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京料理

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4部分:第四章


第四章

 それで何とか食べてだ。食べ終えてからだ。
 彼は言うのであった。
「御馳走様でした」
「美味しゅうおましたか?」
「はい、美味しかったです」
 やはり内心は隠しての言葉だった。
「有り難うございます」
「御気に召されて何よりです」
「これが京都の味ですか」
 味がないことをあえて言わないでの言葉だった。
「いや、あらためて知りました」
「京都の味は独特でして」
 重役の人は彼の受け答えに好感を抱いて笑いながら話す。
「それは後になって来るんですわ」
「後になってですか」
「はい。それじゃあそろそろ時間ですし」
 そのだ。上演の時間だというのだ。
「行きますか」
「はい、それでは」
 こうした話をしてからだった。彼等はだ。
 その舞台を見に観客席に向かった。そしてだ。
 暗いその場所の中にある席に座った。するとだ。
 裕貴は感じたのだ。己の口の中からだ。
 えも言われる上品で調和の取れた風味を感じだしたのだ。それも次第にだ。
 それを感じ取ってだ。彼は戸惑いを覚えた。こんなことは名古屋ではなかった。
 そのことに内心驚いていた。しかもその風味はかなり長い間残り続けていた。
 何処から来るものか、それは察した。あの食堂での親子丼ときつねうどんからだ。
 思えばだ。味がなくともだ。
 どちらも最後まで食べられた。不思議と食べにくくはなかった。そして最後まで食べて今だ。彼は風味の中に包まれていたのである。
 その風味を感じながら舞台のはじまりを迎えた。まさに最高のはじまりであった。
 京都の出張の最後にそうしたことを経験した。そしてだ。
 京都駅でだ。新幹線に乗る時にだ。後輩にこう言うのであった。
「何か不思議だったぎゃ」
「舞台がですか?」
「違う違う。その前の親子丼ときつねうどんだぎゃ」
「あれがどないしました?」
「味がなかったぎゃ」
 まずはこのことを言った。
「けれどだぎゃ。それでも」
「それでも?」
「後できたぎゃ」
 こう話すのである。
「風味が。後できただぎゃ」
「ああ、それですか」
 後輩はそれを聞いてだ。納得した様に述べた。
「それ、京都料理なんですよ」
「京都料理!?」
「はい、京都料理は素材を活かして薄味で」
「味がないだぎゃ」
 これに織田信長も怒ったことがある。水臭くて食べられたものではないとだ。
「けれど後で来ただぎゃ」
「そうでしょ?風味も楽しむものなんですよ」
「そうだったぎゃ」
「はい、そうです」
 笑って話す彼だった。
「そういうことなんですよ」
「ううん、しかし」
「しかし?」
「京都の料理も奥が深いぎゃ」
 それをだ。今実感して話す裕貴だった。
「味がないと思っていたら違ったぎゃ」
「それがおわかりになられましたね」
「その通りだぎゃ。じゃあ名古屋に帰ったら」
「帰ったら。そうして」
「味噌カツと海老フライを食うだがね」
 名古屋の象徴をだ。食べるというのだ。
「その後できし麺、デザートはういろうだぎゃ」
「名古屋やないですか」
 その言葉を聞いてだ。後輩はすぐに突っ込みを入れた。
「どれもこれも」
「確かに京都料理はわかったぎゃ」
 裕貴はそのことは否定しなかった。しかしそれと共にこう言うのである。
「けれどわしは名古屋人だぎゃ。やっぱり名古屋の料理だぎゃ」
「そうでっか」
「八丁味噌こそ最高だぎゃ」
 その名古屋の味噌である。
「それを堪能するだぎゃ」
「じゃあ。そうして下さい」
「そうするだぎゃ」
 はっきりと言い切る彼だった。そしてだ。
 そんな話をしているうちにだ。ホームに新幹線が来た。白と青の流線型のその姿を見てだ。
 彼はだ。後輩に最後に言った。
「じゃあ。まただぎゃ」
「はい、また」
 裕貴は新幹線に乗った。そうして名古屋に帰るのだった。その新幹線の中で名古屋の食べ物のことを考えていた。しかし口元にまだ残るように感じられるあの風味は忘れていなかった。


京料理   完


                2011・4・1
 
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