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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 5. 『あんたを倒して俺は帰る』
  Episode 30. I am always with you

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第三十話です。

リーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。 

 
<Lina>

「……ンデ? その後の進捗はどーなんダ、リっちゃん?」
「……全然、ダメダメ。一歩も進展なし」
「ぅオイ!! ナンデだヨ!! もうアプローチ始めてから四か月じゃネーカ! コンナ美少女があからさまな態度で擦り寄ってンのに、ナンデあのヤンキー死神は一向に靡かねーンダヨ!!
 あれカ!? 実はオレっち達が予想だにシネー類の性癖の持ち主とか、年下は守備範囲外とか、そーゆーオチなのカ!?」

 ウガーッ! と、女子にあるまじき大声でアルゴが吼え散らす。ぶっちゃけ私もそうしたいところだけど、二人揃って叫んでても仕方ない。
 理性をフル活用して自制しつつ、手元の瓶から直接ワインモドキを一息に呷り、空になった瓶を投げ捨てた。

 ここは五十層主住区「アルゲード」西部の居住区エリアだ。

 ありふれた四階建ての雑居ビルにあるアルゴの居室に朝からいきなり連行された私は、そこで「一護骨抜き大作戦(アルゴ命名)」の進展が捗々しくないことを報告していた。 

 朝食代わりに買い込んできたらしい雑多なジャンクフードに安ワインという二次会セットに手を付けながら、私はため息混じりに言葉を返す。

「それなら諦めもつくけど、生憎彼は至極ノーマル。多分、年齢の上下も関係ない」
「だったラ、ナンデ色仕掛けが失敗なんダヨ? 風呂上りのリっちゃん、しかもレースの黒下着バージョンに寄られても悩殺されねートカ、普通の男ならありえねーダロ」
「……悩殺以前に、視認一秒後には風呂場に叩き込まれた。あの人堅いから、女の子の下着姿ガン見とかしないと思う……多分」

 服着ろこのボケ!! という叫び声と共にアイアンクローを一閃、顔面を鷲掴みにされてそのままバスルームに投げ込まれたことを思い出す。

 流石に直後は顔が真っ赤だったけど、次の朝にはけろっとしていた。多分、そういう方面でアプローチしても女の子として好いてもらえそうにはない。

「ンー、エロ路線がダメ、世話焼き路線も目立った反応ナシ。となると……あとはギャップ狙いはドーダ? リっちゃん普段無表情ダシ、ココはものっそい笑顔で迫ってみるトカ」
「心配されるか、食べたい物を強請りにきたと思われるだけ。効果は期待できない」
「じゃあ、服変えてみるカ? いつものニットとホットパンツじゃなくて、ジャケットでクールっ子トカ、甘めがいいならカーディガンに膝丈スカートって感じデ」
「一護に女の子の服の好みはない。変えても流される可能性大」
「ムー、ンじゃあ……いっそ過程スッ飛ばしてハダカで寝込みを襲っちまうトカ――」
「アルゴ殺すよ?」
「ぅヒィ!?」

 私の愛剣『カルマ・エゴ』を喉元に突きつけられて、アルゴは引きつったような声で悲鳴を上げた。咥えていたチュロスがポロッと床に落っこちたけど、拾う余裕はなさそう。

「は、ハハ、ジョークだヨ、リっちゃん。オネーサンのお茶目なジョーク……ハイ、スミマセン」
「次言ったら、斬るから」

 手の内でくるりと半回転させ、腰の鞘に納める。
 寸止めの刃から開放されたアルゴは、止めていた息をぷはっと吐き出した。

 以前リズに似たようなことを、しかも一護の前で言われた時は、短剣の先でこめかみを抉る「ナイフグリグリの刑」を執行した。あの時は本当に顔から火が出るかと思うくらいに恥ずかしかった。

 一旦気を落ち着けるべく、大皿に山と盛られたお菓子を摘む私の向かいで、アルゴは新しいワインの封を切りながら、少し口を尖らせるようにして言った。

「ったくモー、リっちゃんって、ベリっちに下着見せんのも、バスタオル巻きで混浴も行けても、ナンデ裸はダメなんダ? そこまでできたら、もう一糸すら纏わなくても変わんネー気がするケド」
「は、裸だけは、ちょっと、その、流石に恥ずかしい……」
「オレっちが貸した、アノ際どい黒下着は着たのにカ?」
「……やっぱり、斬られたい?」
「ちょ、ちょいタンマ!! 謝るからその短剣しまってクレ怖いカラ!!」

