大刃少女と禍風の槍
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十四節:上を目指す理由
前書き
グザの技術的なランクを簡単に表わすと、某猛犬兄貴に+α(蹴り等)ってところでしょうか。
飽くまで槍を扱う技術であって、スピードやパワーはまた別問題ですけどね。
……まぁグザの性格的に言って、直情的というよりは変則的な槍捌きでしょうが。蹴り交えて来るしなぁ……。
―――では、本編をどうぞ。
―――――突然の話になるのだが、全100もの層が連なり形成される浮遊城・アインクラッドは、適当にそれらしい街やダンジョン、フィールドにモンスターが配置されている訳ではなく、各階層毎にそれぞれちゃんと “テーマ” が決まっていたりする。
第一層は主街区がまんま【始まりの街】と名付けられていたり、フィールドは主に草原ながら、それぞれダンジョンが山あり谷あり……どころか池も有り森も有り、沼や洞窟にちょっとした砂地まで存在していたりと地形にとんでいる事から分かる様に、そのテーマは『冒険に慣れる為の最初の一歩』だったりする。
そして現在プレイヤー達が攻略中の第二層は、テーブルマウンテンの群や一層以上に広い草原が主な地形であり……しかしそのテーマは何も『平ら且つ広い自然』等といった大雑把なものではない。
では何なのかというと―――ずばり、『牛』。
もう一度言おう―――――『牛』である。
……この言い方に何の誇張もなく、テーマ自体『“牛”』としか形容できないのだ。
仮にもっと付け加えるのならば、差し詰め『モーモー天国』『牛まみれゾーン』などと……正直に言って身も蓋もない例えが一番妥当なところか。
だから出て来るモンスターも雄牛に雌牛に暴れ牛、巨大な猛牛にトーラス族と、まさに『ウシシな奴等』のオンパレード。
そんな最初は《カウ》、続けて《ブル》、更には《オックス》―――なテーマを携える階層なモノだから、高級なNPCレストランのメニューはガチモノの “ミディアムレア・ステーキ” だったりもするのだ。
オマケに現実よりは種類が少ないものの、サイズや焼き加減を選べてしまう場所もあるらしい。
……バフ付きメニュー以外はさして重要では無かろうに、一体何故そこまで拘ったのか。
キリトが語るに―――「アイテムやグラフィックではなくて、何でそんな所に力を入れたのか、開発者さん達の思考が分からない」―――との事だ。
兎も角……そんなモンスターや料理問わず、牛に関してはバラエティ豊かな第二層。
必然的に第一層よりも値が張る分、高級店なら味付けも違うであろうし、庶民的なNPCレストランでもそこそこ牛は出るかもしれない。
…………だから、店によっては変わり種があるのも当然であり―――
「うっげ軟っ!?」
「うお、堅っ……」
―――珍妙な牛料理が出て来るのも、ある意味当然の流れと言えた。
さて……彼等がその開発スタッフかもしくはシステムの悪戯が生んだ、奇天烈料理を口にするまでの経緯を簡潔に説明しよう。
フィールドを後にしたグザとチヨメは一先ず腹に湧いてきた仮想の空腹感を消そうと、腹ごしらえするべく街の一角にあるレストランへ寄る。
西部劇にでも出てきそうな渋さと、モダンな佇まいが合わさった建物であったものの……立地場所が奥の奥であり、やたらと古びた木材と………内にNPC以外誰も居ないこと。更に漂う妙な臭いが何とも言えぬ不安感を煽っていた。
が、グザは割と如何でも良かったのか文句は無し。チヨメも対して店の景観を気にしてはおらず、ズンズン大股で入店した。
喜色満面に席へ付いたチヨメの奢りで、二人は『ウィムズ・ステーキ』という同じメニューを注文。
三分と経たずあっという間に料理が運ばれてくる。
そうして二人の目の前へ、デミグラス(の様な)ソースが掛った一品と、オニオンソース(みたいな物)で設えた一品が、ドン! と音を立て置かれた。
牛肉とソースが焼ける香ばしい香りと、己の顔を超える大きさのボリュームに、チヨメの喉は鳴りグザの口角も上がる。
そして手の上でフォークを回したグザと、元気よく「頂きます!」を唱えたチヨメが、同時にステーキへかぶり付き―――
「豆腐じゃんか、これ豆腐じゃん!! 噛まなくていいってか味ねぇよ!?」
「…………隠し味に鉄でも入ってんのかい……コレ……」
―――冒頭の台詞に繋がると言う訳である。
