八神家の養父切嗣
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十八話:救いは諦めぬ者に
天をも焼かんと燃え盛る業火。異臭が漂う硝煙の中。
そんな地獄とも呼べる場所を少女から女性へと変わろうとしている最中の少女が飛んでいた。
少女の名前は高町なのは。今ではエースオブエースという名誉ある二つ名も持っている。
仰々しい名前や、地位などを得た彼女ではあるがその心は今も昔も変わらない。
困っている人が居たら助けたい。自分は誰かの為にならないといけない。
そんな思いを持ち続けているからこそ休暇の最中に出くわした事故にも率先して救助を行いに来ているのだ。
『Master, there are two survivors on the left at two hundred yards.』
「分かった。すぐに行くよ、レイジングハート!」
『Stop, master. there are two survivors on the right at two hundred yards.』
「反対方向にも!?」
生存者の元へ一目散に飛んでいこうとするなのはだったがそれをレイジングハートが止める。
全部で六名の生存者がいる。しかし、方向は逆。ここにいるのはなのは一人。
要するに一度にどちらか片方しか助けに行くことはできない。
ロストロギアが元となった炎は一般の陸士ではとてもではないが近づくことができない程の温度と勢いがある。
しかし、彼らを臆病者扱いにはできない。
災害時に最もやってはならないことは二次被害を生み出すことだ。
無理と分かりながらも突入し自らが救助を待つ身になってしまえば、それを助けるためにまた誰かが突入しネズミ算式に被害が増えてしまう。
そうならないための判断はどこまでも正しい。
そして、なのはは同時に知っている。
自分に後を託すしかないと悟った隊員達の悔しそうな声を。
己の無力さに、救いを待つ声に応えることのできない情けなさに泣きそうになった顔を。
だからこそ、自分は絶対に救いを待つ人を助けなければならない。
「近くに居る左方向の二人を発見次第すぐにバリアで保護。その後、すぐに引き返して四名の救出に向かうよ!」
『OK, master.』
彼女が取った選択は数で犠牲の分別を行わずに両方を救うこと。
決して少数の人間を見捨てることはしないという覚悟。
だが、彼女はすぐにその過酷さと現実の残酷さに気づかされることとなる。
全速力で向かった先でなのはが見たものは二人の初老の夫婦だった。
既に諦めているのか、それとも力が残されていないのか。
煤だらけの腕でのどを抑えながら横たわっていた。
すぐになのははバリアを展開し、熱気と炎を遮断する。
しかし、一酸化炭素を吸い過ぎた為か既に二人に反応はなかった。
「大丈夫ですか!? 意識があるなら何でもいいので反応を返してください!」
なのはが必死に呼びかけるが二人とも一酸化炭素中毒で昏睡状態に入っているために目を閉じたままである。
急いで治療をしなければとも思うが、彼女にはその術がない。
ならば、とにかく安全なところまで運ぼうと考えたところで無慈悲な音声が響く。
『Survival reactions lost.』
「―――あ」
レイジングハートの生存反応が失われたという報告に掠れた声が出る。
それは目の前の二人を救うことはできなかったということに他ならない。
それでも諦めきれずに、もう助からないと分かっていながらも転送を行う。
本来であれば空港などの機関にはテロなどを防ぐために転移、転送を使用不可とする魔法がかけられている。
しかし、それは被害により、というよりもドゥーエによりシステムごとダウンさせられているために現在は使用可能となっている。
同じように結界魔法などもミッドチルダなどの大都市では基本的に使用ができない。
もっとも、全域で使用不可能にすることは無理なので探せば使える場所はある。
とにかく、なのはは犠牲者の夫婦を送り届け、すぐさま切り返していく。
それは何も二人の死を割り切ったからではない。
何が何でもあちらだけでも救わなければならないという強迫観念からだ。
「お願い……生きていて…ッ!」
神に祈るようにどこまでもすがるような声を零しながらなのはは飛ぶ。
だが、彼女は知らなかった。
神という存在は人間賛歌と同じく、悲劇や血飛沫が大好きな存在だということを。
死力を尽くして飛び、途中にある壁を貫いてでも飛んだ。
時間にすればまさにあっという間の出来事と言えるだろう。
しかしながら、生と死の狭間を彷徨う者達にとってはその時間は致命的となる。
