水の国の王は転生者
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第二十三話 アントワッペン市街戦・後編
「軍師殿、追撃しようと思うんだが」
ヘルヴェティア傭兵の本陣では、雇い主である重鎮の一人が追撃の相談をしていた。
「どう思う? アントワーヌ」
「わざわざ、不敗の陣形を崩すなんて馬鹿げてるよ、アンリ」
「うん、ぼくもそう思うよ、アントワーヌ」
『と、いう訳でボス。追撃はなりません』
ヘルヴェティア傭兵の軍師、兄のアントワーヌ、弟のアンリの優男風のジェミニ兄弟は双子の特殊能力なのか見事にハモり、重鎮の案を否定した。
「なぁ!? 何故だ!?」
『陣形を崩すのは大変危険です』
「だが、相手は所詮平民だ、押し切れば問題なかろう」
自身も平民なのを棚に上げて重鎮は言った。
『あの、ファイアー・ボールもどきの事もあります、平民と侮って力押しすれば痛い目を見る事になるやも知れません』
長文も見事にハモった。
普通なら傭兵隊長と呼ばれる者が傭兵らを指揮するはずだが、たまに傭兵を指揮して将軍気分を味わいたい雇い主が居た。
そういう場合は軍師役の人物を同行させ、その軍師に様々な助言や編成、補給の手配など、その他諸々を行わせていて、その場合の費用は数倍高く設定されていた。
これが割りと好評で、軍事に無知な雇い主は大抵、軍師の助言をそのまま取り入れた。こういう雇い主は傭兵にとってはありがたい存在で懐的にも美味しい相手だったが、下手に軍事をかじった雇い主は危険な存在だった。
何かと自分の描いた戦法で戦いたがる雇い主のヘソを曲げさせないようにするために、軍師役には戦略や戦術以外に弁舌の能力が必要不可欠だった。
しかし、ジェミニ兄弟は
戦略や戦術は超一流なのだが肝心の弁舌は壊滅的に駄目だった。
『そういう訳で陣形を崩すのは駄目です』
「……ぐぬぬ」
『何ですか? 分からないんですか? 1から10まで説明しないと駄目ですか?』
プルプル震える重鎮を、再三なじるジェミニ兄弟についに我慢の限界が来た。
『ですが、我々に良い案が……』
「うるさいわっ! おっおのれーっ! ……クビだぁー! クビッ! クビィーッ!」
ついに爆発した重鎮はクビをジェミニ兄弟に告げた。
『あっ』
と、いう間に事態は急変した。
クビになったジェミニ兄弟を置いて、ヘルヴェティア傭兵は陣形を崩し市内に突入した。
「また、やってしまったな、アントワーヌ」
「これからどうしようか? アンリ」
『はぁ……』
ため息が漏れた。
「あ、そうだ、アンリ」
「どうしたんだい? アントワーヌ」
「聞くところによると、トリステインの王子は多少問題があっても有能なら雇ってくれるらしいよ、アンリ」
「聞いたことがあるよ、アントワーヌ」
『僕らを売り込みにいこうか』
そう言ってジェミニ兄弟は屋敷の方向へ足を進めた。
☆ ☆ ☆
広場から去ったラザールたちは、ヘルヴェティア傭兵の追撃を今か今かと手ぐすね引いて待っていた。
「……さて、来てくれるかな?」
ラザールは一人、明かりの無い部屋の中でつぶやいた。
「ミスタ、物見からの報告で、傭兵連中が来たそうです。陣形も崩しているようです」
「うん、それでは手はず通りに」
「はい」
男は去っていき、再びラザール一人になった。
「上手くいってくれれば良いが……」
ゆっくりと歩き窓を開けた。