ちなみに『ウィムズ・ステーキ』の “ウィム” とは英語で『気まぐれ』の意味であり、アルゴ曰く―――「一種のアタリと三種の普通、二種のハズレがランダムに入れ替わるステーキなのサ」―――らしいとの事。
即ちこの二人、入って早々二種類の “ハズレ” をそれぞれ引き当ててしまった様だ。
運が良いのか悪いのか、分からない二人組である。
コレの真実をグザ達が知ることとなるのは……まぁ大分後なのだが。
「う~ん……不味くは、ねぇけど……けどよぉ……」
「まあ、不味かぁないさね。ソレ “だけ” だけども」
幸いにして決して食えない訳では無い様だが、腹満たしの食事としてはこの上ない位最悪な選択だろう。
……暫くの間二人は無言でステーキを口に運び、堅過ぎるステーキをグザが漸く三分の二ほど食べ終えた所で、チヨメが話を切り出した。
「改めてだけどよ、さっきはアリガトなグザ! あんだけデッケぇ牛だとビビっちまって……本当ならレベルだって上げてっから、充分1人で出来んのに……」
「へぇ、幾つだい?」
「8だ! もうすぐで9行くな!」
キリト等ゲーマーだとレベルを明かすのは渋る所なのだが、グザもチヨメもゲーム初心者であり、且つチヨメは隠し事が苦手なのか、グザの問いに割とすんなり答えた。
観光目的で巻き込まれたのかと思いきや、そこそこ高めのレベルを持って居た様だ。
確かに現実ではありえない大きさの牛が迫ってくれば誰だってビビるし、少女の反応はある意味当然といえるだろう。
そんなチヨメの話を聞き……同時にグザは頭の中で思考を巡らせる。
チヨメはレストランへ入って大分経つのに、一向に入口方面から仲間が現れないのを見るに、恐らく彼女ははソロプレイヤーに分類される。
しかしキリトやアスナといったソロプレイヤーは稀なのであり、現在攻略目的のプレイヤーは、レベル平均値が10越えるかどうかの者が多く、加えて集団での効率的な戦闘により “数” で勝ち上がってきた者等が殆ど。
エギルやキバオウ達パーティー組の方が専ら大多数を占めている。
……が、例外こそあれど……今攻略を進めている殆どが早くにこの世界を受け入れ、スタートダッシュを決めた者らばかりだという事は、まず間違いないと断じて良い。
そして始まりの街に籠もっているプレイヤー達の半数以上はフィールドへ出る怖れから、装備ランクは愚かレベルすら碌に上げていないだろう。
強引にパーティーを組む事を進めても、恐怖心や逃亡の可能性なども踏まえて、正直対した戦力にならないのが関の山だ。
「ホント大変だったんだぜ? 周りの奴等は除け者にしやがるから、結構時間かかってよ……女がどうとか関係ねぇってのに……!」
何よりチヨメは喋り方や行動こそ男っぽくて豪快な気質だが見た目は完璧に “少女” であり、オマケにアスナには一歩劣るだけで中々に容姿が整っている。
ポニーアップを更に折って留めてある、近寄れば意外と艶のある闇色の髪。
見る者の心も晴らしてくれそうな、正に元気溌剌な笑顔。
サポーター状の鎧で分かり辛いが、スタイルだって良い方だろう。
オマケにアスナの様にフードケープなど被っておらず、見たまんまの性別だと言う事を教えている。
ならば仮に相手が見つかったとて―――「こんな娘をパーティーに入れられない」と相手が拒否してしまうかもしれない。
そして言葉から察するに、如何もそんな目に何度も会って来たようだ。
……このSAOはゲームであり、見た目が強さに関わる要素としては精々リーチや当たり判定ぐらいしかない。
だとしても……精神的なモノなのだからすぐには変られないだろう。
詰まる所、チヨメはこの世界で上層を目指すに置いて、かなり不利な位置にいたと言わざるを得ない。
ソロで居るのを選んだのではなく、ソロに “ならざるを得なかった” のだ。
されど……それならそれでモンスターの弱い【始まりの街】周辺で狩りをしていればいいし、寧ろそれが利口な判断だと言える。
(……一人でも闘える、か……確かになぁ)
―――なのに、チヨメは一人で腰の曲刀カテゴリ武器を振い、『牛を撃破する事自体は可能だ』と言えるランクまで伸し上がってきている。
安心感を得るためではなく、明らかにクリアへ助力する為、より高レベルを目指している。
……キリト達ベータテスターの助力は少なく、ビギナーから出た強者達も前線に居座り傍にはおらず、先に説明したように周りの者等の助力も期待出来ない。
そんな状況下で、ベータテスターが残したパンフレットを頼りに一人で勝ち抜くなど、並大抵の胆力では利くまい。
