ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
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第二十六話
前書き
新しい二次創作始めたり考えてたりしたら三ヶ月以上過ぎてた()
本当に気まぐれで更新していくのでなにとぞ気長にお付き合いください
「さすがに無茶にも程があったかな……」
土ぼこりに塗れた服がいつもより重く感じる。それどころか頭もぼーっとするし、視界も何だかグラグラしてる。今じゃ槍を杖代わりにしないとまともに歩けない状態だ。
十中八九、精神力枯渇である。【ヒリング・パルス】は発展アビリティのお陰で非常に使い勝手の良い魔法だけど、もともとはどんなに速く詠唱しようとも30秒は掛かる超長詠魔法なんだから精神力も相応の量を消費する魔法だ。それを一回【水連】を使う度に使用してたんじゃ精神力がすっからかんになるのも当然だ。むしろよくLv.1の状態であそこまで景気良く使えたなと思う。精神力は個々人の器に比例する、と前世で魔法を研究していた知り合いが言ってたような気もするけど、確かに前世の私だったらこれくらいの魔法連打は出来たし、その通りなのかもしれない。
七層でオッタルと交戦して成り行きで八層に落下、そこで終戦した。
オッタルという名前はアスフィを調べるときに副次的に得た情報にあった。【猛者】の二つ名を持ち、名実ともに現代のオラリオ最強の冒険者。
なるほどアイズと比肩できる人物じゃなかったよ。初見殺しの【水連】を使っても一瞬で看破してきたし、思った以上に即興にも富んでいたし読み合いも中々だったから後半少し焦った。
とは言え、ステイタスに頼らない戦いというのはオッタルにとって不慣れなものだっただろう。ステイタス度外視の戦いは私の土俵だ。即死か喉を潰されない限り絶対に死なない魔法を持ってるのだから負けるわけが無かった。
それに前線を退いて久しいっぽかったしねー。戦ってる最中に勘が戻ってきたって感じかな。ファミリアの団長を務めてるから自分の都合で訓練ってわけにも行かなかっただろうし、何よりフレイヤ様の私情につき合わされっぱなしだったろうから、今回の戦いはオッタルの全力じゃなかったかもしれない。どちらにせよ私が勝つけど。
さて、頭で別のこと考えてないとまともに体を動かせない私なのだが、今いる階層は九層だ。八層を降りたときに思い出したように体が竦み始めて今に至る。一番近い安全階層は地上だけど、とてもじゃないけど無理だ。それにオッタルにかっこつけて去り台詞を吐いた手前、この状態を見られるのは恥ずかしい。ていうか殺されるかもしれない。
どうしようと思ってる今もどんどん体から意識が抜け始めて、前後左右の感覚があいまいになってくる。
あ、あー、そう言えば前世の駆け出しのころってこんな感じだったかなぁ……。
槍が地面に転がる音を最後に私の意識は途切れた。
◆
ふと意識が戻った。いきなりなんだって思うけど、本当につい今までぼーっとしてただけなんじゃないかってくらい自然に気が付いた。
周りを見渡したら真っ暗だった。いや、ただの真っ暗じゃない。何というかな、視界が見えないとかいう感じじゃなくて、真っ黒な部屋にいる感覚かな。でも足元は底なしの深淵が覗いているように感じる。たまらなく不思議な感覚だよ。
ん? なんか私の背、伸びた? 誰かに持ち上げられたような、不自然に視界が高くなったような……。ていうか今着てる服もさっきまで着てたやつと全然違うな。よく見れば手の大きさも全然違うし、髪も藍色が混じった黒だし……。
あれ、これ前世の私の姿じゃない?
