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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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九十九 新たなる

 
前書き
お待たせ致しました!明日の祝日にお暇潰しにでもなれば、と思い、頑張りました!

最終話です。サスケ追跡編これにて終了です。この展開にご不満な方も多いと思いますが、なにとぞ寛容なお気持ちで付き合ってくださると嬉しいです!!

 

 
目覚めると、其処は見知った白だった。
(あぁ……そうか、)

四方を白一色に塗り潰された室内で、ナルはぼんやりと首を巡らせた。
さらさらと揺れるカーテンの白が陽射しでベージュ色に染まっている。カーテンを通して透かし見える光景が、彼女を落胆させた。

里にいるという事は、つまり自分は、途中で力尽きたのだろう。
(そうか、オレは…)

ナルはハッと眼を見開いた。勢いよく起き上がる。
途端奔る激痛に、彼女の身体は再びベットへと沈み込んだ。咄嗟に閉ざした瞼の裏に、寸前までの記憶が甦る。


ナルの記憶では、サスケを追った先で、以前別離に終わったアマルと再会した。そしてどうやら協力してくれるらしい我愛羅の登場により、アマルと、そしてもう一人の音の忍び――ザクと闘う事となった。
傍観者のまま戦闘に加わろうとしないアマルにホッとしつつ、ザクと闘うナル。最中、新術を一番に見せるというアマルとの約束が彼女の脳裏に過ぎった。

土壇場で術をものにし、発動した【螺旋丸】。それをザクに放った瞬間、ナルは己の身を取り囲む霧に気づいた。
いつの間にか、アマルが【毒霧】を辺りに立ち込めさせていたのである。

【忍法・毒霧】――…一吸いでもすれば猛毒が全身に廻る、危険な毒物。シズネがアマルに教えた術。

かつて三忍が揃った際にもアマルが使った手によって、ナルの【螺旋丸】はザクに直撃せずに終わる。
代わりに激突した岩が粉々に砕ける様を見て、青褪めるザクとは対照的に、アマルはどことなく嬉しそうな表情をしていたように、ナルには見えた。

毒の霧に阻まれ、尚且つザクの【斬空極破】の威力を少なからず受けてしまい、気が遠くなる。
霞む視界の中、ザクを促して立ち去ろうとしたアマルの唇が一瞬だけ動いた。


それは声無き賛辞だった。
『約束守ってくれてありがとう』


ナルの耳朶には、かつての友の微かな声だけが残る。
そこで彼女の意識は途絶えた。







憶えているのは、そこまでだった。
毒霧の中倒れた自分は、現在病院にいる事から、誰かに助けられたらしい。

全身の痛みは、ザクの攻撃によるものか、それとも毒霧の毒の効果か。
どちらにせよ、ベットから容易に起き上がる事は出来そうになかった。
激しい痛みに悶えるナルの耳に、ややあって扉の開く音が届く。

「なんだ、起きてたのか……大丈夫かっ」
そう言うなり、慌ててベットへ駆け寄ったシカマルがナルの顔を覗き込む。案ずるようにこちらを見つめるシカマルの服裾に、彼女は震える指先で縋り付いた。

どうか―――どうか、そうあってほしくない真実を求めて。


「ど、どうなったんだってば⁉皆は、アマルは、………サスケはッ‼」
勢いづき過ぎて咳込むナルの背中を、シカマルは気づかわしげに撫でた。苦しげに喘ぐ想い人の小さな背中を、彼は唇を噛みしめながら見つめる。

今から自分は伝えなければならない。あまりにも残酷な現実を。


「…まず最初に―――ネジ・いの、キバと赤丸は大丈夫だ。重傷を負った奴は一人もいない」
「…ッ、そっかァ…」
淡々とした声で告げるシカマルの報告を聞いて、ナルは肩の力を抜いた。へにゃり、と微笑む。
「皆、無事だったんだな………よかった…っ」

心底安堵するナルの笑顔から、シカマルは顔を逸らした。この顔をこれから曇らす事になるとわかっているからこそ、彼はナルの顔を直視出来ない。
視線を逸らしたまま、シカマルはわざと明るい声音で言葉を続けた。

「お前は知らないだろうけど、途中で参戦してくれた奴ら…ヒナタとシノも無事だ。お前を助けた我愛羅も。皆、一緒に木ノ葉へ帰って来ている」
いのを助けたサイの名前をシカマルはあえて口に出さなかった。そこまで言う必要性は無いだろう、と彼は判断した。なにより、彼女の憂いをこれ以上増やしたくなかった。


