ソードアート・オンライン〜Another story〜
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キャリバー編
第224話 仲間の輪
前書き
~一言~
このお話も、やっぱりいつもより長くなっちゃいました……が!! よーやく! よーやく!! キャリバー編完結です~~!! やー、長かったです……涙
でもちょっと オリ分が少なめになっちゃった様な気がしてやまないのですが……、それでも ちょっとコレくらいが限界な……暖かい目で見て下されば、幸いです! 新たに考えついたら 変更・更新するかもですが、まだ未定となってます。
さて、次はいよいよ……あの少女との出会いの話。
SAOシリーズの中でも、特に泣いちゃったエピソード。
確かに、泣けたんですけど……悲しさが大半を占めてしまっているので、この小説では別な方向に行きたい、っておもってます! タグに『~~は、ぜったいに生存』って書いてますし! 笑
最後に、この小説を読んでくださって、本当にありがとうございます! 皆様のおかげで、ここまでやめずに来られたんだと、思ってます。
そして、これからも頑張ります!!
じーくw
その後も暫く 色々と騒がしかった。
折角迎えに来てくれたトンキーをそっちのけで、皆が騒いでいるのだ。レスキューの様に助けてくれたトンキーにとっては、堪らないかもしれない……が、トンキーの眷属達を救ったと言う事もあるから、もう、少し我慢してもらいたい。
主に、エクスキャリバーに潰されて、倒れているキリトを中心に、だった。
キリトは、ちょっと情けないやら、でも 剣が戻ってきてくれて嬉しいやら、と色々と入り混じっている様だが、結論から言うと キリトは やっぱり『嬉しい』と言う感情が圧倒的に大きい様だった。殆ど諦めかけていた黄金の剣と 早い再会を果たしたのだから。……自分を押しつぶしているのは、正直苦しい様だけど。
そんな時に、キリトに向けて 盛大にため息を吐いていたのは、リュウキだった。
シノンに、賛辞の言葉を掛けた後に、リュウキが剣を放り投げ、キリトを倒してしまう結果になったので、と言う事でキリトに手を伸ばした。
「それにしても、早くにシノンに頼めば良かったんじゃないか? 放る前に」
「うぐっ……、そ、それは……」
リュウキの間違いない指摘を受けて、思わず噎せてしまうキリト。
そう、あの弓使い専用のスペルがあれば、問題はあっという間に解決だ。
あんな、この世界では無理がある、と言える《超長距離射撃》や 《シノンにしか出来ないスキル》が無くとも、まるで問題ない。
トンキーから 円盤までは5m程しか離れていないのだから。
「戦闘中だけだな。キリトが冷静なのは……」
「う、うっさいなぁ! あ、あの時はやっぱり、動転してたんだよ……。それに、カーディナルって、性格悪いし」
「……まぁ、それは否定しないが」
カーディナルは、かの天才が作り上げた。
限りなく現実世界に似せて作った世界が、この仮想世界。だからこそ、全てが所謂ご都合主義には出来ていないだろう。――……現実とは そう言うものだから。
そもそも、今回のクエストに関しても、そうだ。
スローター系のクエストを用意したり、それが全くの嘘で欲に目が眩んでしまったプレイヤー達のおかげで、世界が壊れかけた。昨今では、情報の拡散速度が圧倒的に早い為、翌日には概要の全てが周りそうであり、色々と賛否が起こりそうだ。
「あはははっ、結果おーらいだよ?」
「そうだね。皆無事だったし、今回のクエストも……」
笑顔で包まれている。
レイナが、そして アスナが この空を見上げた。氷に閉ざされた世界に温かみが生まれようとしている。
そう、地底世界ヨツンヘイムの天蓋中央に深々と突き刺さっていたスリュムヘイム城が落下し始め、地上世界アルヴヘイムを照らす太陽の温もりがこの世界に顔を出したのだ。
「ん……、あの城の形状は、逆さピラミッド。だが、その上には同等サイズの構造体を隠していた様だな」
崩れ落ちるスリュムヘイムを見て、地上の大地に突き刺さり、見えていなかった部分が顕になった それを見て リュウキは呟いた。
「あ、それ、オレも思った。……アレ、相当広いぞ? 降りるだけのダンジョン構成で良かったよ……」
「まぁ、時間も限られていたしな。それはそうだ」
完全に顕になったスリュムヘイムは、正八面体の形をしている。ダンジョンを走破する時に、得たマップ情報によれば、各辺の長さは300m。つまり、上下の頂点間の距離は、一辺300mの正方形の対角線だ。
正直、いまさらどうでも良いが、計算を進めると、東京のスカイツリーの特別展望ロビーにも迫る程あるだろう、予想される。
「うへぇ……、ヨツンに降りる時に通った階段よりも、大変かも……」
「あはは……、スカイツリーもとっても、大きいから」
肩をすくめるリズと、苦笑いをするレイナ。
延々と降り続けた階段だが、ものの5分程しか掛からなかった。敵もいなかったから、それを考慮すると、それだけで大変だ。
「ほら、キリト。いい加減自分の力でも起きろ。エクスキャリバーを持ったまま、キリトを引っ張るのはきつい」
「自分で倒した癖に……」
キリトが、ぼそっと言った所で、リュウキは手を離す。
「……じゃあ、そのまま寝てるか?」
にこっ、と本当に輝いているリュウキの100万ドルの笑顔?を向けて、キリトをエクスキャリバー事、踏みつぶそうと構えるが、キリトは盛大に寝そべったまま両手を上げた。
「か、勘弁勘弁! す、踏みつけは もう十分だよ……」
何度もスリュムから受けているからこそ、暫くは味わいたくない攻撃、と思った様だ。
そんな、キリトとリュウキの珍妙なやり取りをしている間にも、笑顔は続いていた。
そして、暫く形状を保ってはいたのだが、遠雷の様な轟音を響かせながら、崩壊し、そして、グレートボイドに向かって落下し続けていく。