すると、暗い空の下、何処かの路地裏で閃光が走った。
「始まった!」
ラザールは窓を閉め足早に部屋を出て行った。
☆ ☆ ☆
閃光が走り、数名のメイジが爆風で、壁に叩きつけられ動かなくなった。
「何があった!」
「分かりません、いきなり爆発して……」
ジェミニ兄弟をクビにして市街地に突入したヘルヴェティア傭兵は、当初は何の抵抗も無く前進し続けた。
しかし、迷路の様な市街地に気付かないうちに、兵力を分散していった。
そして、先ほどの爆発でヘルヴェティア傭兵たちは悟った。
『自分達は罠にはまったのだ』
だが、今更悔いても遅い。
ヘルヴェティア傭兵は暗闇とトラップとゲリラ戦術の地獄の釜に放り込まれた。
……一方、別の場所では。
「誰かライトだ、ライトを使え、こう暗くちゃ何も分からん」
「了解だ」
一人の傭兵がライトのルーンを唱えると、パッと、路地裏が明るくなった。
だが、『それを待っていた』と、言わんばかりに、積まれた樽の影や塀の上や屋根の上などから銃撃やレンガ、家財道具が傭兵達へと降りそそいだ。
「エア・シールド!」
「アース・ウォール!」
傭兵達は魔法で防御してしのいだ。
「退け!」
市民達はすかさず逃走した。
「逃がすな!」
「追え!」
傭兵達も逃げる市民を追撃した。
しかし、積まれた樽を通り過ぎようとすると、樽は大爆発を起こした!
「ぎゃああああ!」
「退けっ、罠だ!」
数人は爆発に巻き込まれたり、別の数人は爆発で崩れた家屋の下敷きになった。
こういった事は、路地裏のいたる所で起こった。
ラザールの作った特製火薬にド・ブラン夫人がディテクトマジックを付加する事で完成した、この地雷はディテクトマジックの効力で人が近づくと作動する仕組みになっていた。
主に樽や防火用の水桶などに中身を取り出し火薬を入れて地雷をすることにした。
中には釘や針などを混ぜて即席の対人地雷にしたものもあった。
街のあちこちで爆音が響き、メイジ相手に有利に戦えていた。
……しかし、数千年間、平民らを支配し続けていたメイジは、そう甘くは無かった。
戦闘のプロは伊達ではないのか、緒戦の混乱から回復すると傭兵軍は徐々に反撃に転じ始めた。
ファイア・ボールやフレイム・ボールが家屋を焼き、エア・カッターが逃げ遅れた市民を切り裂いた。
そして、極めつけは……
「あれを見ろ!」
一人の市民が窓から指を刺すと、そこには10メイル超の巨大なゴーレムが居た。
ゴーレムはレンガ造りの家屋を次々と破壊して周り、家屋の中で待機していた市民も巻き込まれた。
「おい! 止めろ! 止めるんだ!」
ゴーレムの足元辺りで重鎮が騒いでいた。
「こんなに壊したら、独立しても旨みが無いじゃないか!」
独立後の事を考えて、なるべく都市を無傷のままで手に入れたかったらしい。
「止めろっ……止めろーっ!」
重鎮はゴーレムの足にへばり付こうと飛びついたが、ゴーレムが足を上げたことで重鎮の身体は宙に舞った。
「ゴフッ、おお? 止め……!」
そして、地面にキスした重鎮はゴーレムの足によって踏み潰され死んだ。
現場は大混乱になった。
巨大ゴーレムが暴れ周り、メイジの魔法が四方に飛んで家々を焼き、市民達は逃げ惑った。
「まずいな、これでは戦闘どころではない」
「ミスタ、大多数の傭兵は戦闘不能にしましがた、あのゴーレムのせいで現場は混乱。相手は降伏する気配はありません」
