トンデケ
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第九話 召集
地下都市に移り一週間が過ぎた。
自室でテレビのニュースを見ていた百香が眉をひそめる。
地上では世界各地で大地震や大噴火が起き、
多数の死者が出ていた。
また、気温の急上昇で、桁外れに大きな台風が発生し
人だけでなく家畜や農作物にも甚大な被害が及んでいた。
この様子だと、目に見えない放射線の影響も増大してきているに違いない。
地下都市でも時折地鳴りがしたり、地震を感じることもあったが
ここは地盤がしっかりしているのか、壁や床にヒビが入ったり
崩れたりするようなことはなかった。
「そうだ、モンゴルにいる叔母さん、今頃どうしているだろう…」
百香の叔母は高校の教師をしていた。百香が中学にあがる年に職場結婚し、
実家を離れ、しばらくは東京で暮らしていた。
息子を一人産んだ後、何年かしてモンゴルへと渡り、
今は夫婦で日本語教師をしていると、だいぶ前に届いた手紙で知った。
あの手紙が手元にあれば、住所を頼りに飛んでいって安否確認ができるのに…。
叔母は祖母同様、不遇な姪を心底可愛がってくれた。
今となっては、百香にとって叔母は数少ない血縁者の一人なのだ。
従弟にも一度会ってみたかった。
なんとか叔母たちをこの地下施設に呼べないかと武井にも相談してみた。
「それはどうでしょうねぇ…。叔母さんお一人ならなんとかなっても
ご家族全員は難しいかもしれませんね。」
「叔母もおじも教師なんです。ここの日本人学校で
雇ってもらうことはできませんか?」
「うーん、おそらく教職の口に空きはもうないでしょう。
それに、割り当てられた収容人数も限られていますからねぇ…。
まあ、上に相談はしてみますが…。」
「お願いします。」
摩周だってここに来られたのだから、なんとかしてもらいたい。
研究室では、透視や千里眼、念写の能力者たちの脳を使って
テストが続けられていた。
MRIで能力者たちがイメージした画像を読み取り、可視化しようというのだ。
脳内にイメージされた画像はコード化され、それは決まった脳活動パターンを示す。
そのパターンを数式化すれば、脳の画像を読み取れるというわけだ。
だが、モニターに映し出される映像はどれも大きなノイズが入った白い光ばかりで
その全体像を把握するにはまだ情報が不十分なようであった。
試しに武井もMRIの実験に参加してみたが、結果は同じであった。
「見えてはいるんです。ですが、物体のエネルギーが強すぎて
力が大きく乱されてしまうのです。どうも頭の中で映像化しづらいのですよ。」
別の能力者も言う。
「この光はものすごい磁力というか、静電気を帯びている。
そのせいかどうかはわからないが、透視能力がかき乱されてしまう。」
テレポーテーションを使うにしても、全体像がイメージできなければ
対象を欠片ひとつ残さず飛ばすことなどできない。
それに、膨大なエネルギーを要するため
そう何度も、能力を繰り出すことはできない。
とは言え、ぐずくずしてもいられない。
もし間に合わなければ、地球上の生命も文明も滅んでしまう。
地下に逃れた我々も無事というわけにはいくまい。
休憩時間になり、百香は研究員や能力者たちに着いて
エレベーターに乗り、最下層の食堂へ下りた。
楠田と同じテーブルで食事をしていると、
武井が知らない男を連れてやって来た。
「同席していいですか?」
「もちろん、どうぞ。」
武井は楠田の隣、男は百香の隣りに座り、料理が乗ったトレーをテーブルに置いた。
「圷さん、この人です。紹介しようと思ってたのは。
この人は日系アメリカ人で、我々と同じテレポーテーションを使います。」
口ひげを生やしたその男がにっこり笑った。
「ハーイ、キャシーです。よろしく。」
え? キャシーって… うそ… この人男性よね。
しかし醸し出す空気でそうとわかると
百香は好奇の目で彼の所作を目で追った。
タンクトップから突き出た腕は百香の太ももほどもある。
胸筋も分厚くて、ボディビルで鍛えているようなマッチョな体をしている。
しかし、その所作は実にエレガントというか、なんというか…。
よく見ると、まつげも長い。その視線を追うと…、
(おやおや、博士にロックオンですか…。ってか、やめてよねぇー!!)
