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東方幻潜場

作者:月の部屋
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10.『覚醒』

 人形職人の朝は早い。
 アリスは陽が昇る前に布団から抜けて着替えを済ませた。そして居候である若木兄妹の様子を見に、隣の部屋を覗いた。
 二人の手はしっかりと握られ、仲良さそうに眠っていた。
「……本当に、苦労してたのねあの子たち」
 わが子を見守るような瞳でじっと見つめ、そっと扉を閉じた。
 最初は、ただの迷子か家出の子供かと思っていた。ちょっと頭の切れる子供がいたところでそれほど不思議ではないからだ。
 しかし二人を見ていると、そんな感じではないと思うようになってきた。兄妹は全くと言っていいほど二人一緒で離れなかったのだ。風呂の時はさすがに東が少しだけ躊躇していたが、絵文がどうしても入りたいの一点張りだったのを今でも印象に残っている。
 ただの家出や迷子の兄妹が、あんなに離れ離れになるのを嫌がるだろうか?
「それになんかあの子たちに変な妖気が染みついてるし……」
 アリスは二人の話を信じることにしたのだ。
「さてと、上海、庭の掃除は終わった?」
 いつもどおり、壁越しに庭の掃除をさせていた人形に声をかけた。
 いつもなら、甲高い可愛らしい声が聞こえるのだが。
 しかし、いつまでたっても庭は静かなままだった。
 アリスは首を傾げ、庭に出てみる。
 すると。
 そこにはスーツ姿の男がいた。
 綿の四散している上海のそばに。
「掃除、終わったぜ」
 アリスは冷たい目つきで、無数の人形を展開した。
「まだ枯れ葉が落ちてるわ」



 東と絵文は恐ろしい爆音で目が覚めた。
「……っ!」
「なになにぃ……?こわいよ……」
 恐れていた時が来てしまったのだと思ったころにはもう遅く、男の足元にはアリスが気を失って寝転がされていた。
「くそっ……!」
 頭に昇っていく血をなんとか押さえながら、絵文を抱え脱出を図ろうと思いベッドから降りた。
 しかし。
 男の出した光弾が東に直撃した。
「っ……!ゴホッケホッ」
「お兄ちゃん!?」
 ひどく咳き込む東を、絵文は今にも泣きそうな顔で見つめた。
 内臓を揺らされたのか、みぞおちあたりが気持ち悪い痛みで支配されている。
 そこに、突然男は降り立つようにして現れた。
「さぁ、若木兄妹。お前たちを連れ戻しに来た」
「あんたは……結社No.4のレイゴか!」
「いかにも」
 レイゴはシュッと鎖を投げつけた。
 ジャラジャラと音を立てながら、鎖は東に巻き付いた。
「ぐっ……!」
「安心しろ、大人しく戻ればこの行いはなかったことにしてやる。来い」
 レイゴは東に近づき、拾い上げようとした。
 しかしそこを、
「えいっ!」
「……っ」
 絵文が椅子を投げつけた。
 しかしトップクラスの力を持った妖怪にそんなものが効くはずもなく。
「……。……若木絵文。お前も連れ戻してやるから安心しろっ!」
 レイゴの生成した鎖が空中で海蛇のようにたなびき、絵文を巻きつけた。
「絵文!」
「大人しくすれば乱暴には扱わんよ」
 固い手が二人を抱え、レイゴは一仕事終えたように息をついた。
 一方東は、ギリギリと歯ぎしりをしながらこれからのことを考えていた。
 結社に連れ戻されれば、いつ解放されるかわからない地獄の日々が待っている。
 地獄の渦中に、絵文を置いておく気か?
 一日でも多く、絵文を自由にしてあげたい。
 戻ればきっと、殺されるんだ。
 そうだ、きっと妖怪たちの餌になってしまうのだ。
 絵文が、殺されてしまうのだ。
 絵文が殺される。
 絵文が殺される。
 絵文が殺される。
 絵文を死なせるものか。
 絵文だけは守り抜く。
 絵文だけは、自由に生きてほしい。









 だから。











 『絶対に』抗う。














 たとえ、この手を汚そうとも。














「っ!?」
 レイゴは目を見開き、東を見た。
 小さくした背はいつの間にか大きくなり、瞳は鮮血のように赤く染まっていた。
神々しく、禍々しく。
その姿は人とも妖怪ともとれない。
そう。
神である。
「がっ!?」
 レイゴは自分がいつの間にか地面に叩きつけられていたことに気付く。
 すぐに体勢を立て直し、光弾をいくつも飛ばして応戦した。
 しかし光弾はものの見事に弾き飛ばされ、消滅した。
「なんだ……この力は……!?」
 絶対と相対を司る神。
「……」
「けっ……まさかこうなる日が来るとは」
 レイゴは鎖を宙に浮かせた。
 鎖には冷たい色をした光が集まっていく。
「ふん、死ぬんじゃないぞ……?」
「……?」
 じっと固まって見ていた絵文は、何かに違和感を感じて首を傾げた。
 その違和感が何かわかる前に、レイゴは力を解き放った。
「霊光・人妖の鹿鳴館」
 鎖から放たれた光は魔法の森を扇状に吹き飛ばし、集まっていた雲はどこかへ消えた。
 砂煙があがるなか、レイゴは力を急激に使ったためカクンと膝をついた。
 一方、絵文も両膝をつき、ぽろぽろと涙を零していた。
「お兄ちゃんっ……!」
「……やりすぎた、か?」
 しかし。
 東はそこに『一歩も動かず』に立っていた。
「お兄ちゃん……!」
「っ!?」
 完全に無傷であった。
 放った方のレイゴでさえも反動でほんのわずかにダメージを受けているのにもかかわらず。
「へへ……なるほど。そりゃ、あいつも恐れるわけだ」
 東は手を伸ばし、レイゴを消そうとした。
 しかしそのとき、その手を取り、止めようとする者がいた。
「はいそこまで♪」
 美しい顔立ちのそれは、空間をねじ切って異空間から上半身だけを出していた。
 その正体は、
 幻想郷の管理人にして妖怪の賢者。
 八雲紫であった。
 
 

 
後書き
更新遅れてすみませんっ……。
おかげで囲碁の大会で準優勝できました! 
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