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ガールズ&パンツァー SSまとめ

作者:でんのう
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西絹代とアンチョビ

 いやはや、我らが母港・清水に先客がいるとは。
 遠巻きに見た時は日本型の……大洗学園艦かと思ったのだが、まさか知波単の学園艦とは思いもよらなかった。
 大洗ならドルチェ携え遊びに行けば干し芋パスタでもご馳走になれただろうが、知波単では旨いものにはありつけまい。
 特に知り合いもいるわけでもないし、私は上陸せずに小説でも読んで週末を過ごすことに決めた。

「姐さん、アンチョビ姐さーん!」
「ペパロニ? どうした」
「あのー、知波単から電話がありまして」
「電話? 誰からだ」
「隊長の西さんです。清水に寄港した縁でぜひ会いたいって」
「……わかった。OKしておいてくれ、支度する。もし私より先に着いたら、応接間に通してお茶を出しておいてくれないか」
「了解っス」
 西? ああ、知波単の隊長……西絹代か。
 大学選抜戦の時は名物の吶喊を封じてチハ部隊を率いパーシング3両を撃破した……大洗を救った仲間の一人。
 でも、作戦会議の時に挨拶を交わしたくらいで直接話した事はない。
 だのに、なぜ……挨拶のつもりだろうか。
 ほどいていた髪をいつものツインテールに結い、制服を着てマントを羽織り、眼鏡をコンタクトに替え軽くメイクをする。
 まったく、休日は休日らしく過ごさせてくれよ……。
 身支度を整えて部屋を出ようとした時、駐車場にバイクのエンジンが止まる音が聞こえた。
 はたして寮から校舎の応接間に向かう途中、一台のクラシカルなバイクが停まっているのが目に入る。
 ハンドルにぶら下がった革張りのヘルメットにゴーグル。ははぁ、あれが西隊長の愛車ウラヌス号か。
 でも……個人的にはバイクはアプリリアだな。悪いがバイクに関しては、古いのにはあまり興味は無いんだよ。

 応接間の大きなドアをノックし、部屋に入る。
 椅子に腰掛けていた黒髪の女が綺麗な所作で立ち上がり、直立不動の姿勢でこちらを向いた。
「あ……」
 彼女の姿を見て、私は数秒その場で固まってしまった。
 乗馬服。
 黒の長靴、白いキュロット、白の詰襟のシャツに緋色のジャケット。
 緩やかに流れる艶めいた黒髪、凛とした瞳、ヘルメットに鞭を携えたその姿……応接間に場違いな恰好ではあっても、その美しさに見とれてしまう。
「このような不躾な恰好で失礼いたします。ドゥーチェ・アンチョビ殿。お初にお目にかかります、わたくし知波単学園戦車道隊長、西絹代であります」
「……こ、こちらこそ初めまして。アンツィオ高校戦車道隊長のアンチョビだ、よろしく」
 握手を交わし、漆のような輝きを帯びた瞳を見た時点で……私はもう負けていた。
 ぼうっとしてその凛々しい顔立ちを眺めていると、彼女の方からその奇妙な服装についての説明が始まった。
 「ああ、申し訳ありません。貴校の馬術部に名馬がいると聞き及びまして、ついこのようないでたちにてお邪魔してしまいました」
「名馬……」
 このアンツィオには彼女の言う通り馬術部があり、他校……例えば聖グロリアーナ……に引けを取らぬ名馬や騎手がいる。
 しかしながら、この格好でここに来たという事は……。
「不躾に不躾を重ねる形となり大変恐縮ではありますが、寄港地で隣り合ったのも何かのご縁。貴校の名馬にぜひ騎乗したいと思い立ちまして」
 その瞳には何の嘘偽りもやましい思いも無い。
 単純に、いい馬がいるから乗ってみたい。その一心のみであることはすぐに悟った。
 なんと厚かましく、なんと大胆で、なんと純粋なんだろう!
「分かった。馬術部に連絡を取るから待っていてくれ、西隊長」
「突然の申し出にも関わらず親切なお心遣い、痛み入ります」
 応接間の内線電話に向かう私に、深々と頭を下げる。
 無礼なのか丁寧なのかよく分からないが……私はもう負けていたんだ。
 彼女の頼みを断ることは、出来なかった。

