IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-39
世界中に激震が走った日から一日が過ぎた。が、特にこれといって亡国機業がアクションを起こすわけでもなく、当事国以外の国々はいつも通りの平和を享受していた。しかし、それはやはり表面上に過ぎず、各国首脳をはじめとした要人たちはすでに動き始めていた。
それはIS学園でもIS委員会でも変わらない。目まぐるしく行き交う情報の真偽を見極めながら、事実を確認していく作業に追われていた。
「くそっ……、麻耶の予感はほぼ当たっていた。それを深く受け止めて早い段階から動けなかったこちらの落ち度だ」
千冬は高く積み上がった書類に囲まれた職員室にある自分の机に向かって、必死に情報をまとめながら悪態をついた。周りの先生も差異はあれど、誰もが忙しく動き回っている。
先日極秘裏に世界中に伝わった中国の国家組織全人代と国家主席含むトップが機能を停止し、亡国企業の傀儡政権となってしまったこと。それの事実確認に追われ、手を取られているうちに御袰衣蓮、篠ノ之束そして鳳鈴音の三名の姿が見えなくなっていることに気づかず、そこまで手が届いたときにはすでに遅く、何一つ痕跡を残さずに姿を消してしまった。
失態である。
すべては彼らの監視を怠ってしまった学園側の責任になる。たとえそれが押し付けられたものであっても、そんな子供じみた言い訳が通じるわけもなく、すべての責任を負わなければならない。
幸いにしてまだ三人と亡国機業を結ぶ証拠は出ていない。失踪か逃亡か。今のところはその二つのどちらかであろうと考えている。
まだ問題はある。ラウラ・ボーデヴィッヒについてだ。
軍務違反を犯し、ドイツ国籍を奪われたうえで国外追放。死刑になったほうが軍人をしてはましだったのかもしれない。だが、それを上層部は認めず、彼女の身柄をIS学園に押し付けた。そして先日身柄を引き取っているが、茫然自失状態。こちらから声をかけても何の反応も示さず、うつろな瞳をどこか遠くに向けたまま動かないのだ。
彼女の今後をどうするのか。問題は山積みでさらに減ることなく積みあがっていく。
「……はあ」
千冬は今日何杯目になるかわからないコーヒーを一息に飲み干して高く積みあがった問題に向かった。
◯
「うまくいったわね」
「ああ、おそろしいほどに」
亡国機業の参謀役の国立凜香と御袰衣蓮はフロアの休憩室でばったり会った。普段であればこれといった会話もないのだが、今回は作戦がうまくいき、気分が高揚していたのか珍しく彼女のほうから蓮に話しかけていた。
「これからどうするの? まさか、私たちの要求をあいつらが認めるまで待つの?」
「それこそまさか。有り得ない、今の地位を維持しようとするあいつらが認めるわけがない。認めるまで待ったら何十年と掛かる。そんな馬鹿なことはしない。しないが……これからどうしようか迷っているのも確かだ」
「ふーん……」
会話は途切れる。お互いに何を考えているのだろうか。そんなことわかるはずもなく、ただただ手に持った紙コップから立ち上がる湯気を眺めていた。
……いつまでそうしているのだろうか。
中国という世界に大きな影響を持っている国をあっさりと取れてしまったことは驚いたが、これからの計画が進めやすくなったのは確かだ。
二人にとって一番驚いたことは、中国の国家主席が実はロリコンで代表候補生である鈴に目をつけていて、彼女がそれとなく誘ったらあっさりついてきたことだった。国の代表がこんなやつだって知ったら国民は幻滅する。
そんなわけであっさりと弱みを握り、漬け込み、ここまで持ってこれた。
「……そういえば、こうやって二人でいるのってあの部隊の解散時以来ね」
「……そうだな。もう何年前だ? 俺もお前もまだまだガキだったよな」
「そうね……あまり思い出したくはないのだけど、楽しかったわね……」
「……ああ」
会話は続かなかった。どうしても感傷に浸ってしまい、言葉が出ないのだ。だが不思議と心地が良かった。ずっとこの感傷にふけっていたいと思うほどには。
◯
一夏は鈴がいつの間にか姿を消していたことにいち早く気づいた。決して四六時中監視していたとかそういうわけではない。
鈴から一方的に別れを告げられて受け入れられないままでいる彼。彼女から面と向かって直接言われたわけではないのだからそれもしょうがないことなのかもしれないが、正直ここまで固執されるといくら一夏のことが好きな人でも引くはず。
現にセシリアはそんな一夏の姿を見て幻滅していた。
どうしてこんな情けない男を好きになってしまったのだろうか。自分の父親の背中を見て自分はこんな人とは付き合わないと決めていたのに、一時の感情に流されてあっさりと彼に傾倒してしまった。
悔しい。
絶対にと心に決めていたのにこんなに自分は単純な人だったのか、こんなことになって後悔しているより、もっと自分の実力を上げるために下手なプライドなんて捨てて教師に教えを請えばよかったと。
そんな後悔の念で胸中は一杯だった。
シャルロットに関しては、たとえ織斑一夏がどんなに外道でもゲスくてもついて行こうと思っていた。自分でもどうしてそんな決意を持ったのかはわからないんだけど、脇目も振らず、一心不乱にISに打ち込み、自分の体がどうなろうが無理をし続ける彼を見て、自分が支えてあげないとだめになってしまう。彼が引きこもったとしても自分が養ってあげたい。そう思うようになっていたのだ。
そこには彼から救ってもらった恩を返そうというもののあるかもしれない。けど、それ以上に誰かがいないと何もできない一夏を支えようと思ったのだ。それが自分ができることだからといわんばかりに一夏のそばにいるようになる。
ーーーーできれば、立ち直ってもらいたいな。
彼女の偽りない本心だった。
箒は、力だけを追い求めるようになった。先の福音事件の際、何もできずにただ指をくわえてみていることしかできなかった彼女は、一夏の隣に立てるようになれるだけの力を欲した。姉である束から専用機を貰いながらも更なる力を求めた。そうして求めた力がどれほど脆く、儚いか。それを押しててくれる人は彼女の周りにはいなかった。
たったそれだけが、それだけの違いが同じように束を守るために力を求めた連との違いだったのだ。連には束がいた。けれども、箒には誰もいない。一夏でさえ、自分のことで精一杯である。
◯
「私はいったい何者なのだ。どこのものでどんな人だったのだ。そもそも私の名前は何だったのか。本当に何もわからない……」
扉とベットしかない無機質な部屋にいるきれいな銀の髪を無造作に流す彼女。記憶をすべて抜き取られ、一切の責任を負わされ、流されるがままにたどり着いた先はIS学園で。今まで冷たくされてきて、ここに来ていきなり暖かくされて何がどうなっているのかわからないまま部屋に戻されて、ルームメイトらしき人物との会話で自分の記憶がなくなっていることに気づかれたらしい。
あの少女は自分のことをラウラ・ボーデヴィッヒと呼んでいたが、それが私の名前なのだろうか?
