流星のロックマン STARDUST BEGINS
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精神の奥底
56 嵐の予感
前書き
今回はずっとシドウとミツバのトークです。
今まで一歩遅れていたシドウがようやく彩斗勢とスバル勢に追いつきます。
シドウは両手に弁当や菓子、飲料の詰まったビニール袋を両手に抱えて、例のカビ臭いビルの階段を登っていく。
ツンと鼻を突く匂いに顔を歪ませながらも、時刻も昼に近づき、徐々に客足が増え始めていることに驚いていた。
本物のマニアであれば、このような劣悪な環境であっても、モノがあれば気にすること無く足を運ぶということを思い知り、彼らの必死に商品を眺める様子にある種の敬意を払いながら、奥へ奥へと進んでいく。
そんな中、相変わらず客のいない店のドアを開いた。
「調子はどうだ?」
「!?…あぁ、おかえり。ホントにちょうど1時間で帰ってきた。おぉ、こんなにいろいろ買ってきてくれたんだ」
畳間にゴロンと横になって、冷房から放たれる冷気で涼んでいた“シャムロック”ことミツバはTISSOT・LADY 80 Automaticが示すシドウの行動の正確さに少し驚きつつ、起き上がった。
「ハロ~お茶もらうね」
「お前…ちゃんと調べてたんだろうな?」
「モッチー、だけど調べたものの…分からないことだらけって感じ。あくまで私に集められるのはデータだけだから」
「じゃあ、とりあえず分かったことだけ報告」
「いいけど…見てて正直、胸くそ悪い話だお?」
先程のようにスラング混じりの軽めの口調なのは変わらないが、何というか元気が無い。
それは冷蔵庫に買ってきた食料を入れながら、顔を見ずとも分かることだ。
確かにシドウが調査を依頼した事件は新聞で読むだけでも気分を害するものだが、ここまでの変化があるとは思わなかった。
ミツバは少しため息をつきながらPCの前に座る。
「どれからにする? Valkyrie?バラバラ殺人?」
「Valkyrie」
「りょ。Valkyrieは約1ヶ月前にこの国に入り、3週間前にデンサンシティに。それから銃器、ユナイトカード、ダークチップなんかの武器の売買を始めてる」
「買ってるのは、どんな連中だ?」
「これに関しては、正確には分からない。だから少し想像も混じるけど、買ったブツを所持してて捕まった連中のデータからすると…多分、組員やらそれを騙るチンピラ。でも割合的に一番を多いのは学生の不良たちだ。捕まった連中の約3割半が高校生、2割半が中学生だ。大学生が1割」
「約7割が学生…」
「もちろん大人の方が悪知恵が効く分、まだ捕まってない奴も多いから、一概には言えないけど、そこまで大きくは変わらないと思う。こんな感じで推測も交えながらでないと、うまく分からない部分もあるから、主観とか混じるけどおk?」
「あぁ」
「それでご存知の通り、武器を使った犯罪がここ数日で多発、警察はお祭り状態で既に数十名負傷か過労で病院送りになってる。データを見る限りだと数分から数十分置きに事件が起こるから、もう警察は頼れないと割り切るしかなさそうだね」
「警察は機能しない…だとするとやはりWAXAがちゃんと動かないと…」
「ぷっ、今更サテラポリスが手を貸す?シドウちゃん、冤罪だろうけどさ、裏切り者じゃん?それに新しい課長アレな人じゃん?いろんな意味でチェックメイトでしょ」
「知ってたのか?」
「いや私も警察がダメなら自衛隊かWAXAとは思ったけど、この経歴見て「ダメだこいつ…」っていうか」
ミツバはサブディスプレイに木場の経歴を表示してみせた。
少しドヤ顔に近い自信満々で鼻持ちならない顔写真と親のコネ無しでは今の地位、それどころか普通の社会生活が送れる立場にすらないような経歴がでかでかとシドウの目を汚す。
