ガールズ&パンツァー SSまとめ
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園みどり子(そど子)と冷泉麻子
「学園艦内外泊許可書?」
会長席に山と積まれた承認待ち書類の一つに河嶋桃が首を捻る。
「会長、これは……」
「んー」
生徒会長の角谷杏は干し芋をもぐもぐしながら、中身を何も見ずに承認印を捺した。
「あ、ちょ、内容くらい目を通してからにしてください!」
「いーっていーって。どーせこんな書類真面目に書くのは大抵」
「あー……風紀委員、ですね」
桃が書類を見ると、申請者は確かに風紀委員となっている
「えーと、『素行不良生徒の監視及び生活指導のため』……か。なあ柚子、この『園みどり子』って誰だ?」
「通称そど子――ダメだよ桃ちゃん、風紀委員の名前くらい覚えとかないと」
「桃ちゃん言うな! で、そのそど子がどこに外泊……ん? 冷泉麻子宅ぅ?」
日が暮れて周りがとっぷりと闇に包まれる中冷泉麻子が自宅に戻ってくると、大きな荷物を背負い、スーパーのビニール袋を抱えた園みどり子――通称そど子が玄関前で仁王立ちしていた。
「冷泉麻子さん、随分遅いお帰りじゃない! 明日こそは遅刻せずにちゃんと朝練に参加するのよ!」
「なぜお前がここにいる」
「決まってるでしょう、生活指導よ生活指導!」
「どけ、玄関に入れない――おい、なぜ入ってくる」
「モーニングコールや朝の自宅訪問無しでも自主的に登校できるよう、そして、朝練や授業を受けられるよう、生活改善をしてもらうわ! ちゃんと外泊許可証も貰ってるんだから!」
目の前に突き出された生徒会長の印鑑入りの許可証から目を逸らし、麻子がはーっと大きくため息をついた。
「――やれやれ、勝手にしろ」
その夜の食事はそど子が用意した。
豚しゃぶ、カボチャの煮つけ、ブロッコリーとチェダーチーズのサラダ。ほうれん草とアサリの和え物。
「みんな低血圧の改善効果のある食材を選んでみたわ」
「うん、おいしい……そど子はいいお嫁さんになれるぞ」
「あ、あなたに言われたって嬉しくないわよ! これも生活指導のためなんだからね!」
風呂に入りパジャマに着替え、髪を乾かした麻子が机に向かい、どさりと本の山を積み上げた。
その様子を、同じく寝間着に着替え布団を敷いてその上で正座していたそどこが睨み付ける。
「冷泉さん、いつまで起きてるのよ!?」
「ん……、授業の遅れを取り戻すまで」
麻子が山積みにした教科書をパラパラとめくっては、付箋を付けたり、傍線を引いたりしている。
1冊あたりに掛ける時間は数分と言ったところか。
教科書をすべて片付けた後、カバンから図書室で借りてきたぶ厚い全集を取り出そうとするのを――そど子が止めた。
「今いったい何時だと思ってるの」
「23時56分16秒」
「明日は何時起きか覚えてるかしら」
「6時ちょうど」
「その分厚い本を読むのに何時間かけるつもり?」
「全集は5冊あるが――まぁ1冊20分もあれば十分だろう」
「……でえいっ!」
「あ、こら、止めろ! そど子!」
そど子は麻子を椅子から引きずり上げ、2つ並べた布団の片方に押し倒す。
「何をする」
「寝るのよ!」
「私とそど子がか」
ニヤリと笑う麻子に、そど子が言葉の意味に気付き顔を真っ赤にした。
「そういう意味じゃないわよ! 電気消すわよ! 目覚ましは3つ仕掛けたから明日はちゃんと6時に起きる! いいわね!」
「はいはい」
「はいは1度だけ!」
「はーい」
麻子が布団にもぐり込んだことを確認してから、そど子が部屋の明かりを消した。
「……う、……うぅ、うそ……」
そど子が、微かな泣き声に気が付き目を覚ます。
「?」
隣で寝ている麻子の顔が酷く蒼ざめ、涙を滲ませている。
「パパ……? ママ……? 嘘、嘘だ……」
「れ、冷泉さ――」
「嘘だぁっ! いやだぁぁぁぁぁl!!」
真っ赤に濡れたカッと目を見開き、麻子がいきなり跳ね起きた。
「あ……」
がくりと肩を落とし、首を垂れ、ぐすっ、と鼻をすする麻子が、隣にいる人の気配に気づく。
「あの、れ、冷ぜ――」
彼女はそこにそど子がいるのを完全に忘れていたかのようにおののき、それから怒りをあらわにする。
低い声にドスを聞かせて、ぽつりと言い放った。
「出てけ」
「え?」
「なぜそど子がここにいる。出てけ」
「あの、だから、あなたがちゃんと朝起きられるように生活指導……」
「出てけっ! 人のプライベートに土足で踏み込むな! 出てけ、出てけぇっ!」