 馬術部の部長は見知らぬ人間を馬に乗せるのを躊躇ったが、どうにかこうにか説得の上要請に応じてくれた。
 知波単の西、という名を出した時、電話の向こう側の空気が変わったのを感じたが……気のせいだろう。
 馬術部が馬装を施す間に私は制服を統帥(ドゥーチェ)服に着替え、西を馬場に案内する。
「我がアンツィオの名馬と言えば Diavolo di marrone(褐色の悪魔)。競走馬上がりの気性の荒い馬と聞いている、大丈夫か?」
「話してみないと分かりません。駄目なら、退きます」
「話す? 馬と……か?」
「はい」
 馬場では馬術部の一同が大きな馬を携え、緊張気味に我々の到着を待ち構えていた。
「初めまして知波単の西さん。お名前はお伺いしています」
「こちらこそどういたしまして。これが褐色の悪魔号……なんと美しい」
「気性が荒いです、どうかお気を付けて……」
「いいや。この子は優しい眼をしている」
 空気が違うのは気のせいでは無かった。戦車乗りよりは優雅とはいえども、アンツィオっ娘であることに変わりない生徒たちが、まるで貴族の訪問を受けるかのに背筋を伸ばし、西隊長を迎える。
 蹄を鳴らし鼻息を荒げた馬の隣に西が進み、静かに鼻筋を撫でると……荒馬は旧知の友人に逢ったかのように大人しくなった。
「初めまして。ディアヴォロ・ディ・マローネ。私は西、西絹代だ。よろしく」

 人馬一体。
 巨大な鉄の馬を乗りこなす戦車乗りにとっても通じるものがあるが、ましてや人間が馬を……生き物が生き物をを操る乗馬であれば、その重みもまた違ってくる。
 馬術部でも限られた人間にしか言う事を聞かないプライドの高い馬が、初めての人間の意のままに駆け、障害柵を軽やかに飛越していく。
 西隊長の黒髪と『褐色の悪魔』のたてがみが同時に宙を舞ったとき、誰からともなく歓声が上がった。
 その姿は、形容し難い躍動感あふれる美しさ……ああ、また『負けた』という感情が心を突き抜ける。

 彼女はひとしきり美技を我々に披露した後、うなじを撫で馬を労い、息を弾ませながら戻ってくる。
 驚嘆の声を上げた部員と握手を交わし、共に馬装を解き、褐色の悪魔の馬体を綺麗に洗い厩舎に納めてから、私の所に戻ってきた。
「急な申し出にも関わらず本当にありがとうございました」
 馬術部の部長と私を前に、深々とお辞儀をする。
「お礼を言いたいのはこちらです! あの馬をあそこまで乗りこなせるなんて! さすがはバロネス……」
「いえ、今のわたくしは戦車道の隊長なので……もうその名ではありませんよ」
 興奮気味の部長の手を握りながら、優しく微笑む彼女。
 卑怯じゃないか! 能天気な吶喊娘だと思ってたのに!
……戦車から離れたらこんなにも凛々しく、美しいなんて、さ。

 心地よい汗をかいた彼女をローマ式の風呂に誘う。汗を洗い流してから学園艦に戻ったらどうか、と。
 恐縮しながらも提案に乗ってくれた彼女を前にして、私は喜悦の表情を隠し通すのに精一杯。
 ペパロニやカルパッチョに、時としてからかわれるひそかな悪癖。
 綺麗な女の子への……興味。
 乗馬服で締め上げられたその中身、西の肢体をこの目で見たい。
 脱衣場で一糸まとわぬ姿となり、自慢の大浴場に案内すべく振り返った私の視界に……白い絹のような、美しく鍛え磨かれた身体が飛び込む。
「どうかしましたか? アンチョビ殿」
「……あ、いや、なんでもない……足元、滑らないように気を付けてくれ」
 無意識のうちに差し出した私の手に彼女の手が触れた時、身体の中をごうごうと血液が駆け巡る音が聞こえた。
 そのまま抱きつきたくなる欲望をはねのけ、湯船へと案内する。
 一度意識し始めてしまうと、もう視線を交わす事はできない。
 負けた。
 彼女を私のものにしたいという気持ちが、彼女のものにされたいという気持ちに負けてしまったんだ。
……ここで彼女に身を任せたら私はどうなってしまうんだろう。
 不道徳、ふしだらな欲望が頭をよぎるたびに、豪華な装飾の施された大浴場の天井に視線を泳がせ、気を紛らわせるしか術がなかった。
「アンチョビ殿、随分と顔が赤いです。もしやお湯にのぼせてしまったのではないでしょうか?」
「ううん、気にしないでくれ、いつもこうだから」
「いや、目もぼんやりとしております。風呂から上がりましょう!」
「あ、ちょっと」
 湯船から上がる西に手を引かれた私は、彼女の全身……艶めかしい曲線を描く裸体を後ろから全て眺める形となった。
 ああ、ああ、ああ。もうダメだよ、助けて。私の悪魔が目を覚ましてしまう!
「おっと!」
 よろめいた私を抱き止める2本の腕。
 柔らかくしなやかな素肌に抱き止められた私の意識が舞い上がった。