 半身まで抜いた短剣を見せつけると、アルゴは慌てて両手を合わせて即謝罪。キッと一睨みしてから、再び納剣する。

「けどサ、リっちゃん。このままじゃベリっちと友人止まりだゼ? この仮想の世界でアイツの心は護れても、それが現実で恋心に成長するとは限らナイ。
 二人きりの時間がいくらでも作れるこの世界にいるうちに、せめて何か恋に発展しそうなきっかけの一つでも作っておかねーとサ」
「……ん、分かってる」

 真面目な顔つきに戻ったアルゴの言葉に、私も短く肯定を返す。

 彼女の言う通り、一護と恋仲になるには今のままじゃダメだ。彼が何を好き、私に何ができるのか、それを考え続けないといけない。

 今思いつくきっかけは、一つだけ。
 十日後に迫った、十月三十一日。私の誕生日だ。

 去年は、自分で一週間前から催促してた。一護は鬱陶しそうにしていたけど、なんだかんだで当日に高級素材の料理を御馳走してくれたし、綺麗で実用性のあるレア装備もプレゼントしてくれた。
 お返しに、この前の彼の誕生日にはお揃いのデザインを施したガントレットを渡した。ペアルックがどうのこうのと言いながらも、翌日からちゃんと付けてくれてた時は、すごく嬉しかった。

 今年はなんとなく気が引けてしまったため催促してないから、もしかしたら忘れられてしまうかもしれない。
 今まで支えてあげたんだからご褒美ちょうだい、なんて図々しいことは言わないけど、もし覚えていてくれたなら、何かくれるかもしれない。その時に頑張って攻めて、距離を縮める。そのためには手段は選ばない……ハダカは例外として。

「ンじゃ、今後の作戦立案といくカ」
「うん」

 私は気を引き締め直してアルゴと向き合い、「一護骨抜き大作戦」の続案作成へと思考を切り替えていった。



 ◆



 結論から言って、作戦は失敗に終わった。

 誕生日の朝、起きてみると一護の姿がなかった。
 残されていたメッセージには「急用が出来たから出かける。夕飯で合流しよう」とだけ書かれていた。誕生日については、一言も触れていない。

 何もする気になれず、けどこのまま引き籠っていると余計に落ち込む気がして、私は外に出た。
 気晴らしにどこかのダンジョンにでも潜ろうかと考えたけど、気が乗らない。特に何も考えず転移門広場へと進み、パッと思いついた二十二層の主住区へと飛んだ。

 閑散とした転移門広場から出ると、辺りには森と湖が広がっていた。蒼天に燦然と輝く太陽の光が湖面で乱反射し、私の仮想の網膜を灼く。
 その痛みに近い光を無感動に眺めてから、私はどこへともなくポツポツと歩き始めた。

 まだ、まだ忘れているとは限らない。

 夕飯から寝るまでに四時間くらいはあるし、もし今は忘れてるとしても、日中に思い出してくれるかもしれない。そう考え、沈んでいく自分の心を慰撫する。

 けど同時に、心の奥底でどこか諦めというか、ああやっぱりな、って気持ちもあった。

 この四か月、一護の気を引こうと思いつく限りのことをしてきた。一護が少しでも私に異性として興味をもってくれるなら、そう思い、一日も欠かさず寄り添って来た。

 それでも彼が一向に私に気を向けないのは、多分、その心の内が、強くなること、この世界から出ること、それだけに埋め尽くされているからだと思う。ただ高みを目指す、その過程に、恋愛なんてものが存在するはずはない。
 だったら、一護が恋愛沙汰に無関心なのも理解でき――いや、この考えは、現実逃避だ。根本的な原因は、もっと違うところにあって、もっともっと単純なもの。

「……私に、魅力がないから、だ」

 ただ、それだけなんだ。

 一護に好かれるだけの容姿が、性格が、力が、心が、私にはないんだ。私が彼の恋人に相応しくない、どころか、寄り添うに足る器がない。
 私の中で彼が一番大きくても、彼の中で私は一番ではない。ただそれだけのこと。ごく単純な真理。

 たかが誕生日を忘れられただけで、たかが努力が半年弱報われていないだけで、何を大袈裟な。いつも心のどこかにいる、冷静な自分がそう吐き捨てる。でも同時に、もう何をやっても無駄だ、私じゃ彼には釣り合わない、そう叫ぶ声も聞こえる。
 初めての恋が破れる。ぼんやりと見えているその未来に心が軋みを上げているのが、意識しなくても分かった。