「で、Valkyrieの話に戻るけど、ここ数日で状況が一変。まず最初に倉庫代わりに使っていたプライムタウンの廃ビルが襲撃を受け、周囲の目撃者の証言によれば、一瞬のうちに瓦礫の山になったと」
「 そしてその瓦礫の山からダークチップやユナイトカード、武器が見つかり、秘密裏に探りを掛けようとしていた諜報機関だけでなく、警察や一般市民のその存在が知るところとなったわけか」
「この襲撃でビルの中にいた死亡者が9人、生存者は3人、意識不明の重体で瓦礫に埋もれる前にケルナグルールされた傷が多数。その他、巻き添えを食ったのは人間のクズ17人、ソッチ方面の奴やら10代で経歴にペケ付きまくりのクソガキ、指名手配犯に指紋やDNAだけデータベースに残ってた銀行強盗と大したレパートリー。ある意味、収穫?ってやつ?」
「その後は?」
「非常時に備えて準備していた拠点に移ったみたい。襲撃されるリスクがあるから、最初から倉庫に全部の商品があったわけじゃなかったんでしょうねぇ」
「この現場からは精神干渉波を広範囲に渡って拡散する奴らのグランドプランに必要不可欠な装置の残骸が見つかった。恐らく…」
「Valkyrieは作戦に失敗、でも既にディーラーの縄張りで好き勝手に商売して敵に回している。そこで牽制する目的も兼ねているのか、あらかじめ計画していたのか、シーサイドタウンの学校の地下サーバーに隠してあったジョーカープログラムを手に入れようと起こしたのが昨日おとといの立てこもり事件ってわけね」
「そういうことだな」
推理が当たったことで、ミツバは幾分か元気を取り戻して作ったご機嫌そうな表情でハローお茶を飲む。
「ちなみに二ホンに入ってきたValkyrieのリーダー格の奴の素性は?」
「あぁ、えっと…コイツ、安食空夢」
「二ホン人か!?」
シドウはどう聞いても十中八九二ホンの人間の名前が聞こえてきたことに驚く。
それと同時にミツバはサブディスプレイから木場のデータをゴミ箱に放り込み、安食の情報を出す。
「そ。名前もそうだし、この顔も整形でもしてない限り、二ホン人で間違いないね。いろんな諜報機関にマークされてる割に、謎だらけで手に入った情報もどこまで本当なんだか……」
「確実な情報は?」
「二ホン人、男性、身長175前後、細マッチョ、そこそこイケメン、天涯孤独、孤児院育ち、語学に堪能、常識にとらわれない柔軟かつ天才的頭脳と交渉手腕…くらいかな?」
「不確定なのは?」
「伊達メガネ、精神に障害有、薬物依存、左利き、挙げればキリがない。孤児院でいじめにあってたとか」
「面倒だな」
「頭ヤラれてる奴は何するか分からないからねぇ~」
「…シンクロナイザーとはソリが合わないわけだ」
「シンクロナイザー?あの子、元気にしてるの?てか、ディーラー抜けたシドウちゃんが知ってるわけないか」
「会ったよ、昨日。シーサイドタウンの事件現場でな」
「…はぁっ!?」
一瞬遅れて間抜けにも聞こえる驚きの声が聞こえてくる。
それもそのはずで、シドウの言葉をそのまま受け取るのであれば、シンクロナイザー、すなわち彩斗が事件現場の学校にいた。
それも事件現場と言っていることから、武装したValkyrieがいるであろう学校の中だということは、かつてディーラーという物騒な組織にいたミツバにはすぐに分かった。
しかしミツバが驚いた理由はこれだけではなかった。
自分の予想が正しいなら、裏で動いているであろうものの存在があったのだ。
面食らった表情のミツバにシドウは続けた。
「いいか、落ち着いて聞け。この倉庫、そしてシーサイドタウンの学校立てこもってたValkyrieを襲撃したのは、シンクロナイザー、サイトだ」
「じゃあ…あの子が…今、スターダストを!?」
「!?お前、スターダストのことを知ってるのか?」
「…昔、ちょっと計画に関わったことがある程度。でも…何でよりによって…」