一体何が、彼女を其処までさせるのか……。
「其処までして……上に行く理由があんのかい? チヨメの嬢ちゃんよ」
「理由ぅ? んなの当ったり前な事だぜ!」
バン! と思い切りテーブルを叩いて立ち上がったチヨメは、拳を音が鳴る程握りしめ、強い感情の籠った声で主張し始めた。
幾つものパーティー相手にされない状態が、それこそ理不尽な理由から何度も続いた事で、コレでもかと溜め込まれた鬱憤も影響しているのだろう。
そして、恐らく怒りを抱くに足る訳を抱えてもいる。
……だからこそ彼女は強い怒りを放っており、先程までのお茶らけムードは吹き飛んで、真剣な空気が当たりに立ちこめていた。
「こんな糞ゲームさっさとクリアして、茅場の野郎を思い切りぶん殴ってやる為だっての! 何トチ狂ったのかやたらデケェ事件起こして、『HP0が現実の死』とか恐怖煽ってなんか理由があるかと思ったら……『世界を作り、観賞する為にこのゲームを作った』だぁ!?」
近頃は別方向に怒りが向いていて思いだす暇もなかった所為なのか……段々と思いだし感情が湧いててきたらしく、怒りが抑えきれないのか声の音量はどんどん増して、含まれる怒気も濃くなって行く。
もし此処だけを見た第三者が居たのなら、先までステーキで論を交わしていたなど、誰も信じないだろう。
「其処までする理由があんのかよ? 見てたいだけならテメェでNPCでも作ってテメェで眺めて満足してやがれってんだよ! オレらを巻き込む理由なんかねぇじゃねぇかっ!?」
チヨメの発言は的を射ており、正に茅場彰彦が狂気の天才であり、また狂い人である由縁を今一度教えているモノでもあった。
実験がしたかった為に一万人以上も拉致し、既に二千人に届きそうなぐらいの犠牲者を出す。
常識的に考えて、何の得もなさそうなこの計画に、一理あると頷ける人物はまず居ないだろう。
…………と、一気にヒートアップしたチヨメは、話しているうちに段々クールダウンしてきたのか、力を抜いてドカッと椅子に座り直す。
溜息を吐きながら項垂れて……やがてゆっくりと、顔を上げる。
「でも、さ……殴り飛ばしてやりたいってのも、まぁあるけどよ……ホントの一番は、ジッちゃんとバアちゃんの為なんだ」
「……それは、何故だいや?」
グザは敢えて、此処で『何故父や母 兄弟姉妹のじゃないのか?』とは聞かなかった。
否―――最初に祖父母が出てきた時点で、家族構成がどうなっているかなど、もう考えるまでもない。
離婚や生活環境の急激な変貌もあるが、最悪の場合はおそらく…………。
ソレが分かっているから、口を出さなかったのだ。
「実は、さ? SAOサービス開始初日が……オレの誕生日だったんだよ」
先程とは打って変わって、哀しげな雰囲気を滲ませながらチヨメは語り出す。
「オレのジッちゃんは凄くてさ、年取ってんのに筋肉あって武術やってて、超元気なんだ。でもその分働いてるから、色々用事があってオレの誕生日を碌に祝えた日が少ないってのを気にしてたみたいで……」
そして今年のチヨメの誕生日は運良く仕事休みの日であり、しかもSAOサービス開始と重なっていた。
そういう事もあって、今までの分を全てぶつけて祝ってやると言われ、溜めていたお小遣いや落し玉を吐き出してナーヴギアとソフトを買って貰う事になったらしい。
不摂生な体型の男性達や、線の細く色白なゲーマー達に混ざり……褐色に焼けた肌を持つマッチョな老人が混ざる様子は何だか可笑しくて、チヨメは一列に並んだ者等を見て思わず笑ってしまったのだとか。
「ゲーマーたちの情熱って凄くって、もう長蛇の列だったんだぜ? で、残り五本てとこで漸く買えたんだ! ……その時はジッちゃん滅茶喜んでて……オレもすっげぇ嬉しかった」
この祖父にしてこの娘有りと言うべきか二人は走って帰ると、早速ナーヴギアをネット機器に繋ぎ、サービス開始の時を今か今かと、チヨメと彼女の祖父、そして祖母は待っていた。
今晩の御祝いの事、御馳走の事、呼んでくれる既知の友人の事……SAOでのこれからの事も。
そして、いよいよSAOサービス開始の時間となり……………チヨメの大好物を一杯作って待っているから友達と冒険してきなさいねと優しく笑う祖母と、現実の武術が役に立つのか楽しみだと豪快に笑う祖父の姿を見ながら、嬉々とした表情で『リンクスタート』を口にする。
―――――その二人の特徴的で、しかし心に染みわたる思いやりの笑顔が……もしかしたら最後の光景になるかもしれない、絶望的な状況に陥るとも露知らずに。
