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一人のカタナ使い

作者:夏河
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SAO編 ―アインクラッド―
第二章―リンクス―
  第14話 鉱石を求めて

「こ、子ども……っ!?」
 僕の言葉に、目の前の少年――男の子といった方が表現が正しいかもしれない――は、露骨にムスッとした顔をしたあと、迫ってきていたゴブリンを持っていた短剣で斬りつけた。
「子どもだからってバカにするなっ! おれだってちゃんと戦えるんだぞ!」
 確かに、こんなところに潜っている時点で戦えるんだろうが、ここは危ない。出現数が他の場所と桁違いだ。レベル上げにはもってこいだろうが、危険すぎる。
「別にバカにしてないよ! と、とにかく、まずはこれを何とかしないと!」
 範囲の広いソードスキルを使いながら、叫ぶように応えた。囲んでいたコボルドのHPゲージが六割以上も削れる。
 本当なら全範囲に攻撃できるソードスキルを使いたいが、となりにいる男の子まで巻き込んでしまう。使えても前方に広範囲、もしくは単体が対象のソードスキルだ。あとは威力は劣るが、軌道が自由な通常攻撃で頑張るしかない。
 コボルドやゴブリンの大群をざっと見渡す。僕がつれてきて合流させてしまった数も含めて、明らかに四十はいる。バグ、もしくは運営の調節ミスじゃないかってぐらいの数である。
 唐突に第一層の《森の秘薬》というクエストを受けたときを思い出す。あのときもこんな状況だった。……カイとコウと一緒に頑張って全滅させたっけ。
「なに笑ってるの?」
 となりからそんな言葉が飛んでくる。男の子は短剣をゴブリンに突き刺し、ガラスが割れたような破裂音を鳴らさせた。僕も曲刀を横に薙ぐ。それだけで、数体のモンスターは霧散していく。
「いや、ちょっと思いだし笑いしただけ!」
 コボルドの攻撃を避け、カウンターとして胴体を斬りつけた。そして、口許に手をやる。……マジか、知らない間に笑ってたのか。我ながらひいちゃうなー。昔のことを思い出していたからなのか、それとも――。
 ――それとも、この状況に高揚しているのか。
 今朝も最前線の迷宮区に数日籠ってレベリング、武器の熟練度の上昇を行っていた。やり方は単体、もしくは数体を標的としてモンスターを倒していく、というものだ。安全性を第一とした方法、危険から一番遠のいた方法だ。
 そして、長い間繰り返し行っていると、感覚が麻痺してくる。どれだけ危険が遠いからといって、危険がゼロになるわけじゃないと頭では理解していても意識が低くなる。ルーチンワークになり、無意識に気が抜けてしまうのだ。
 だけど、今の状況は違う。
 不特定多数のモンスターに囲まれ、ひとつのミスが許されない。下手をすると自分もさっき倒したモンスターのようになるかもしれない可能性を大きく孕んでいる。最近感じたことのなかった緊張が全身を包んでいく。そして、体の奥から燃えるような感覚があとから駆け抜けていった。
 ――これじゃあ、僕もカイと大して変わんないな……。
 この世界に来て、すっかり戦闘抂みたいになってしまった幼馴染みと同類になってしまっていることに少し絶望感を抱くと同時に内心失笑する。
 武器を強く握りしめ、今度は自覚ありで笑ったあと、モンスターの大群に突っ込んでいった。

 体感的にはそうでもなかったが、実際の時間だと一時間ほど。それぐらい時間が経つ頃に、ようやく全滅させることができた。
 レベルにも余裕があり、攻撃パターンがわかってたとはいっても数が数……乱戦の連戦で、僕のHPゲージは半分とはいかなくても、七割を少し下回るぐらいまで減っていた。さすがに膝に手を置くぐらいには疲れた。息を整えようとするが、なかなか整えきれない。
 ちらり、と男の子の方を見る。その場に座り込み、天井を仰いで激しく呼吸をしている。明らかに僕よりも疲れていた。何よりHPゲージが余裕で半分を切っている。急いで回復しなければいけない。