ミツバは今までの軽めの態度を一変させた。
これはミツバにとって、いくつか予想していた事態の中でも最悪の事態だ。
自身も計画の全貌まで把握しているわけではないが、断片的な情報だけでも、当時のミツバにはスターダストが如何に恐ろしいものかが想像できていた。
既に今までとは別人、再びディーラーのシャムロックとしての顔に戻っている。
「あの子は無事なの!?」
「既に知っているかもしれないが、この学校での騒動の後、逃亡の際に残党と争い、WAXAを含むサテラポリスに追跡されたが逃げられた。恐らく死んじゃいないだろうが…」
「スターダストを使ってただで済むはずがない…」
「それに関しては、ヨイリーの婆さんも言ってた。でも、あれだけスターダストの力を引き出しているとなると、システムの求める要件にそれなりの資質を持っていた可能性がある」
「ちょっと待って…あの子、外に出てるの?」
「あぁ、恐らくディーラーがある程度の自由を与えて、野放しにしている。奴は胸に爆弾を抱えてる以上、ディーラーから離れては生きられない。だから裏切ることはないと高を括ってるんだろう」
「…全て繋がった」
ミツバは低い声でそうつぶやいた。
「ちょっとディーラーの動向から外れて、バラバラ殺人の方の話になるけどいい?」
「え?あぁ」
「このデンサン港で起きたバラバラ殺人、殺されたのは知っての通り、中学生・高校生って肩書だけ持った人間のクズ多数。犯行時刻は深夜、被害者たちはこの時間帯にそこでいつも群れてたらしい」
「中学生と高校生、Valkyrieの客とも一致するな」
「実際、現場からはValkyrieが売ったと思われる拳銃や刃物が見つかってるし、間違いない。殺された連中の大半は鋭利な刃物による刺殺。凶器のデータベースから照合した結果、該当するものは無し。でもその切り口から日本刀か青龍刀のような類のもので、そこらのホームセンターじゃとても手に入らないものらしい」
「酷いもんだ…」
ディスプレイに表示される死体検案書や現場の写真といった捜査資料から、その凄惨さはマスコミに報道されていたものの比ではないは明らかだった。
心臓が真っ二つになっている死体や足や腕、指、首が切断された者もいれば、すでに人間の形をしていない者までいる。
その状況と今までミツバが手に入れた情報を兼ね合わせると、ひとつの仮説が成り立つのだった。
「あの子…マテリアライズ使えたよね?」
「あぁ…」
「今の世の中でデータベースに無い凶器なんてそう多くはない。でもあの子なら簡単に作れる」
「まさか…」
「捜査資料によると最初に怨恨の線で捜査した結果、浮かび上がったのは、ガキどもに虐められていた少年だったらしい。詳しいデータはまるで掃除されたかのように見つからなかったよ。学校の方にも顔写真すら残ってなかった。ここまで綺麗さっぱりしているということは、経験から言わせてもらえば」
「ディーラーの情報操作」
「そう。でも聞き込みで得られた情報を総合すると、似てるんだよ…あの子に」
「……」
「連中が殺された1週間そこら前、ガキどもはこの少年と彼と親しくしていた少女に集団で襲い掛かり、少女は瀕死の大怪我、少年共々病院に運ばれた。少年の方も普通に考えたら全治3週間はする大怪我で意識不明だったものの、意識を回復して姿を消したらしい」
「恨みを持つには十分ってわけか。今まで自分を虐めてきただけでなく、親しくしていた友達まで傷つけられた。だがもし仮に彼女の復讐だったとしても、なぜ今、Valkyrieと?」
徐々に繋がってきた感触を感じながら、お茶を手に取る。
しかし飲む気にはならない。
この血まみれの現場とグロテスクな遺体の写真を前にしていては、喉がいくら乾いていようと、喉を通る気がしない。