「そうですよ。クレアのお姉さん」
暗闇から唐突に投げかけられた声。それは真後ろだった。
さっき見渡したときは私以外なにも無かったはずなのに! 驚きながらもすぐさま振り返ると──
「私としては初めまして、です。クレアのお姉さんにとってはさっきぶりですけど」
緑の生地に白のラインが縁取る着物のような服に、13歳の誕生日にお母さんからプレゼントしてもらった同じ配色のナースキャップを付けた女の子がちょこんと座っていた。
それは今日の朝、私が鏡の中で見た女の子と全く同じ姿だ。
「レ、レイナ……なの……?」
「はいです。正真正銘、レイナ・シュワルツです」
こ、これは一体どういうことなんだ……? 私は精神力枯渇で意識を失ったはず。じゃあこれは私の夢? それにしては妙に現実味を帯びてる気がする。それじゃ【フレイヤ・ファミリア】の刺客が私の気絶に付け込んで幻惑魔法か何かを仕掛けた? そんなまどろっこしいことしてる暇があったらフレイヤ様に突き出すかその場で殺すでしょうね普通。
整理すればするほど意味の解らない状況に、レイナらしき女の子は歳相応の可愛らしい笑みでくすりと笑う。
「こう見えて、私もかなり動揺しているんですよ? なにせ、私もクレアのお姉さんのようについ今意識が戻ったような感覚ですから。ひとまず座ってお話しませんか?」
「う、うん、そうだね……」
こう見えてって、本当に動揺してるのかいキミ……。動揺しているどころか楽しそうに見えるけど……。
私の思いを見透かしたように女の子は言う。
「楽しいですよ? 私の記憶にあるクレアのお姉さんそのものとお話できるのですから」
「……ごめん、キミ一人だけこの状況を理解してるようだけど、私は何も解ってないんだ。だから一から説明してもらえると助かるんだけど」
「あぁ、そうでした。つい今合点がいったものですから、ついつい先走っちゃいました」
てへへ、と頭の後ろを掻きながら照れ笑いを浮かべる。それから小さくコホンと咳払いをして、いいですかと前置きを置いて言った。
「クレアのお姉さんの前世の記憶や現状を鑑みるに、今の私とクレアのお姉さんは魂の状態なんです」
「もう少し解りやすくお願い」
「えぇっと、まず私はレイナの体に元々あった魂なんです」
「……うん」
「だけどクレアのお姉さんの魂の方が大きかったのでレイナの体の操作権はクレアのお姉さんに移りました」
「…………うん」
「でも今のクレアのお姉さんは精神力枯渇で魂がすごく弱まった状態になったので、私の魂と同じ大きさになったんですね」
「………………うん」
「そこで『押しつぶしていた状態』と『押しつぶされていた状態』が解けて『隣り合っている状態』になりました。ようは箱に二つのボールを入れてみましたって状態なんです」
「……………………うん」
「なのでレイナの体の操作権を決めるためこの謎の空間に私の魂とクレアのお姉さんの魂が入ったってことです」
「……意味は解ったけど、意味が解らない」
「言いたい気持ちは解りますが、今の状況を見る限りそう判断するしかなさそうです。この謎の空間はレイナの心だと予想してますが、こんな不思議なこともあるんですね」
暢気に真っ黒な空間を見渡す女の子。
いつもなら笑い飛ばすような展開だが、彼女の言い分は確かに正しいように思える。
もし彼女の言い分が正しかったとするならば……。
「じゃあ、つまりキミはレイナなんだね?」
「えぇ、本来レイナ・シュワルツの体を操作するはずだったレイナの魂です」
なんてことだ……レイナの魂が内在していたなんて……いや、むしろ幸運なのかもしれない。だって……
「ごめんなさい!」
「えっ?」
「私の勝手な事情でキミの体を奪ってごめんなさい! 私の不本意だったにせよキミの自由を奪ったのは絶対に許されないことだ! どんなに謝っても償えないと思うけど、ごめんなさい!」
恥も外聞も無く頭を下げた。極東で言うところの土下座である。
ずっと心に引っかかっていたことなのだ。本来宿るべきはずだったレイナの魂を押しのけて私が収まってしまったことが。気にしていてもどうしようもないと思っても、やはり罪悪感は消えなかった。
でもレイナの魂は追い出されずにレイナの体に残っていた。レイナの説明によれば押しつぶしてしまっていたみたいだけど、こうしてじかに話すことができた。
ならば謝るしかない。身も知らずの人に体を奪われたレイナの気持ちは私に推し量ることは出来ない。だけど少なくとも許されるようなことじゃないのは確かだった。私が意識を失うまでの13年間、彼女をここに閉じ込めていたのだから。
しかしレイナは目を丸くした後、くすくすと上品に口元を隠しながら笑う。
「いえいえ、大丈夫ですよ。先ほども言いましたが、私もつい今の今まで夢見心地の心境でしたから。それに13年間この空間にいたというわけじゃないんです」
