IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-37
「山田先生、頼んでいた調べものなのだが……」
「もう調べてありますよ。それにしてもどうしたんですか? いきなりこの部隊のことを調べろって……」
「……どうも胸騒ぎがしてならないんだ。何か大切なものを見落としている、それもこちらが対処に失敗すると取り返しのつかないようなものが」
そう不安げに呟いた千冬は真耶から資料を受け取るとゆっくり目を通した。数枚の中で目に留まったのは三か所。それを目敏く見ていた真耶から補足の説明が入る。
何処もおかしいところはない。未成年が端的にいってしまえば傭兵部隊に所属していたのはにわかには信じがたいが、こうして記録に残っている以上受け止めるしかない。日本でいえば、中学高校時代を戦場で過ごしている御袰衣蓮。勿論一年中火薬に塗れた地にいるわけではないだろうが、それでもやはり一般常識からすれば有り得ない。
何回も目を通したが何もおかしくない。だが、目の奥でちりつくような違和感は拭えない。一体何が――――。
「ん? 山田先生、このベンジャミン・ファイルスは……」
「ああその人は、ナターシャ・ファイルスさんのお父さんみたいですよ」
「何だと……! ということは……? そうか、そういうことか……だからあいつは……」
「ちょ、ちょっとどうしたんですか!?」
真耶の戸惑うような質問を無視して紙切れに何か走り書きをする。ものの数秒で書き終えると真耶に渡して、これを楯無に届けるように頼んだ。
千冬の切羽詰まったような物言いに戸惑いを隠せない真耶ではあったが、了承すると職員室を出て生徒会室に向かった。
千冬は真耶が出て行くのを見送ることなく、通信機器を使ってある人に連絡を取った。その人とはアメリカ国家代表、イーリス・コーリング本人である。
『どうしたいきなり。こっちはまだ夜中だぞ』
「急な連絡済まない。ただこれはすぐに知らせる必要があるからな。ストライク・ワイバーンズのある隊員のことについてだ」
画面の向こうに見える外はもう真っ暗で日本とアメリカの間の時差を考慮しなかったことを簡略的に謝罪し、すぐに本題に入った。
イーリスはもう寝ようとしていたのか、だぼだぼなシャツを着てゆったりとした胸元からはちらちらと谷間がのぞかせていた。
「ベンジャミン・ファイルスなんだが、この名前に聞き覚えはないか?」
『ああ、ナタルの父さんか。あまり大きな声では言えないけど、アメリカ陸軍に謀殺されたって噂だ』
「やはりそうか……。いいかイーリ、落ち着いて聞いてほしい。……ナターシャ・ファイルスは生きている」
『…………どういうことだよチフユ。ふざけて言ってんのか?』
何処か面倒な雰囲気から剣呑なものに変わる。だがそれを千冬はものともしない。何ら動ずることもなく、話を続ける。
「おそらくあいつは自分の父親に関する何かを手に入れてしまった。それも軍としての基盤が揺るぎかねないほどのものを。あいつが復讐に走るとは考えにくいが、何か考えがあってのことだと思う」
『……それで? それがどうしてナタルが生きていることにつながるんだよ』
「あの部隊で唯一生き残ったクリストファー・アンダーソンは、ベンジャミン・ファイルスの娘であるナタルを数回勧誘していたそうだ。独立した部隊にな」
『……まさか』
「ああ、そのまさかだ。所属していた記録は残っていないが、アメリカ軍の情報を横流ししていた可能性がある。それにあの部隊の元メンバーはほとんどが亡国機業の幹部メンバーだ」
『そんなこと信じられるかよ。……信じてたまるかよ!』
「だが、銀の福音が暴走した時、それを対処したのが、篠ノ之束と見袰衣蓮だった」
『……出来過ぎじゃねえか、そんな明らかに人が仕組んだ、自作自演のようなものになるのか?』
「可能性があるとしか言えない状況だったが、現実成った」
思えば、最初に一夏たちを行かせて失敗することも考慮していたかのようにあの二人は準備していた。千冬でさえ、これは失敗するだろうと睨んでいたから言ってしまえば仕方のないことかもしれない。でも、本当にそうなるとは限らない。
福音は操縦者の意識がなく、ほぼ自動操縦だった。だが、セシリアは気になることを言っていた。
「もしかしたら、あの福音暴走は起こるべくして起こっているかもしれない。もしオルコットが言っていることが事実であるとすれば、そもそもの前提が崩れる」
『ナタルが意識を失っていなかった……それであいつが自ら操縦してIS学園の臨海学校を襲ったとでも?』
「ああ」
イーリスは黙るしかなかった。今までどこか微妙にずれていた歯車が綺麗に噛み合って回り始めている。千冬の推測を聞いてしまった今では、もはやそうとしか考えられなくなっている。それに千冬の言っていることが事実であれば、あの事件もすべてのことに説明がつけられる。
思い返せば、ナターシャはたまに不自然なことをしていた。それがすべて復讐のためだとしたら?
