ガールズ&パンツァー SSまとめ
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エリカとカチューシャ、ちょっとノンナ
エリカの、カチューシャ隊長寝かしつけ作戦です!
戦車道全国大会に備えた合宿をする黒森峰女学園とプラウダ高校。
別々の演習場で別々に訓練をするはずが、同じ宿を予約してしまった!
不倶戴天の敵同士が同じ宿にお泊りする緊急事態。
寝ぼけカチューシャが黒森峰副隊長の布団に領土侵犯だ!
おことわり:若干ギャグ風味です。猥褻はありません。
「ちょっとぉ、これは一体どういう事ですかぁ!!」
逸見エリカが旅館のフロントで主人に食って掛かる。
「なんでよりによってプラウダの連中が同じ宿に泊まってるんですか! 説明してください!!」
「あー、それはーそのー……ちょっとした手違いがー」
「ちょっとしたじゃないわよちょっとしたじゃ! これじゃ合宿にならないでしょぉ!?」
「ま、いいだろう」
「た、隊長ぉ」
ガーガーと怒鳴り散らすエリカの肩を西住まほがポンと叩き、宥める。
「今更キャンセルもできん。……ただ、ブッキングについては旅館側の責任だ。それなりの措置を取ってもらおう」
戦車道全国大会に備えた合宿。
学園艦を離れ、決勝会場に近い場所を想定した、演習場での実戦訓練。
黒森峰女学園とプラウダ高校は別々の演習場を予約していたのだが……たまたま2つの演習場に挟まれた場所にある一軒宿を、同日に予約してしまっていた。
対戦相手になる可能性がある高校が、試合直前に同じ宿に泊まっては大問題になる。
だが、連係ミスか、運が悪かったか、2校が同宿になったのに気が付いたのは当日の事だった。
「使用車両や作戦が漏れたら大変なことになるわよ! あんたたち、これ以降のこの宿での会話は熊本弁で喋りなさい!!」
『はい??』
「あいつらズーズー弁だから熊本の言葉なら分かりゃしないわよ! ……よかね!?」
『……よかばい!!』
※※以下、熊本弁※※
「隊長、今日の訓練は無事完了しました。ところで、朝言っていた『措置』とは、具体的には?」
「うむ。主人と掛け合って宿の代金を半額にしてもらった」
「さすがは隊長!」
「夜のミーティングは手短に済ませて早めに寝よう。細かい話は明日早起きして演習場で説明する」
「はい!」
※※熊本弁、終わり※※
※※以下、東北弁※※
「同志カチューシャ、本日の訓練は問題なく終了しております。ところで、旅館側の大失態については……」
「本当なら粛清ものね! でもカチューシャは寛大だから宿代を半額にさせたついでに、晩ご飯のおかずを1品増やしてもらうことで許してあげたわ!」
「残念ながらそのおかず、カチューシャの苦手なものだったようですが」
「うるさいわねノンナ、おかずはあなたにあげたからいいじゃないの! あと、話が漏れたらまずいわ。消灯時間を1時間切り上げて早寝早起きよ!」
「承知しました」
※※東北弁、終わり※※
夕食の時間。旅館の大食堂は、熊本弁と東北弁と北海道弁、時折ドイツ語とロシア語が飛び交うカオスと化していた。
互いの存在を無視し、空気として扱う。見えないカーテンが下ろされているような状態。
入浴を済ませ、1時間早い消灯時間とし、エリカも布団に潜り込む。
手元の明かりを消して目をつぶり、うとうととまどろんでいると……部屋の扉が開いた。
隊長?
畳の上を、ひたひたと歩く足音。
「こんな時間に、何を……」
「ノンナぁ、……いっしょにねて」
「!」
布団に潜り込んできた背の小さな少女は……、プラウダ高校の隊長、カチューシャだった。
「……!?!?」
エリカが事の次第を飲み込めずに布団の中で硬直していると、小さなカチューシャがぴったりとしがみ付き、背中に手足を回してくる。
……スパイ? 陽動? ……まさか! この私を暗さt……。
「……カチューシャ、こわい夢みちゃった」
「え?」
「カチューシャがねるまで、このままでいて」
「あ、あ……」
「ノンナぁ、あたま、なでなでして」
パニック寸前の状況で、エリカは一つの結論に行きついた。いや、そう考えるしかなかった。
このちびっこ隊長、黒森峰の不倶戴天の敵、プラウダの暴君『地吹雪のカチューシャ』は、寝ぼけて私をノンナと勘違いしている!