『Survival reactions lost.』
「あ……ああっ!」
彼女が辿り着く寸前で再び絶望の言葉が突き付けられる。
折り重なるように息絶える四人の男女。
そのすぐ横に降り立ち、バリアを張ったところでなのはは崩れ落ちる。
旅行に来ていたのか、それとも遊びに行く予定だったのかは分からない。
重要なことは一つしかない。それは―――彼らが死んでいるということだけ。
「ごめん…なさい……」
言おうと思ったわけではない。ただ、自然に零れてきた言葉。
どうして彼らが死んだのかを誰よりも理解しているが故の言葉。
もしも、彼女が数を優先して先にこちらを助けに来ていれば助かっていたかもしれない。
否、逆方向に行った時間があれば間違いなく間に合っていた。
そんな根拠も何もない考えに取りつかれ、なのはは力を失い謝り続ける。
誰も彼女の選択を責めることはできない。
人命救助という観点から見れば彼女は間違ったことはしていない。
ただ、犠牲を少なくするという観点から見た場合には彼女の行為は間違いだった。
それだけのことだ。それでも彼女の心には後悔が泥のようにへばりついて離れない。
「私が……先にこっちに来ていたら……あっちの人を見捨てて―――」
『Don’t talk anymore!』
「レイジングハート…?」
『Don’t give up! Never give up, master!』
「でも…私のせいで…!」
なおも反論しようとするなのはにレイジングハートは叫びかける。
―――あなたが諦めてしまえば今まで諦めることなく救ってきた人々はどうなるのか。
―――たった今救おうとして救えなかった人々はただの間違えとして処理されていいのか。
―――今まで決して諦めなかった主に希望を見出してきた人々の想いを無駄にしていいのか。
レイジングハートは続けざまに普段とは似ても似つかない勢いで主を叱責していく。
その言葉になのはの目に再び力が宿って来る。
決して諦めることなく、不可能に立ち向かっていく。
「ごめんなさい……私はきっと馬鹿です。でも……誰かを見捨てるなんて私にはできないんです」
人はそれを愚かと罵るだろう。犠牲となった者の家族は呪うだろう。
罵詈雑言を投げかけられても文句は言えない。
だが、正しさだけでは結局人は救えない。衛宮切嗣でさえ気づいてしまった事実。
人間に必要なのは冷徹な数の計算ではなく温かい希望なのだ。
笑顔があれば、希望があれば人はどんな荒野からでも立ち上がって歩いて行ける。
だから、彼女は立ち上がった者達の中から新たな希望が生み出されるように挑み続けなければならない。
どうしようもなく、馬鹿で愚かな行為。
しかし、その愚かさこそが真に重要で、人間にとって必要なものなのだ。
故に、高町なのはは立ち上がる。今までの犠牲を新たなる希望に変えるために。
決して絶やすことなく、決して折れることのない希望の芽を繋げるために。
明日世界が亡びるとしても、希望の種を蒔き続けていく。
『There is a survivor on the front at thousand yards.』
「うん……わかった。行くよ、レイジングハート。それから……ありがとう」
『Please don’t care, master.』
何度絶望しようとも、何度でも這い上がり立ち向かう。
そう覚悟を決め直し、なのはは再び飛び立つのだった。
瓦礫の山を掻き分ける。バリアジャケット越しでも感じる熱に手が悲鳴を上げる。
しかし、そんなことなどどうでもよかった。
助けを求める手を一刻も早く掴まなければならない。
その命が奪われる前に救い出さなければならない。
だというのに、彼の目の前にいる者達は次々と息絶えていく。
横たわる少年を抱え上げたが、その心臓は既に停止していた。
瓦礫の中から人の形をした炭を拾い上げた。
だが、ボロボロと崩れ落ちてその手の中から零れ落ちていった。
その度に彼は声にならない悲鳴を上げて瓦礫と炎の中を駆けずり回る。
こうまでも彼が人を救うことができないのは、彼が最も被害が大きい場所を中心に探しているからである。
それはこんな残酷な事態を招いてしまった罪悪感と、最も近くにいた自分が迅速に救助を行えば間に合うかもしれないという希望的な観測からだった。
ただ、人を救いたいのなら生き残りが多くいる場所を探せばいい。
しかし、彼にはそんな選択などできなかった。以前ならば数多く救う為にそうしただろう。
だが、今は、今だけは本当に救いたい弱者を助けようとしていた。
皮肉なことに彼はこの瞬間は本物の正義の味方でいられた―――どこまでも歪んだ形で。
(切嗣、切嗣! 私だ、一体何があった! お前は無事なのか!?)