 いっそもう告白して、フラれてしまおうか。そうすれば、きっと楽に――いや、それは、それだけは絶対駄目だ。
 もし私が告白すれば、それの成否に関わらず私が弱くなるのは目に見えているし、何より一護の心に要らない負荷をかけてしまう。いつもぶっきらぼうでも根の優しい彼なら、きっと真剣に考えてくれる。
 そのことで彼の重荷になってしまうことが、何よりも怖かった。攻略組最強の剣士に、そして、私の大好きな人に、「楽になりたい」なんていう自分のわがままで迷惑をかけたくなかった。

 けど、じゃあこの気持ちの行き場はどうすれば――。答えの見つからないまま、惰性でさらに足を踏み出そうとして、

「――リーナ?」

 声が聞こえた。

 一護の声じゃない。もっと透明な、澄んだ女性の声。その声に私は立ち止まり、ゆっくりと声のした方へと振り返った。

 そこにいたのは血盟騎士団副団長、アスナだった。一時休団中とは聞いていたけど、確かに騎士服は着ていない。セーターにロングスカート、ブーツというシンプルな服装をしている。お洒落好きな彼女にしては落ち着いた格好だけど、案外よく似合っていた。

「どうしたの? 貴女が迷宮区とレストラン以外にいるなんて、珍しいじゃない」
「……特に理由はない、ただの散歩」
「一護は?」
「分からない。用事で出掛けてる」

 首を横に振りつつそう言うと、アスナの柔らかい微笑みが心配そうな表情へと変化した。

「……ひょっとして、一護と喧嘩でもしたの?」
「違う」
「一護の前で、何か失敗した?」
「違う」
「じゃあ、何があったの?」
「何も」
「嘘。何もなかったなら、そんな顔になるわけないじゃない」
「本当のこと。本当に、何も、なかった」

 ……そう、何もなかった。

 ただ、いつもと変わらない、よくあることがあっただけ。「何かある日」が「何もない日」になっただけ。だからこそ、こんなに気持ちが暗くなっているのだから。

 アスナは暫し私の顔を見つめていたけど、私がそれ以上何も言う気がないのを悟ったのか、そっか、とだけ言って視線を切った。
 そのまま、私たちの間に沈黙が降りる。風で木の葉の擦れる音が、やけに大きく聞こえてきた。

 やがて、アスナが沈黙を破った。

「……ねえ、リーナ」
「なに?」
「一護のこと、好き?」
「好き、大好き」

 一拍も間を置かず、即答する。仲の良い女性陣にはとうの昔にバレている。今更隠すこともない。

「そっか。じゃあさ、リーナ。もし、その『一護を好きという気持ち』と、前に言ってた『一護の心を護りたいという気持ち』、どちらか一つを選ぶとしたら、貴女はどうする?」
「……それは……」

 答えに詰まった。

 護る気持ちと好きな気持ち。言われてみれば、どちらを優先するかなんて、考えたことなんかなかった。

 けど、もし護る気持ちを取るのなら、一護に利すること以外の全て――もちろん、「恋心」も含めて」――を排し、彼の隣に居なければいけない。告白なんてして私が弱くなってしまえば、一護の隣に立つ資格なんてないのだから。この世界に来てからできた剣士としての私が、そう囁く。

 好きな気持ちを取るのなら、万策尽くして彼に迫り、そして告白する。きっと私は恋に負けて弱くなるし、一護にも少なくない動揺を与えてしまうかもしれない。けれど、その行方はどうあれ、その選択は、一人の女子として、東伏見莉那として、とても眩しいものに見えた。

 今いる仮想世界の(リーナ)、向こうにいる現実世界の(りな)、どちらも私で、どちらも大切。片方を切り捨てることなんてできない。けど、もしどちらかを選ばなければならない状況になったら、私は――。

「――ふふっ、ごめんねリーナ。そんなに考え込まないで。ううん、どちらかを捨てようなんて、考えないで」
「…………え?」
「どっちを取るのが正解なのか、なんて分からない。けど、私なら訊かれたとき、多分こう答えちゃうから」