「で、でも……!」
言いつもる私にレイナは鋭く返した。
「それではお詫びに体を返してくださいと言えば、クレアのお姉さんは気が済むのですか?」
「それは……」
「困りますよね。セレーネ様を探すためにこの体に宿ったのですから」
「えっ、何でそれを知ってるの!?」
「まぁまぁ。私のことについては順序立てて説明しますから今は置いておきましょう。話を戻すと、私はクレアのお姉さんに体を渡すことに異議はありません。そもそもクレアのお姉さんに怒りすら持ち合わせていないので謝られても困るのですが、そこはクレアのお姉さんが悪いと受け取った部分ですし、気持ちだけ貰っておきます」
そう言ってもらえると助かるけど……。それにしても私よりずいぶん大人な対応をするねレイナちゃん……。
「まあ、記憶だけならクレアのお姉さんの記憶から今に至るまでありますし」
「なんで私の思考と会話できるのかはさて置き、それってどういう……?」
「いえ、記憶については私もよく解っていないのですが、たぶん私の魂が押しつぶされてたとはいえクレアのお姉さんの魂に触り続けていたのですから、そこで何らかの現象があって記憶が共有されたのかと……」
「この状況自体不合理すぎるから、そう捉えるしかないのか……。あれ、てことは前世の私の分の時間も過ごしたってこと?」
「う、うーん、どうなんでしょうか……。まさに夢を見たように記憶が入ってるので、実際にクレアのお姉さんが生きた時間そのまま体感したのかどうかは解りません。ただそれらの記憶を基盤に今の私の人格があるので、大雑把に体感したということで良いんじゃないでしょうか。クレアのお姉さんの考えとか大体解りますし」
「本当に訳の解らない現象だよ……」
頭を抱えて言うとレイナが同感ですと言いながら楽しそうに笑う。この子、私の分まで肝っ玉が据わってるんじゃないか……。
「私のことについてまとめると、クレアのお姉さんと記憶を共有している、クレアのお姉さんの考えに大体賛成というところでしょう」
「大体ってことは反対の部分もあるってことだよね」
「勿論です。クレアのお姉さんに私の体を貸すのは良いのですが、ずっととなると困りますし。それに私にもやりたいこともありますし」
「やりたいことって?」
ずっと体を貸してたのだから沢山あるだろう。出来るだけ叶えてやりたいけど……。
私が真剣に聞くと、レイナはぱぁっと花を咲かせて言った。
「13歳と言えば青春ですよ青春!」
「……え、青春?」
「そうですよ! 私も年頃の女の子ですもの、素敵な恋を夢見るものです」
「うーん、私は恋なんてしたことないからなぁ……」
というか13歳で青春って早い気がするけど……英雄譚とか読んでると大体16歳くらいでそういうものしてるし。セレーネ様も私に恋はいいよー、と話してくれたことあるけど、それは冒険者になってからずいぶん経ってからだったしなぁ。人それぞれなのかな?
私が唸っているとレイナが物凄く怪訝に見つめてきた。
「それ本気で言ってます?」
「こんなことで嘘言う訳ないじゃないか。というか、私の記憶知ってるなら解るでしょ?」
なぜに疑われてるの。
レイナはだめですねこれは……と嘆くように呟き眉間に指を添える。
「ともかく……私はクレアのお姉さんの記憶を持ってるとは言え、心は純粋な13歳です。多少はクレアのお姉さんに影響されてますけど……」
「まぁ解ったよ。だけどそんな簡単に恋なんて出来るものじゃないでしょ? 好きなタイプとかそうそう合うもんじゃないよ?」
「ふふーん、実はちょっと気になってる人はいるんですよー」
「ほほーん? ぶっちゃけ誰なの?」
「ベル君です!」
「……マジかぁ……」
ベルかぁ……。よりによってベルかぁ……。まあ荒くれ者が集まりやすい冒険者の中だとベルみたいな子は稀有だからねー。セレーネ様が言うにはギャップ萌え? とかいう奴なのかなぁ。それはちょっと意味が違ったっけ。
まあレイナがベルのことを気になってるって言うなら仕方ない。幸いベルとは縁もあるし、歳も近いから十分いける範囲だ。
だけどベルを囲ってる女性陣が多すぎるんだよなぁ……。心配な要素はそこなんだけど。とくにシルヴィ辺りが修羅場になったとき一番ヤバそうな雰囲気あるし。
「その点については問題ありません! 私には秘策があるのです」
「簡単に思考を読まれてることについてはもう突っ込まないぞ……。で、その秘策というのは?」
「ふふふ、それは内緒です。口に出すのは少し恥ずかしいです」
ほっそりと頬を染めて目を伏せるレイナは、なるほど、この顔を見せればベルも振り向いてくれそうだ。ただこんなよく解らない場所に放り出されても気丈に振舞っているレイナが口に出すのを躊躇う秘策って大丈夫なんだろうか……主にベルが。そこは私、関係ないから傍観するけどね!