「シカマル…」
「まだ本調子じゃねぇだろ。もう寝ろ。メンドくせーけど眠るまで此処にいてやっから、」
「シカマルっ!」
服裾をぎゅっと引っ張り、ナルが催促する。わざと話題を変えようとするシカマルを逃がさないとばかりに、彼女は指に力を入れた。

「二番目からの質問に答えてないってばよ……アマルは?」
「………………」
「サスケは……?」
自分の服裾を引っ張るナルの指先を、シカマルはやんわり外した。
不意に立ち上がり、窓辺へ近寄って、彼はカーテンの合間から覗き見える里を眺めた。
「シカマル!!」

ナルの再三の問いかけに、シカマルはようやっと口を開いた。
その声音は寸前とは一転して、尖ったものだった。
「…残念だが、」


その一言で、ナルは全てを察した。


けれどもシカマルの次なる無情な一言に、彼女の顔は更に強張る。震える己の拳を押さえ、シカマルはまるで他人事のように言葉を続けた。
「アマルとかいうお前の友達、サスケ…それに、」
そこで彼は言葉を途切れさせた。次に言わなければならない名前が出てこない。


どうせいつかは知る羽目になるのだ。今言わないと、とは思うものの、ナルが悲しむと理解しているからこそ、シカマルは躊躇する。
暫しの狼狽の後、しかしながら彼は意を決してその名を口にした。


「サクラが、里を抜けた」
「………は?」
思った通り、唖然としたナルは、次いで渇いた笑みを口許に貼り付かせた。

「なに言ってんだってばよ…?サクラちゃんが、なんだって?」
「……………」
「シカマルっ!」
「サスケを追ってサクラが里抜けした、って言ったんだよッ」
シカマルはもっとやんわりとした言葉でナルに事情を説明したかった。
けれど、まだ彼は子どもだった。ナルも、まだ子どもだった。二人とも難しい事柄を上手く言葉には出来なかった。


シカマルの言葉の意をようやっと悟って、ナルの顔から血の気が引いた。シカマルの好きな青の瞳がみるみるうちに哀しみに彩られてゆく。
青褪めてゆくナルの両肩を、シカマルはがしりと掴んだ。その行動に一瞬驚くナルだが、肩から伝わる手の震えに、理解する。

シカマルもまた、辛いのだと。同時に、サクラの里抜けが事実だという事も、彼女は知ってしまった。


「頼むから…、っ」
震える手をそのままに、シカマルは懇願した。
今は哀しみに曇っているナルの瞳が、いつもの空の澄んだ青に戻ってゆくのを願って。


「頼むから、独りでなんとかしようと思うな。お前の傍には俺が…、皆がいる。お前は独りじゃない……それだけは、わかってくれ…ッ」


すぐに無茶をする真っ直ぐな人間だからこそ、今にもサスケとサクラを連れ戻そうと飛び出しそうなナルの肩を、シカマルは震える手で押し止める。
波風ナルというこの少女はいつも真っ直ぐで、自分だけの力でなんとかしようとする。頑張り過ぎて周りが心配しても、大丈夫だってばよ、といつもの眩しい笑顔ではぐらかされてしまう。

それがシカマルには歯痒かった。今回の里抜けの件も、独りでどうにかしようと躍起になる可能性がナルにはあるのだ。だからシカマルは、彼女が同じ七班の二人をすぐさま追ってしまう事だけは避けたかった。

ナルが木ノ葉の里からいなくなってしまうなんて、シカマルには耐えられなかった。第一、シカマルはサスケの里抜け理由を知っている。故に余計、ナルを行かせたく無かった。
彼女が必死になって里へ連れ戻そうとするサスケへの嫉妬もあったかもしれない。だが、それ抜きにしてもナルには自分が孤独ではない事を知って欲しかった。

一人でどうにかしようとして頑張り過ぎるナルに、自分を、皆を頼ってほしかった。



「お前が仲間想いなのは知ってる。だから三人を連れ戻そうと逸る気持ちもわかる。辛い気持ちもわかる……でも、お前の仲間はその三人だけか?」
シカマルの切なる言葉に、ナルはハッと顔を上げる。こちらを見据える切れ長の黒い瞳がナルへ静かに語りかけていた。