「でも……あのダンジョン、あたしたちが1回冒険しただけでなくなっちゃうんだね……」
正直広すぎるのも、考えものだ。と思っていたリズだったが、苦労した分、感慨深い物もあったらしく、小さく呟いていた。
「ちょっと、もったいないですよね。行ってない部屋とか、いっぱいあったのに……」
シリカも同じ気持ちだった様だ。ピナをぎゅっと抱きしめながら、そう言っていた。
ダンジョンに関しては、完全にズルだと思える方法で走破していった。ユイとリュウキのコンボ。……制作したカーディナルでも、多分、涙目になってしまうだろうと思える程。だからこそ、行っていない場所が、シリカの言う通り沢山あるのだ。
「全層。マップの踏破率は、37.2%でした」
リュウキの肩に乗っていたユイも、実に残念そうな声でそう補足をした。
致し方ない、とは言え、心情に反して《眼》を使った事も考慮して、――全てを受け入れたとは言え、やはり もったいないと言う気持ちは、リュウキにもある。だから、ユイの頭を 指先で軽く撫でていた。
「確かに、ゼイタクな話だよなぁ……。でもま、楽しかったぜ? オレは」
両手をバシっ! と腰に当てて、クラインは頷いた。
それだけであれば……良い締めの言葉、と言えるのだが、生憎クラインだから 気持ちよく終える事はない。 リュウキの方を向いて、物欲しそうな、奇妙な表情をした後に、これまた奇妙な声を出した。
「……なぁ、リュウの字よぉ。なんつゥか、その――《フレイヤ》ってのは、ちゃんとモノホンがいる女神サンなんだよな? あのトールのオッサンとは別によ?」
「なんだ。そのことか」
「なんだとはなんだ!! 夢見てもイイじゃねぇかヨぉ!! リュウキには、綺麗な嫁さんがいんだから、わかんねぇんだよぉ!」
盛大に、頬が一気に紅潮する様な言葉を吐くクラインを見て、咄嗟に前蹴りを打ち放つリュウキ。レイナも同じく顔を赤くさせていた。
――それにしても、如何に相手がいないと言え、NPCに走るとは、これ如何に?
と、女性陣は大体が考えていたのだが、口に出さなかったのは優しさだろう。
やや、複雑な表情を見せるのは、ハッカ草を加えているハードボイルドな弓兵だ。
だけど……、まるでお守りを出すかの様に、懐に仕舞っておいた ハイポーションが入った瓶を取り出した。
――……今回のイベントもそうだけど、前回のGGOでのイベントも、沢山共にしてきている。……彼女にも負けない位。
シノンは、そう思った。だから、色々と複雑だけれど、『今は良いよ』 と言う事にした。シノンも第二ラウンドを狙っている、リズに習っている様だ。因みに、このハイポーションは……リュウキに上げて、空になった瓶に再び詰めた物である。
『……そ、それに、このハイポーションは、いつ飲んだら……///』と、色々と悶えてしまい、やや心中で修羅場になってしまっているのは 別の話。
そして。
「あ、あはは……。ちゃんといるよ? 女神フレイヤだよね。うんアース神族だもん」
クラインに助け舟を出したのはリーファだった。
リュウキ程、覚えている訳ではないが、リーファ自身も沢山見てきた物語の1つだから、それに関してはしっかり思い出しているのだ。
「おーー、そっか。ンじゃあ、どっかに行きゃあ会えるかもしんねーな」
「……かもしんないね」
リーファは やや歯切れが悪い様子だった。
「ん。だが、アースガルズはALOにh「リュウキ君も、そー思うよねー?」……ああ、そうだな」
リーファの意図を察した様で、リュウキも半ば強引に頷いた。頷かされた? というべきだろうか……。キリト✖アスナ リュウキ✖レイナ の2組みがうらやまけしからん! と嘆いている《3人衆》が1人だからこそ、であるのは別の話だった。
だが、そんな考えも、色んな想いも全て吹き飛ぶかの様な、出来事がここヨツンヘイムに現れた。それは、地上の恩恵がこの世界にも現れたのだろうか。……或いは、エクスキャリバーを引き抜いた為、なのか。
明確な答えは出ないが、確かに、それは起こった。
《グレートボイド》に止めどなく飲み込まれていった氷の巨城。……無限の闇に消えゆく……のではなかった。穴の底に、何か光が見えたのだ。その光は、きらきらと青く揺れ たゆたう輝きは、間違いなく《水》。《水面》だった。底なしと思われていたボイドの奥深くから、先程とは別種の轟きをうみながら、大量の水が迫り上がってくるのだ。
「あっ……、上!」
そして、あることに気づいたシノンが咄嗟に右手を上にあげた。
反射的に皆も振り仰ぐと、またしてもとてつもない光景が眼に飛び込んできたのだ。
僅かに地上の届く光。温もり。それを吸い、成長している様に、萎縮していた世界樹が成長を続けたのだ。……大きく揺れ動きながら、太さを増していくのだ。光を吸った後に、次に求めるのは……紛れもなく《水》だった。グレートボイドを満たした、清らかな水を求めて、根が伸び続ける。
その光景は、クエストの始めに、女王ウルズが見せてくれた、幻と瓜二つだった。
水を求め、伸びる世界樹の根は、漸くたどり着き その動きを止めた。……世界樹の動き、それは宛ら、砂漠でオアシスを見つけ、ついにたどり着いた純粋な歓喜の様に感じた。
「あ……っ 見て、皆!」
「うん。……根から、芽が」
レイナとアスナの言葉に、皆が目を凝らすと、確かに四方八方に広がる根のそこかしろから、小さな若芽……勿論、自分達に比べたら果てしなく大きい。1つ1つが大木だ。それが、一斉に黄緑色のの葉を広げた。
それに呼応する様に、風が吹いた――。
これまで常にヨツンヘイムで吹き荒れていた骨まで凍る……全てを凍てつかせる様な木枯らしではない。暖かな春のそよ風。
空は太陽、地は世界樹。
渇望していた世界が求め、本来の形を成していく。強い白光を振りまいている。風と陽光にひと撫でされた大地の根雪や小川を分厚く覆う氷、それらはあっという間に溶かされていった。
ヨツンヘイム全土を支配していた人型邪神達が、各所に建築していた砦や城は、たちまち緑に覆われ、廃墟へと朽ちた。