 アスナはにっこりと満面の笑みを浮かべながら、

「私は、どっちも取る。好きだから護りたくて、護りたいくらいに好きに決まってるんだから。
 たとえ二つを天秤にかけるような状況になっても、きっと私は二つとも掴み取る。愛の成せる技で護ることも、護ることで愛を伝えることも、きっと出来る。確固たる証拠なんてないけれど、でも胸を張ってそう言えるよ。
 だって、私は女子だもの。恋の暴論、ワガママなんてものは、私たちの特権でしょ?」

 そう言って、彼女はしばみ色の瞳を細める。
 その顔に常日頃の女剣士の面影はなく、ただ一人の十代女子としての素顔があった。

「えっと、私が何を言いたいのかって言うとね、そんなに真剣に考え込みすぎないで、肩の力抜こうよってことなんだ。
 どうあるべきとか何かしなきゃじゃなくて、どうありたいとか何をしたいか。そんな感じで、感情だけで自分にワガママを言っても良いと思う。特にリーナはいっつも真面目なんだから、たまには恋愛用の自分をお休みさせてあげよ? ね?」

 じゃないと疲れちゃうわ、そう付け加えて、アスナは茶目っ気のある笑顔を見せた。なんの気負いもなくて、けど言葉にできない説得力を感じて、私はただ首肯を返した。

 それを見届けたアスナは嬉しそうにまた笑い、ちらっと視界の端、おそらく時刻表示がある辺りに視線を走らせた。

「――うわっ、時間ちょっとヤバいかも。ごめんねリーナ、私このあと出掛けなきゃいけないの」
「そう。じゃあ、またね。今日はありがと」
「ううん、いいんだよ。頑張ってねリーナ、キリト君の妻として、私も応援してるから!」

 ――えっ?

  つ、妻?

 唐突に出てきたびっくりワードに一瞬思考が固まり、再起動した頃には、アスナは大きく手を振りながら去っていくところだった。

 彼女のライトブラウンの長髪が陽光を反射して金糸のように輝く光景は、私には太陽より眩しく見えた。



 ◆



 そのまましばらく、私は二十二層を散策していた。

 アスナと話したからか、沈んでいた気持ちは幾分か和らいだように感じる。
 のんびりする時間がないことは変わらないけど、たまには自分のことも考えないと。一護のことばかり想った結果、成就云々の前に私が自滅してしまっては元も子もない。そう思えるくらいには、気持ちが回復していた。

 辺りはもう既に夕暮れの色に染まっていた。既に辺りに人影はない。
 濃い臙脂色に塗りつぶされた湖面を見やりながら転移門広場に戻ったとき、メッセージの着信を示すアイコンが出現した。

 差出人は一護だった。昔よく行ってたマーテンのNPCレストランで落ち合おう、そんな内容のことが書かれている。当然、誕生日のことについては一切触れられていない。

 けど、落ち込むことはなかった。
 覚えてないのなら、会いに行って今日が誕生日であることを告げればいい。忘れてたの? この甲斐性なし、と、いつものように言ってしまえばいいんだ。
 その程度で嫌われるような関係じゃないことぐらいは分かっているし、多分一護もその方がやりやすいはずだ。彼がバツ悪そうに髪を掻く姿が鮮明に頭に浮かぶ。

 私に魅力がないことに関しては、今はどうしようもない。今までの失敗を気にしつつ、彼に好いてもらえるように日々頑張るしかない。彼のお母さんの墓前で、欠かさないと誓ったのだから。

 転移門からマーテンへと飛び、そこから歩くこと数分。目的のお店に着いた。今日は珍しく空いているようで、いつも人が溢れているテラス席は空っぽだ。入り口で突っ立ってるのもなんだし、中に入って待っていよう。

 重い木の扉に手をかけ、グイッと引っ張って開けて――


「「「誕生日、おめでとう!! リーナ!!」」」


 途端、大勢の祝福の声が響き渡った。

 同時に鳴り響く拍手の音。炸裂するクラッカー。大量に舞い落ちる紙吹雪。
 ハロウィンに合わせたらしいカボチャのランタンが店内のそこかしこに灯り、テーブルの上にはとてつもない量の御馳走とワイン。

 そして、正面最奥に掲げられた『Happy Birthday Lina!!』の横断幕。

 ……その、これって、つまり……え?