「お前は独りじゃないんだ。もっと仲間を…俺を、」
「俺達を頼るべきだ」
突然割り込んできた静かな声に、ナルとシカマルの肩が同時に跳ねた。

いつの間に病室に入ってきたのか。我愛羅がベッドに座るナルとシカマルを見下ろしている。いつもの如く無表情なのが、逆に恐ろしい。


「が、我愛羅…っ!?」
「ナル、具合はどうだ?」
シカマルを押し退けるように我愛羅がナルに淡々と問う。ナルから離され、チッと舌打ちするシカマルに気づかないふりをして、我愛羅は彼女の顔を覗き込んだ。

「お前は毒霧の毒に少しやられたんだ。暫くは全身が痺れたようになるという話だ」
「そっか…我愛羅がオレを病院まで運んでくれたのか?」
「そうだ」
「ありがと、だってばよ‼助かったってば」

満面の笑みで礼を言うナルに、我愛羅の無表情が僅かに崩れた。ほんの少しだけ口許が緩んでいる気がする。
それを目聡く目に留めたシカマルが眉を顰めるのと同時に、再びガラリと扉が大きく開く音がした。


「よっ!元気か、ナル」
「具合はどう~?」
「な、ナルちゃん…だ、大丈夫…?」
「お前達、静かにしろ。何故なら此処は病院…、」
キバ・いのに続いて、ヒナタとシノ。その後ろからはカカシとイルカ、そして綱手という顔触れが揃っている。ちなみに、ネジは医師の判断で、ナル同様病室で安静にしているようだ。


見舞いに来たらしい彼らに驚いているナルの頭を、シカマルはぽんっと撫でた。
「…ほらな。お前は独りじゃないだろ?」



その言葉に、ナルは潤みそうになる瞳を慌てて隠す。アマル・サスケ・サクラを失った衝撃により、自分の忍道を忘れそうになっていた。
それを思い出させてくれたのは、他でもないシカマル、そして今この場にいる皆―――仲間なのだ。

落ち込んでどうする。自分は独りじゃない。仲間がいる。皆で力を合わせたら、出来ないことなんて何もない。
アマルだってサクラだって、サスケだって、連れ戻す事が出来るだろう。

真っ直ぐ自分の言葉は曲げない。サスケ達の事だって、諦めない。
だって自分には頼るべき仲間がいるのだから。


伏せていた顔をナルは上げる。その瞳の、澄んだ空の如き青はいつもの輝きを取り戻していた。
「おう…っ!」



















薄暗い回廊。

左右に等間隔で並ぶ牢獄の柱。其処に捕らわれている囚人達を尻目に、男は包帯で覆われた口許に弧を描く。
込み上げてくる笑いに耐え切れず、彼は双眸をうっそりと細めた。
「フフ…。サスケくん、君は選ばれた人間よ…」

ちらりと背後に視線をやる。
サスケの後ろからついて来ている少女がビクリと全身を震わせた。
「だからこそ…、そんな君の頼みだからこそ、彼女は生かしておいてあげる…」

肩越しに振り返る男の横顔をサスケは苦々しげに睨んだ。以前とは違う容姿のこの人物が大蛇丸だと、彼はとっくに察していた。己に向けるねっとりとした視線が同じだったからだ。

サスケは流し目で後ろを見やる。自分を追って来た同班の少女の存在に、彼は内心舌打ちした。
(何故、来た…ッ)


事情を知っている我愛羅に見逃され、後から遅れて来たアマルとザクの案内でサスケは無事大蛇丸の許へ辿り着いた。とりあえず当初の目的の第一段階はクリア出来たな、と内心安堵していた彼は、更にその後からついて来た見知った姿に愕然としたのだ。

桃色の髪を振り乱し、肩で息をしつつも必死で自分を追い駆けてきた―――春野サクラ。


帰れ、と怒声を浴びせたくとも、既に国境を抜け、大蛇丸のアジトに着いてしまった今では、サスケにはもうどうする事も出来ない。
今、この場にいる時点でサクラには究極の二択しか選べないのだから。

即ち、サスケと同じく大蛇丸の下につくか、―――――死ぬか。


故にサスケは仕方なく、大蛇丸に頼んだのだ。本当ならばどうにかして逃がしてやりたい本心を隠して、自分と同様、サクラを蛇の道に引き摺り込んだ。
それしか彼女が生きるすべが見出せなかったからだ。