「くおおぉぉ――――――ん…………!」
そして、突然トンキーが8枚の翼と広い耳、更に鼻までもいっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えを響かせた。
それに、応える様に……、世界の各所から、おぉ―ん、くおおぉ―ん、と、聞こえて来た。……それは、間違いなくトンキーのものではない。トンキーの遠吠えが木霊しているのではない。間違いなく、応えているのだ。トンキーの仲間達が。
無数の象水母たちが、氷から解放された様に、いや 実際に閉じ込められていた個体もいただろう。清らかな水面から顔を出し、嬉しそうに啼いていた。そして、先程までは人型邪神達が闊歩していたフィールド上でも、彼らは出現していた。人型邪神、霜巨人族は もう1体もいなかった。その変わり、見えたのは あの霜巨人族と共に、象水母達を殲滅せんとしようとしていた、レイドパーティが小さく視認出来る。
ただただ、空を見上げて呆然とするしかないのは、無理もない。ミス・リードではあるとは言え、数時間もスロータークエストで、奮闘していたと言うのに、漸く目的達成、まで来ていたのに、全てが消えてしまったのだから。
「(―――アルゴに、色々と訊かれそうだな)」
リュウキは面倒だな、と思いつつ、自分の表情は、全く逆だろう、と思えた。
それは、人一倍トンキーに。トンキーの仲間達を想い続けたリーファの姿を見たから……。
リーファは、ぺたりと座り込み、トンキーの広い背中に生えるさらさらした白い毛を撫でて、囁きかけていた。
「……よかった。よかったね、トンキー。ほら、友達がいっぱいいるよ……。ほら、あそこも、あそこにも……。あんなに、沢山………」
その頬には、ぽろぽろと零れる水滴が見える。
そのリーファの姿を見れば、当初より 多分大多数が思っていたトンキーの容姿など、最早考える者はいない。どんな朴念仁であったとしても、胸にこみ上げてくるだろう。
傍に居たシリカは、リーファを抱く様にしゃくり上げ始めて、アスナとレイナ、リズは目許を拭う。いや、レイナに限っては リーファに負けない程、雫をこぼしていた。
腕組みしたクラインは、顔を隠すようにソッポ向き、シノンも何度も何度も瞬きを繰り返した。
そして、今回のクエストでは 主にキリトか、リュウキの頭の上をポジションとしていたユイだったのだが、今回は アスナの方へと飛んでいき、その肩に着地。その髪に顔を埋めた。
リュウキは、この空を見上げ……ゆっくりと目を閉じた。身体全体で感じているのだろう、と傍に居たキリトは感じた。そのリュウキの肩をキリトが軽く叩き、そして 振り向いたリュウキと、拳を宛てがっていた。
その時だ。
「見事に、成し遂げてくれましたね」
声が、聞こえた来たのだ。
聞き覚えのある声――だった。まだ、1時間は経っても、2時間は経っていない筈なのに、最早懐かしささえ感じるその姿。今回のクエストを依頼した身の丈3m程の金髪美女《湖の女王ウルズ》だった。
「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた《霊根》は、母の元に還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも、全てそなた達のお陰です」
「いや……そんな。スリュムは、トールの助けがないと、それに 呼び起こした切欠はきっと、この男だと思うし」
一応、リーダー職は自分だったからなぁ、とキリトはウルズに答えていた。そして 相手がNPCだと判っているのだが、思っている事を、言いかけた。トールが、いや フレイヤだった時から、横にいる男の剣に反応していた。トールの力とも言える《雷》の力が 剣に宿ったのも見た。決して無関係じゃないだろう。と思っていたのだが。
「いや、あんまり関係ないと思うぞ?」
「え? そうなのか?」
あっさりと否定したリュウキ。その言葉にウルズも頷いた。
「ええ。かの雷神は 一族の宝を取り戻しに来ただけ……。妖精達の中に かの剣があった事に驚きはしたものの、雷神がすべき事、それは変わらないと思われますよ」
つまりは、リュウキ曰く、『セリフと戦力が多少増えただけ』と言う事だけ、との事。
それに、ウルズもそういった事で、最早間違いはない事は確かだった。
「……ですが、気をつけなさい。妖精達よ。彼ら《アース神族》は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない……」
ウルズの話が続いた所で、リーファが疑問を口にした。
「あの、スリュム本人もそんな事を言ってましたが、それは、どう言う……?」
涙を拭いて、立ち上がったリーファがそう訊ねた。しかし……、ウルズは無言のままだった。恐らくではあるが、リーファの曖昧な質問、それには自動応答エンジンに認識されなかったのだろう。
だが、リュウキはこう考えていた。
「……リーファ。以前のクエスト。海の王リヴァイアサンが言っていた時の事と、今回も同じだよ」
「あっ……」
リーファは、リュウキにそう言われて 思い出した。
そして、レイナがリュウキの傍に立った。
「まだ、先がある、って事だね? リュウキ君」
「ああ。その通りだ。――終わりはないよ。この世界には、な」
レイナもあの時の事はよく覚えている。
鯨を見て、喜んでいるユイの姿や……、リュウキの楽しそうな笑みを。
その会話については、ウルズも判ったのだろう。小さく微笑んでいた。
そして、微笑みのまま ゆっくりと高度を上げた。
「――私の妹達からも、そなた達に礼があるそうです」
そんな言葉と共に、まずウルズの右側が水面の様に揺れ、人影が1つ現れた。
その身長は 姉のウルズよりやや小さい――と言っても、やっぱり自分達よりは遥かに大きい。そして、同じく金髪だが、その体型と差と同じく、髪の長さは姉より短い。