叩き起こして部屋から摘み出すべきか、フロントに電話して正しい部屋に連れて行ってもらうべきか、それとも……。
「……えっと」
「どーしたの?」
とりあえずはノンナのふりをしてみよう。エリカは間諜の授業で習ったロシア語で呼びかけてみる。
「Катюша,Ты в порядке?」
「日本語ではなしなさいよ……むにゃむにゃ」
……あれ?
首を傾げながら、カチューシャの要求通りに布団の中の小さな金髪を優しく撫でつける。
「えへへ」
……もしこの私をノンナと勘違いしてるなら……作戦の秘密を聞き出せるかも知れないわ!!
エリカは極めてポジティブな思考で、この珍客を迎え入れることにした。
「ねぇノンナ、お歌をうたって」
「歌?」
しばらくの間頭を撫でつけていると、胸に顔を埋めて静かに息をしていたカチューシャが、首を上に向け、エリカの瞳を見つめる。
髪の色も顔もぜんぜん違う、バレる!と思ったが、彼女の瞳はとろーんとしていて、自分が抱きついている人間の区別すら曖昧になっているようだ。
……何よ、こんな寝ぼけたガキンチョに去年の私たちは負けたっていうの!?
怒りとも失望ともつかない感情が湧き上がってくるが、カチューシャに悟られてはまずい。
乱れた感情を抑えつけると共に、過去の記憶からプラウダの副隊長『ブリザードのノンナ』の口調や声色を掘り出し、エミュレートする。
「分かりました同志カチューシャ、ええと、子守唄を」
エリカが口を開きかけて、知っている子守唄を探す。
出てきた古い子守歌を口ずさむと、カチューシャがもぞもぞ動いた。
「ノンナ、なんでドイツの歌をうたうの?」
「!!」
「黒森峰じゃないんだから。ほかのお歌がいい」
「…………」
……知ってる子守唄、知ってる子守唄で、ドイツ以外の、ましてロシアのなんか知らないわよ、えっと、ええっと……!
窮したエリカは、故郷の民謡……熊本の子守唄を、蚊の鳴くような小さな声で歌い出す。
「変わった歌ね、ノンナ」
「同志カチューシャ、これは日本の民謡です。たまには珍しい歌も良いかと思いまして」
「うん……続けて」
ロシアの短調の子守歌とも違う悲しげなメロディと歌詞を帯びた子守唄を、布団の中の幼女の耳にかすかに届くか届かないかのか細い声で歌い上げる。
「……」
しばらくの間、同じ子守唄を繰り返しているうちに、カチューシャの手足が緩み、すうすうと静かな寝息を立てはじめた。
……情報を引き出すのは無理みたいね……ま、いいわ。
柔らかな髪を軽く撫でつけながら、エリカも目を閉じ、また眠りの世界に戻っていった。
つんつんと、小さい指が頬をつつく。
「ん? 何よ……」
眉をひそめて目を開けると、2つの瞳が、布団のなかからじーっとエリカを見ていた。
「おしっこ」
「は?」
慌てて言葉を飲み込む。そうだ、ここにカチューシャが寝ているんだった。
「ひとりでは行けないのですか?」
「こわいの」
「……」
エリカは軽い頭痛とめまいを覚える。カチューシャは、西住まほ隊長と同じ学年では? これでは、本物の幼児ではないか。
それに、さすがに廊下の明かりの下では正体がばれてしまう。
どうしよう、どうしよう。
「ノンナぁ」
カチューシャの身体が、ぷるぷると震えだした。
……うきゃーっ!! こんなところでお漏らしされちゃたまんないわ! ええい、ままよぉ!
「あっ」
エリカはカチューシャの顔を胸で抱え、自分の顔が見えないように抱っこし、廊下に出る。
抱っこの姿勢のままトイレの個室までカチューシャを連れて行き、扉の前で用が済むのを待った。
あの子守唄を、口ずさみながら……。
「またせたわねノンナ……っ!?」
扉から出てくるカチューシャを、顔を見られる前に急いで抱きかかえる。
「手、あらってない!」
「お部屋でお手拭きを出しますから、早く部屋に戻りましょ……!?」
むずかるカチューシャをあやしながらトイレを出た瞬間、横方向から冷たく尖った眼光を浴びた。
凄まじい敵意と殺意が、エリカの全身を襲う。
「あ、わ、あわ……」
ゆっくり、ゆっくりと、首を……眼光の元に向ける。
背の高い黒髪、青い瞳……ブリザードの、ノンナ!!