しかしながらこの最悪な状況に甘んじるつもりは毛頭無い。隙を見てサクラを逃がしてやろうと機会を狙うサスケは、こちらを見つめるねっとりとした蛇の眼を真っ向から睨み返した。
「…―――さっさと俺に力をくれ」

わざと反抗的な態度で威圧すれば、サスケとサクラの後ろを歩いていたカブトが眉を顰めた。サスケに近づき、耳打ちする。
「……姿形は違えども目の前にいるのは、あの大蛇丸様だ。死にたくなければ、もう少し口を慎む事だよ」

カブトがもたらす忠告を、何を今更、とサスケは鼻で笑った。そんな事実わざわざ言われなくとも理解している。
だから自分は大蛇丸の器に相応しく見えるよう、強くあらねばならないのだ。
そう、力を手に入れなければ生きられない。
サスケ自身も、そしてサクラも。

決意を胸に、サスケはカブトをギロリと睨んだ。
申し訳なさそうに俯きながら自分の半歩後ろを歩く桃色の髪を、眼の端に捉えながら。



サスケの鋭い視線に、カブトが思わず息を呑む。
尋常じゃないチャクラの質を背中で感じ取って、大蛇丸は、ああ、と感嘆の声を漏らした。

サスケの存在の前では、音忍五人衆の事など、大蛇丸の頭にはもう欠片も存在して無かった。
彼らが死んだという報告を受けても、何の感慨も浮かばなかった。


最も欲しかった器を、やっと手に入れたのだから。
(私の未来は――この子の中にある)






















自来也の正式な弟子となったナルは三年間で一人前の忍びに育て上げてみせると宣言された。
九尾を狙うという『暁』が次に襲ってくるのは、今から三・四年先の話だと確かな情報を得たと語る自来也に、ナルは大蛇丸の話をした。

今にもサスケ達を連れ戻したいと訴えるナルを、自来也は押し止める。大蛇丸の術が三年以上の間を空けないと次の身体に転生出来ないという事実を自来也から聞き、ナルは心底安心した。
最近転生したばかり故、三年間猶予があると告げる自来也の前で、胸を撫で下ろす。

そんな彼女の様子を見て取って、自来也が次に声を掛けようとした時、突然聞き覚えのある声がした。
「ほんなら、今度は時間がたっぷりあるな」
自来也が腰掛ける窓枠にちょこん、と座り込んでいるのは、見覚えがあり過ぎる一匹の蛙。
「か、頭⁉」


自来也の師であり、二大仙蝦蟇の一人であるフカサク。
以前、中忍本試験でナルに【蛙組手】を教えた張本人が、ナルと自来也を穏やかな眼差しで見つめていた。


「ナルちゃん、この前は時間が無くて出来んかった仙術の修行でもしようか」
「えッ、教えてくれんの⁉」
期待で眼をキラキラ輝かすナルの前で、フカサクは胸を張ってみせた。あまりの展開に呆けていた自来也が慌てて反論しようとするものの、逆に言い包められる。

「ついでに自来也ちゃんも修行するけん」
「え、ちょ…っ、頭ァ⁉」
「安心せぇ。三年間丸ごとじゃないわい」

とんとん拍子に進む話に、自来也は頭を抱えた。せっかく師匠面出来ると思ったのに、この蛙の前ではナルと同じ弟子に成り下がってしまう。
おそらくナルに仙術を教える機会を虎視眈々と狙っていたであろうフカサクを、自来也は恨めしげに眺めた。


ナルの歓喜に満ち溢れた視線と、自来也の非難の視線を一心に浴びたフカサクは素知らぬ顔で不敵に笑ってみせた。
自来也の口調をわざと真似てみせる。

「退院したら覚悟しとけのォ―――二人とも」





















木々が鬱蒼と生い茂る森。
鳥のさえずりや、川音がさらさらと聞こえてくる穏やかな場所の半面、其処は戦闘の爪痕を色濃く残していた。

雑然と伸びる大木の合間を、数人の男達が黙々と歩いていく。それぞれが何らかの包みを抱えているその額には、木ノ葉マークが施された額当てが鈍く光っていた。
ふと、一人の男が足元を滑らせる。その衝撃で包みから何かがぶらんと垂れ下がった。