傭兵を言うものは、良くも悪くも利に聡い人種だ、自分達が不利になれば、撤退などの何らかのアクションを起こすはずだったが、混乱の性でそれは見られない。
ラザールは知らないが、傭兵軍はジェミニ兄弟をクビにした後、後任を任命することなく市内へ突入して、総大将の重鎮が死んでしまったために指揮系統が喪失して末端の傭兵達は状況が分からず独自の判断で行動していた。
ラザールは少し考えて……
「あの、巨大ゴーレムを倒せば相手の戦意を挫く事が出来るかも……すまないが、みんなに頼んでありったけの火薬を用意するように伝えてくれ、場所はマダム・ド・ブランの裏倉庫にあるはずだ」
と言った。
「分かりました」
市民数人が去っていった。
「これだけ暴れれば、奥様も気付くはずだが……貴族達の相手に手間取っておられるのであろうか」
☆ ☆ ☆
一方、ミシェルやド・ブラン夫人の一団は市民達の救援のために馬を走らせていた。
「大変な事になっているみたいね」
「あのゴーレム……私達の力を結集すれば倒すことが出来るんでしょうか?」
ミシェルが目を向けた先には、燃え盛る多くの家屋を背に暴れ回るゴーレムの姿だった。
「ゴーレムのことについては私に任せて、ミス・ネルは他のみんなと協力して市民達の救援を」
ド・ブラン夫人はミシェルに言い聞かせ後ろを振り返ると、セバスチャンの他におよそ10騎のメイジが付き従っていた。
時代が変わりつつある……
今まで民衆の為、平民の為にと命を賭けようとする貴族は皆無だった。
マクシミリアンの登場とその行動で、貴族の中に新たな価値観が生まれ始めた。
ド・ブラン夫人は、時代の変革に立ち会うことが出来た感動に、思わず目を潤ませた。
「さぁ! 行くわよ…」
ド・ブラン夫人はルーンを唱え杖を振るうと巨大なゴーレムが現れた。
「おお!」
「これなら!」
「さ、みんな、あのゴーレムは私に任せて!」
ド・ブラン夫人はレビテーションを唱えて巨大ゴーレムの頭頂部に飛び乗った。
「ミス・ネル! 後は任せたわよ!」
「はい、みんな行こう!」
『おおーっ!』
ミシェルたちはゴーレムに踏まれないように馬を駆り市民達の救援へと向かった。
「行ったわね、さぁ! あのゴーレムをやっつけるのよ!」
地響きを立ててド・ブラン夫人のゴーレムは敵のゴーレムに襲い掛かった!
ド・ブラン夫人のゴーレムは、敵ゴーレムに右のストレートを繰り出した。
敵ゴーレムは、まともに食らいバランスを崩して瓦礫後に尻餅をついた。
ド・ブラン夫人のゴーレムはそのまま組み付いた。
「うわぁ!」
「危ないぞ!」
舞い散る砂埃や土砂に辺りの多くの市民達は巻き込まれそうになったが難を逃れた。
組み付いた状態で敵ゴーレムを何度も殴ったがすぐに再生して決定打を与えられない。
「奥様! そのまま取り押さえておいて下さい!」
ラザールが家屋の隅から現れて手を振ると、大きめの樽を抱えた市民達がワラワラを現れ組み付いた2体のゴーレムへと殺到した。
「分かったわ、ラザール! それと、私達の援軍に貴族のみんなが来てくれるわ! だからそれまで持たせて!」
「貴族が!? 援軍に!?」
「そうよ! 貴族が平民のために来てくれるのよ!」
ザワ……と、その場の空気が変わった。
「本当か?」
「貴族が俺達のために?」
市民も困惑気味だ。
無理も無い、今までの貴族は平民にとって恐怖の対象でしかなかった。
(貴族が援軍に? 本当に来るのか?)