 僕は頑張って体を持ち上げ、男の子に近寄った。
「はいこれ」と言って、腰のベルトに差していたポーションを二本取りだし、片方を手渡す。
「あ、ありがと……」
 男の子は少し驚いた様子で受け取った。そして、一口で一気に煽る。彼のHPゲージが回復していくのを見てから、僕もゆっくりと口に傾ける。酸味の効いた風味が口のなかで広がっていった。
 視界の左上に表示されたいるHPゲージが右に進んでいくのを一瞥して、もう一度男の子に話しかける。
「とりあえず、あそこの暗くて死角になりそうなところに行こうか」
「うん」
 二人駆け足でそこまで行き、ようやく一息。
「ふぅ……これで一安心、かな」
「うん、安心だね」
 男の子は肩で息をしながら、何とか応える。HPゲージは回復しても、疲労は回復しない。僕の倍以上疲れてるように見える。
 息を整えながら感じるのは、気まずさ。
 お互い少し距離を置いてとなりに座っているが、目を合わせられない。まっすぐ前だけを見ている。向こう側でゴブリンが歩いているのが見えた。それから、ゆっくりととなりに視線を動かす。
「え、え~と……」
「…………」
 向こうも僕と同じ心情らしく、所在なさそうに手を遊ばせていた。時折頭をあげて、僕の方を見てくる。幼さがまだ濃く残っているその顔を見ると、やはり僕よりも年下なのだと再確認できる。
 僕は相手をなるべく安心させるため笑顔を取り繕いながら、
「と、とりあえず……僕はユウっていうんだ。君の名前は?」
「おれはソラ。よろしく!」
 どうやら警戒心はある程度解けたようで、向こうも笑顔を向けてきてくれた。その事に内心嬉しさ半分安堵半分で満たされながら、今まで一番聞きたかったことを聞いてみる。
「ねぇ、ソラ。あんまり聞いちゃダメだとわかってるんだけど、今何歳?」
「んー? 十歳だよ?」
 答えてくれないかもと思っていたが、すんなりと教えてくれた。僕よりも四つも下だ。年下と予想できていたといえ、一時間前と同等の驚きが再び僕に襲う。
 このゲーム――SAOは確か十三歳以上推奨だったはずだ。それからは割と離れた年齢である。
「あのね、おれ聞きたいんだけど」
「な、何?」
「なんでおれと会った人は、みんなおれに年を聞いてくるの?」
「それは……珍しいからじゃない? 多分ソラぐらいの年の人っていないからねぇ……」
 今のアインクラッドには一万人以上いるが、成人が多く、ソラと同年代の子はそうそういないだろう。
 アインクラッドの平均年齢は多分二十歳を越える。僕ぐらいの年齢の人も滅多にいないのだ。
「めずらしいか~……だからってあんなに見なくてもいいのにな。知ってる? おれが町とか村にいくと、みんなおれの方を見てくるんだよ?」
「それは……大変だね……僕はそんな経験したことないから何とも言えないけど」
 少し前にカグヤも言ってたっけ。少し歩くだけで色んな人に見られるって。まあ、本人が美人だから仕方ないことだと思うけど。
 余談だが、カグヤは今も攻略組の一員として頑張っている。僕よりも一足先にカタナをゲットし、僕やカイと一緒でソロ活動している。ソロで頑張る理由は不明だ。
「いーなー、ユウ兄ちゃんは。羨ましい……」
「ゆ、ユウ兄ちゃん?」
 いきなり呼ばれたその単語に、思わず聞き返す。
「だって、絶対におれよりも年上でしょ? ……もしかして、イヤだった?」
「ぜんっぜん! むしろ嬉しいよ、うん! どんどん呼んで!」
 現実世界で近所には僕と同年代はいたが、下の年代はひとりもいなかった。だから、「兄ちゃん」と呼ばれることには密かに憧れがあったのだ。まさか、こんなところでそれが叶うとは……。
「そっか、ならよかった。えへへっ」
 満面の笑みで、ソラは言う。何だろう、もう僕にはない大切なものをソラは持っている気がした(持ってたのかすらわからないんだけど)。
「――さて、これから僕は奥に行くけど、ソラはどうする?」