人間の腕。それもまだ幼き子どもの手。
それは、『音の五人衆』と謳われた忍び達の亡骸だった。


命令により、広い森の中から死体を探し当てた木ノ葉の忍び達は、皆一様に沈痛な面持ちだった。
彼らが運んでいる死体は、敵と言えどもまだ幼い子ども。

一つは、土砂に埋もれ、窒息死した死体。
一つは、『終末の谷』の下流で浮かんでいた水死体。
一つは、首を掻っ切り、自害した死体。

残り二体の死体は見つからなかったが、戦った下忍達の証言によれば、同様にもう亡き者となっているらしい。
音の五人衆との交戦があった場所で、死体を次々と運び出していた木ノ葉の忍び達は、哀愁を漂わせながらも森の中を黙々と歩いていた。心を痛めつつも、死体は回収しなければならない。

子どもと言えども、この亡骸は忍びだ。死体から得られる情報は里にとって有益なものになる可能性が高い。よって彼らは三人の死体を医療班に引き渡さなければならなかった。
不意に、運んでいる包みが軽くなっている気がした。一人の男が死体のほうへ眼をやり、アッ、と声を上げる。


燃えている。


何の前触れもなく、突然発火した死体。三つの死体が音もなく、メラメラ燃えている様を男達は愕然と見つめた。
やがてハッと我に返った一人が慌てて火を消そうとするが、どうやっても消えない。術で水をかけようが、土や砂をかけようが、炎は勢いを衰えず、死体のみを包み込む。

炎上し、そうして、死体が三つ完全に燃え尽きてしまったところで、ふっと掻き消える。
亡骸だけを焼き尽くした炎は、まるで最初から死体など無かったかのように、包みの中身を消し去った。

呆然とする木ノ葉の忍び達の手に残ったのは、死体を包んでいた布。
ただ、それだけだった。



















散りゆく桜の花弁がまるで火の粉のように舞っている。

何処から飛んできたのだろうか、と少年はその一枚を掴み取る。
何の抵抗もなく、ふわりと手中へ落ちてきた桃色の花弁を何ともなしに眺めていた彼は、背後で控える少年少女にちらりと視線を投げた。後ろで跪く彼らの姿に、軽く溜息を漏らす。
途端、大げさなほど肩をビクリと跳ねさせる三人に、少年は――ナルトは苦笑を口許に湛えた。


「……御手を煩わせてしまい、大変申し訳ありません…」
「もう過ぎた話だ―――君麻呂」

寸前まで死体として木ノ葉の忍び達に運ばれていた少年。
畏縮してこうべを垂れる君麻呂の顔を覗き込み、ナルトは改めて苦笑を零した。その涼しげな表情の裏では、微かに憔悴した風情が垣間見える。

片膝を立て大木の枝に座りながら、ナルトは眼下を俯瞰した。
運んでいた死体が消え、右往左往する木ノ葉の忍び達の様子を窺う。【燎原火】の術による火が消えているのを見て取って、ようやく彼は肩の荷が下りた。

一先ずだが、これでなんとかけりがついた。最良とは言い難いが、それでも最悪の事態は回避出来たであろう。
死、という結末を迎える事は無かったのだから。




発端は、君麻呂と多由也が企てた計画だった。

大蛇丸の命令により木ノ葉へ赴いた『音の五人衆』。
その目的は、うちはサスケを里抜けさせ、大蛇丸の許へ連れ出す事。だが実は、彼らの意図は大蛇丸の思惑とは別のところにあった。

即ち、大蛇丸の命令通りサスケを勧誘する反面、彼に犠牲になってもらおうと考えたのである。
大蛇丸から逃れ、自由の身となる。それが音の五人衆たる子どもらの真の目的だったのだ。


特にナルトを慕う故、何がなんでも音から抜けたかった君麻呂と多由也は、他の三人をも巻き込む。
優秀な器たるサスケさえ手に入れれば、大蛇丸は音の五人衆に関心を示さなくなるだろう。
つまり、サスケを連れ戻そうと追って来た木ノ葉の忍び達と交戦し、命を落としたとしても、器を得た大蛇丸にとっては些細なことに過ぎない。

だから彼らは自分達が自由になる代償として、サスケを無事に大蛇丸の許へ連れてゆく必要があった。故に、まず計画の大事な要であるサスケを気絶させ、先に多由也が国境まで連れて行ったのである。

