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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第三話。パンツを拾ったら全力で、ランドリーへぶち込め! それが優しさ、だ。

「ふふっ、さあ、いらっしゃい疾風♪」

詩穂先輩は俺に向かって、微笑むとジリジリと詰め寄ってきた。
ヒステリアモードが解けていた俺は、先輩の発言と行動に戸惑いながらもなんとかこの場をやり過ごそうと行動を起こす!
としようとした瞬間。

「なっ、だ、駄目ですー!」

「そ、そうよ。会長、モンジなんかにそんなことを言ったら駄目です」

鳴央ちゃんと音央が反対してくれた。

「『ベッド上のモンジ』は上半身裸になると、少女を襲い……全てが終わると」

「モンジ君だったら、いいよん〜♪」

「何がいいんですかー⁉︎
モンジさんにそんなこと言ったら本気にしちゃいますよ⁉︎
また口説き文句を言うに決まってます」

「そうよ、絶対、駄目ですから。モンジに会長を好きにさせたら大変なことになっちゃいます!
生徒会副会長として、そんなことは認められません!」

「『ベッド上のモンジ』は町中の少女を手篭めにし、次から次へと襲いかかるのでした」

鳴央ちゃんや音央が味方してくれてるが、よくよく聞くと二人とも信用していないのか、結構酷いこと言ってるな。まあ、今までのこと(ヒステリアモード時の俺が言った発言)を振り返ると、自業自得かもしれないけどさ。
それはそうと……一之江は変なこと言うな!


「先輩、ちょっとトイレ借ります!」

居心地が急に悪くなった俺はとりあえず、その場から逃げる為にトイレに向かった。

「うふふ、モンジ君ったら、可愛い」

そんな俺に向かって詩穂先輩は微笑んでいた。




あれ?
トイレに向かった俺だが、戸を開けるとそこは脱衣所だった。
脱衣所の隅には、洗濯機と乾燥機が置かれている。
先輩の家は広く、作りが似ている。
その為、間違って開けてしまったわけだが……。

「……誰も入ってなくってよかった」

戸を開けた途端、着脱中の女子の裸なんか見た日には拳銃自殺したくなるね!
ヒステリアモード間違いなしの行為だからな。
そういった意味ではよかった。
誰もいなくて。
と、そんなことを思っていたその時だった。
洗濯機の前に、何やら黒いものが落ちていることに気づいてしまった。

……
……?
なんかハンカチみたいな、黒い布で……若干くたびれてるというか、使用感があるな。
だが縫い目があるとこを見るに、ハンカチじゃない。
……イヤな予感がするぞ。
と、その布を手に取り広げていくと。

「……ッ……ッ……!」

パ、パンッ……
女子の、し、下着じゃねーかッ! 下の! な、なんで床に落ちてんの!
しかも、黒い生地で、ヘソ下にリボンが一個付いてるこれは見覚えがある。
初めてヤシロちゃんにあった日。
その日に、お姫様抱っこした時にちらっと見えてしまった、夜坂学園生徒会長______七里詩穂先輩のものじゃないですか!
などと困惑して硬直してたのが、運の尽き。
不幸に定評のある俺の背後で、ガチャ。
ドアが開く音が聞こえ、振り向くと。
ブラウスや下着の洗濯がそろそろ終わるとみて、やって来た______詩穂先輩が、俺とご対面。

「……!」

詩穂先輩は、その布を仮面の如く被ろうとしているかのように広げて静止していた俺を見て固まり。

「あ、あ、や、やあ……い、嫌ああああぁぁぁぁぁぁぁ」

ご近所さんに響き渡るほど、大きな叫び声をあげた。

……不幸だ。
そう思ったその時だった。
______ピーッ______
洗濯機が洗濯完了の音を上げた時、俺は……
確証は無いのだが、なんと手にしたものでなのか______驚くべきことに、自分がヒステリアモードになっていることを認識する。
だが、血流からして、数秒しか続かない。
これはそういうタイプの血流だ。
(______ッ______!)

次の瞬間。
叫び声をあげた先輩の目に______じわあぁあ、と涙を浮かんだが。
俺がその目を確認しようと動き出す前に。
俺の背が、背後がじわっと熱くなった。

……この感じ、まさか⁉︎


「今、貴方の後ろにいるの……死ね」


背後からゾクリと冷え冷えした一之江の声が聞こえ。
ザクゥ……背中に硬いものが突き刺さる。

「イタタタタァァァ‼︎」

一体今のは何だ?

