あ、そうだ。彼らにフォールド通信で船の修理を助けてもらおう。

 うん、そうしよう。

 餅は餅屋とはよく言ったものだ。

「き、きます!」

 うん? なにが? 
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