「私の名は《ベルザンディ》。ありがとう、妖精の剣士たち。もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」
甘い声でそう囁きかけると、ベルザンディはふわりとしなやかな右手を振った。
途端に、あのスリュムを倒した時とも負けずと劣らない程のアイテムやユルド貨が大量に落ちてきて、同じくテンポラリ・ストレージに流れ込んで消えた。9人上限パーティの為、容量的にはまだ大丈夫とは思うが……、大量獲得は スリュムに続いて2回目だ。だから、気になってしまうのは仕方がない。
そんな心配をよそに、ウルズの左側にも旋風が巻き起こり、3つ目のシルエットが出現した。今度は打って変わって鎧兜姿。金髪は細く束ねられ、美しくも勇ましい顔立ち。そして、何よりも驚く所は、今までは巨大な身体が印象だった事と打って変わり、人間、妖精サイズなのだ。一番の大きさのウルズと比べたら半分ほどしかない。
――クラインが、喉の奥でムグっと変な音を出していたのは、多分、気のせいではないだろう。
「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士達よ!」
凛と張った声で短く叫び、スクルドもまた、大きく手を翳した。すると、再度大量のアイテムとユルドが降り注ぎ……、いい加減ストレージが危なくなってきた。
キリトは、この時危惧したのは言うまでもない。ひょっとしたら……、今手の中に、腕の中に抱きしめている本当の目的、黄金の剣が収まりきらず、トンキーの背中に……。
「大丈夫だ。まだストレージは点滅だろ? 容量はある」
「あ、あー……って、心を読むなよ!」
「……丸判りだ」
2人のやり取りがおかしいのだろうか、スクルドもベルザンディも、微笑んでいた。
そして、勿論ウルズも同じだったのだろう、笑顔の質が上がった様で、ついにキリトにとっては待ちに待った展開となった。
「――私からは、そのつるぎを授けましょう。しかし、ゆめゆめ《ウルズの泉》には投げ込まぬように」
「は、はい! しません」
まるで、子供の様に頷くキリト。そして、そんなキリトを見て、苦笑いをするリュウキ。
「そうでした。――そなたにも、私から授けましょう。それに、あなたは 再び神の剣と再見させくれました。その、礼でもあります」
ウルズは、北欧神話に出てくる《ロキ》か若しくは《フレイヤ》の兄とされる、《フレイ》と親交でもあるのだろうか? と思えたが、それよりリュウキは貰える物がある、と言う事を知り、そちらに注目していた。
「これは――……」
受け取った物を確認するリュウキ。その表情は先程のキリトに負けずと劣らないものだった。
そして、エクスキャリバーを手に入れた事で、歓喜に身を震わすキリト。他のメンバー全員も伝説級は無いものの、それには僅かに劣るが極めて優秀なアイテム郡。それが大量に手に入れる事が出来たのだから。勿論、それに負けない程のユルドも。たった2時間足らずで大金持ち。だから、色々とリアクションをしてしまうのも無理はない。
そんな妖精達を一頻り見渡した後、3人の乙女達は、ふわりと距離を取って声を揃えた。
『ありがとう、妖精たち。また、会いましょう』
それと同時に、視界中央に凝ったフォントによるシステムメッセージ。クエストクリアを告げた。
そして、3人は身を翻して、飛び去ろうとしたその直後だ。どたたっ! と前に飛び出たクラインが叫んだ。
「す、すす、スクルドさん!! 連絡先をぉぉぉ!!!」
クラインの叫びは、当然ながら、クエストを終えた事での達成感や、アイテム、金が大量に手に入った充実感、様々な感情を見に窶していた皆の耳の中にも当然入ってきて、頭で理解出来た。
――お前! フレイヤさんは、どうしたんだよ!!
――ってか、NPCが、メルアドなんかくれる訳無いだろう!!
と、ツッコもうとしたのはキリトだ。
正直、どちら側を言えばいいのかが分らなかったから、何も言えず ただ棒立ちになってしまうキリト。
で、ほかのメンバーも少々言葉は違ったとしても、その意味は大体同じだろう。
「連絡先? 相手はNPC……いや、運営側の誰かのアバターと言う可能性もあるが……」
中でも真面目に考えているのは、リュウキだった。クラインの性格は判っているのだが……、今回のクラインの言葉。連絡先のやり取りは リュウキにとっては珍しい事ではない。仕事の関係上、クライアントとの連絡先の交換は日常茶飯事、と言える時期があったのだから。殆ど爺やがしてくれる様になってから、殆どなくなったが。
「……バカ」
「??」
「あはは……」
真面目に考えているのが、面白いのか 或いは呆れているのか判らないが、軽く背中を叩くシノン。そして、苦笑いをするレイナ。当然ながら、その意味が判らないから、リュウキはただただ首を傾げるのだった。
色んな意味でまだまだ純粋なリュウキ。色々と不純なクライン。
実に対照的な2人なのだが、今回に限り、やや意見が違った。
何故なら、クラインの言葉に応える様に、スクルドは振り返り、面白がる様な表情ではあるが、クラインにもう一度小さく手を振ったのだ。何か、クラインの手にすぽりと飛び込む。それを、クラインが受け取るのを見届けた後、スクルドは今度こそ、姿を消した。
そして 沈黙と微風だけが、この場に残されたのだった――……。
「クライン。今回に限って、あたし 今。あんたのこと、心の底から尊敬してる」
小刻みに、首を振りながら答えるリズ。
今回に限っては、同感。まったくの同感だった。
「……(んー、オレから見れば、爺やも十分大変そうだった、って思うし……それを考えると、確かにリズの言う事も間違いない、かな……)」
また、斜め向こうに考えが進んでいるリュウキ。
完全な明後日方向に考えているリュウキ。
――……クラインとリュウキ…… 2人の評価が逆転しつつ、あるのだろうか……?