そして、より確実に計画を遂行する為に、仲間内で取り決めておいた約束事が彼らにはあった。それは【呪印】をなるべく使用しない事だ。

木ノ葉の忍びに敗れ、死んだように見せかけなければならないのに、チャクラが倍以上になる【呪印】を使えば、逆に相手を殺してしまう可能性が高い。己自身が窮地に陥らなければならない故、【呪印】使用など以ての外だ。

だから君麻呂は、遊び過ぎる鬼童丸に【念華微笑の術】で忠告したのである。ちなみに、水音を耳にし、滝を見ながら「アレにするか…」と呟いたのも、己の死に場所として滝を使うか、という意だったのだ。

また、取り決めていたにも拘らず、次郎坊が【呪印】を発動させているが、彼の場合は少し事情が違う。実は、音の五人衆の計画を知ったナルトが急遽次郎坊にのみ【呪印】使用を許したのだ。
その理由は、次郎坊と対峙する人物にある。波風ナルに【呪印】の危険性を知らせたかった彼は、君麻呂同様【念華微笑の術】で秘密裏に次郎坊と連絡を取ったのである。



そもそも、ナルトが音の五人衆の真の目的を知ったのは、サスケが里抜けし、木ノ葉が追い忍を差し向けて暫く後の話だった。いつもナルトに対してだけは従順な君麻呂が、この計画の件に関しては一切口を割らなかったのである。
それはひとえに、ナルトに迷惑をかけたくないという想い故だったのだが、ナルトからしたら青天の霹靂だ。

サスケの里抜け・木ノ葉の情勢・状況等から読み取り、音の五人衆が何を目的に動いているのかを正確に把握したナルトがまず取った行動は、ダンゾウと通ずる月光ハヤテとの接触。
パイプ役である彼を通してダンゾウと取り引きをしたのだ。

即ち、仮に音の五人衆を捕縛しても、彼らの身の安全を保障するよう取り成したのである。


サスケ里抜けを隠れ蓑にし、自らが自由となる案はなかなか妙案だが、それでもまだまだ甘い。特に『忍の闇』とされる志村ダンゾウの眼は誤魔化せられない。

うちは一族の生き残りという貴重な存在を逃がすはずがないし、大蛇丸の部下という優秀な忍びをも手に入れようとするはずだ。ただし後者は、実験体として。
【呪印】を施されている忍びを死ぬまで実験するなど、ダンゾウにとってはほんの些細な事だ。むしろ【呪印】の秘密を探ろうと喜々として己の部下に実験させるだろう。


それらを危惧したナルトは、前以ってダンゾウに取り引きを持ち掛けた。
その交換条件として『うちはイタチの死』をダンゾウに伝えたのである。
ダンゾウにとって、うちはイタチとは、うちは一族クーデターの真実を知る厄介な存在だ。だからナルトはわざとダンゾウにとって有益な情報を与えた。この情報はダンゾウが各地に派遣している『根』の部下によって、すぐさま世間に知られる事になるだろう。
実はそれこそがナルトの狙いだとも知らず。


ナルトはダンゾウに取り引きを持ち掛け、その上で音の五人衆の死の偽造を手伝った。最も、状況が状況だけに完璧とまでは手助け出来なかったが。
何故ならナルトが傍にいるならともかく、音の五人衆達がそれぞれ闘っている場所はあちこちに散らばっている。とても容易には死を偽造出来ない。

故に特殊な術で彼らの死を偽造するのを目論んだナルトだが、その術の発動には一つ条件があった。
その条件とは、死を装う対象者の死を目の当たりにする人間が、必ず一人でなければならない。


したがって、それぞれが木ノ葉の忍び一人と対峙した次郎坊・君麻呂・多由也は死を偽造出来たが、第三者がいた鬼童丸と右近・左近は条件が整わず、『根』に生け捕りにされたのである。


ダンゾウとて易々ナルトに従うはずがない。ハヤテからナルトの取り引きを耳にするや否や、彼は部下であるサイに命令した。
サスケを追った木ノ葉の忍び達を監視し、機会があれば敵の忍びを生け捕りにせよ、と。

よって、いのと左近の戦いを見張っていたサイは意図せず、いのを助ける結果に繋がったのである。
実際は落下する音の忍びを捕らえるのが彼の目的だったのだが、秘密裏に捕らえよとの命令に従い、サイは左近の捕縛に成功した。