「レイナの要望は解った。なるべく尊重するから、また何かあったら言ってね」
「はーい」
「それで問題なんだけど、レイナと話すためにはまた精神力枯渇にならないといけないのかな」
「今のところはそれしかなさそうですね」
「面倒だなぁ……」
精神力というのは非常にあやふやな定義なんだよね。日によって上限は変わるし、実は消費してる精神力の量も毎度変動してるらしいからね。私は【アルテマ】一回ぶっぱなせば簡単に枯渇させることできるけど、レイナと話すために【アルテマ】をぶっぱなすって頭おかしすぎる話だからなぁ……。
「平常の状態で簡単に意思疎通できる手段があればいいのですがね……。先日会ったアスフィさんに頼んでそういう魔道具を作ってもらうというのはどうでしょうか」
「危険すぎだよ。アスフィのバックにはヘルメス様がいる。まぁ、十中八九フレイヤ様の下にいるだろうからすでに敵対してるようなものだけど、余計なちょっかいを出されるのは面倒だよ」
「ですよねぇ……。それについてもまたいつかの機会に話しましょう。現時点で解決できることではないですし」
「考えることが多くなったなぁ……」
実質レイナを殺してしまったと思っていたけど、状態はどうであれこうしてレイナは生きていたと知れただけでも大分気が軽くなったかな。未だに現状に仕組みをよく解ってないけど、少なくともセレーネ様を見つけるまではレイナの体を貸してもらえるようだし、じっくり考えていこう。前世の魔法大国にいた知り合いを尋ねてみようかな。エルフ族だしまだ生きてると思う。
「結構話し込んだけど、どうすれば体の操作権を決定したことになるのかな?」
「それはクレアのお姉さんの魂に精神力が補充されるまで、でしょうね。私は今の状態が最高潮みたいですし、私の精神力の上限をクレアのお姉さんが上回れば、その時点で操作権は決定されると思います」
「いまさらだけど、自分の体の操作権って表現、なかなかグロいね」
「ぶっちゃけてしまうと、私自身、自分の体を動かしたこと無いのであまり頓着が無かったりするんですよね。だからどことなく他人行儀な表現をしてしまうのかもしれません」
うーん、本当に申し訳ないことをしてるなぁと実感させられるなぁ……。自分の体を自分の物と思ってないようなものでしょ、それって。早く返してあげたいなぁ……。
良心の軋む音を聞くと、次第に意識が遠のく錯覚に襲われた。
「クレアのお姉さんの体、少し透け始めましたね」
「え、本当?」
両手を見ると確かにうっすらと透けていた。これはこの空間から出られるって解釈で良いのかな? レイナの体には何の異常も見られないし。
レイナは少しさびしそうに微笑みながら手を小さく振った。
「しばらくのお別れですね。またお会いしましょう、クレアのお姉さん」
「うん、なるべく早く戻ってくる」
もうほとんど実体を失った手でレイナの頭を撫でてやると、そこで体が浮遊する感覚に襲われ、意識がどこかへ吸い上げられていった。
◆
完全に消えた五感が徐々に戻ってきた。体の前面がどこかに密着している。定期的に小さく振動する物に乗っかっている状態なのだろうか、どこか懐かしい感覚だ。ふと良い香りが鼻腔をくすぐり、頬の辺りが少しかゆく感じる。それからどんどん全身に感覚が戻ってきて、最後に重たい瞼を開けた。
久しぶりに取り入れた光に思わず目をすぼめると、耳のすぐそばに聞いた声が届いた。
「あ、起きたの? レイナ」
寝起きのような鈍重に固まった頭の中をほぐしながら目を動かすと、目の前に輝かしいばかりの金髪に横顔だけで絶世の美女だと解らせる美貌が飛び込んだ。
……あれ。
「アイズ……?」
「おいこら、寝ぼけてんのかスライム野郎。嘗めた口利かねぇって話じゃなかったか?」
視界一面に雷をあしらった青い刺青をした青年の顔が映りこんだ。うわぁ……なんか見たくない顔が目の前にあるんだけど……。
しかし一体これはどういうことなんだろう。
「また会ったねーロキにナンパされてた女の子ちゃん!」
「わざわざ拾う必要なんて無かったでしょ……寄り道したけど、一応遠征中なのよ? 私たち」
「そう言うなティオネ。同じよしみを助けるのは当然のことだ。それも幼い少女ならなおのことだ」
「ケッ、どうせあそこに捨てておいても、コイツならけろっと生きて帰れるっての!」
なんで私は【ロキ・ファミリア】の精鋭たちに囲まれてるんだ……?
後書き
人物
【レイナ・シュワルツ】
本来レイナの体を支配するはずだったレイナの魂。一般人。
クレアの魂が入ったことにより追い出されたと思われていたが、押しつぶされたことによりレイナの体に内在していた。目覚めるまでは前世のクレアの記憶から今に至るまでの記憶をあたかも夢を見ていたかのように把握しており、大雑把ではあるがクレアと記憶を共有している。そのため考え方はクレアのそれに影響されている部分もあり、大体のことに賛同する姿勢を取る。ただし魂の純粋な年齢は13歳なので幼さは抜けておらず、歳相応の考えも有する。それゆえか、未曾有の状況に陥っても素直に受け止めることができるようだ。ベルに対して興味を抱いている。
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