 さっきのような戦闘はそうそう起きないとは思うけど、何が起こるかはわからない――また同じことが起こらないとは保証できなかった。僕としては、ソラはすぐにでもこの洞窟から出てもらいたいが、強要することはできない。
 ソラは少し考えるように腕を組んだあと、
「……ついてっていい? 帰っても何もすることないし、まだユウ兄ちゃんと一緒にいたい」
「そっか……いいよ。でも、僕から離れないでね。あと、もうダメだと思ったらすぐに離脱すること。わかった?」
「うん!」
 ぱあっと笑顔になりながら、ソラが応える。
 ――まあ、何とかなるよね。
 そう腹をくくって、ゆっくりと立ち上がる。まだ少し疲れはあったが、動きに支障が出るほどでもない。ソラも続いて立つ。
 二人で周囲にモンスターがいないのを確認してから外へ出る。モンスターとの戦闘を極力避けるためだ。またあんな風になったらたまったもんじゃない。
 この洞窟の地図はないから、視界にあるものすべてに頼るしかない。
 今、この周りには四つの道がある。僕の目の前に見える通路は、僕たちがさっき通ってきたもの――つまり、この通路を辿れば入り口に戻れるわけだ。
 残り三つの通路。どれに行けばいいんだろうか。
「ソラはどの道がいいと思う?」
「う~んとね~……あれ!」
 そう言って指差したのは、来た通路からまっすぐ進んだところにある通路だった。僕は正直どれでもいいし、ソラの直感を信じてみることにしよう。
「わかった。じゃあ、行こうか」
「うん!」
 僕は左手に曲刀を、ソラは右手に短剣を握って進む。通路に入っても入り口付近とは違ってモンスターがすぐに出てくることはなかった。もしかすると通路ごとにモンスターの出現率が変わっているのかもしれない。
 最低限の警戒をしながら、僕はソラに話しかけた。
「ソラは短剣を使うんだね」
「そうだよ。本当は片手剣を使いたかったんだけど、なんか上手くふれなくて……」
「そっか、筋力値さえ上げれば使えないこともないんだろうけど、身長的に問題があるのかもね」
 片手剣の基本的な大きさは、一メートル強ぐらいある。目測だが、ソラの身長は一メートル四十センチあるかないかぐらいだ。振るというよりも逆に剣に振り回されるようになるんだろう。
 となると、消去法で短剣か。リーチが短いから他の武器よりも敵に接近する必要があるが、他の武器と比べて一番手数の多い攻撃が可能だ。色々と応用も効きやすい。
「でも、いいんだ。短剣(これ)だってけっこう使えるし、おれは好きだよ」
「うん、それでいいと思うよ。好みとか相性があるにしろ、どんな武器だって極めれば強いから。気に入ったんならとことん使っていけばいいと思うな」
「そうだよね。おれがんばるよ!」
 笑顔で僕を見上げてくるソラを見ながら、僕はふと考える。
 ここは最前層からひとつ下の層にある洞窟だ。モンスターのレベルは最前層と大して変わらない。だから、この層でレベリングをしようものなら攻略組と同じぐらいのレベルに達していないとダメだ。
 それだというのに、ソラはこの洞窟にいる。正直、まだ早い気がした。
 乱闘でのソラの戦闘を思い返す。戦闘には慣れているようだったが、まだまだ不十分な要素がたくさんあった。恐らくレベルは中層プレイヤーと同等だろう。敏捷力優先なのか、服装も革製がほとんどで、高い防御力は期待できそうにない(僕も人のことを言えないんだけど)。とにかく不安な要素が多かった。
 そんなことを考えてながら歩いていると、発動していた《索敵》スキルが反応した。素早くその方向を見る。五メートル先に、装飾が少しも施されておらず、鍔すらもついていない粗末な片手剣を握ったコボルドがいた。
 僕は武器を反射的に構える。そんな僕の反応にソラは一瞬きょとんとしたあと、少し先にいるコボルドに気づいたようで、短剣を構えた。
 それを確認してから、さらに奥のコボルドを見つめる。周りに他のモンスターの存在はない。もしかすると、この通路には入り口付近とは違って大量に現れることはないのかもしれない。