それでも一つ分からないことがある。ナターシャの居場所だ。
イーリスは千冬の推測を聞いて、その確証性の高さもあることから反論することさえできずにただ愕然とするしかなかった。
取り敢えず今のところは、慎重に調べていく必要がある。そう二人は決断を下した。
だが二人は知らない。この時にもし強引にでも何かしら行動していれば、これから起ころうとしていることを引き留めることが出来たことを。
◯
いつか見た一室。そこはまるで会議室のように机と椅子が並べられて十二ある椅子はすべて埋まっていた。
「これより、亡国機業臨時幹部会を始める。第一席、御袰衣蓮」
「第二席、篠ノ之束」
「第三席、スコール・ミューゼル」
「第四席、ナターシャ・ファイルス」
「第五席代理、クロエ・クロニクル」
「第六席代理、クラリッサ・ハルフォーフ」
「第七席、織斑マドカ」
「第八席、御袰衣麗菜」
「第九席、国立燈火」
「第十席、レンティア・フレイドーラ」
「番外、チェルシー・ブランケット」
「番外、篝火ヒカルノ」
今ここに、これまで行われてきた幹部会を通して初めて全員が揃った。
今回緊急で幹部会を開いたのには二つ理由があった。
一つ、メンバーの入れ替えがあり、その顔合わせ。ただ、これは通常の定例会で紹介を済ませれば済む話だった。何故今回を特別に扱い、幹部会を開いたのか。それは二つ目に理由がある。
二つ、遅くても一か月以内に実行に移す世界革新についてだった。有体に言ってしまえば、世界規模のテロリズムである。
既に実行を明言している以上後に引き返すことは不可能で、何かしらのアクションを起こす必要があったため、どうせなら多少計画が前後したとしても発動してしまおう。そういう魂胆だった。
そして水面下で進められてきた計画は、既に一部が発動してすでに動いてもらっているところもあった。
「それで? ラウラとオータムはどうしたのかしら?」
「あの二人は除名処分だ。オータムは亡国機業を分裂させた責任を持って、ラウラはこの計画の破たんを招かざるを得ない存在となってしまったため、既に決定したことだ」
元々オータムは性格に難があり、どうも戦闘になると感情的になり過ぎる傾向が顕著で特に何も起こらなくても近いうちに処分していた筈だ。
ラウラにも問題があった。遺伝子強化試験体として生まれた彼女は物事を素直にとらえ、他人からの好意に弱く、戦場でその甘さが出る可能性があったため、ドイツ軍を利用させてもらったのだ。
つい先日まで敵である一夏たちと過ごしていた蓮と束、それに麗菜も数日一緒だったが、彼らはその点の精神に関してはもはや常軌を逸している。束に至っては、笑いながら実の妹をなぶり殺してしまうかもしれない。
クロエとクラリッサの軽い挨拶を済ませ、本題に入っていく。といってもそれほど難しいことではなく、どの順番で潰していくかっていう聞いてみれば簡単なことだ。例えは成すこととそれを実際に実行することの難易度の違いは大きいが、ここにいる者にとってみればさほど問題ではないように見える。
簡単に攻略できる前提でこの会議を進めているのだから、呆れざるを得ないのだが、ここにいるメンバーはそれぞれが国家代表レベルの実力を備えているのだ。専門が違えどもこのレベルの高さで攻めれば、小国などはひとたまりもないだろう。
まず最初にどこを落とせば、亡国機業という存在が世界に知らしめられるか。当然、様々な意見が出る。アメリカやイギリス、日本、ロシアなんかも出る。だが、勘違いしてはいけないのが、これは侵略戦争というわけではないのだ。世界を変えるといってもその実、やはり人がいなければ何もできない。
だから国の中枢を崩壊させて一時的に国を麻痺させ、新しく出来た国家中枢にこちらかの要求を呑んでもらうというものになる。