騎士道溢れる仕草を見せたかと思えば、何に対しても一直線なクライン。いろいろと評価が上がってきて……、遂には 堅牢なガードを誇る女性陣も?
「無いです」
「無いですね」
「それは無いね」
「あ、あはは……ちょっと、……それは、ね」
「そんなの、ある訳無いじゃない」
「ま、確かに今回に限り、尊敬はしても、それは無いわー」
上から、リーファ、シリカ、アスナ、レイナ、シノン、リズの順番である。
なんで女性陣達が答えたのか、それはちょっと判らないけど。これに関してはキリトも。
「以下同文だな、流石に有り得ない」
「ん?? 何がだ?」
リュウキとクライン以外の皆の意見が合致。
勿論、他の2人。リュウキは判らず、蚊帳の外。クラインは スクルドから頂いた答えに身を震わせていて、考えられない状態だった。
――ともあれ。
2025年 12月28日の朝。
キリトから始まった突発的に始まった大冒険はこうしてお昼を少し回った所で終了した。
「あのさ。このあと、打ち上げ兼忘年会でも、どう?」
終わったばかりで、流石に疲れているであろう所だったけれど、これだけの大冒険だから、このままbye-byeは 少々寂しい物がある、と思っての提案だった。
その言葉にアスナはほんわかと笑う。
「賛成」
「賛成です!」
そして、そのアスナの肩で、ユイがまっすぐ右手に上げた。
「うんっ、賛成だよっ」
レイナも同じく、ユイの後に手を上げた。だが、その後リュウキの方を見た。
「あ……、リュウキくんは……? お仕事大丈夫、かな?」
「ん?」
そこが少し気になった。今回のクエストと同様に、突発的に入る事もリュウキにはあった。これまでも、何度かあったからレイナは判るのだ。その上疲れている事もあるから、元気よく賛成したけど、ちょっとリュウキに配慮がかけていたかな、と心配してしまったのだ。
「ははは。大丈夫だよ。……オレも打ち上げしたい」
笑顔でひょい、と手を上げるリュウキ。
――……気を使ってもらわなくても良いよ。いつも、ありがとう。
皆、そう言っている様にも見えたのだった。
再三に次ぐ突発的イベント。
間違いなく本日最後である事は判る囁かな忘年会だ。
ALO内で、開催するか、リアルで集まるかについては、少々悩む所だった。ALO内であれば、今回のクエストで大活躍だった。サポート面においてはリュウキを抑えて、間違いなくMVPだろう、と言う事は リュウキを含む、全員が思っている事だった。そんなユイが100%参加出来るALO内が最大候補だったのだが……、アスナとレイナの2人が、翌29日から1週間、京都府にある父方の本家に滞在すると言う事で、今日を逃すと年内にはもう会う機会はない。
出来た娘であるユイが、そこを汲んで『リアルでお願いします!』と言ってくれたため、忘年会会場は、午後3時からエギルの《ダイシー・カフェ》にて、と言う事になった。
突発故に決まったから、直ぐにエギルに予約電話を入れたキリト。
当然、そんな突然9人分頼む! と言っても、当然ながら『そんな急に言われても食材が足らんぞ』と言ってしまうエギル側も判る。
それでも……予約時間が来れば、皆が揃えば店の名物を全て用意してくれているから、全く商人の鏡だと思う。そんなエギルを支えてくれている人の存在もきっと大きいだろう、とキリトは思った。……自分を支えてくれている存在がとても大きいから。
そして、時刻は午後2時を過ぎた所。
~ダイシー・カフェ~
忙しく料理の仕込みをしているエギル店主に挨拶を軽く済ませた後、和人は運んできたハードケースを開いた。収められているのは4つのレンズ可動式カメラと制御用のノート型PCだ。
「……なに、それ?」
眉を寄せて、聞いているのは詩乃だ。
和人は、直葉と隼人に手伝ってもらい、カメラを店内の4箇所に設置。それは、この店内の空間の全てをカバー出来る位置を計算している。
最後には、自宅にあるハイスペック据え置き機にインターネット経由で接続して、小型ヘッドセットを装着して話しかけた。
「どうだ? ユイ」
『……見えます。ちゃんと見えるし、聞こえます。パパ』
イヤホン越し、そしてPCのスピーカーからユイの可憐な声が響く。
「OK、ゆっくりと移動してみてくれ」
『ハイ!』
返事に続いて、一番近くのカメラが小口径のレンズを動かし始めた。
現在ユイは、このダイシー・カフェのリアルタイム映像を擬似3D化した空間で、小妖精のように飛翔している、と感じている筈だ。
画質の低さ、応答性の悪さに関しては、ものすんごく頼りになるユイの兄……隼人がいろいろと手配をしてくれたから、スペック面で大いに助かっている。おかげで、ユイの目と耳、果ては擬似ではあるものの、触覚までもが、僅かに伝わるようになっているのだ。
現実で見れて、訊けた事に喜び。流石に実体化した訳ではないから、まだ、完全な触覚は不可能だ。
だけど、それでもユイにとっては本当に嬉しかった。実際に触った訳ではないが、それでも ユイが見えている場所。ユイの目に映る隼人と和人に、本当に嬉しいプレゼントをくれた大好きな家族の2人に、そっと口づけの抱擁をしてくれたのは良い思い出だった。
「……なるほど、つまりあのカメラとマイクは、ユイちゃんの端末……って事」
「ああ。その通りだ。市販の物じゃ、少々スペックが、まだ頼りなかったから、色々と集めた」