「そりゃ、ガキどもに武器を売ったからじゃない?ガキのやることなんて、たかが知れてる。でも自分が他の者を圧倒する武器を手にした時の行動は想像を絶する。それはカードゲームのレアカードかもしれないし、最新のゲーム機かもしれない。でもこのガキどもはそんなものとはレベルが違う銃やナイフっていうものを手に入れた。それが引き金だった」
「もしValkyrieが武器を売らなければ、虐められるだけで済むはずだった。命を失う瀬戸際まで追い込まれることはなかったと思ったってわけか?」
「大人のシドウちゃんには分からないかも。子供だからこそ、分かったはず。自分がもし、彼らと同じ虐める側の人間で銃を手に入れたら?もし手に入れなかったら?この少年は容易に想像できたはずだ。あとは感情の赴くまま…何回も死なないように、急所を外しながら、痛めつけ、絶望を与えながらとどめを刺す」
「そして犯行後、子供たちに武器を売りに来たValkyrieと遭遇してしまった…」
「そんなとこだろうね。でもスターダストを手に入れたシンクロナイザーに返り討ちにあった」
「これが事件のあの夜の出来事…」
「あと警察が駆け付けたのは未明だったらしいから、先にこの騒動を嗅ぎ付けたディーラーが現場に現れて工作をしたみたいと思う。その証拠に指紋どころか髪の毛1本残ってなかったらしい。少年たちが毎晩のように屯っていたはずなのに、それらしい痕跡も見受けられないくらい綺麗なもんだったって」
「……何もかもが酷すぎる」
シドウはそう漏らしながら、聞き込み調査の資料を見ていた。
この一連の事件全てに言えることだが、どれもこれも凄惨さに満ち、人間の悪意が溢れている。
もちろん今の2人の会話の中で辿り着いた事件の夜の出来事も、想像力を膨らませていった結果に導き出されたものに過ぎず、真実かどうかは定かで無い。
インターネットが使えずに情報が少ない中では、そうでもしなければ、推理すら成り立たないので止む得ないことではあるが、他の可能性から攻めていっても、そう大差はない結論に至る。
更にはValkyrieの行動やそれを使った市民たちの行動はともかく、この被害に遭った中高生たちの行動も悪意に満ち溢れていた。
彼らが今回、疑いの目を向けられた少年に行っていた言葉にするのも憚れるような“仕打ちの”の数々は目から得られる文章としてシドウの頭の中にズカズカと入り込み、想像され1つの形となった。
無視や陰口など可愛いもので、日常的に行われた集団での暴行、嫌がらせ、受けていた本人の証言ではなく、被害を受けていたわけでもなく傍から見ていた生徒たちや教職員の証言だというのに、克明にその光景が頭に浮かぶ。
むしろ本人以外の見ていただけの人間の証言だけでもここまでの凄惨さを感じるのだから、受けていた本人からしたら、どれだけ残虐なものだったのだろうか。
きっと少年にとっては死んだ方がマシに思えるような体験だったに違いない。
もう想像するのも悔しくて、辛くなってしまう。
これこそがミツバの様子がおかしかった最大の理由だったのだと、シドウは悟った。
もちろん、今までのバラバラ死体の写真だけでも気分を害するには十分なものだろうが、子供が好きなミツバがこれだけ酷いことをされていた少年の心中を察すれば当然の反応だった。
「うん、酷い。酷すぎる。Valkyrieも被害者たちも」
「仮にシンクロナイザーが犯人だったとしても、年齢的には刑事未成年。その上、戸籍も無い法律上存在しない人間。きっと起訴も裁判も成立せず、裁きを受けることはない。だがそれが不思議とラッキーに思えちまうよ」
「私さ、子供ってのはさ、いろんな可能性と未来を持った宝物だと思ってたよ。みんなどんな振る舞いをしても、心の中は純粋だって。でも…この被害にあったクズたちの味方にはどうしてもなれない。可哀想だ!って気持ちが湧いてこない」
ミツバは悔しそうな顔をして、思わずテーブルを叩いた。
「ちなみに事件の1週間そこら前にシンクロナイザーと一緒に襲われたっていう少女は?」