一方の鬼童丸は途中で参戦してきたヒナタ・シノという二人と対峙した為、条件が合わず、ナルトの術は発動出来なかった。その上、シノの【奇壊蟲】にチャクラを吸われた状態時に『根』に襲われたので、為すすべなく捕縛されたのである。

他三人はナルトの術発動条件に合った故、死んだと見做されている。ちなみに多由也の場合は、赤丸の眼があったので前以って己の幻術をも仕込んでおく事で死を偽ったのだ。キバが見た、多由也の自殺は彼女の幻術だったのである。

以上から、思惑通り二人の音忍を生け捕りにしたダンゾウは、彼ら二人の生存を五代目火影には一切伝えなかった。
何故なら彼は、ナルトとの取り引きにより実験出来ぬなら、己の優秀な手駒にしようと考えていたからである。
その企みをも、既にナルトが把握しているとも知らず。



『音の五人衆』の死の偽造。

例外があるとは言え、それらを行いつつ、ダンゾウとの取り引き且つシカマルを口止めした当の本人は、静かに眼を伏せた。【念華微笑の術】で、捕らわれた鬼童丸と右近・左近に連絡を取る。
二人が無事だと確認した後、ナルトは背後を振り仰いだ。


「君麻呂、多由也、次郎坊」

それぞれの名を呼べば、世間的には死者と見做されている三人の少年少女は項垂れていた顔をゆるゆると上げた。
かなりの障害があったものの、自由の身となった三人――君麻呂・多由也・次郎坊。
彼らと眼を合わせ、ナルトはおもむろに問う。


「これで、晴れて自由の身になったな。三人とも自分の望む場所へ…」
「僕の居場所は、ナルト様のお傍だけです」
「当たり前だろーが!」
「……右に同じ…」
途端、口々に返ってきた答えに、ナルトは眼を瞬かせる。


言葉を発しないナルトに焦れたのか、矢継ぎ早に語り出した彼らの話を要約すると、ナルトの許へ行きたいからというのが最大の目的なのだという。
相談も無く、いきなり大蛇丸の下から抜け出す計画を立てていたのは驚いたが、そもそも自分のところへ来る為に起こした行動だと聞いて、ナルトは眼を細めた。

それだけ自分を慕ってくれるのはやはり嬉しい。その一方で、どことなく不安な想いもナルトにはあった。
何故、自分のような愚か者について来たがるのだろうと。



「…――とりあえず、」
ようやっと口を開いたナルトの前で、寸前まで好き勝手にしゃべっていた三人の口が途端にぴたりと閉ざされる。

沈黙し、ナルトが次に話す言葉を待っている風情に、彼は思ず口許を緩めた。微笑む。
「これからも、よろしくね?」




同行の了承を得て、君麻呂・多由也は喜色満面の笑みを浮かべる。わかりにくいが次郎坊もまた、いつもの強面をやわらげていた。特に多由也の頬は歓喜によって桜色に染められている。
代わりに、宙を舞っていた桜の花弁が逃げるように飛び去っていった。



ナルトは空を仰いだ。

どことなく夏の気配を思わせる澄んだ青が、彼の蒼い瞳に映り込む。その青に、ナルトは波風ナルを思い出した。

どうか今回の件で、彼女が心を痛めないように―――そう願いを込めて、ナルトは上空に浮かぶ白き雲を見上げる。
遠く遠く白絹のように伸びた雲の向こう。
その先にあるだろう木ノ葉の里を、ナルトはただ、静かに見つめていた。






春はもう、終わりを迎えようとしていた。
そして、始まりを告げようともしていた。
巡る季節と、そしてこれから待ち受ける廻り合わせ。

その開始の合図を、一陣の疾風が音も無く掻き鳴らしていった。

 
 

 
後書き
大変お疲れ様でした!!
「サスケ追跡編」長らくお付き合いくださり、ありがとうございます!!
矛盾等あるかもしれませんが、目を瞑ってくださると幸いです。

次回から新章突入です!いきなり『疾風伝』…ではなく、映画のほうへ入ります。
ちなみに疾風伝の映画第一弾です!

次回の新章は、珍しく(笑)ナルトが主役です。
外伝ではなく、本編と関係ある話ですので、これからもどうかよろしくお願い致します!!
 
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