……其処で一旦言葉を切り、大きく溜息を吐き出して、チヨメは哀しげに続けた。
「多分さ? ジッちゃん、後悔してると思うんだ」
「後悔か……それは、何故だい」
「……『今まで余り出来なかった分、今年はパーッと祝ったる!』って言ってたし、ナーヴギアとソードアート・オンラインを進めたのもジッちゃんだったし…………責任感強えから、オレがデスゲームに囚われたのは自分の所為だって、きっと責めてると思う」
もしも……SAOではなく別のソフトを進めていれば、
もしも……ナーヴギアだけしか購入出来なければ、
もしも……違うハードを買うか、そもそもゲームではなく別の物で祝おうとしていれば。
この異常な状況で……もしも、もしも、と考えてしまうのは必然であり、加えて責任感の強さもあるのなら、己が言い出してしまった事で招いた悲劇だと、強く後悔してしまうだろう。
かなり愛されていた様子で有る為……祖父母共に、心身へ大打撃を受けるのは間違いない。
「バアちゃんも滅茶優しいから、ジッちゃんが落ち込んでオレが死ぬかもしれないって事で……物凄い心痛めてんじゃねえかって思うんだ。……だから、オレは―――――」
そう……チヨメがクリアを目指す理由はほかでもない、
「―――さっさとこんなゲームクリアして、ジッちゃんとバアちゃんに元気な顔見せて、二人にも元気になって貰いたい! そんで……改めての誕生日と帰還できたって事でお祝いすんだ! もち、パーッとな!」
……自分の大好きな、大切な人間の為なのだ。
最初に怒っていたのも無理はない。
何せ、たかが『ゲームの中に人を閉じ込めて観察したい』だけで一万人も閉じ込め死ぬかもしれない状況を作り上げ―――――他ならぬチヨメの大切な人の心を、残酷な仕打ちでコレでもかと傷付けているのだから。
別段他人を気遣わない訳ではないのだから、こう言っては何なのだが―――前線から遅れたくないと闘っている攻略組の多数プレイヤーや、同じくキリトやアルゴの様なゲーマーの性から逃れられない人物に、果ては大胆な自己満足で完結させようとしているアスナに比べれば…………余りにも優しいと言わざるを得ない。
自分の為だけではない。
大切に思う身内の為、笑顔で居て欲しい他者の為に闘う。
……この上なく、肉親を想っての理由だった。
「まぁ焦ったって仕方ねぇから、自分の命だって大切にするけどな。こんなゲーム内で死んじまったらそれこそ親不孝もんだし、何の言葉も残せねぇから……」
「ハハ、良い心構えやね? 前に進もうと努力するに足る、良い理由だとオレちゃんは思うわな」
「! ……へへっ、サンキュ!」
ニッと歯を見せて笑い、やっと最初の牧羊的な雰囲気が戻ってきて、会話が終わったのだと告げて居た。
「えっと、さ? 何かオレの所為で白けちまったみたいだし、オレが奢るからもう一回ステーキ頼まねぇか? なんかアレだけじゃ腹減っちゃって」
「ヒハハ……そりゃあいい。オレちゃんもあんなんじゃ物足りないって思ってたとこさね」
言いながら二人は奇しくも、もう一度『ウィムズ・ステーキ』を注文する。
そしてまた三分と経たず―――目の前には先程とは違う、透明なソースが掛ったステーキが二枚、大きな音を立ててテーブルに置かれた。
心なしか前よりも香り高く、肉も分厚く見える。
多少警戒しながらも、グザは癖なのかまたフォ-クをクルリと回し、チヨメは思いきってフォークを突き立て、互いにステーキを持ち上げる。
グザは懲りないのかごく普通に、チヨメは恐る恐る口を開け、肉に大口でかぶりついた。
中から染み出してきたその味は――――
「うおっ……美味ぇ……美味え!」
「ヒハハ……ああ、本当にねぇ」
―――二人共に、 “アタリ” の味。
大きな想いを背負ったチヨメの背中を、まるで押すかのように引き当てられたそれは……勇気をも付けてくれる程の美味だったと言う。
後書き
……原作だと意外にも、《~だから現実に帰りたい!》って意見が少ないんですよね。
専らゲーマー達や、ゲーム内で目標を持てた人達の意見が多くて。
だからチヨメの様に、“終わらない不安を解消させたい、心配を抱えたままにさせたくない” とか “現実世界に居た人物の為に、早くゲームをクリアしたい!” ってプレイヤーが少しぐらいは居ても、良いかもしれないと自分は思います。
では、また次回。
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