ワグネリアン
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第二章
「何の変哲もない」
「ただ神話の時代や当時を再現しただけの」
「そこに思想もない」
「そうした演出がいいのかい」
「あれがいいんじゃないか」
こう二人に言うのだった。
「正道でね」
「正道!?それが何なのか」
「それはただの思考停止だよ」
二人は共に言う。
「アメリカの商業主義が出た」
「芸術も知性もない」
「あんなのは何のセンスもないよ」
「いいものは全くないね」
「そうして色々奇をてらった演出ばかりする」
だがだった、岩田はその二人に冷笑する様にして返した。
「それが今のバイロイトの停滞を招いているんじゃないかい?」
「それはメトのことではないかい?」
脇坂は岩田のその指摘にも反論した。
「ジェームス=レヴァインは何時までメトにいるんだい」
「ずっとだよ」
岩田は即座にだ、脇坂に答えた。
「ジミーはメトの為に生まれたんだからね」
「彼の音楽はどの作品でも同じだね」
シニカルにだ、脇坂は岩田に言い放った。
「何の芸もないよ」
「そういえば君はジミーの音楽は好きじゃないね」
ジミーとはジェームス=レヴァインの通称だ。ファンからは親しみを込められてこう呼ばれることが多いのだ。
「昔から」
「その通りだ、ワーグナーはやはり」
ここで脇坂が言う音楽家は。
「カラヤンだね」
「カラヤン?」
ヘルバルト=フォン=カラヤンの名を聞いてだ、岩田もだったが。
神谷はだ、とりわけシニカルな笑みを浮かべて言ったのだった。
「君は大丈夫かい?」
「カラヤンを駄目だというのか」
「彼こそ商業主義に走った第一人者じゃないか」
カラヤンをこう評するのだった。
「芸術性もない、ただの権力主義者だよ」
「そう言う君はだね」
「カール=ベームじゃないとね」
神谷が推すのは彼だった。
「駄目だよ」
「君も駄目だね」
岩田が否定した、神谷の主張に対して。
「カール=ベームはモーツァルトやリヒャルト=シュトラウスじゃないか」
「そちらが彼の本分だというんだね」
「そうさ」
まさにという反論だった。
「どうして彼がワーグナーなのか」
「それは君があまりにも無知ということの証だな」
神谷は岩田に即座に反論した。
「君はトリスタンとイゾルデを聴いていないな」
「そのカール=ベームのだね」
「そうだ、バイロイトで上演されたな」
その時のものを録音したCDのことだ。
「あの最高の音楽を」
「確かにあの上演はよかった」
岩田もそれは認めた。
「しかしそれは歌手がよかったからだ」
「ヴォルフガング=ヴィントガッセンとビルギット=ニルソンか」
「あの二人がよかったからさ」
だからだというのだ。
「最高だったんだよ」
「歌手あってというのだね」
「そうさ、あの時の上演はね」
戦後最大のワーグナーテノールのヴィントガッセンとやはり戦後最高のワーグナーソプラノニルソンがいてこそだったというのだ。
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