市民達は困惑しながらも援軍を待つことにした。
話は戻り、敵ゴーレムはド・ブラン夫人のゴーレムにガッチリと組み付かれた状態で動けない。
「お前ら! 根性入れろ! 行くぞぉぉぉぉ!」
『おお~っ!』
工兵組の監督役が檄を飛ばし、多くの火薬樽を持った市民達もそれに続いて、2体のゴーレムの側までに近づくと火薬樽の設置を開始した。
それを阻止しようと他の傭兵達が攻撃を開始、傭兵は数こそ少ないものの下手に火魔法を使われて火薬樽に誘爆されたら作戦は失敗だ。
市民達は物陰に隠れながらもマスケット銃で応戦を開始し、傭兵との間で最後の戦闘が始まった。
「撃て撃て!」
「弾持ってこい、弾!」
そんな中、悲鳴と怒号と銃声が飛び交う戦場に颯爽と現れた集団があった。
「よし、みんな市民を救うんだ!」
ミシェル達、貴族がようやく到着したのだ。
「本当だ! 本当に来た!」
「うおおおお! トリステイン万歳!」
喜びを爆発させた市民達。
一方、貴族らはそれぞれ魔法を放ち傭兵らを追い詰める。
12歳と幼少ながらも実質、貴族達を説得し、救援部隊の隊長として振舞った、ミシェルもドットスペルながらも奮戦した。
元メイジ殺しのセバスチャンは2丁のピストルを2丁拳銃のように馬上で放ち、二人の傭兵の頭を打ち抜く離れ業を披露した。
……そして。
「設置完了だ! みんな離れろ!」
火薬の設置を終えた工兵組がワラワラと離れ、ド・ブラン夫人を始め多くの市民が物陰に隠れた。
「あれ? どうしたんだ?」
事情を知らないミシェルたちは取り残され、キョトンとした顔をしている。
「貴族様! こっちこっち!」
何人かの市民が物陰から飛び出し、ミシェルらの馬を引いて退避を促した。
「何があったんだ?」
「貴族様、それよりも今は耳を塞いでいた方がいいでしょう」
「……!? こうか?」
ミシェルが両耳を左右の手で塞ぐと同時に、大量に積まれた火薬樽は大爆発を起こしド・ブラン夫人のゴーレム諸共、敵ゴーレムを吹き飛ばした。
キノコ雲が漆黒の空へと舞い上がる。
「……私たち何しに来たんだろう」
ミシェルがポカンと口を開けていた後、ほどなく傭兵達は降伏した。
……
……そして戦闘後。
路上には死亡した市民や傭兵達の遺体が並べられ、傷の手当のために降伏した傭兵の中からも水メイジを動員して治療に当たらせていた。
ラザールは貴族達と供にド・フランドール伯の屋敷へ再突入するための編成を作戦立案に追われていた。
とある路地裏では。
「ミス・ネル。本当にお疲れ様、気分はどう?」
一人、空を見上げて呆けるミシェルにド・ブラン夫人は労いの言葉をかけた。
「ああ、ありがとうございます。気分は……ちょっと気が抜けちゃいました」
そう言ってミシェルは年相応の笑顔を見せた。
「それにしても、あの頭の固い貴族連中相手によくもまぁ……あれだけの啖呵を切れたものだと感心したわ」
「あれはちょっと……我ながら出来すぎと言うか。きっと殿下が後押ししてくれたんだと思います。昨日までの私は死んで、今日別の私が生まれたんだと思います」
数時間前に、風穴のジャコブによって死の淵に立たされていた事を思い出した。
(あの時、古い私は死んで、新しい私が生まれたんだ)
そう思うと、何でも出来そうな気がする。
「きっと時代が変わろうとしているのね」
「時代が?」
「そうよ、今まで平民のために命を賭ける貴族なんて、皆無……とは言わないけど今までの人生じゃ5本の指で数える程度だったわ」
「……」
「それが、今日だけで10人近くも……こんな事、今まで無かったわ。だからよ、時代が変わるんじゃないかって、そう思ったのよ」」
ド・ブラン夫人も空を見上げた。
「殿下が、マクシミリアン殿下が現れたからでしょうか?」
「ん~……分からないわね。時代が変わるためにあの方を生んだのか、あの方が生まれたから時代が変わろうとしているのか。そんな事、始祖ブリミルでなければ分からないわ」
「……そうね、そうですよね」
結局答えは見つからず、二人して何も見えない空を見上げ続けた。
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