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美容健康

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8部分:第八章


第八章

「どうしたんだろな」
「喧嘩か?」
「わからないけれど」
「わからないで奇麗になってたの?」
「女の子が奇麗になるのに理由なんてあるの?」
 遼子は右に首を捻った。
「そんなのに理由が」
「誰かに見てもらいたいからよね」
「それはね」
 それを言われると話がわかった。首が元の角度に戻った。
「その通りよ」
「見る相手のうちの半分は男の子よね」
「女子高だけれどね」
 それでも見られることは見られる。本当に忘れてしまっているが後ろにいる男の子達に見られることも意識はしているのだ。一応はであるが。
「それはね。わかってはいるわよ」
「答えはそこよ」
「そこって?」
「だから。ほら」
 楽しそうに笑って妹に話す。
「男の子に見てもらって注目してもらって」
「ええ」
「それからよ」
 完全に誠子のペースで話を進めてきていた。遼子はただ話を聞くだけだ。何時の間にか一緒にいる理由は記憶の片隅に飛んでしまっていた。
「それからなのよ、肝心なのはね」
「話が余計にわからなくなってきたけれど」
「口で言ってもわからないみたいね」
「!?」
 話が少し物騒になってきたのかとも思ったがその予想は変わった。
「どうやら」
「どうやらこうやらって口で言ってもわからないなら何なのよ」
「見ていなさい」
 丁度ここで目の前に電車が来た。
「よくね」
「よく!?」
「ほら、こういうことよ」
「お早う」
 電車の扉が開くとそこには黒い詰襟の男の子がいた。背は高いが童顔でかなり子供っぽく見える。高校生らしいが遼子と同じ学年に見える。
「お早う、渡君」
「渡君って?」
「彼氏よ」
 にこにことして遼子に言ってきた。
「野間口渡君よ」
「名前はわかったけれど誰よ」
 遼子には何が何なのかわからない。しかもここでも後ろで騒いでいる男の子達の話も耳には入っていなかった。それどころではなかったがそこにこそ重要なものがあるというのにだ。
「げっ、まさかあいつは」
「そのまさかじゃねえのか?」
「その人。私達の遠い親戚とかじゃないわよね」
「何でそういう考えになるの?」
 今の遼子の言葉には思わず目を丸くさせた誠子だった。
「親戚が何処に誰がいるかはもうわかってるでしょ」
「まあそれはそうだけれど」
「安心して。そういうのじゃないから」
「じゃあ何なの?この子」
 目を顰めさせて姉に問う。
「お姉ちゃんの知り合いよね」
「知り合いも何も彼氏よ」
「えっ、彼氏って!?」
「だから彼氏よ」
 今の言葉を聞いた後ろの男の子達が顎が外れんばかりに驚いていた。
「私のね」
「な、何イイィ!?」
「彼氏だってえ!?」
「そんなの嘘だろ!」
「嘘に決まってる!」
 しかし遼子達の耳に彼等の言葉は入らないままだった。
「お姉ちゃん彼氏いたの」
「どうも」
 その彼氏からも返事が来た。
「僕がその。誠子さんとお付き合いさせてもらってる」
「詳しい話は後でね」
 しかし話は途中で誠子によって遮られてしまった。
「もうすぐ電車出るからね。乗る?」
「いえ、いいわ」
 今の電車には乗らないことにした遼子だった。
「気が変わったから」
「そうなの」
「それにしても。お姉ちゃんに彼氏がいるなんて」
「驚いたの?」
「想像もできなかったわよ」
 口を少し尖らせて言うのだった。
「こんなことって。本当に」
「驚かせるつもりはなかったけれどね。それじゃあね」
「ええ」
「行きましょう、渡君」
 遼子にも見せたことのない晴れやかな笑顔を彼に向けての言葉だった。
「毎朝のデートにね」
「はい、誠子さん」
 彼にエスコートされるように電車に乗りそれから出発した。その姉の仕草は実に軽やかでかつ晴れやかだった。それも遼子がはじめて見るものだった。
 遼子は呆然と姉を見ていた。しかしここでわかったのだった。
「恋ね」
 これである。
「お姉ちゃんが奇麗になった理由は。それだったのね」
「まさかよ、こんなことって」
「何てこった・・・・・・」
「恋だったなんて」
「あああ・・・・・・」
「朝から絶望したぜ」
 やはりここでも男の子達の嘆きは耳に入らない。遼子はあくまで自分の中だけで完結していた。
「そういうことね」
 電車の扉が閉まる。誠子はその向こうで彼氏を見て楽しく笑っていた。
「お姉ちゃんの奇麗になった理由。それなら」
 そして次にはあることを思うのだった。
「私ももっと奇麗になってみせるわ。素敵な恋を見つけてね」
 そう決意しつつ電車を見送る。電車は少しずつプラットホームから離れそのまま駅を後にする。遼子はその電車を見送りつつ晴れやかな顔で立っていた。これから自分も姉と同じようなことでもっと奇麗に、晴れやかになろうと決めて。一人微笑むのであった。


美容健康   完


                 2008・10・14
 
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