 状況を頭が消化しきれず、その場にボーッと突っ立っていると、背後から軽快な声がした。

「ほーい、遅刻組の二人、連れてきたゼ……って、リっちゃん、もう着てたのカ。ンじゃ一応、ハッピーバースデー!」
「ア、アルゴ?」

 気楽そうに手をひらひらと振っている彼女の後ろには、遅刻組と称されたキリトとアスナの姿があった。キリトは、よっ、と軽く手を上げ、アスナは「おめでとう、リーナ」と言って笑いかけてくれた。昼間会った時とは違い、カジュアルな私服に着替えてきている。

 猶も状況が飲み込めない私は、アルゴたちに押されるようにして店内に入った。どうやら貸切になっているみたいで、中には私の知っている人ばかりがいた。リズ、エギル、黒猫団の面々、ディアベルたちSSTAの幹部――総勢三十名弱が、決して広くはない店内に勢ぞろいしていた。

「あの、えっと……あ、アルゴ、これは一体……?」
「一応言っとくケド、オレっちは関与してねーゼ? こんな大がかりなパーティーになってるなんてつい今日の朝まで知らなかったシ、そもそもコレをやること自体、一昨日聞いたばっかりなんだからナ」
「そうそう、アイツに急に言われたのよ。リーナの誕生日パーティーやるから手を貸してくれって。全く、言うならもうちょっと早く言えってのにね」

 頭の後ろで手を組んだアルゴの発言に、苦笑しながらリズが言葉を付け足す。

「……ま、そういうことだぜ、リーナ。イベントとかに興味無さそうな態度取ってても、あいつもあいつでけっこう考えてるってこった」

 にやり、とした笑みを浮かべたエギルの台詞を聞き、そういえば、と私は未だ見えない彼の姿を探すべく周囲を見渡そうとして――

「……よっと」
「ぐぇ」

 後ろから布のようなもので首を絞められた。
 思わずみっともない声を出すと、背後から「あ、ワリ」という声が聞こえた。

「オイオイベリっち、大事な相方を公開絞殺してんじゃネーヨ」
「うるせーな。意外と力加減が難しいんだよ、これ……っと、これを、こうして……よし、こんなモンだろ」

 わけもわからずされるがままになること十秒、私の首には、綺麗な純白のマフラーが巻かれていた。店内の暖かなランタンの光を受けて穏やかに輝き、両端にはオレンジ色で雪の結晶のような形のワンポイントが染め抜かれている。

 そして、それを私に巻いてくれたのは――

「よ、一日放置して悪かったな、リーナ」
「一、護……」

 いつもの襟なしコートではなく、ちょっとシックなジャケットを着込んだ一護だった。

「本当なら、昼間は七十五層に新しくできた露店街で、食い歩きとかする予定だったんだけどよ。飾りつけとか食材の調達とかが思ったよりも手間がかかっちまったんだ。ホント、ワリーことしたな」
「オマケにアシュレイのトコでマフラー作ってもらうのも、相当難儀したんダロ? 死神代行があの女性プレイヤー御用達の店に突撃するシーンは、中々面白かったゼ?」
「テメエ、余計なコト言うんじゃねえよアルゴ!!」

 ニシシ、と意地悪そうな顔で笑うアルゴと、それにツッコむ一護。しかめっ面なのはいつも通りだけど、どことなく照れの色が入っているようにも見える。


 ……つまり、彼は誕生日を忘れていたわけじゃなくて。

 私に内緒で、このパーティーを計画してくれてて。

 こんなにきれいなマフラーまで仕立ててくれて。


「……まあ、その、なんつーか、最近オメーに世話になることが多くて、なんかのタイミングでちゃんと返さねえと、って思ってたんだ」

 ガリガリとオレンジの髪を掻きながら、一護がぶっきらぼうな口調で言葉を紡ぐ。

「この世界に来てから二年弱の間、俺はリーナに色々なことを教わった。装備の相性とか、クエストの進め方のセオリーとか、スキルのバランスとか、多分俺一人だったら全部デタラメにやっちまってたハズだ。そうしてたら、多分俺は今ほど強くはなれなかった。だから、そんな俺がここまで強くなれたのは、オメーがずっと隣にいてくれたからなんだ。
 ホームの代金なんかより、ずっとずっとデケえ恩だ。ホントに、感謝してる。その借り全部、とまでは言えねーけど、せめてその万分の一でも、コレで返せたらなって思って、この席を企画したんだ」

 ま、慣れねーコトやったから段取りミスりまくったんだけどな、と彼は苦笑いを浮かべた。その顔はいつも通りに不器用で、けれど優しかった。

 ――正直、私は不安だった。

 私の独りよがりの献身が、彼の迷惑になっているんじゃないか。心のどこかで、そう思ってた。でも、私にはそれしかできないから、そうする他に道は無かった。

 でも、それは杞憂で。

 一護はちゃんと分かってくれてて。

 どころか、私に「感謝してる」なんて言ってくれて――!