「僕が先にコボルドの相手をするから、ソラはその隙をついてソードスキルをぶつけてくれる?」
「うん、わかった」
 さっきまでとは異なり、数段小さい声でソラが応える。それに笑顔で頷いたあと、僕は地面を強く蹴った。
 ものすごい勢いでコボルドとの距離を積めていく。お互いの距離が一メートルを切ったところで、ようやくコボルドが僕を認識し、威嚇する――だが、もう遅い。
 左手の握力を強め、渾身の力で左から斜めに斬り下ろす。苦痛の声が至近距離で耳に殴るような勢いで入ってくる。コボルドのHPゲージが三割も減った。
 これで完全にコボルドは僕を標的と見なすはずだ。その予想通り、コボルドがお返しと言わんばかりに片手剣を振り回してくる。僕はそれを冷静に見極め、ひとつひとつ丁寧に捌いていく。少し前に戦ったコボルドと同じ種類ということもあり、大して焦ることもなく対処できる。
 少しずつ後ずさりながら、攻撃を捌く。すると、後ろから突風のようなものが僕の後ろから駆け抜けていった――ソラだ。この通路は入り口付近の通路よりも格段に広いため、四人ぐらいなら余裕で横列できるスペースがある。
 ソラはコボルドの背後に素早く回り、持っていた短剣に必殺の光を灯した。
「やぁあああああ!」
 気合いの入った声がしたと思うと、僕に片手剣を振り下ろそうとしていたコボルドが振り上げたままのけぞった。
 四つのライトエフェクトの軌跡が空気中で霧散する。エフェクトの数からして四連撃のソードスキル。
 短剣は専門外だから、ソードスキルの名前はわからないが、連撃数からしてなかなかの熟練度を必要とするものだろう。
 コボルドのHPゲージがさらに四割減る。短剣という武器のカテゴリー上なのか、筋力値が低かったからなのか、削りきることは叶わなかった。となると、コボルドの標的は僕からソラに代わる。今のソラは技後硬直により、体の自由が効かない。
「あっ……!」
 コボルドがソラの方を振り返り、吠えながら再度剣を振り上げる。ソラが驚きの表情を浮かべて、声を漏らす。そして、ようやく体が動き、顔をそらして目を強く瞑る。
 一方、僕は左足を浮かせて体全体を大きく捻った。その勢いにさらに力を乗せ、がら空きになったコボルドの横っ腹に左足を思いっきり叩きつける――ようするに蹴ったのだ。
「ギェイア!?」
 奇妙な声を出して、コボルドが右に吹き飛ぶ。
 エクストラスキルの一つである《体術》スキルを会得していないから、大きなダメージは期待できないが、相手を怯ませるぐらいは可能だ。それにダメージはさほど与えられなくても、吹っ飛ばすことならできる。
 壁に叩きつけられたままの体制のコボルドを見ると、やっぱり数ドットぐらいしかHPゲージは減少していない。
「ほら、チャンスだよ。ソラ」
「あ、う、うん! ありがとう、ユウ兄ちゃん!」
 呆気にとられていたソラがもう一度ソードスキルを放った。今度こそコボルドのHPはゼロになる。断末魔をあげてコボルドの体が爆散した。……少し可哀想だったかもしれない。斬ったり、蹴ったり……ごめん、コボルド。
 僕とソラはパーティーを組んでいるわけじゃないから、モンスターを共同で倒しても二人に経験値が振り分けられない。今回止めを刺したのはソラだから、すべての経験値がソラにいく。
 それは別に構わなかった。むしろ、望んだことだ。この調子で上手く行けば、ソラのレベルが一つぐらいなら上がってくれるかもしれない。
「よし、先に進もうか」
「おーう!」
 左手を高く挙げてソラが元気よく返事する。
 しばらく先を歩いていくと、また別れ道があった。左右に二つだ。今度はソラに相談しないで左に進む。ソラも特に何も言わずについてきてくれた。
「あ、そーだ。ソラ、これあげる」
 僕は不意に足を止めてメニューウインドウを開く。いくつかのアイテムをピックアップし、ソラにトレードを申し込んだ。
「なにこれ?」
「装備アイテムだよ。今のソラの装備じゃ少し危ないかもだからさ、もしよければ使って」