「サウザンドナイフ!
ちなみに、本気を出せば万本ナイフも使えます」

「イタタター。地味に痛い! というか、何を刺したんだ、一之江?」

「別に何も……ほら」

両手を広げて見せてくるが、確かにその手には何も握られていない。

「馬鹿な……確かに刃物で刺された感触が……」

気のせい、か?
いや、だが、しかし。

「今回はかなり許せない下着ドロをしでかしましたからね。
その報復にしては優しいものです」

「うう、ありがとう、みずみずー」

「いえ、モンジ(下着ドロ)は女性の敵ですので当然のことをしただけです」

詩穂先輩は一之江にお礼を言う。
俺に下着を触られたのが余程ショックだったのか涙目だ。
というか、下着ドロって俺のことか!

「ち、違う。あれは誤解で……」

「性犯罪者は皆んなそう言うんです」

まずい。まずいぞ。
このままでは、俺は下着ドロにされちまう。
なんとか言い逃れをしなければ。
そう思った俺は、手に握り締めていたそれを一之江に見せた。

「何を勘違いしてるんだ? これは、ただのティシュペーパーだよ?」

手に握り締めていた白い紙を丸めて一之江に投げ渡す。
一之江と先輩はぽかーんと、呆気に取られた表情をした。
先輩はそのティシュを見て、パッと、洗濯機にへばりついて中を見て、そこに自分の下着があることに気づくと。

「ご、ごめん、モンジくん!
わ、わたし、私ってきり……」

「先輩、最近眠れていなかったみたいだから疲れてるんですよ?
さあ、ゆっくり休みましょう」

「う、うん。そうだね、疲れてんだね。私……」

先輩は納得して、リビングに歩いて行ったが。
先輩の後に続こうとした俺の背後から一之江の呟きが聞こえてきた。

「……見えましたからね」

俺の横を無言で通り過ぎてリビングへ向かう一之江。
一之江の呟きに、内心ドキマギしつつ、その後ろ姿を見送った俺は脱衣所を出て……フーッ……と、安堵の溜息を吐いた。
一之江に見破られた事に戦慄したのと同時に。
普段と変わらない一之江の態度に安心してしまう。
やってわかったが。さっき、俺は______
右腕だけで(・・・・・)、桜花を使ったのだ。パンツを亜音速で洗濯機に入れる為に。
人間はおよそ4秒に一回、120ミリ秒のマバタキを行う。詩穂先輩や一之江も例外ではない。
なので俺は彼女達がマバタキした瞬間を狙ってドラム式洗濯機のフタを開き、下着を中に安置し、フタをして、ポケットに偶々入れていたティシュペーパーを取り出し、丸めて、一之江達に見せたのだ。その間、120ミリ秒______その後、ティシュペーパーを一之江達が確認し、先輩はリビングに戻ったのだが……

(一之江にはバレてたか……)

どんなに高速で細工をしても。
『月隠のメリーズドール』の目は誤魔化せなかったみたいだ。
さすがは一之江。俺の動きを見破るとは……最強の都市伝説なだけはある。
などと感心しながらも俺は自身がやらかしたことに驚く。
______人間が全力で拳を突き出す際、普通は全身の筋骨を『一気に』動かす。
しかし桜花では、全身の筋骨を『順番に』動かす。
体内で後ろから前へ速度を次々とパスし、加算していくのが術理なのだ。
マッハ1に到達させるパスの回数は、4〜6回数。
当初はこれを『爪先→膝→胴→肩→腕→手首』でやってたが、スカイツリーでワトソンと戦った時には『左手首→左肘→左肩→右肩→右肘→右手首』でも出来ている。
つまり、桜花に使う筋骨はどこでもいい。
これらの条件から、ヒステリアモードの頭脳が……新たな技の、断片を……思いつきそうだったが、この辺りでヒステリアモードが終わってしまった。
多分、今までで最短時間だったな。俺の滞ヒステリア時間。
世間には、女性そのものより女性の衣服や持ち物でβエンドルフィンを分泌する体質を持つ兄さんのような男性もいるのだが……
ああいった布キレだけでヒスるのは、未熟な俺には高度過ぎたみたいだ。
ああ、残念だ。非常に残念だ。
本当だぜ?