「えっと…アレ?」
「どうした?」
「被害にあったのは『高垣美弥』、この子、高垣美緒の娘だ!」
「なんだって!?」
「意識不明の重体で湾岸病院に緊急搬送されてる。クラス委員で成績優秀、それに…」
「ん?」
「数年前にイジメに遭って、死にかけてた経験があるみたい。その時に大規模な手術を受けて、奇跡的な回復をしたらしいんだけど、そのせいで長時間の手術ができず、今回は本当にマズいらしい」
「なるほど…条件が揃ったな。完璧だ」
「どったの?」
シドウは怒っているような笑っているような形容しがたい顔をして、声を上げた。
「自分がここまで凄惨なイジメを受けて、助けてくれた友達まで傷つけられて、その原因を作った武器を売った組織の幹部がその母親で?その上、ガキ共は反省するどころか調子に乗り、母親と組織は娘が死にかけてるっていうのに武器を売り続ける。これだけの条件が揃えば、どんなに優しく純粋な心を持った奴でもおかしくなるさ」
「……」
「ずっと考えてたんだ。あのシンクロナイザーがどうしてここまで?ってな。あいつは口数は少ないし、積極的にコミュニケーションを取るようなタイプでもないが、本当は明るくて、優しくて、純粋な奴だ。学校であいつがスターダストだって知って、今までのデンサン港やプライムタウンでの事件の犯人があいつなんじゃないかって思い始めたあたりから、さっきお前の情報でほとんど確定してからも、どうしても腑に落ちなかった」
「私だって、未だに信じらないよ…」
「仮にシンクロナイザーがスターダストだということを知らなくても、その行動からは正気でないというか…まるで復讐のような強い憎しみを感じられた。でもこれなら納得だ。オレだって、冷静でいられる自信はない」
なぜ彩斗がスターダストになったのか、計画の失敗したはずのValkyrieがなぜ未だにデンサンシティに残っているのか、分からないことはまだ多い。
しかしなぜ彩斗があのような凶行に及んだのか、そしてなおValkyrieを追っていたのかは痛いほどに理解できた。
シドウは一度、深呼吸して畳に横になり、血の上った頭を冷やして、冷静さを取り戻す。
そしてミツバの心中も鑑み、話をValkyrieに戻した。
「本題に戻るが、その後のValkyrieの動きは?」
「……」
「大丈夫か?」
「うん…Valkyrieの動きね。分かってる。ここら辺がシドウちゃんの一番欲しい情報だろうと思って、念入りに調べてあるよ」
「スマン。普段は軽そうに見えるけど、お前が本当は子供が好きで優しい奴だってことくらい、分かってるつもりだったのに」
「なんで謝るのさ?私は軽くて、ノーテンキ。ちょっと暑さにヤラれて、調子が悪いだけだよ」
「ふぅ…そうか」
「そうだお?ふふっ」
ミツバは気丈に振る舞ってみせる。
しかし本当はかなりのショックを受けていて、気が気ではないだろう。
シドウはミツバに協力を仰いだことを正直、悔いた。
この街には金さえ渡せば、仕事をこなす情報屋をまだ数人知っていた。
ミツバに比べれば能力こそ劣るだろうが、情に流されることもなく、物事をただの情報としてかき集めてくる血も涙も無いような連中を。
はっきり言ってしまえば、事件のあった廃工場からスターダストの反応があった、そして彩斗がスターダストであると知った段階でそれとなく予想はできていた。
実際、この結論に至っても特に驚きはしなかったが、ミツバにとっては相当、残酷なことをさせてしまった思っている。
しかし反面、Valkyrieのことだけでなく、ここまでのことが分かったのもミツバの人柄と能力ゆえのことだった。
シドウは心の中で素直にミツバのことを評価した。
「Valkyrieは昨日解決した籠城事件っていう目立った行動を取ったことで、街の裏でコソコソ行動してたベールから飛び出した。これによって、ディーラーみたいな裏社会の連中はもちろん、一般の人たちにもその存在は知るところとなった」