 トレードウインドウに表示されているのは、少し前に僕が使っていたり、手に入れたのはいいけど使う気が起きず、かといって売るのも抵抗があったものだ。僕が使うことはないし、ソラの役に立てるならアイテムたちも本望だろう。
「聞いたことないのばっかりだー……あ、じゃあ、おれもなにかあげるよ」
「いや、いいよそんなの。貰っちゃって」
「でも……」
「気にしないでいいよ。遠慮しないで使ってやって」
「……うん、わかった」
 そう言って、ソラはトレードを承諾した。そして、僕の渡した装備品をチェックしているのか、そのままウインドウの操作を続ける。
「うわっ、すげー! ぜんぶおれの持ってるやつより強い! ユウ兄ちゃん、ほんとにもらっていいの!?」
「もちろん。じゃんじゃん使ってよ」
「ありがとう! ユウ兄ちゃん!」
 ソラはテンション上げ上げで次々と装備を変更していく。ソラの身に付けている防具のほとんどが僕が今あげた装備品(おさがり)になった。あげたのは防具だけだから、短剣だけが変わっていない。まあ、短剣はかなりランクが高そうだし、攻撃力は問題ないだろう。何よりデスゲーム化したSAOでは、攻撃力よりも防御力が断然大事だ。
 ……それにしても、やっぱり兄ちゃんって呼ばれるのいーなー……。もうずっと呼んでてほしい。
 なんて、少しほっこりとした気持ちになりながら、僕たちは歩行を再開した。

 それからしばらく色々と通路を歩いている間に、五回ほど戦闘があった。そのうちの二回は最初と同じく十体以上のモンスターに襲われたが、一回目よりも要領よく対処できた。
 僕が倒れるギリギリまでモンスターのHPゲージを削り、止めをソラが刺す。そのスタンスは崩すことをなく、戦闘を行っていった。そのお陰もあってか、ソラのレベルがひとつ上がった。嬉しそうな笑顔をこっちに向け、思わず僕も笑ってしまった。
 ふと思ったことがある。少し忘れかけていたが、もともと僕がここに来たのは、血の石と呼ばれる《ヘマタイト・インゴット》を手に入れるためだ。
 鉱石といったら採掘するもの、と僕は洞窟に入る前に思っていた(最初にやった大乱闘のせいで頭から抜けてたけど)。だが、今までこの洞窟には採掘ができそうな場所が一ヶ所も見当たらなかった。行き止まりのところは本当に行き止まりだし、見つけた未開封の宝箱のなかにも鉱石らしきアイテムは入ってなかった。
 ――ということは、だ。目的の鉱石は、この洞窟の最奥にいるボスを倒すと手に入るドロップアイテムだと予想できる。もしくは、この洞窟限定で出てくるモンスターのドロップアイテムという可能性だ。
 今までの戦闘から察するに、後者の可能性は薄いと思える。やはり、ボス的な何かがいるという線が一番濃厚だ。
 そして大分深くまで潜ったな、と思いながら、まだまだ僕たちは歩いている。
「……それにしても、長いなーこの洞窟」
「そうだねー……」
「そろそろ奥についてもいい頃だと思うんだけどなー」
「そうだねー……」
 すでにこの洞窟に入ってから、一時間以上が経過している。しかも、最初の戦闘後から休みなしでの探索、さすがに疲れが顔を出し始める。となりを見下ろすとソラの息は荒れていて、顔には汗がにじんでいる。そろそろ本格的に休みを入れないと戦闘に支障が出てくる。
 辺りを見渡すが、安全に休めそうな場所はない。前にも後ろにも道があるだけで、死角になりそうなところはひとつもなかった。ここが迷宮区だったら安全エリアが存在するのだが、普通のダンジョンには滅多にない。
「……ちょっと、試してみるか」
 今装備している曲刀から予備の曲刀に切り替え、壁に向かってソードスキルを繰り出す。
 ガギィイイン! と硬質な音がして、曲刀の切っ先が壁に触れる一歩前で止まる。その上には《破壊不能オブジェクト》という意味の英語が表示された。
「やっぱりか~……」
「どうしたの? ユウ兄ちゃん」
「いや、穴掘れないかなーって思って。やっぱり無理だったっぽい」
 穴が掘れたらそこに潜って休めるかなー、と思ったんだけど、それは叶わないらしい。まあ、穴なんて掘れちゃったら道を作り放題だから、無理だとは薄々わかってたけど……。