2010年6月19日午前7時30分。



マンションのエントランスまで降りると、そこには見覚えのありまくる黒塗りの大きな車が停まっていた。
以前にも乗ったことがある一之江の家の車だ。

「皆さんもどうぞ」

一之江はそう俺達に告げると、自分はさっさと後部座席に乗り込んでしまった。いつの間に呼んだのかわからんが。その手際の良さには感心する。

「わ、凄い車ねっ。一之江さんとこの車なの⁉︎」

「ふええ……お、お願いします……」

一之江の車に、音央も鳴央ちゃんもビックリしながら、ドアの前に佇んでいる老紳士が開いたドアの中、後部座席に乗り込む。
後部座席は女子達だけでいっぱいかな?
これは助手席しか座れないなー、などと女子密度が高い後部座席に座らなくて済む、と考えていた俺だが。現実はそんなに甘くなかった。
中を覗いてみると、後部座席は向かい合わせのボックス席のようになっていて。
後ろに四人乗ることができるようになっていた。
チキショウ。
女子密度が高い空間にいないといけないなんて……なんの罰ゲームだよ、これは。
そんな風に内心思いながらも後部座席に座ると。
バタン、と静かにドアが閉じられるが、中はやたらと広いままだった。

「ふえー、すごーい、ふええー!」

「ふわー……」

しきりに感心しまくってる六実姉妹を他所に一之江は静かに車が動き出すとコーヒーを淹れてくれた。こうして見ると、いいトコのお嬢様なんだけどな。おとなしくしていれば。

「……道端にモンジを捨てていきましょう」

「冗談です一之江様」

「まあ、いいでしょう。熱いうちにどうぞ」

「うわっ、おいしっ⁉︎ 何このコーヒー⁉︎」

「ほんとだ……かなり高級な豆を使っているのですね……」

一之江が淹れたコーヒーに感動する二人を見ていると、なんだか一月前のことを思い出した。
一之江(呪いの人形)に追いかけ回されて、そんな一之江(彼女)を攻略した次の日の朝。
俺の家……一文字家の前で待ち構えていた一之江に車に乗せられて、その車内で『ロア』について語られたあの日のことを。
ひどく懐かしく感じるが、まだたった一月くらいしか経ってないんだよな。

「しかし、この車に乗ったってことは、一之江」

「ええ。夜霞市を出るまで『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』の会話は禁止です」

……以前は『ロア喰い』、つまりは『魔女喰いの魔女』であるキリカを警戒して街を出たのだが、今回は『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』である理亜(リア)を警戒して街を出る、そういうことなんだろう。

「どゆうこと?」

ロアの知識面が足りない音央は疑問の声を挙げる。
そんな彼女に、長年『神隠し』をやっていたロアに詳しい鳴央ちゃんは優しく語りかける。

「『ロアの有効範囲というものは、街単位』なんです。例えば探査や調査が得意な……それこそ魔女さんみたいなロアがいた場合、街の外に出ないと盗み聞きされてしまうかもしれないっていうのがあるんですよ」

「ふへえー。都市伝説ってそういうものなのね」

「街単位で広がる噂、というのが基本なんです。なので『土地の名前+都市伝説のオバケ名』というタイプのロアが多いんですよ」

その情報は知らなかったな。確かにそう言われてみれば、一之江のロアは『月隠市』で広がる『メリーズドール』の噂だから『月隠のメリーズドール』であるわけで。
氷澄のパートナーであるラインは『境山』を縄張りにしているから、『境山のターボロリババア』だったし。
理亜のパートナーの赤マントのスナオは『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』と名乗りを上げていた。
そういう意味だと、異世界に連れ出す系の物語である『神隠し』の音央や鳴央ちゃんは地域限定ではないタイプなのかもしれないな。

「まあ、この夜霞市に『夜霞のメリーズドール』とかがいたとしても、私の敵ではありません。私は月隠市ではかなりおっかない存在として悪名を広めまくりましたから」

どこか得意げに語る一之江の横顔は、自信に満ち溢れていた。だというのに、彼女から語られた言葉には苦味も混じっているように感じたのは、さっき理亜との戦いでロアというものがいかに曖昧で、儚く、脆い存在であるかを思い知ったからだろう。

「っと、『境川』を越えましたね。ようこそ私の街、『月隠市』へ」

横目で窓の外を確認しながら一之江は俺達にそう告げた。
そして本題を口にした。

「それでは早速、『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』対策会を始めますか」

「はい、一之江さん」

一之江がそう告げると、さっそく音央が質問をした。

「はい、音央さん」

「さっき、『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』を警戒したって言ってたけど、理亜ちゃんにも鳴央が言ったみたいな探査とか調査とかの力があるかもしれないってこと?」

「可能性はゼロではありませんね。全てのロアの『対抗神話』が語れるなんて能力、破格過ぎます。そういう、多くの知識を集められるような力は所持しているかもしれません。でなければ、あらゆるロアの対抗神話を覚えるなんて、普通は出来ないと思いますから」