 思わずマフラーを引き上げ、顔を隠した。

 こんなの、こんなのズルい。ズルすぎるよ。

 貴方に祝ってもらえただけですっごく嬉しいのに、私の勝手な世話焼きに、感謝してる、なんて言ってくれて。手間をかけてこんなパーティーまで考えてくれて。

 嬉しさが溢れだして、勝手に笑みが、涙が、零れてくる。真新しいマフラーに、とめどなく溢れる熱い涙がしみ込んでいく。

 ねえアスナ、私、やっぱり自分にお休みなんてあげられないよ。

 こんなにも好きで、好きでしょうがなくて、心が勝手に一護を求めるんだから。
 一センチでも近くに、一瞬でも長く隣に、そう言って、私の体を突き動かす。感謝一つで、こんなにも舞い上がっちゃう。そのくらい、彼のことが愛しくてたまらないんだから。

 ぐしぐしと涙を拭きとってゆっくりと顔を上げると、少し戸惑ったような表情の一護と目が合った。私の瞳に彼が映り込み、その私がまた一護の瞳に映り込む。互いが互いしか映していない、視線の合わせ鏡。甘美なそれに、また口元が緩む。

 けど、今度は隠さない。再び零れる涙も拭わずに、

「……ありがとう。ありがと、一護……すごく、すごく嬉しいよ……っ!」

 私は精一杯の笑顔で、一護にお礼を言った。

 一護は面食らったような顔で私を見た。息を飲むのが、喉の動きで分かる。心なしか頬が赤い。羞恥以外の、何か別の感情が見て取れる。鋭い両目は見開かれ、私の顔に固定されている。

 ……これ、ひょっとして……私に、見惚れてくれてる、のかな?

 つまり、初めて、私のアプローチが成功した、ってこと……?

 そう思った瞬間、勝手に手が動きだした。

 両手を上に伸ばし、一護の後頭部に回す。そのままゆっくりと力を込めると、彼の顔がぐぐっと下がってくる。抵抗らしい抵抗はない。

 告白はしない。

 けど、ちょっとだけ。ちょっとだけなら、許される気がする。

 そう、お礼に、き、キスするだけ。

 それくらい、いいよね……?

 熱でボーッとする頭で自問自答しつつ、さらに一護の顔を引き寄せようとした、その時、


「いやーっ、わりぃわりぃ!! 狩りが長引いて遅れちまったぜ!! 誕生日おめでとさんだぜリーナぁ!!」


 胴間声で喚き散らしながら、クラインが背後の扉から飛び込んできた。

 一瞬で会場全体の空気が凍りついたのが分かった。一護の表情も、ひきつったものへと変わっている。多分、周囲のみんなの顔も似たような感じだろう。

 でも、今はどうでもいい。

 やるべきことが、あるのだから。

 一護から両手を放して、私は無言で短剣を抜く。敵との距離は、推定三メートル。踏込二歩で詰められる距離。単発重攻撃も、十分に届く間合いだ。

「え、えーっと、リーナ、嬢ちゃん……? なぜに剣を抜いて俺を睨んでいらっしゃるのかな……?」

 ヒゲ面をひきつらせるバカヤローの言葉に、私は答えない。

 代わりに、

「――【恐怖を捨てろ。『死力』スキル、限定解除】」

 限定解除を発動。蒼光が私の体を覆い、噴炎のように燃え上がる。
 言いたいことは山ほどあるけど、その前にまず、

「……いっぺん死ね、ヒゲ山賊!!」

 空気読めないこのバカを半殺しにしなければ!!
 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

リーナさんが暴走してます。
クラインの尊き犠牲により、まさかの告白前にファーストキスとかいう謎行動は阻止されました。ヨカッタヨカッタ。

あと、時系列的にはユイが出てくるはずなのですが、どう絡ませればいいのか全く考えつかなかったので、登場させられませんでした。彼女は現在はじまりの街・東六区の教会にいることにしておいて下さい。

次話から二話連続戦闘メインです。
あのデカブツが暴れ回ります。

次回の更新は来週火曜日の午前十時を予定しております。
 
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