少年少女
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第四話
【死霊使い事件】
そう呼ばれる事件は、またもキリトと夕食中の会話から始まる。
「最近、ロストしたプレイヤーの目撃情報があるんだ。」
ロストしたプレイヤーというのは、当然死んでしまっているはずである。それが目撃されるなんて、有り得ない話だ。以前キリトが関わった、【圏内事件】のように、誰かが死人の存在を偽装しているとかなら話は分かるが。
「見間違いじゃないのか?」
カップに入った抹茶色の液体を眺めながら返す。抹茶色だが、味はほぼリンゴジュースという、奇妙な液体だ。見た目はともかく、リンゴジュース好きな俺のお気に入りの飲料だ。
「目撃者が複数いるんだ。しかも、原因は分かっている。」
キリトは目を瞑り、続ける。原因分かっているのか。
「かなりの高難度で、特殊なクエストが発見されたんだ。65層の村で。」
「・・・ふむ、それで?」
液体を飲み干し、コップを置いて答える。
「そのクエストの内容が、‘悪魔のネクロマンサーを倒せ’という内容なんだ。」
ネクロマンサー?えーと、死霊使い・・・だったか?
「ほぅ、そいつがロストしたプレイヤーを甦らせていると?」
悪趣味な話だ。このデスゲームでは特に。
「甦らせているっていうより、ロストしたプレイヤーのアバターをしたモンスターを作り出しているっていう方が正しいかな。フィールドを徘徊するように行動するらしい。」
尚更悪趣味だ。
「最低な話ね。開発者の精神を疑うわ。」
それまで黙っていたシノンが怒りを露にして話す。怒りの他に、若干怯えも見てとれた。怪談話の類いだし、怖いのだろうか。
「しかし、クエストなら、受けた奴だけに見えるとかじゃないのか?」
疑問を口にする。
「特殊クエストといっただろ?特殊な点はそれさ。ネクロマンサーが倒されない限り、65層をさ迷い続けるという話しだ。」
何度目だろうか、悪趣味だ、と考える。
「だったら、さっさとソイツを倒してしまえば良いんじゃないの?なぜ、誰も倒さないの?」
シノンがカップを持ち上げながら言い、中身の液体を啜る。因みにシノンが飲んでいるのは味が紅茶系の、青い液体だ。どうして味と見た目をマッチさせなかったんだ?開発者は。
「それが、強いってのもあるし、高レベルのプレイヤーほど、仲間の死を経験しているから、65層に行きたがらないんだ。俺だって・・・」
最後、悲痛な表情になり、言葉が途切れるキリト。
「・・・ごめんなさい。軽率な発言だったわ。」
申し訳なさそうに謝るシノン。
仲間や知り合い、はたまた恋人がゾンビのように徘徊しているフィールドに行きたくはない。その気持ちは分かる。
「65層に行かずに攻略していくしかない、な。」
腕を組み、俺は言った。
「あぁ、そうするし・・・」
キリトが言いかけた時、俺たちがいる飲食店のドアが開き、フードを被った小柄なプレイヤーが入ってきた。
「おや、キー坊じゃないカ。奇遇ダナ。」
キリトを見つけ、フードを被ったプレイヤーが俺たちの座る席に近づいてくる。
「アルゴ、キー坊は止めてくれって言ったろ。」
キー坊が溜め息混じりに返す。アルゴ、どこかで聞いた事ある名前だ。
「すまなイナ。それよりキー坊、新しい情報を仕入れタゾ。ま、もうすぐ分かる事なんだガナ。」
アルゴと呼ばれたプレイヤーはキリトの横に座った。
「新しい情報?何のだ?攻略か?」
キリトが尋ねる。
「違う違う。例の特殊クエストの件ダ。」
ほぅ、俺たちからしてみれば、タイムリーな情報だな。
「教えて欲しいカ?」
「あぁ、頼む。」
「あのクエスト、経過時間によって内容が変化するクエストだったンダ。」
クエストの内容が変化?
まぁ、制限時間のあるクエストは珍しくないが、内容が変化するというのは聞いた事が無い。
「今までは65層にだけ死霊は出現していたダロ?それが、今日の夕方からは全階層に出現しているンダ。」
・・・本当に悪趣味だ。っというより、悪夢みたいな話しだ。
「なっ・・・」
驚愕のあまり、言葉が出ないキリト。そりゃあそうだろう。フィールドに出て、顔を知っている死霊と会ったら、それこそ悪夢だ。襲ってくるなら、戦う事になるかもしれないし。
「本当、最低な開発者ね・・・」
静かな声だが、確かな怒りに震えるシノン。
「そっちのお二人サンも気を付ケナ?プレイヤーだと思ったら攻撃されタ、なんて話もありそウダ。」
アルゴはこちらを見て言った。フードの下に三本髭が描かれたアバターが見える。そうか、こいつが【鼠】のアルゴか。
「あぁ。」
しかし、だとすると、早めにネクロマンサーを討伐しないと、攻略に影響が出そうだな。ここは一肌脱ぐか。
「キリト、俺はネクロマンサーを討伐に行く。このままだと、攻略組に影響が出そうだからな。」
俯くキリトにそう告げ席を立つ。
「あ、あぁ。」
気の抜けた返しだな。まぁ仕方ないだろう、俺よりもボス攻略に参加した回数は多いらしいし、何より・・・
「そうね。私も行くわ。こんな悪趣味なクエスト、早く終わらせるべきよ。」
シノンも立ち上がりながら言った。今のシノンのレベルなら、足手まといにはならないと思う。遠距離武器だし、前衛の俺がしっかりしていれば、シノンにターゲットが向かずに戦闘が終わるはず。
「お前ら・・・よし、終わらせよう。」
キリトも立ちながら言った。不安そうだが、何かを決意したようにも見える。
「大丈夫なのか?確かお前・・・いや、何でもない。出発は明日で良いな?」
キリトから、昔、所属していたギルドが壊滅した。と聞いた事があった俺は、キリトを按じたが、それを乗り越えたい気持ちを感じ、それ以上は止めておいた。
俺たちは宿に戻り、明日に備える事にした。
余談だが、俺は基本的にソロで、ギルドにも所属した事がなかったので、死霊に遭遇しても問題は無かった。
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