親
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第一章
親
力道一郎はある私立学校で教鞭を取っている、担当教科は社会科だ。
妻はいるが子供はいない、それで彼はよく家で妻の美代子にぼやいていた。
「どうしてもな」
「子供はっていうのね」
「出来ないな」
「うちはね」
「欲しいんだがな」
困った顔でだ、一郎は言った。四角いメガネをかけた顔で。髪は七三分けにしていて歳相応の感じをしている。
「本当に」
「そうは言ってもね」
「こればかりはな」
「そうよ、授かりものよ」
それこそ神様からのとだ、美代子は夫に言った。仕事から帰って食事も風呂も済ませてテレビを見つつくつろいでいる彼に。
「だからね」
「欲しい欲しいと言っても」
「仕方ないわよ」
「そういうことか」
「そう、私も同じ気持ちだけれど」
細い少し皺が目立ってきた顔でだ、美代子は言った。
「けれどね」
「子供のことはな」
「神様からの授かりものでしょ」
「ああ」
その通りだっとだ、一郎は答えた。
「こればかりはな」
「欲しいと思っていても」
「授からないな」
「そうしたものよ」
「そんな話をしているうちに」
一郎は美代子と結婚してからのことを思い出してだ、そのうえで言ったのだった。
「もう二十年か」
「結婚してね」
「俺も四十五になって」
「私もね」
「四十か」
「もうお互い歳ね」
「子供が出来るか」
「欲しくても」
それでもとだ、美代子の言葉には今は溜息があった。
「歳のことも問題になってきたわ」
「厄介だな」
「本当にね」
「諦めるか」
遂にだ、一郎はこの言葉を出したのだった。
「子供のことは」
「そう言って諦められる?」
「いや」
そう聞かれるとだ、一郎は。
深く考える顔になってだ、こう答えた。
「無理だ」
「そうでしょ」
「やっぱり子供は欲しい」
「そうよね」
「どうしてもな」
「他のことはどうにかなってるのにね」
二人共生活に不満はない、夫婦仲はよく仕事も家庭も充実している。家でも困ったことは全くない。だが。
子供だけはいない、それで一郎は言うのだ。
「うちの学校は私立でな」
「ええ、宗教系の」
「その教えでな」
学校を経営している宗教団体の教えでだ、実は野球やラグビー、柔道や吹奏楽で全国的に有名な学校である。幼稚園から大学院まで経営している。
「子供は沢山いていいんだよ」
「そうよね」
「俺高校もあそこでな」
「大学もね」
「それでずっと教えを聞いていたからな」
「余計にそう思うのね」
「子供欲しいな」
かなり切実にだ、一郎は言った。
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