「あわ、あ、あわわ」
動けない。動いたら、殺られる!
足音1つ立てず無音で近づいてくるノンナを前にエリカは完全にすくみ上り、金縛りに遭う。
……首を折られるか、手刀で心臓を一撃か、それとも???
無意識に抱っこしているカチューシャをぎゅっと握り締めると、その手にノンナの指が触れた。
……あ、死んだわ、私。
エリカの魂が肉体を離れ、天に召され……る前に、ノンナはそっとエリカの指を、手を、腕をカチューシャから離していく。
そして、寝ぼけまなこのカチューシャを抱き寄せると、表情を一変させ、慈母のように背中をさすり、頭を撫で、子守唄を歌い……その場で寝かしつけた。
「…………」
「黒森峰女学園副隊長の、逸見エリカさんですね?」
再び、強烈な青い眼光が襲ってくる。
こくこく。固まったままのエリカは、首だけを上下に振る。
「同志カチューシャはトイレもしくは怖い夢を見て自分の部屋を離れ、この私……ノンナの部屋に来ようとして誤って領土を超え隣室の逸見エリカの部屋に侵入した」
こくこく。
「そして逸見エリカをノンナと勘違いして一緒の布団に眠り夜半に尿意を覚え、トイレまで連れていくことを要求した」
こくこくこくこく。
「カチューシャにキスをしたり胸を触ったり……その他の猥褻行為に及んだ」
ぶんぶんぶんぶん! 首がすっとんびそうな勢いで思い切り横に振る。
「つまり、同衾以外のいかがわしい事は一切していない。Да? Нет?」
「……だ、Да! Ja! イエス!」
カラカラの喉からどうにかこうにか声を振り絞ると、ノンナがようやく表情を緩め、ほっと小さく息を吐く。
「我がプラウダの隊長がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした」
「いいいいいいいいいえととととんでもごございません、どどどいうたしまして」
「……ところで」
「は、はいぃ!?」
静かな呼吸を繰り返すカチューシャを抱きかかえながら、ノンナがにやーっ、と、恐ろしい笑みを浮かべる。
「黒森峰の副隊長は、隣でプラウダの副隊長が泊まっているにも関わらず鍵を掛けるのを忘れるほどの不用心……なのですか?」
翌朝。
同じ時間に起床し、同じ時間に洗面所を使い、同じ時間に朝食を摂る黒森峰とプラウダの一行は……昨日よりは少し打ち解けていた。
互いに軽く挨拶を交わし、食堂の真ん中に置かれた炊飯ジャーやお茶のポットを譲り合う。
「一時はどうなる事かと思いましたが、特にトラブルも無く朝を迎えられて良かったですね、隊長」
「そうだな赤星。ところでエリカを見かけないな、知らないか?」
「そういえばそうですね。……寝坊でしょうか?」
「あいつにしては珍しいな、おい、起こして来い」
「了解しました!」
食事を終えお茶を飲んでいた赤星小梅が立ち上がり、振り返ると、ぎょっとした表情で隅っこのテーブルを指さす。
「あ、え……エ、ふく……?」
「どうした……!?」
逸見エリカ……顔面蒼白、目も真っ白、髪の毛も真っ白。モノクロ化した逸見エリカが、焦点の定まらない瞳で機械的に朝食を口に運んでいた。
「おいしっかりしろ、エリカ! 何があった!?」
「……」
エリカは口に食事を運びながら、ぼそぼそと熊本の子守唄を歌っていた。
「たまにはご飯にお味噌汁の朝ごはんも悪くないわね」
「そうですねカチューシャ」
ほっぺたにご飯粒を付けながら味噌汁をすするカチューシャが、箸でタクワンを掴みノンナの皿に乗せる。
「ふうっ、ところでノンナ、昨日変な夢を見たの」
「どのような?」
「ノンナが2人いてカチューシャを奪いっこする夢よ! 片っぽは背が低くて髪の毛も違う。ニセモノね」
「で、最終的にはどちらがカチューシャ様を?」
「決まってるでしょ! その黒髪、その背。本物のあなたが勝ったわ!!」
「それは良かったですね。今日も頑張りましょう、カチューシャ」
「言われなくても分かってるわ! 黒森峰なんかに負けてられないんだから!」
冷ましたお茶を一気に飲み干すカチューシャを見守るノンナ。
彼女は穏やかな微笑を湛え、皿の上の黄色いタクワンを1切れ、優雅に口に運んだ。
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