「……キリト、大丈夫? 金銭面」
「うっ……」
それは、少々難易度が高い問題だが、その面を全面的に隼人に頼ろう物なら、当てにしよう物なら、もう友達だと、親友だと、……果ては義息子などとは言えないだろう。
「大丈夫。これはレンタルだ。キリトのアイディアに注目した企業が幾つかあってな。学生身分の課題での発想だったから 機材提供の変わりに、結果データを報酬で受け取りたい、っという事だ」
「ふーん。なるほど。その橋渡しをリュウキが」
詩乃は納得したように、頷いた。そして、和人が 苦虫を噛み締めた様な声を出した理由も大体判った。
「それで、成果をしっかりと出せるように、キリトが頑張ってる、って事か」
「あ、あはは……まぁ」
和人はそう言って苦笑いをしていた。
注目をしてくれるのは嬉しい、が。機材まで提供してくれているとなると、かなり頑張らなければならない。学生の身分だから、その課題だから、と言う事は先方の方々は判ってくれているだろうけれど……、隼人の人脈だと言う事も判っている。生半可な、てきとーな結果を寄越した日には、隼人にも迷惑を掛けるかもしれないから。
『ユイの為だし、気にする事はない』と言ってくれているが……、それもそれとなく、重圧となるというものだ。良い意味で、刺激に。
SAO時代、その刺激で 色々と向上する事が出来たのだから。
「えっと、なんだっけ、おにいちゃんが学校で……、メカ、メカトニ……」
横で座っていた直葉が必至に思い出そうとするけれど、出なかった。だから、和人と隼人は『メカトロニクス』と言葉を繋げた。
「確かに面白い、と思ったよ」
「うんうん。やっぱり、それ以上にユイちゃんでしょ? ユイちゃんの為だもんね?」
「ああ。勿論」
隼人は笑いながらカメラに向かって手を上げ、指を差し出した。ユイが、きっとこの指先に止まっているであろう事を想像させながら。
「パートナー兼、監督のリュウキがいるからな。生半可な物にするつもりはないぜ」
『がんがん注文出してます!』
「ん。がんがん進化させないとな? 和人」
「お、おうっ!!」
娘に、義息子に。……妹に 色んな人たちに尻を叩かれている為、歩みが止まる訳はなく、常に全力になっている状態だ。息が切れるかもしれないけれど――……目的地には、最速、最短距離でたどり着けると言う事は、何処かで確信めいていた。
世界最高峰の技術者。いや、枠に収まっていない男、隼人がいる。だけど、それでも 決して彼をずっと頼るのではなく、技術を吸収する。――あの世界でしてきた様に。
一度は、無理だと言ったものの、無理と決めてしまったのは自分だ。……だから、出来る、と決めたら、きっと出来る。そして、成長出来るのは楽しいものだったから。技術はまだまだ敵わなくとも、それでも 肩を並べる部分はある事が見つかって、また嬉しかった。
――最終的目標は、自らの手で。いや、自分達の手で、触覚の部分。つまり、自走端末が人型、ロボットとなり、ユイが実際に現実世界に降り立つ事。
心を通わせるユイの様なAIは、この世界でまだまだ生まれると思う。そんな時、現実でも心を通わせる事が出来れば、と心が躍る。
流石に、ロボットを作る様な設備は少々無理な所があるから、システム面だけでも、しっかりと準備するのだ。
と、妄想を膨らませている間に、明日奈、玲奈、遼太郎、里香、佳子とメンバーが全員揃った。
そして、商人の鏡、プロのエギルが、きっちり午後3時までには、それも全員が丁度到着した所で、しっかりと二つテーブルをくっつけた卓上に料理や飲み物、、全てが並べられた。
全員が脱帽し、全員が店主に拍手喝采だ。
乾杯の音頭を、しれ~~っと 視線を隼人に向け様としたのだが、詩乃と玲奈の間にすぽっと入ってしまって隠れられ、やんわりと拒否されてしまった。
このいつものメンバーであっても、無理なの~? と思った様だが、色々と確実にいわれる面子だからこそ、と言う所もある様だ。
「っというわけで」
気を取り直すように、キリトがノンアコールを注いだグラスを掲げる。
「祝、《聖剣エクスキャリバー》とついでに、《雷鎚ミョルニル》ゲット! お疲れ、2025年! ――「乾杯!!」」
最後だけ、ちゃっかりと声を合わせたのは、誰だろうか……? ニコニコと笑みを向けられている中心にいる男だろうなぁ……と理解するのには時間は全然掛からなかった。そして、間違いなく背中を押されたのだろうという事も。
そんな珍妙な空気だが、やっぱり笑顔は生まれる。笑顔のまま、全員が大きく唱和するのだった。
「……それにしても、さ」
丁度和人の右隣に座る詩乃がそう呟いたのは、ご馳走達があらかた片付きつつある頃だった。
「どうして《エクスキャリバー》なの?」
「へ? どうしてって?」
質問の意味が汲み取れない和人は、首を傾げた。
そんな時、パスタを口に含み、飲み込んだ所で変わりに詩乃の左側に座る隼人が訊いた。
「それは なんで、《キャリバー》と呼ぶのか、か?」
「うん。そう」
見事的中させた隼人にはやっぱり脱帽……、『も、全部ヤレ』と言っちゃいそうだったが、『負けたくねぇ!』と言う気持ちも出てる為、言い切ってしまうのも難しい。
「ほら、ふつうは、と言うか他のファンタジー小説や漫画だと、大抵《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」