「『飴PMCがテロ活動・ニホンの安全神話崩壊への序章』か…この街を見ただけでも十分、崩壊してるが」
ミツバが取り出した久々に手に取る紙媒体の朝売新聞の見出しを見るやいなや、シドウは手首のスナップで新聞をゴミ箱に放り捨てた。
「おそらくこの事件の目的は2つ。1つはもちろんディーラーの隠していたジョーカープログラムを筆頭に保管された多くの企業のデータを盗むこと」
「もう1つあるのか?」
「うん、ディーラーの注意をジョーカープログラムに惹きつけておくことで、それに乗じた隙を狙って商品をデンサンシティで売りさばくことだ。デンサンシティはディーラーの縄張りだからね。でも不思議なことに、ここ数日で特に力を入れて売ってるのは、銃や爆薬より断然、ダークチップやユナイトカードの方みたい」
「待て、今もまだこの街で商売を続けてるのか?」
「うん。学校に籠城した奴らは全員拘束され、警察に紛れていたスパイも捕まったけど、人数的にニホンに入ってきた連中の半数程度。ディーラーでのいわゆるメインチームは作戦通り籠城に乗じた後も懲りずに商売を続けてるみたい」
「…なぜだ?」
流行りもしないのに粘り強くと言えば、聞こえはいいが、言い換えれば、性懲りもなく、引き際を弁えず店を畳まない光景は別に珍しくもない。
しかし闇の世界において引き際とは、かなり重視される問題だ。
普通の人間なら気にもしないことだが、闇の世界を生きてきたシドウにはValkyrieがまだデンサンシティで商売を続けているというのは、理に適わないことだった。
「なぜって?」
「なぜ今になってダークチップやユナイトカードを売る必要がある?プライムタウンの1件で既に奴らの計画は失敗したというのに、未だにカードとチップを売る?それどころか昨日、ディーラーを牽制するカードを手にする計画も失敗したのに、この街に留まり続けている?敵のホームグラウンドで下手をすれば、袋叩きに遭う可能性もあるのに」
「確かに…言われてみればその通りだ。チップやカードを介して、精神に悪影響を与えるのが奴らの目的。その媒体に司令を送る装置が壊されたのに、武器ならともかく、そのためのチップやカードを必死こいて売る必要はない…それにディーラーにリンチに遭うリスクを考えれば…」
Valkyrieもバカではない。
実際にデンサンシティにおける商売敵であるディーラーの弱みであるジョーカープログラムを狙って牽制し商売をする、そもそも海外はおろかニホンですら治安が悪くなっていることを知っている者が少ないデンサンシティをターゲットにしている段階でその一連の行動にはある程度、合理的なものがあった。
それを踏まえれば、この織田の城下町に今川軍が攻め込んで商売をするような無謀で理に適わないような行動にも何か合理的な理由があるということになる。
最悪の仮設が2人の頭に過ぎった。
「まだ計画は終わってない…?」
「その可能性は十分にある…嵐の予感がする」
気づけば次の瞬間、シドウはミツバの隣に座って、集められた資料に向き合い始めた。
Valkyrieの計画はスターダストとの2度目の戦闘、すなわち装置がプライムタウンの倉庫とともに吹き飛んだ段階で確実に一度失敗している。
しかしこの期に及んで行動を続けているということは、その装置無しでも計画を続行できる手段か、もしくは全く別の計画が残っているということだ。
何か手がかりは無いかとこれまでの資料を目を皿のようにして漁る。
「何をする気だ?何を見つけたんだ?何か手がかりは…」
「資料見たままでいいから、耳だけ貸して」
「あぁ」
「んで、学校での1件が片付いた昨日の19時以降もValkyrieは懲りなく商売を続けていた。ビジネス都市として人の出入りが激しいこの街で売ることで、ニホン中に効率よくばら撒ける。実際、他の都市でもダークチップ使用やユナイトカードを使って暴れたって案件が昨日今日でも181件確認されてる」