「誰か……誰か……いないのか? 誰も……生きていないのか?」
ニュースでも見たのかアインスが念話を使ってくるが切嗣はそれに答える余裕すらない。
本物の正義の味方という者は何とも情けないものだ。
全てを救うという理想を語りながらも、結局は何一つ救えずに彷徨うことしかできない。
冷酷な機械に徹すれば助けられる者も出てくるだろう。
今も叫びかけてくるアインスに声を返すこともできるだろう。
二人の人間を無視して四人の人間を救うという選択をすれば良いだけの話だ。
天秤に二つを乗せ、掲げられた方を無慈悲に切り捨てればいいだけ。
何も難しいことはない。しかし、それを行い続けた結果が、衛宮切嗣が直面した絶望だった。
今では間違いだとハッキリと断じながらも、逃げることができない呪縛だ。
彼は諦めた。希望から目を背けて罪を積み重ね続けた。
絶望したのはある意味で当然の帰結だったのだろう。
希望から目を背ければそこには最初から絶望しかないのだから。
人は彼を冷酷な判断を下せる意志の強い人間だと褒め称えるだろう。
だが、それは本物の強さではない。
彼が手に入れた強さとは死に急ぐ中で敵の死をさらに加速する手段でしかなかった。
真の強さとは決して諦めないこと。
どんな窮地にもそれを打開する策を見出し実行できること。
自らの滅びの果てまで達成の意思を継承すること。
それこそが真に強靭なる魂の力だ。
そういう意味では不屈の少女のような底抜けな愚か者こそが真に強い者なのだろう。
そんなことを考えているといつの間にかアインスからの念話が途切れていた。
しかしながら、切嗣にはやはりそれを気に留める余裕がない。
生きている人間を探すということ以外に目を向けず、それだけを貫いていた。
そういった意味では今この瞬間だけは切嗣もまた、高町なのはのような愚か者であった。
何度、目の前で人が死ぬ光景を見ても、伸ばした手が決して届かなくても。
彼は歩いている。魂を失ったような顔をしながらも生存者を探すことを止めない。
他のことには一切目をくれずにがむしゃらに走り続ける愚か者。
神は残酷だ。だが、同時に―――そんな愚か者を愛し、尊ぶ。
「…いよ……いたいよぅ……」
声が聞こえた。小さな声だった。だが、確かに生きた人間の声だった。
彼は駆け出した。まるで、韋駄天の如く駆けた。
どこからそんな力が出るのかと疑いたくなるほどの力強さで走る。
決してその小さな命の灯を絶やさないように。
彼はただ真っすぐに走り続ける。
そして、見つけた。炎の中で傷つき涙を流す一人の少女を見つけた。
「おとうさん……おねえちゃん……かえりたいよぉ……」
家族を呼び嗚咽を零す、かよわい小さな命。衛宮切嗣が真に救いたいと願う人間だ。
そんな少女にさらなる悲劇が襲い掛かる。
空港のモニュメントである女神像がコンクリート中に含まれる水分の熱膨張により、音を立てて崩れ落ち始めたのだ。
不幸なことにその軌道は少女の真上。傷つき、涙を流す少女では避けることは叶わない。
ならば、どうするか。このまま指をくわえて新たな犠牲者を出すのか?
否、そんなことなどさせない。
例え、この先何度も少女のような弱者を見捨てるのだとしても今この瞬間だけは救う。
幸運なことに今この場では誰かを救うことだけが犠牲を減らす唯一の道。
大であろうと小であろうと救わなければ犠牲は減らない。
故に今までの犠牲者への裏切りとはならない。
もっとも、その為に狂気の科学者はこの状況を創り出したのであろうが。
今はそんなことを考えている場合ではない。
どうすれば少女を救えるのかだけを考える。
今から、バインドで女神像を支える。却下だ。
バインドに関してはそこまでの熟練度の高さは持ち合わせていない。
何よりも、今からあれを支えるだけのものを作るには自分では時間も魔力も足りない。
ならば、やるべきことは一つ。女神像が崩れ落ちる前に少女を救い出すのみ。
「固有時制御――四倍速ッ!」
今この瞬間だけ、衛宮切嗣は他の何物でもない正義の味方となった。
後先など考えず、自らの体がどうなるかなど考えずに目の前の誰かを救い出して見せた。
後に起こる代償のことすら忘れて、彼は少女を守り抜いてみせた。
後方で女神像が崩れ落ちる轟音を聞きながら切嗣は少女を抱きかかえる。
内臓がズタズタになり、全身には激痛が走り、今にも吐血してしまいそうになる。
それでも、彼は少女が今までの生涯で見たこともないような嬉しそうな顔をした。
まるで救われたのは自分の方だとでも言うように涙を流しながら彼は口にする。
「ありがとう…! ありがとう…! 生きていてくれて……ありがとう…ッ!」
少女には理解できなかった。何故、男が自分に礼を言っているのか。
どうして救われたはずの自分よりも、救われたような口ぶりなのか。
まだ、幼い少女には理解できなかった。
それでも、その嬉しそうな顔だけは生涯―――忘れられそうになかった。
後書き
救ったけどスカさんプロデュースという罠。
ここのなのはは墜落もしてないので悲劇はその揺り戻しみたいなものです。
別になのはさんが嫌いなわけじゃないです。
火災編はもうちょい続きます。
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