「ああ。確かにな。ん……ゲームでも、殆どカリバーだったと記憶してるよ」
「んー……確かに。オレもキャリバーは、《ALO》が初めてだと思う」
其々が話すけれど、明確な答えは帰ってこなかった。
こればかりは、運営側、開発者側、デザイナーに訊かなければ、正確な答えは判らないだろう。
「へぇー、シノンさん、その手の小説とか読むんですか?」
向かいの席で聞いていた直葉が尋ねると、詩乃は照れくさそうに笑った。
「中学の頃は、図書館のヌシだったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、訳は全部《カリバー》だった気がするなぁ」
詩乃がそう言う。やっぱり カリバーが圧倒的に多いのは改めて判った。
「うーん……、それはもう、やっぱりALOにあの武器を設定したデザイナーの趣味、或いは気まぐれ……じゃないかなぁ……」
「少ないからこそ、より個性的にしたかったのかもしれないな。あの武器は、複数名を持つから」
情緒のない和人、そして より個性的に、目立つ様に と戦略眼を現実でも持っている隼人。やっぱり、現実でも仮想世界でも変わらない事を改めて解って、和人の左隣に座る明日奈、隼人の左側に座る玲奈が笑みをみせていた。
「うん。リュウキくんの言う通りだよね? エクスキャリバー……カリバー、あの剣ってさ? 沢山名前、あったって思う」
「そうだよね。大本の伝説ではもっといろいろ名前があって、あのクエストでは偽物扱いをされていたけど、《カリバーン》もその1つだったと思うかな」
玲奈と明日奈の言葉を訊いて、卓上のカメラが僅かに動きスピーカーからユイのはきはきと言った。
『お兄さんっ。残りの名、1つずつ、言い合いましょうっ!』
「ん? ……ああ、なるほど。良いよ。やろうか?」
僅かに動いたカメラの直線上には隼人がいるのだろう。
そして ユイの言葉を訊いて、どう言う事か? と一瞬思った隼人だが すぐに判った様で、ゆっくりと頷いた。
『ハイ! えっと、まず1つは《カレドヴルフ》』
「ん、《カリブルブス》」
『ハイっ! 《カリボール》』
「ん、《コルブランド》」
『ハイッ! 《カリバーン》』
「えと……《エクスカリボール》……だったかな?」
『ハイッ! えっと、《エスカリボール》』
どんどん、繋いでいく連想ゲーム。
即座に検索できるユイは勿論だが、それについて行く隼人も、やっぱり圧巻だ。本人曰く、『興味を持った事に対してだけだ』と言っていたが、それでも 圧巻を通り越して、呆れてしまいそうになるのだ。
これなら、テストの点が直ぐに上がった事は半ば必然だと思える。
『流石お兄さんですっ!』
「いや、《カレドヴールッハ》は、オレも忘れてたから、ユイの勝ち。だな。脱帽だ」
互いに健闘をたたえ合っているのだが、正直どっちもどっちでしょ、と苦笑いしてしまう面々。
「それにしても、そんなにあるんだなぁ……、後半部分、いや 前半も殆ど知らない名前だよ」
驚きつつ、和人は それなら《カリバー》と《キャリバー》なんか、誤差程度、としか思えなくなってしまうだろう。
そして、いろいろと考えていた所で、詩乃が隼人とユイのバトルに関心しつつ、口を再び開いた。
「えと、別に大したことじゃないんだけど……、《キャリバー》って言うと、私には別の意味に聞こえるから、ちょっと気になっただけ」
「へぇ、別の意味って?」
詩乃の言葉に、和人が疑問を持つ。
『それも、リュウキは、お見通しなんだろうなぁ……』と何処かで思っていたのだが、今回は隼人は、詩乃の方を見ているだけで、答えたりはしなかった。……頭の中、人の心の中まで視られた? と言う気になった事が何度もあったから……。多分言葉にすると、速攻でツッコまれそうだけど。
「えと、銃の口径の事」
「……なるほど」
詩乃がシノンとして、戦ってきた場所は、……戦場は 銃の世界だからこそ、連想したんだろう、と改めて隼人は思った。勿論、和人が思った様に、人の心を、考えている事。推察する事は出来ても、読心術、本当に読む様なマネは出来ないので一応、ここで言っておきます。
「英語で口径は《キャリバー》って言うのよ。たとえば、私とへカートⅡは50口径だから、《フィフティ・キャリバー》。エクスキャリバーとは綴りは違うと思うけどね。リュウキは、キャリバーは外して読んでたから、連想出来なかった、のかな?」
詩乃は、隼人の方を見てそう聞いた。
「んー……、確かにな。45口径とだけだったよ。確かに、後ろに、キャリバーはつけてなかったかなぁ」
「うん。まぁ そう呼ぶ人も多いし、私は一から調べて習ったから、まだ残ってて連想したの。それに、後はそこから転じて、《人の器》って意味もある。《a man of high caliber》で《器の大きい人》とか《能力の高い人》」
ここで、詩乃の表情が変わった。
和人と隼人を短く素早く交互に見ていた時に、からかう仕草に変わっているのだ。……因みに、はっきりと判ったのは、和人だけである。
少々不味い方向に行きそうだったから 話の方向を変えようと思ったが、無理だった。
「へぇぇ――っ、憶えとこっ」
直葉が関心する様に、目を輝かせていたのだから。そんな時に話を逸らせようものなら、さらに不自然と言うものだろう。