どさっ、どさっ。ばすっ。
両目から大粒の涙をこぼし、そど子に何度も枕をぶつける。
涙声が上ずり、激しく取り乱す麻子に、そど子はされるがまま黙って枕をぶつけられ続けていた
「……ぐずっ、出てけ……ううっ」
「冷泉さ――麻子?」
「触るな!」
「!」
その場にうずくまり泣き震える麻子に近づきかけたそど子に、刺々しい声が突き刺さる。
自分の手に覆いかぶさるように近づいてきた手を、荒々しくはねのけた。
「…………」
長い沈黙と微かに漏れる鳴き声が止む。麻子が、小さくか細い声で呟く。
「朝が来なければ、いいんだ」
「麻子?」
「朝が来なければ、夜眠る必要も無い――ずっと起きていられる」
「そういう訳にもいかないでしょう、麻子」
「それか――夜が来なければいい。夜眠らなければ……眠らなければ……うう、う、うぇっ」
身を起こしかけた麻子が拳を握り締め、布団に滴を零す
「ちょ、ちょっと……!」
「帰ってくれ、あまり人に見せたいものじゃないんだ」
「……あなたに何が有ったかは聞かないけど、泣いている子を一人にするのは、風紀委員……いや、人として許せない!」
「うるさい、お節介、帰れ」
「帰らない」
「帰れ!」
「帰らない!」
涙の跡の残る顔を上げ、きつくそど子の顔を睨み付ける麻子の目が彼女を見た瞬間わずかに緩み、驚きを浮かべた。
「そど……子……?」
彼女の顔も麻子を睨み付けていたが……その瞳は潤み、頬を涙が伝っていた。
「なぜ、泣く」
「あなたが、悲しんでいるからよ」
「お前は本当にお節介だ……そど子」
麻子はパジャマの裾で涙を拭い立ち上がると勉強机に向かおうとする。
「ちょっと、こんな夜遅くに何する気!?」
「もう寝たくない、本を読む」
「ちょ、ちょっと! こんな時間から起きてたら朝起きれなくなるでしょ!?」
「朝、私を起こすために来たんじゃないのか? そど子」
椅子に座ろうとする麻子の手を両腕で掴み、そど子が大きく首を横に振った。
「生活指導よ。ちゃんと寝なさい! 麻子」
「先に寝てろ、私はもう寝ないから」
「そういうわけにはいかないの。ちゃんと1時間目から起きて授業を受けられないようにしないと!」
「はっ」
鼻で笑った麻子が、手を引っ張られるのに任せ、布団にどうっ、と転がる。
そど子に背を向け、横向きに丸まった姿勢を取ると、軽蔑を込めた口調で言い放った。
「お前が私の背中を抱いてくれたら寝てやってもいい、できるか、風紀委員」
「…………」
そど子の脳内を暗記で叩き込んだ校則が駆け巡る。
(――これは生活指導。同性間の不純交友の対象外――何より、泣いている生徒に手を差し伸べ、寄り添い……健やかな心身で正しい生活を送らせるのが――風紀委員の最大の目的ッ!)
「麻子っ!」
数秒の間を置き、そど子は布団に寝転がり、麻子の背中に思いっきり抱きついた。
「……そど子」
「何よ?」
「……暖かいんだな」
「あなたの体温が低すぎるだけよ! 眠れるまで温め続けるわ!」
パジャマ越しに上半身を密着させ、手を胸の前で絡ませ、長い黒髪に顔を埋める。
豊かな黒髪から、昔から売られているシャンプーの香りが漂った。
「あなたの髪、懐かしい匂いがする」
「ママ――いや、母に選んでもらったのを、今でも使ってるんだ」
「そう……」
ママ、の一言で、麻子の身体が震えだしたのを感じ取ったそど子が、更に強くしがみつく。
両胸を細い背中に押し付け、肋骨の感触に触れた両腕を強く抱きかかえる。
「……ちょっと苦しい」
「あ、ごめんなさい。あなたが寝るまでずっとこうしてあげるから、あなたを――ひとりにしないわ」
「……子守唄、歌ってくれないか」
「え?」
「沈黙の中から……あの夢が這い出てきて私を苛むんだ。なんでもいい、耳元で歌ってくれ……それで少しだけ眠れるかも知れない」
「……」
そど子は麻子の耳に唇をくっつけんばかりに近づけ、小さく細い声で自分の知っている限りの子守唄を歌い続ける。
遠くない未来、自らの子供が産まれ、泣き止まぬ時やぐずる時に歌うであろう、優しい歌を。
やがて、麻子の呼吸が深く緩やかに、安らかな寝息へと変わり、絡み触れ合わせていた足先が温かみを帯び始めた。
「おやすみ、麻子」
「ん……」
小さな小さな声で麻子の耳元で囁くと、自らも腕と身体の力を緩め、深い眠りの中へと落ちて行った。
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