「アンチョビ殿、アンチョビ殿!」
「姐さん、アンチョビ姐さん!」
「うーん……あ、あれ?」
 目を開けると……西とペパロニの心配そうな顔。
「姐さん大丈夫っスか? 風呂に入るなりのぼせちゃったって西さんから聞いて……」
「あ、そうか、私、西……隊長と一緒に」
「急にふらついたので心配しました! 大丈夫でありますか!?」
「うん、大丈夫。申し訳ない……ごめん」
 私は脱衣場のソファにタオル1枚で寝かされていた。
 白シャツに葡萄色のスーツに着替えた西。その姿を見た私は顔がぼうっとなり、思わず内股になってしまう。
「姐さん、また顔が真っ赤っスよ!」
「ペパロニ殿、自分がアンチョビ殿を部屋までお運びします!」
 なんという事だろう。
 私は二人の手で服を着せられた後、西に抱えられ部屋まで運ばれてしまった。
 風呂から部屋まで抱っこされてる間、私は西のスーツの裾を掴み、ずうっと彼女の顔を見上げていた。
 ベッドに寝かされ顔を火照らせたまま、ぜえぜえと浅い息を繰り返してると、西が私の服のボタンをはだけさせる。
「息が苦しそうなので……失礼します」
 シーツをぎゅっと握り締める、ますます動悸が酷くなる。目にじんわりと涙が浮かんだ。
「姐さんっ、お医者さん呼ぶっスか!?」
「大丈夫、寝てれば治るから……」
……お医者さんで治るものなら簡単なんだけどね、ペパロニ。
「申し訳ありません! 突然お邪魔してこんな事になるなんて」
 西が跪いてそっと私の手を取り、頭を下げる。
 こいつは……天然の女誑しだ!
「こちらこそ心配かけてすまない。こんな事今まで無かったんだけどなぁ……疲れてたのかな」
「お礼はまたいずれさせて頂きますので。本日は失礼いたします……どうかお大事に」
 彼女は心配そうな顔をしながら、一礼して部屋を出て行く。
 やがて窓の外からバイクのエンジンをキックする音が響き、軽やかなエンジン音が遠のいていった。
「ペパロニ」
「何スか、姐さん」
「手、握ってくれないか」
「……」
 ペパロニが黙ってベッドの側に座り、放り出した私の手を包み込んでくれる。
 すう、はぁ、と、深呼吸を繰り返しているうちに、高鳴った心臓もだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
「珍しいっスね」
「ああ」
「負けちゃったんっスか」
「……」
 ペパロニは手を握ったまま顔を背けている……こういう時、私がどんな顔してるか知っている子だから。
「今度は知波単にカチコミっスね」
「止めとく……戻れなくなりそうなんだ」
「本気になっちゃったんなら止めないですよ。ドゥーチェ」
「ばか……」
 涙に濡れた顔をぷいと横に向け、ペパロニの手をしっかりと握り締めると、彼女もまた、ぎゅっと握り返してくれた。
「しばらく、このままで」
 私の心が鎮まるまでペパロニの手は離せない。
 燃え盛る恋の炎に身を焦がされてしまうから。 
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