一之江の言葉に同意する。
確かに破格過ぎる能力だ。理亜の頭が良くても、普通全てのロアの対抗神話を覚えるなんて出来やしない。と、なれば、一之江が警戒したみたいに噂話のアンテナみたいなものを広げることで、必要な情報を集める能力とかを持っている、とか。先に対抗神話を覚えるとかしてるはずだ。

「あ、そっか。相手を見てから、検索できるみたいな形かもしれないのね」

そう。相手がどんなロアなのか、を見て。そこから唱えなければいけない対抗神話を検索する、そういった能力とかを持っていることも考えられる。

「でも、一之江さんはそれだけを警戒しているわけではありませんね?」

と、そこで。何かに気付いたらしく鳴央ちゃんが質問した。

「流石に解りましたか」

鳴央ちゃん相手では、一之江も誤魔化せないみたいだ。

「このモンジでさえ、かなり食えない『魔女』が付いていますからね。理亜さんはかなり短期間で最強の『主人公』として名を馳せました。それこそ、モンジよりもほんのちょっぴり早いくらいに『主人公』になったのに、です」

「あれ? そんなもんだったのか?」

長いこと『主人公』をやってるもんだと思っていたが、あんまり変わらないのか。

「そんな短期間であそこまで『ロア』の使い方と対処に慣れているということは、スナオさんの他にもブレインがいるのではないかな、と。それこそ『魔女』のような」

『魔女』。
そんな存在を思い浮かべると、キリカと。
アリサの姿が思い浮かぶ。
確か、アリサは『予兆』の魔女とか名乗っていた。
俺を仲間に勝手にしたら『マスター』に怒られるとも言っていたが……いや、まさか。そんな……。

「なので、そういう人物がいると意識して今後は対応していきますよ。キリカさんは自分自身がそういう食えない存在なので、言わずもがなで上手くやるだろうから伝えなくても平気だとは思いますが」

一之江はそう言ったが、その言い回しからするとキリカのことをまだ警戒しているみたいだな。
……無理はないか。キリカはキリカで最悪と呼ばれている魔女だし。
元々人間である鳴央ちゃんや人間に近い感覚を持つ音央は人の法で裁けない罪を犯していたが、ちゃんとその罪を償おうと反省し、向き合おうとしている。
だがキリカは違う。
純粋に悪いことをしてきた魔女で、純粋に人の命を弄んで、そして純粋に食べてしまう、そんな生粋のバケモノ。『ロア』なのだ。
罪の意識などはない。人が牛や豚を食べるのと同じ感覚で、人やロアを食べる。
______普段は優しくて、愛らしくて、楽しくて、話しやすい女の子だが。一番食えない存在。それが俺の親友である仁藤キリカという少女なのだ。

「とりあえずモンジ。これだけは先に確認しておきます」

「……ああ」

ついにきたか。
予想していたが、一之江から直接問われるのはやはり嫌な感じだ。
先輩の部屋で眠る一之江を見て、何度も繰り返し考えた結論。
それを一之江はちゃんと確認してくる。

「理亜さんは。貴方の大事な妹さんは、貴方という存在、引いては私達の存在そのものにとってかなり危険です」

「……ああ。解ってる」

一之江に言われなくても、それはずっと考え続けていたことだ。

「では、問います。どうしますか?」

一之江は俺の横からじっと俺の顔を見つめて尋ねてきた。正直な話、一之江や音央、鳴央ちゃんが傷ついたり消えたりするのは見たくない。だが、それと同じくらいに、俺は理亜を傷つけたりしたくない。理亜とその能力。『対抗神話』に唯一対抗出来る能力を持っていようが、理亜に手を出せない。
だが、仲間を消させたりさせる事や俺が理亜の物語となって、戦わずに理亜だけに全てを背負わるなんてことも絶対に出来ない。
だから、俺がここで宣言出来る言葉は一つだけだ。


「理亜は俺が倒して、俺の物語にする」

決意を口にするだけでも心臓が弾け飛びそうになる。
胸が痛む。心が痛む。
だけど、気持ちを奮い立たせて言葉を続ける。

「だから……苦しむかもしれない、辛いかもしれない、困ったりするだろうけど、その時は力を貸してくれ、みんな」

「……うん、良く出来ました」

一之江はいつになく、優しい声で頷いてくれた。
そして、そんな俺達に優しい眼差しを向けながら。
音央や鳴央ちゃんも心配そうな顔で俺を見つめていた。 
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