楠田に向けられたキャシーの視線を
妄想バサミでぶちっと荒っぽく断ち切った。
その頃、北極の上空では不気味な光景が広がっていた。
それは突然始まった。
6本の巨大な光の柱が天に向かって音もなく出現したのだ。
その光の柱は正6角形を作ると反時計まわりにゆっくり回転し始め
光のチューブを作り始めた。
回転は徐々に速度を増し、その遠心力で輪の半径が外へと広がってゆく。
やがて広がりが治まり、輪の中心あたりに灰色の雲が湧き上がる。
すると今度は、光の輪がその雲を目掛けて次々と放電し始めたのだ。
そして、雲を突き抜けて現れたのは、まさしく巨大な円盤であった。
機体から放たれる眩い光が、辺りの風景までをも真っ白に飲み込んでいる。
見ようによっては、太陽がもう一つ浮かんでいるようにも見える。
円盤は回転しながら強烈な熱を帯び、ジグザグに下降をし始めた。
上空100メートル付近で一旦止まると、
今度はジグザグに上昇し、元の位置に戻った。
閃光が走ったかと思うと、円盤を囲むように虹色のカーテンが現れた。
オーロラである。北極上空にオーロラが現れたのだ。
ということは、地球の磁場が復活したのだろうか。
同時に、気流が正常に戻り、天候が安定してきた。
地震や噴火もおさまり、一見すると平穏が戻ったかのようだった。
「ああっ!!」
「うわっ!!」
地下の食堂では、四方から一斉に悲鳴にも似た声が上がった。
そこに居た能力者たちだけが、両手で一斉に耳を塞ぐ。
「ビビビビ、キュイン キュイン ビービービー」
百香の耳にも何か大きなノイズが響き、たまらず両耳を押さえた。
その耳障りな音はラジオをチューニングしていくかのように
徐々にクリアになっていった。
『私の声が聞こえますか。』
突然、何者かが語りかけてきた。
その声は男とも女ともつかない、不思議なトーンであった。
『注意して聞いてください。
今、地球にシールドを張りました。
しかし、これは一時的なもので、いずれは外れてしまいます。』
うん? なんなのこの声は… 誰?
『これから、あなた方をこちらに集めます。』
集める? どこへ?
『心配はいりません。ここは安全な場所です。』
頭の奥がじーんと痺れ、視界がブラックアウトした。
はっと目を覚ますと、そこには様々な人種の人たちが円形のフロアに横たわっていた。
「世界中のサイキックの中でも最強の人物たちだ。」
武井がつぶやいた。およそ30名は居るだろうか。
百香たちのすぐ後ろにキャシーの姿もあった。
それぞれの場所で体を起こすと、前面の窓、いやモニターだろうか、
そこに映る青い地球に皆の目が釘付けとなった。
見ると、北極を取り囲むように光のチューブが上空へと伸びている。
『ごらんなさい。産道が全開しました。
難産のため地球はさきほどまで陣痛に喘いでいました。
今はシールドをはっているので地球は無痛です。
みなさん、どうか私に力を貸してください。
今のうちに、地球が無痛分娩できるように。』
声は直接頭の中に響いていた。
しかし、声の主はどこにも見当たらない。
産道って… 地球はいったい何を産もうとしているというのだ。
陣痛だと? 地震や火山の噴火のことを言っているのだろうか。
すると前面の画像が切り替わり、眩しい光の塊が画面いっぱいに映し出された。
知らぬ間に、目にはサングラスのようなカバーが掛けられていた。
だがそれを通しても直視できないほどの強烈な光だ。
『この光の塊を飛ばします。』
え? 飛ばすって、どこへ…
『飛ばす場所は決まっています。
あなた方は持ちうる力のすべてを私に傾けてください。」
その時、そこにいるすべての者が悟っていた。
自分たちは、この日のために存在したのだと…。
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