「しかも今日はハロウィンパレードがある。この日に備えて、いろんな企業や団体が準備しているから、通常の数倍の人間が出入りしていることになる。まだ発覚してないだけで、実際はもっと広がってるはずだ」
「だけど今日の未明、デンサンシティ中でValkyrieの売人と思われる連中が襲われる事件が起こってる」
「なに?」
「全員が死んだか意識不明の重体。しかも驚く無かれ。8割の連中がほぼ同時刻に僅か数秒の間で倒されてる」
「んなアホな話があるか!?目撃者は?」
「プッ」
ミツバはシドウのここまで驚いている様を初めて見て、思わず笑いをこぼした。
しかし当のミツバも最初は信じられずに、心の中で「んなバカな話があるかないな(笑)」と1人で同じような反応をしていた。
「目撃者によるとね、斜めに降ってきた雷で一瞬、目の前が真昼のように明るくなったと思ったら、橋の上にいた黒服紫ネクタイに真夜中なのにサングラスのいかにも怪しい男と客らしい男が大やけどを負って、橋から落っこちてきたと。これってさ?超高性能のテーザー銃的なもので狙い撃ちにされたってことかね?」
「仮に射撃だとしても、何らかの高速移動マジックだとしても、どう考えたって人間技じゃない。あと残りの2割は?」
「こっちはちゃんと戦闘の目撃証言が数件取れてるっぽい。裏路地で取引してるところに灰色のスーツを着た奴が落ちてきて踵落とし、更には同じ特徴の奴が病院の近くで不気味なマスクを着けた集団を相手にボッコボコにしたらしい。他にそれっぽい奴がすぐそこのUXプラザに現れて、やはり1人で集団を相手に暴れたとか」
「不気味なマスクの方はジャミンガーで間違いないだろう。あと灰色の方は…」
「スターダストだよね、間違いなく」
「こいつに関しては、アシッドが感じ取っている」
『えぇ、この資料の犯行時間と思われる時間帯とも一致します』
「それに実際に昨日、あいつはオレの前で20人近いジャミンガーを相手に格闘だけでなく、ブラスターで風穴を空けてみせた。あれだけの戦闘技脳と射撃の腕があれば十分に可能だっただろう」
「でも何で射撃だけで完結できなかったんだろ?8割の連中は数秒で片付けたのに」
「あいつは頭がいい。1人一人の標的に合わせて射撃の場所を変えるようでは手間が掛かるし、その間に取引が終わって逃げられるリスクもデカイ。だから街全体を見渡せるような場所から撃って、大半を片付けて、建物の影や病院の近くには直接出向いて戦闘を行ったんだろう」
「なるほど。じゃあ、この現場の位置をマーキングした地図からすると…」
「おそらくはデンサンタワーの展望エリアの屋根の上からだろう。UXプラザやここの裏路地が立地的に狙えないけど、他の場所は病院を除いて全て狙える高さもある」
「ちょっとディスプレイに触らないであげてよ…」
ミツバは地図上のデンサンタワーを差すシドウの指を弾く。
そして一度、ため息をつくとSDカードサイズのデータストレージをシドウに差し出した。
「今回集めた情報の全てが入ってる。あとから見返すのに、便利でしょ?」
「そうか。報酬はいくらだっけ?」
「今はいいよ、ツケとく」
「え?あっ、そう。ところでValkyrieの今の拠点は?」
「ココ。今、改装工事中の図書館。多分、改装業者がValkyrieに乗っ取られてたんだと思う。その中にもちゃんと入ってるし、オフラインでもナビゲーションできる」
「なるほど」
「もしこの図書館から逃げられた場合に行きそうな場所も幾つか。あとシンクロナイザーがいそうな場所とその友達の入院してる湾岸病院の住所」
「シンクロナイザーのいそうな場所?」
「実を言うと、このシンクロナイザーと思われる少年のデータに関しては、ほとんど手に入らなかった。ディーラー側が手を回したのもあるだろうけど、学校ぐるみ隠蔽しようとしたからだと思う」