「どうしよっかな~……」
 武器をメインのものに戻しながら先を歩きつつ、休めそうな場所を探す。だが、やはり周りにあるのは土の壁と炎が揺らめく松明だけ。
 さらに数十分経過。色んな道を行ったり来たりしていると、今まで見たことのないコンクリートのような壁になった。もっと進むと、今まで一度も見たことなかった扉が現れた。扉には大きく何かのモンスターが抽象的に彫られている。
 多分この先にボス……もしくは、それと似た役割の何かがいるんだろう。今まで鍛えられてきたゲームセンスがそう告げている。さっきからずっとモンスターが出てこなかったのは、そのためだろうか。だからといって警戒を解くことはできないけど。
「ソラ……大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「休憩した方が……」
「大丈夫だよ!」
 問題ないと言ってはいるが、その声に元気はない。さっきよりも疲れの色が濃い。
 ……これ以上は限界か。
「やっぱり、ちょっと休憩しようか」
「えっ、で、でも、このとびらを越えたらもう終わるかもしれないんだよ!?」
「それでもだよ。多分この奥にいるやつは手強い。万全の体制でいかないと、こっちがやられちゃうかもしれないからね」
「うぅ……でもぉ~……」
「運が良いことに、この辺りはモンスターが出てこないしさ。壁に寄って座ろう?」
「……ごめんなさい……おれのせいで……」
「いやいや、僕も疲れてたし。それに休めるときに休まないとね」
 二人で扉のすぐ近くで固まって座る。どれだけ走っても疲れない体のはずなのに、腰を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。思わず息を吐く。
 ソラは相当疲れていたのか、壁に背中をぴったりとくっつけて足を伸ばしている。持っていた短剣も地面に置いてしまっていた。
「そういえば、さ、ソラは何でこんなところにいたの?」
 数秒空いてから、答えが返ってくる。
「……おれ、はやく強くなりたいんだ。だから最前線の近くでがんばれば、すぐ強くなれるかなあって……」
「……これ答えたくなかったら言わなくていいけど、ソラのレベルっていくつ?」
「25だよ」
「ていっ」
「あたっ!」
 ソラの脳天に軽くチョップする。
 SAOは安全マージンとして、その層よりも最低十はレベルが高くないと安全ではないと言われている。まさか、層の数よりも低いレベルだとは……。どおりでソラのHPゲージの減りが早かったり、ソードスキルの威力が低いと思った。
 脳天を両手で押さえ、軽く睨むように見てくるソラをただ静かに見下ろす。
 ――誰にも教えてもらえずに、この半年間戦ってきたんだろうか。ずっと一人で戦ってきたんだろうか。
 そう考えると、今ソラがここにいるのが奇跡のように思え、胸が締め付けられるように痛む。
 実際、奇跡だろう。誰の力も得ずに、ここまで来れて――何より、今日まで生きてこれて。僕が今の僕になれたのは、最初にコウが色々とレクチャーしてくれたからで、きっとそれがなかったら僕はとっくに死んでいるか、《はじまりの街》に引き返していただろう。
「……まったく、強くなりたいからって無理して死んじゃったら意味ないでしょーが」
「でも、この方法なら強くなれるって聞いて……」
 何気なく発された言葉に、僕は固まる。
「…………誰に?」
 恐る恐る聞く。地面に広げていた手はきつく結んでいた。
 確かに強くなれるだろう。この洞窟にいるモンスターから得られる経験値は豊富で、モンスター自体も対処しやすい。だから、ここでひたすら倒すという方法を続けていれば、確実に通常の倍以上のペースでレベルを上げることができる。
 だが、明らかに抜けているものがある――それはリスクだ。
 ここのモンスターは倒しやすい。だが、ここは群れで襲われる危険がある。その数は明らかに二十は越え、囲まれた場合、戦うか諦めるかの二択しかなくなるのだ。転移結晶で逃げようにも攻撃する手を緩めれば四方八方から攻撃が飛んでくる、そんななかでは結晶を取り出す暇も、転移する時間もない。