何もわからない。
ただ……インフィニット・ストラトスとかいったあの機械の乗り方はすぐにわかった。どうして乗れるのかは分からないが、おそらく自分の体に染みついていたのかもしれない。次にどんな動きをすればいいのかはすぐに判断ついた。
分かっているのはそれぐらいである。後何も分からない。自分の名前がラウラ・ボーデヴィッヒであるらしいってことぐらいか。
どうして自分が黒い眼帯をしているのかさえも分からない。試しに取ってみても視界には何も影響はなかった。そのままでいいのかもしれない。
「私はいったい誰なんだ……?」
彼女の呟きは部屋の壁に反射してかき消される。当然誰も聞いた者はいなかった。
◯
満天の星空。人工的な光が一切存在しない太平洋上のどこかにある小さな無人島。IS----インフィニット・ストラトスの生みの親、篠ノ之束はそこにいた。
一時、自らが愛する相手からも離れてたった一人でいる。特に何もするわけでもなく、見つけた島の浜辺に寝転がって静かにきらめく星々を見ていた。
「…………」
波のさざめきだけが辺りに木霊して、なかなかにノスタルジックであった。
彼女は胸に押し寄せるなんともいえない感傷に浸っていた。楽しく、つらく、明るく、悲しく、苦しく、静まる、癒やされたものたちにーーーー。
自分の夢は何だったかーーーー。そう、天文学を専門にした先生になること。
そのために何をしたかったのかーーーー。そう、宇宙に実際に行ってみたかった。
なぜ宇宙飛行士にならなかったのかーーーー。それじゃあ、自分が夢見たことができないと思ったから。
実際に行ったことは何だったかーーーー。インフィニット・ストラトスを作ったこと。
作ってからどうしたのかーーーー。学会で発表した。けど、相手にもしてもらえなかった。
それから何をしたのかーーーー。癇癪起こして、友達であった織斑千冬に手伝ってもらって、白騎士事件を起こした。ーーーーここだ。
自分が起こしたすべての間違いの原因。白騎士事件を起こしたこと。
やっぱり当時の自分はまだまだ子供だった。今でも子供の頃の気持ちを忘れないでつまらない大人にならないようにしている。メカニックなウサミミもアリスの国のような格好もすべてはキャラ作りのため。……言動に関しては、素の自分であるが。
あれさえなかったら家族は私を見捨てなかったのかもしれない。けれども、あれがなかったら私はれんくんに出会えてなかった。家族とれんくんのどちらを取ると言われると、たぶん間違いなくれんくんを私は選ぶ。
元々両親は嫌いだった。妹の箒はそうでもなかったけど、自分にできなくて私ができることはすぐに私のせいにしてきたから、煩わしく感じていた。やっぱりあの事件を起こさなくても私は遅かれ早かれ家族が嫌いになっていた。
「……ちっ」
今の世界の風潮は女尊男卑で、十数年前とは立場が逆転している現在、彼女にとって今の世界はどうでもいいものだった。だから何をしたって何も思うことはないし、罪悪感さえわくこともない。
やっぱりISを作ったのは間違っていたのかな?
何回も考えたことで、一回も答えが出たことがない自分自身に対する問い。これだけが、この問いに対する答えを見つけることだけが今の束を動かしていると言っても過言ではなかった。
もちろん作ったことで御袰衣蓮という自分の一生を捧げたいと思える相手に出会うことができた。これが依存であったとしても彼女にとって彼がいない世界なんてもうあり得なかった。
もし作らなかったとしたら、たぶん自分の夢を叶えていたと思っている。教師になりたい。
私は家族が嫌い。母親も父親も多分妹も嫌いだった。でも子供は好きだった。子供たちの夢をこの手で導いてあげることができる。そんな輝きときらめきを抱ける、……もちろんその分大変であることはしている。けど、それを引いてなおかつ教師は夢のような仕事だった。
何でそんなたらればな話をしているんだろう。もう遅いのに、もう叶わないのに、もう戻れないのに。私はこの某国企業の作戦がうまくいくとは思っていない。絶対にどこかで綻びが生じて破綻する。そんな泥船に乗っていても私は何もしない。れんくんだって絶対に失敗すると思っている。
だから……だから……。
「この作戦ーーーー世界レベルでのテロは自分たちの我儘、それが私たちから、私たちをはじいてきた世界への贈り物」
堪えきれなくなった彼女のほおに涙が伝っていった。
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