「チッ、あのガキ共あって、学校有りか」
ミツバは今まで多くの情報に触れてきただけあって、多くの経験則を持っており、非常に類まれなる想像力を持っていた。
例えば、ある会社の社員として登録され、データベースにもその旨の情報があったとする。
しかしいくら洗っても埃が出ない奴はむしろ怪しい。
それどころか、誰かに詮索されてもいいように、データベースに情報を用意するだけの権力かそれを持った組織が裏についているというところまで想像がつくのだ。
今回の場合は逆にデータが無い。
それも学校という子供を扱う商売であり、データが存在しなければ不自然でしかない。
これは学校側が自分たちのミスを隠しているか、何らかの都合で隠蔽をしている時に他ならない。
「シドウちゃんも気づいてるかもしれないけどさ、多分、シンクロナイザーは今、ディーラーの命令で動いているわけじゃない」
「あぁ、まさかディーラーが自分たちの存在が明るみに出るリスクを犯してまで、シンクロナイザーの個人的な怨恨を晴らさせるわけがない」
「それにシンクロナイザーが手に入れたスターダストを戦力として取り込んで、Valkyrieに対抗しているなら、ジャックとクインティアも動いていないとおかしいしね」
「でもスターダストの行動を見る限り、間違いなく誰かが裏で支援している。昨日の学校でも武器やバイクの装備面、それに逃亡に関して支援した何者かがいたのは間違いない」
「多分、ハートレスだよ」
「だろうな」
支援者の存在に関しては、2人の頭には共通してハートレスの顔が浮かんでいた。
ディーラーの命令を受けていない彩斗があれだけの装備や支援を得られたとすれば、ハートレス以外のバックがいるとは考えられなかった。
「だから一応、ハートレスが持ってる複数の名義の中でこの街にある物件の住所を特定した。おそらく2人は一緒にいる」
「了解。助かった」
「あぁ、そうだ。今回、ツケるのを条件に1つお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん…あの子のこと、頼んだよ…!」
「あぁ」
シドウは全ての情報を聞き終え、出口のドアに向かって歩き始めた。
まず最初に向かうのは、このValkyrieの拠点となっている図書館。
おそらくこちらの方がかなり分が悪い。
敵は武器商、そしてその武器の倉庫であり拠点だ。
丸腰で挑めば、数秒で蜂の巣になってしまうだろう。
扇風機で嵐に立ち向かうようなものだ。
それにこの安食という男からは危険なものを感じる。
1人で勝てる自信は正直無い。
『シドウ、無理はなさらなぬよう』
「あぁ」
まだ未完成なアシッドシステムでは長時間の戦闘は不可能、もちろん並のジャミンカーの性能のなど凌駕しているが、数によってはこちらが先に戦闘不能になりかねない。
アシッドも正直、不安だった。
今までシドウは未完成な自分と融合することで、敵の攻撃など受けていなくとも、血を吐くような苦痛を味わい続けてきた。
徐々にシドウの身体は慣れていっているが、同時に蝕まれている。
しかしドアノブに手が触れた瞬間、2人はミツバに呼び止められた。
「シドウちゃん、アシッド」
「ん?何だ?」
『ハイ』
「気をつけていってら~」
「…おう」
『了解』
2人はそう言って真夏の炎天下の下へ繰り出した。
後書き
今回はこれまでのことをシドウやミツバといった第三者の目線から、推測も交えて振り返りました。
長い話なので、今までも1回、事件の経過を振り返ったりしましたが、何度か振り返ってみることで次の展開が見えてくるっていう刑事ドラマでよくある展開を入れたかったのですが...(;'∀')
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