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真田十勇士

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巻ノ三十三 追撃その八

「一刻も早く上田から出るぞ」
「そして駿府まで、ですな」
「帰るのですな」
「その通りじゃ、そして傷付いた者は見捨てるな」
 とりわけ強くだ、鳥居は兵達にこのことを念押しした。
「よいな」
「はい、徳川家の者として」
「それは」
「味方を見捨てるとな」
 それこそというのだ。
「己も見捨てられる、しかもな」
「はい、そうですな」
「味方を見捨てることも武士の道に背く」
「そういうことですな」
「我等は徳川の武士じゃ」 
 鳥居は負けたにしても毅然としていた、そのうえでの言葉だった。
「武士に負けることはするな」
「左様ですな」
「だからこそ味方を見捨てず」
「そして、ですな」
「何とか」
「駿府まで退くぞ」
 味方を見捨てずにと言ってだ、そのうえで。
 鳥居は今も軍勢の後詰を務めながら軍勢を動かしていた、そうしてだった。
 千曲川と交わる神川の前に来た時にだ、彼は全軍に命じた。
「川を渡れ、しかしな」
「急いで、ですな」
「そのうえで」
「川は素早く渡れ」
 兵法から言うのだった。
「さもないとじゃ」
「そこを狙われる」
「川を渡るその時に」
「だからですな」
「そうじゃ、この時が一番危うい」
 それ故にというのだ。
「今のうちにじゃ」
「はい、川を渡りましょう」
「すぐに」
 兵達も頷く、そしてだった。
 全軍で川を渡りはじめた、彼等も急いでいたが。
 軍勢の半ばが川を渡ったまさにその時だった、突如として法螺貝が鳴る音が聞こえてきて彼等の後ろからだった。
 赤備えの軍勢が来た、鳥居は彼等を見て何とか己を保ちつつ言った。
「くっ、やはりな」
「ここで、ですな」
「出て来ましたな」
「やはり」
「うむ、攻めて来たわ」 
 鳥居はここでだ、自ら。
 槍を手にしてだ、そのうえで全軍に命じた。
「早く渡れ、傷付いた者から先に逃せ」
「そして戦える者がですな」
「ここは」
「後詰じゃ」
 こう応えるのだった。
「わしと共に後詰を務めよ」
「わかりました」
「ここは何とか踏ん張り」
「そのうえで一人でも多く逃がしましょう」
「川の向こうに」
「わかっておったが」
 それでもと言う鳥居だった。
「ここで来るとはな」
「今度は兵法の理を的確にですな」
「衝いてきましたな」
「まさに」
「うむ、憎らしいまでにな」 
 上田の城では詭計を用い次はというのだ。
「そしてこの度はな」
「はい、正攻法ですな」
「それで来ましたな」
「縦横無尽、思うがままに戦っておる」 
 鳥居は槍を手にしたまま言って来た。
「そして川を渡る時に来たわ」
「まさに半ばを渡る時に」
「攻めて来ましたな」
「しかも後ろからな」 
 ただ川を渡るその半ばに攻めるだけではないとだ、鳥居はこのことも述べた。 
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