 ――いったい誰だ……? 誰が、中途半端な情報をソラに与えた。
 背筋に冷たいものが走ったような気がした。もし、僕がソラとここで会ってなかったら、ここで誰にも気づかれずにいなくなっていたかもしれない。そう考えると、震えそうなほど怖くなった。
 ソラは僕の方を見て、小さく首を傾げたあと、
「う~ん、よくわかんない。顔はフードで見えなかったし」
「男だった? 女だった?」
「男だったよ。すごく男の大人っぽい声だった」
「特徴も教えてくれるかな」
「身長はすごく高かったよ。見た目はじみで……う~ん……あとは、うまく言えないや」
「そっか……ありがとね、ソラ」
 教えてくれた情報をまとめて頭のなかに入れ込み、ソラにお礼を言う。
 ソラの言った人物は、僕には心当たりがまったくない。洞窟から出たあと探しだしてもいいけど、そんなの途方もないことだし、これからソラが同じ目に遭わないようにする方が得策だ。
「洞窟出たあとさ、ソラにここじゃなくて安全でレベル上げやすい場所教えるよ。何ならレベル上げ、僕も手伝うからさ」
「うん、わかった。……でも、ユウ兄ちゃんも予定あるんじゃないの?」
「大丈夫。そりゃあ、いつもってわけには多分いかないけど、できる限り付き添うよ。僕のことは気にしないでいいから、ね?」
「本当にありがとう、ユウ兄ちゃん!」
「まあ、大船に乗ったつもりで……とまではいかないけど、安心して。――よし、ソラ、もうそろそろ大丈夫?」
「うん! もうぜんぜん平気だよ!」
「なら、やろうか。早いとこ終わらせちゃってレベル上げに行こう」
 よいしょっと声を出しながら、勢いよく立ち上がる。
 特に意味はないけれど、屈伸や軽く腕を回したりなどストレッチをしたあと、扉に右手を静かに置く。となりにいるソラは短剣を握りしめ、力強い眼差しで僕の方を見ていた。
「もし、危なくなったら僕に構わずどこでもいいから転移結晶使ってね。いい?」
「うん、わかったっ! あっ! フレンド登録しとこうよ。そしたらこれからもすぐに会えるよ!」
「そう言えばしてなかったね……今やろうか」
 話の腰が折れたような気がしなくもないが、右手を扉から放してメニューウインドウを操作し、フレンド登録する。僕の数少ない友達がひとり増えた。フレンドリストに《Sora》という名前が追加された(よく小学生でアルファベット使えたなー、と少し感心してしまう)。
「よし、これで大丈夫だね。――それじゃあ、準備はいい?」
「うんっ! 頑張ろうね、ユウ兄ちゃん!」
「もちろん!」
 笑顔で頷いてから、また右手を扉に置いて、静かに力を入れて押す。すると、左右の扉がゆっくりと自動的に開いていく。体に緊張が走った。
 扉の奥は通路……というわけではなく、大きな部屋だった。迷宮区のボス部屋ほどの広さはないが、それを彷彿とさせる。部屋のなかは、今までの通路と同じように松明が壁に一定の間隔で設置されていて、部屋全体がぼんやりと明るい。しかし、部屋の奥の松明は火が灯っておらず、暗くて把握できなかった。
 天井まで火の光が届いてないから、高さがどれぐらいあるのかわからないが、壁が丸いカーブを描いているから、きっとこの部屋は上から見下ろすと円型なんだろう。
 僕は武器を構えつつ、一歩一歩静かに部屋に入っていく。地面もコンクリートのように固く、砂利などはない。ソラも僕より少し後ろからついてくる。
 部屋に入る前に、索敵スキルを使っていたからわかっていた。この部屋にいるモンスターは一体ということ。そして、このモンスターは――このメンツだとキツいということが。
 ズシン、ズシンと地面が揺れる。
 奥の暗闇から出てきたのは、松明の灯りに照らされ、黒い輝きを放つ――一匹の巨大なドラゴンだった。 
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