詩乃は、直葉に『多分、試験には出ないかな』と笑うだけだったから、被害は無いだろう……と、和人は思っていたんだが、そこはアテが外れる事になる。
「って――ことは、エクスキャリバーの持ち主は、デッカイ器がないと、ダメってことよね?」
「っ……」
里香に、いわれてしまったのだ。
恐らくは、詩乃が連想させていた事。
「そう、なんでしょうか?」
里香の隣で、次の料理を口の中へと運んでいる最中の佳子が里香に訊いた。
「そりゃ、そーでしょ? 最近どこかの誰かさんが、短期のアルバイトで、どーんと稼いだって訊いたんだけどぉ―。それに~~、その誰かさんは、負けたくない、って言ってたよねぇ~? 《わ~るど・わいど》な姿を発揮してくれていた 白銀様にさぁ?」
「うぐぐっ……」
和人は、ついに触れて欲しくなかった部分に触れられてしまい、最早逃げ場は無い。
そして、言われた当の本人は『それ、ヤメロ』と里香にモンクを言っていたが、聞き入れてもらえにくそうだ。
因みに、里香の言う『わ~るど・わいど』
それには勿論理由があった。
その本人、最早判りきった事ではあるが 隼人は、今回 超小型PCをエギルの店にまで携帯していた。取引先とのちょっとしたやり取りがあるから、と言う理由だった。
それは、全員が揃っている時に、丁度 隼人のPCにメッセージが入り、それの応答をしていたのだ。
メッセージの一通目が全部《英語》。
正直、『うへぇ、訳すのが大変そうだ……』と思ってしまった和人だったのだが、一目確認した所で、速攻で返信している隼人の姿があった。今まで、ちょっとした仕事は見た事あったけど、海外からの依頼、やり取りは全員が初めてだった事もあり、大小衝撃が走ったのは言うまでもない。
二通目が、……正直判らなかった。
英語ではない、と言う事は判ったのだが…… 仕事モードに入っている隼人の邪魔をするのは忍びない……、と思っていた所で、少しの間、携帯でのやり取りもあって、『オブリガード』や『デ ナーダ』と言った言葉を聞き取る事が出来た為、それで《ポルトガル語》若しくは《スペイン語》であろう事が判った。
『一体何ヶ国語、お前は操るんだ!?』
悠々と喋る隼人を見て、やっぱ 凄いヤツだなぁ、と思いつつ 一応それなりのライバル視をしていた和人にとっては、改めて遥か頂きにいる事を実感した。
驚いている皆の中でも、玲奈は、憧れる、尊敬する視線を向け、仕事をしている姿を見たのが初めてだった詩乃は、驚きながらも、改めて頬を赤らめて、微笑んでいたのだった。
と、いうわけで、そんなやり取りもあったから、正直なところ 現時点では比べる様な事を、刺激される様な事を言って欲しくはなかったのだけど……、ここまで来たら仕方がない。
少なくとも、この場は自分の力! で収めなければならないだろう。
正直、《死銃事件》の調査協力費が振り込まれたのは事実なのだが、ユイの据え置き機。自宅の物に関しては勿論、隼人の手を借りた訳ではなく、自分で購入した。そして、直葉には、ナノカーボン竹刀も――発注済み。自分の彼女……明日奈には大見得を切って、死銃事件で心配をかけた事のお詫び、と言う事で高級な所へいろいろとご案内した。
だから――残高は かなり淋しいことになっているのだ。
でも、ここで引いてしまえば……。
『ん? どうした?』と言わんばかりに首をかしげているのは、チラリ、と見た先にいる隼人である。
隼人なら……絶対にノンストップでOKと言うだろう。死銃事件の協力費をもらったのはお互い同じだった、と言う事もある。収集した側、頼んだ側であれば、尚更。
まだ、敵わないのは当然としても、《器の大きさ》と言う物は 簡単に計れるものじゃない。とりあえず、ここから始めよう。負けない様に。……と言う事で、和人は多少無理やりではあるが、笑顔を作って、胸をどーんっ! と叩いて答えた。
「も、もちろん最初から、今日の払いは任せろ、って言うつもりだったぞ!」
大宣言。
途端に、四方からは盛大な拍手。クラインは口笛。隼人はきょとんとしていたのだが、皆に習え、と言う事で同じく拍手をしていた。
これは、和人だけではなく隼人にも言える事である。
それは――1人では、何も背負えはしない。と言う事。
どの世界でも、誰かがいてくれたから。支えてくれる人が、守るべき人が、……背中を守ってくれる人がいたから、立ち上がれた。挫けそうな心を奮い立たせてくれた。
つまり、キャリバーとは仲間全員で手をつないでいっぱいに輪を作ったその内径を指すんだろう。
手は、繋ぐためにある。――そう、教わった。
まだまだ、習うべき事が多いんだ。果てはない。
言葉に出さずとも、お互いがそう思ったのだろう。今ある一瞬を大切にし、これからも歩き続けていく。この素晴らしい仲間達と共に。
最後にもう一度乾杯を、となった。
最初は和人が音頭をとったから、と言う理由で、担ぎ出された隼人だ。照れくさそうにしていたのだけれど、それでも この皆で繋がった輪は、隼人も大好きだ。
一生の宝物だといえる。
そんな事を思えるようになった事に、全てに感謝を――。
ここにいる全員に感謝の気持ちを頭に描きながら……隼人は、手に持ったグラスをゆっくりと上に掲げるのだった。
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