纏めると亡国機業に領土はいらない。別に国を作ろうとしているわけでもないからだ。侵略するのではなく、国家機関を壊す。だがこれには問題がある。
国が大きくなるとそれぞれの組織権力が拮抗しているため、崩すのが難しいのだ。日本やアメリカ、イギリスは代表例といってもいいだろう。となってくると残るのは……。ここまで考えた蓮は、手元にホロウィンドウを出して何処かに連絡を取りながら言った。
「中国だな」
「そうね、あそこはほぼ独裁体制であるから問題ないんじゃないかしら」
「……燈火はどう思う」
「うーん……いいんじゃないかな、最近拡大している中国を落とせたら、間違いなく各国は警戒するね」
国立燈火は亡国機業の頭脳である。彼女が組織の運営をまとめて管理しているのだ。それに様々な分野に視野が広い。彼女なしでは亡国機業の金の流れは止まっていたとしてもおかしくない。
この際に紹介しておくが、レンティア・フレイドーラは人材のエキスパートである。どこからか人を持ってきて技術班、諜報班、開発班などの人材を揃えてしまった。篝火ヒカルノやチェルシー・ブランケットも彼女が連れてきた。
「それで? 中国にするのは決定事項として、誰も中国に対する土地勘なんてないんじゃないか?」
「その点は大丈夫だ。すでに人を手配してある。……と話していれば来たな、入れ」
レンティアのシンプルな質問に答えたのは蓮。同時に彼の合図で入ってきたのは、いつもの元気の良さは鳴りを潜めて借りてきた猫のように大人しくなっている鳳鈴音だった。心なしかツインテールも不安げに揺れている。
「日本…………いえ中国人ね。どこのどなたかしら?」
「クロエ」
「はい」
蓮に名前を呼ばれると同時に自身のISを部分展開し、部屋にいる全員の前にウィンドウを出現させた。そこには鈴のプロフィールが載っている。……かなり詳細に。
「鳳鈴音。年は十五。国籍は中国でいろいろと載っていますが、それは省略させていただきます。中国の代表候補生であり、現国家元首とも面識があることから案内に適任かと思われます」
「リンリンはね、私が引っ張ってきたんだよ。その才能を腐らせるのが惜しくてね」
クロエの説明に束が連れてきた理由を補足する。蓮はそれぞれのメンバーの表情を窺ったが、否定的な意見を持つ者はいなかった。
ちなみに鈴のプロフィールにはスリーサイズまで載っており、その数値と自分のバストサイズをぺたぺたと触って比べていたクロエがいたことは気にしてはいけない。決して自分の方が小さく悔しがっているところを見てはいけない。
「異論はないな……よし、割り振るぞ。実行部隊はスコールとナターシャ。それに鈴と後は黒兎部隊の隊員を五名の八名とする。支援部隊はクロエとマドカ、それに黒兎部隊の隊員三名だ。通信士を燈火とする。補佐に束だ。クラリッサは人員選出を頼む。呼ばれなかったものは、実行日当日に拠点集合。位置は追って連絡する。日にちは九月一日の十二時四十五分。……それぞれ今の生活に別れを告げろよ。あとはないな……当日まで解散だ。各々準備を怠るなよ」
蓮が黙ると会議室からは次々人が出て行く。残るのは蓮、束、鈴の学園組。その三人も何も言わずにバタンと無機質な会議室から音を立てて出て行く。
メンバーそれぞれが何を考えているかは分からない。それぞれの想いがあって亡国機業に属しているのだ。一番にそれを優先して動く。が、大きくまとめてしまえば、やはり全員が崩壊と再構築を望んでいるのかもしれない。だが、古今東西、急激な革新や革命は成功しないのだ。その先人たちの二の舞にならないことを祈るのみである。
八月十九日のことだった。
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